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黒の蛇たち  作者: さらさら
Ⅰ.露出
3/8

写真家

 窓から、再び鋭い光が差し込んできた頃になって、拓也の携帯電話が大きな音で着信音を奏で出した。昨夜独りで大宴会を催した為に、拓也は深い眠りに入っていたが、いつまでも鳴り続ける着信音に設定されたポップスの音楽についに抗い切れなくなって、飛び起きて受話した。

「ああ、繋がった!」

 脳の半分以上が眠ったままに、拓也は電話の向こうの歓喜の声を聞いた。

「あんたまで居なくなったんじゃ、色々と面倒になる所だった」

「誰か居なくなったのか」

「ああ。木田さんが、行方不明なんだ」

 木田とは誰だ。そもそも、自分は誰と会話しているんだ。そんな疑問で頭が一杯になった拓也は、とりあえず頭を整理しようと、二日酔いでガンガンと響く頭痛に顔をしかめながら、リュックからペットボトル水を取り出して一口グイと飲んだ。

「どうしたんだ。何かあったのかね」

「いや……。行方不明とは、どういう事だ」

 一時空いた間を不審に思った友田の言葉を無視して、いくらばかりか冷静になった拓也はそう訊いた。

「今朝から電話が繋がらないんだ。彼女のシーの家へも行ってみたんだが、居ない」

 朝から電話を掛けるまともな用事があるとは思えない。やはりこの男はろくな奴ではなかった、と拓也は思った。

「どこか、出掛けているんだろう」

「まぁ、そうだとは思うがね。とにかくこれで、木田さん以外の安否は確認できた」

 友田はそう言うと、からからと笑った。何が悲しくて、朝っぱらから嫌いな男の気分の悪い笑い声を聞かなければならないのか、と拓也は心で毒づいた。腕時計の表示は、まだ午前九時にも達していない。

「あんたも、木田さんを見つけたら連絡してくれ。皆、心配してるんだ」

 電話は、友田のそんな言葉を最後に切れた。

 妙に目の覚めてしまった拓也は、もう一度寝入る気分にもなれず、外を散歩しつつ写真を撮ろうとカメラを持って家を出た。外は昨日に続く快晴で、十一月の朝とは思えないほどの陽気な暖かさが、島中を覆っているようだった。更には、例の霜月ヒイラギの辺りは、木々の間から差し込むたくさんの光の筋によって幻想的な雰囲気が演出されていて、拓也は思わず大量にシャッターを切らされた。 霜月ヒイラギの奥にあった低い山の、春には一斉に花を咲かすのであろう桜木が、頂上から向こう側のふもとまでを埋め尽くすように並んでいるすぐ横を、拓也は歩いた。山を越えた島の反対側には、廃港になった港の跡が、港らしい形を不気味なまでにそのままにして残していた。漁港だったようで、釣り上げた魚を氷で冷温保存する為の発泡スチロールの入れ物が、見るからに倉庫らしい大きな建物の前に、高々と積み上げられている。これ以上ないほどの非日常的な風景。拓也は、こんな題材をずっと待っていたんだ、と意気を上げ、数枚、数十枚と写真を撮った。徐々に太陽が高く昇り、腕時計の時針が真っ直ぐ上に向いても、拓也の探検家のそれによく似た情熱は止まらなかった。また山を越えて元の船着場まで戻ると、拓也はそこから海岸線に沿ってぐるりと島の周りを歩き始めた。さっきの廃港を通り過ぎ、一周してまた船着場へ戻って来た頃には、時間は午後四時を少し回っていた。

(かなりの出来だ)

 そう満悦して家へ戻ろうとした時、拓也の肩が後ろから叩かれた。

「大丈夫ですか? 迷ったりしてません?」

 微笑みを湛えながら拓也にそう話し掛けたのは、昨日富岡と一緒に朝倉と大宮を案内した、駿河だった。昨日と同じ黒い服を着た駿河は、背の高い初老の男だ。右まぶたにある大きなほくろが、その他の整った顔のイメージを壊して、全体としては非常に不気味な顔付きをしている。ただ、その不気味さは、常に浮かべている微笑みによって、緩和されていた。

「いや。地図がある」

「そうですか。よくあるんですよ。山で迷って、自分がどこにいるのか分からない、なんて事が。そう大きくない島ですし、大抵は真っ直ぐ歩いていればどこかには着くんですけどね」

 拓也はふと、木田の所在が分からなくなっている事を思い出した。連絡がなかったから、恐らく見つかってもいまい。何とか我が物にしたいと思っていた木田の事だから、拓也は少し心配になった。

「木田が、行方不明なんだ」

「木田さんが? あの、シーの家に泊まった女性ですか?」

 駿河は、よく蓄えられたあごの髭を撫でながら、少し考えて、

「分かりました。私も、捜しましょう」

 と言った。拓也が、ああ、と相槌を打つと、駿河は、神社の方かも知れませんね、と答えて、霜月ヒイラギの方へと歩き出した。

(神社は撮っていなかったな)

 そう思って駿河の後姿に付き、拓也も歩みを始めた。

 霜月ヒイラギの辺りに差し掛かった頃になって、空に赤みが目立ってきた。夕暮れが近い。夜になれば木田も帰ってくるに違いない、と、拓也は確信していた。何せ、この島の夜は寒いのだ。

「今は、全員中に居ますから、入って頂いて構いませんよ」

 駿河に案内されて、拓也は昨日止められた鳥居の内へと足を踏み入れた。中は、お賽銭箱とその後ろにある建物が神社らしいが、他には土の地面の所々に石の足場が埋められているぐらいで、外と大差ない風景だった。それでも無遠慮にカメラを構える拓也を、駿河は手で止めた。

「申し訳ないですが、撮影は禁止なんです。神子様は、神聖ですので」

 賽銭箱の後ろに、奥を向いて座っている女性の後姿が見える。拓也は、駿河の言葉に従ってカメラを下ろす瞬間に、一枚だけその後姿を撮影した。

「やはり、案内人は私を含めて四人全員、ここに居るようですね」

 駿河は、その女性の更に奥にいる二人の男と一人の女の子を見て、そう言った。

「何か良くない事かも知れません。申し訳ありませんが、私も、神子様の守護をさせて頂きます」

 捜索は続けられない、という意味だった。拓也も、これ以上どこかへ行く気はなかったので、頷いて、駆けていく駿河を見送った。そろそろ帰ろう、と、拓也も昨日と同じエーの家への道を、歩き始めた。

 家に戻って数時間後、拓也は既に発泡酒の缶を二つ空けて、三つ目に取り掛かっていた。ほろっと酔って、良い気分になってきた所へ、携帯電話の着信音が鳴り響いた。恐らく、木田が見つかったのだろうな、と思いながら、拓也は受信ボタンを押した。

「もしもし。まだ帰っていないようなのだが、彼女は見つかったかね」

 電話の向こうで、友田がいくらか深刻な声でそう言った。

「いや」

「そうか……。中に居るかと思って入ってみたんだが、開けられた跡のない彼女のバッグと、地図があるだけなんだ」

 荷物と地図を置いて出掛けていた、のだとすれば、さすがにもう帰っていないとおかしい。拓也はそう思って、頭を掻いた。

「神社に泊まっているんじゃないか」

「そうかも知れないがね。そうでないかも知れない。とにかく、私と大宮くんで捜しに回るから、そっちも気にしておいてくれ」

 電話は、そこで切れた。拓也はいくらか外に捜しに出るべきかと考えたが、外が寒いのと、風呂が沸き上がる時間なのを思い出して、面倒臭くなってそのまま発泡酒の缶を口へ運んだ。

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