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黒の蛇たち  作者: さらさら
Ⅰ.露出
1/8

旅行者

 という事で、第一章です!

 第一章では、『現在』の島で起こる事件について描きたいと思います。

 第一章だけではなんともよく分からない話かもしれませんが、なにとぞ、最後までお付き合い下さい!

 東京には、もう撮りたい風景はなかった。

 高価なレンズを、ごしごしと神経質に拭いた後、丁寧に専用の入れ物へと納めて、かばんに詰められた生活用品の隙間に押し込む。四十分かけて、リュックサックのチャックをやっと閉じる事ができた。あれこれと持っていきたい物が多く、その選別に手間取ったのだった。

 その姿の主は山田拓也、長引く大不況の中、親の残した莫大な財産に支えられ、就職はせず、趣味をそのまま職業に変えて、カメラマンをしている男だ。つい最近までは、今まさにリュックに詰め込んだ、彼曰く“相棒”のカメラと共に、東京のビルの美しさを伝えよう、とのスローガンの下、様々な角度から、様々な趣向を凝らして写真を撮り、様々な神に祈りながら様々なコンクールへと出品していたのだが、その一件たりとも佳作にすらならず、拓也はビルの撮影に限界を感じ始めていた。

(俺は、自然の、木々の撮影の方が得意なのだ)

 やっと整ったリュックを見つめながら、拓也はそう心中呟いた。拓也は思い込みの激しい性格だった。特に自分の事となると、カメラマンとして最高のセンスを持っていると考えていて、それが評価されない現状に、強い不満を抱いている程だ。

(ビルの芸術は、あいつらには理解できない)

 拓也は一服、煙草を口にくわえて、目を細めた。評価されない原因を題材と評価者に求め、拓也は今日から、小さいが自然溢れる島へと四泊五日で出掛ける事に決めていた。出発は午後一時と聞いていたが、集合場所の船着場まで向かうのに掛かる時間を全く失念していた拓也は、昨夜景気付けのビール缶を三つ空け、今朝目覚めたのは午前十一時にあと少し、という時間だった。

 拓也は、煙草の先端を灰皿に押し付けて潰し、煙草をゴミ箱へと投げ捨てた。そして、ずっしりと重いリュックサックを背負って、それ以上に重い足取りで家を出た。時計はもう、正午前を指している。集合時間に間に合うかは、微妙だ。

(少し遅れても、まぁ、構うまい)

 電車を乗り継いで行くには、乗り換え経路が複雑すぎる。拓也は家からすぐの大通りで、手近を走っていたタクシーを捕まえて、それに乗り込んだ。

 空は霜月の爽やかな、晴天だった。




「お客さん、着いたよ。早く降りて貰わないと、こんな時間から車内陣取られちゃあ、敵わないよ」

 運転手の口うるさい声に、拓也は目を覚ました。

「客商売ってのは、タイミングが勝負なんだ。今が商売時なんだよ」

「ああ、ああ。聞こえてる。起きてる」

 責めるようで、自慢話をしているようでもある運転手の軽い語り口を耳障りに思って、拓也は手を振り回しながら、眠気まなこにそう言った。どうやら、心地良すぎて眠ってしまったらしい、と料金表示欄の下にあるデジタル時計を見て、更に言葉を継いだ。

「十三時って、何時だ」

「午後一時だね」

「そうか。降りよう」

「ああ、そうして貰えると助かるね」

 運転手の声が、やけに神経に障る。そう感じながら、拓也は一万円札を差し出し、開いた扉から外へと身を乗り出した。日は高く昇っていて、十一月とは思えないポカポカ陽気だ。

「お客さん、お客さん!」

 中から、やかましく叫ぶ運転手の声が聞こえた。

「何だ。釣りは要らん」

「三千円ほど、足りてないんだ」

 見れば、料金表示欄には一万三千五百円とある。拓也はチッと一つ舌打ちをして、もう一枚一万円札を後部座席に投げ入れた。

(時間ちょうどか)

 右手の腕時計は、午後一時を少し回ったぐらいを指している。このぐらいに着くのが、待たさず待たされず一番良いのだと、拓也は思っていた。

 船着場には、島へと向かうのであろう小さな船と、それに乗り込もうとする四人ほどの団体の姿があった。拓也は、さほど急ぐ様子もなく、ゆっくりと歩いてその団体に合流した。

「山田というのは、あんたか?」

 四人の内三人は、拓也を一瞥しただけでまた船への乗り込みを再開したのだが、中年になりたてぐらいの男が一人、拓也に顔だけ向けながら、そう言った。

「ああ、そうだが。何だ」

「あんたね。遅れてきておいて、何だって事はないだろう。私達四人は、あんたを待ってたんだ」

 拓也は内心、この中年の男を殴り飛ばしたくなった。自分を置いて乗り込み始めていたくせに、待っていたとは何という言い草だ。それに、十分と遅れてはいない。どうして、そんなに言われなければならないのか。そう思ったが、拓也はお世辞にも筋肉質とは言えず、細長い、ヒョロッとした体格で、更には内弁慶な為に、人と事を構えるのは苦手だった。

「そりゃあすまんね」

「帰りも、同じ船で帰るんだ。その時またあんたがこうやって遅れてきたら、堪らんよ」

 中年の男は、まだ言い足りなさそうな顔をしながらも、先に中に入った三人に呼ばれて、乗り込んでいった。

(謝ってやっても、これだ)

 拓也は、中年の男というのが、どうにも苦手だった。あれこれと口を出してくるし、終わった事にまでグチグチと文句を垂れる。そして、決して、自分の意見を曲げようとしない。

(あれと同船するのか)

 顔を合わせなければならないほど小さな船ではないように見えたが、ただ同船するだけでも、心持ちが悪い。拓也は、痰を海に吐き捨てて、乗船を開始した。

 船に乗っているのは、客五人に乗組員を含めても、七人だけだった。港から島までは二時間弱ほど掛かると説明を受けていたが、乗り込んだ小型船には客室がなく、食事用と思われる大広間で、拓也は他の四人と否が応にも顔を合わせなければならなくなった。

「皆さんは、どうして島へ?」

 拓也は、さっきの中年の男とできるだけ離れて座っていたが、右頬のほくろが特徴的な背の高い女が四人全員に向けてそう尋ねると、大広間全体が和やかな雰囲気になったから、ずっとそっぽを向いている訳にもいかなくなって、皆の話を聞いている格好を取った。

「わては、ただの旅行ですんや。こんな時期んなると、国内旅行でも高いでっしゃろ? そやけど、それでもどっか出掛けたいなぁ、ちゅうて思てましたんや。ほしたら、ここ、安かったさかいに。……ああ、わて、大宮慶喜と言いまんねん。よろしゅうに」

「大宮さんは、仕事は何を?」

「建築業ですわ。ま、儲かる仕事とはちゃいますわな」

 と、大宮は、太って脂肪を溜め込んだ腹を、大きく揺すった。あの体型では、高い所で釘を打ったりはできないのではないかと拓也は一瞬思ったが、恐らく実地で作業するのではなく、事務作業や発注などを受け持っているのだろうと思い直して、納得した。それにしても、あれだけ太っていて、儲かっていないとは無理のある言い分である。

「建築業か。それなら、私も仲間のような物だね。私は、不動産をやっている、友田だ」

「友田さんは、どんな理由で?」

 ほくろの女が、太った大宮から、やや細身の友田へと視線の対象を改めた。

「不動産のやりくりをしていると、時々思わぬ収入があるんだ。貯めると税に持っていかれるが、他に使うには中途半端な額だからね。不動産を探している、という名目で、こうやって使ってしまう訳だ」

「はー、そんなもんでっか」

 偉そうに人を注意してきた割には、自分もろくでなしじゃないか。拓也は表情に出さずに、からからと笑っている友田を見てそう思った。

「そちらの、あなたは?」

 ほくろの女が、ついに拓也の方を向いてそう言ったから、拓也は身を乗り出しかけた。だが、ほくろの女は、拓也の近くに座っていたらしいほくろの女より二回りほど背の低い女に訊いたらしく、拓也よりも早く、背の低い女が丁寧な口調で話し始めた。

「私は、少し調べたいことがあるんです。税務署職員の、木田と申します」

「税務署の方か。さっきのは、聞かなかった事にして欲しいな」

「調べたい事っちゅーのは、何ですねん?」

 大宮が、興味深そうにあごへ手を当てながら、そう言って木田の方へ大きい体を向けた。

「七,八年前、この島に旅行に行って、帰ってこなかった女性が居るんです。失踪届が出されただけで、結局今は死亡扱いになっているんですが、どうにも納得が行かなくて……」

 はきはきと、だがどこか子供のように、張り切って話す木田の表情に、拓也はドキッとした。体つきも、細い腰と、豊かではないが不足はしないだろう胸の膨らみが、どうにも拓也の好みに合う。そんな邪な、舐めるような視線に気付いてか、木田は拓也を振り返って、

「山田さん、でしたよね。山田さんは、どうして島に?」

 と尋ねた。

「ああ。……俺、カメラマンなんで」

「今は、ヒイラギの時季ですからね。実は私も、そのクチなんです」

 ほくろの女が、右手に小さなデジタルカメラを示して、木田と拓也の間に割って入った。少しの間合っていた木田との視線を切られて、拓也は苛立ちを覚えながら、ほくろの女を見た。

「と、名乗ってませんでしたね、朝倉です」

 ほくろの女は、右手のデジタルカメラをそのままに、そう名乗ってお辞儀した。

「ヒイラギっちゅうたら、どんな花ですねん?」

「白くて、長いめしべが特徴的な小さい花です。キンモクセイよりも淡くて、心地よい香りがするんですよ」

 朝倉はその後、ヒイラギもキンモクセイも同じモクセイ科ですからね、と付け足した。その知識披露が、拓也にはひどく鼻について聞こえた。

「しかし、不安だな。木田さんの話じゃ、旅行者で失踪した方が居るんだろう?」

「はい。私は、失踪したのではない、のではないかと考えていますけど……」

「それにしたって、島は不便だ。連絡先を、互いに交換しておいた方が良いと思うね」

 友田はどうも、かなり下衆な男のようだと拓也は思った。拓也の目には、友田がこのタイミングで連絡先の交換を申し出たのが、木田に対する、さっきの税逃れの話の口止めをしたいという思いと、下心による物に見えていた。少なくとも木田は、こうやって知り合った人にそんな仕打ちをするような女には、とても見えない。人への不信は恐ろしい。拓也はそう、心の中で友田を見下した。

(……しかしまぁ、好都合か)

 実際、木田は拓也から見ても良い女だった。何とか連絡先を聞き出して、上手くいけばそういった関係にも至りたいと、拓也は思っていた。

「では、メモ用紙を五枚配りますから、全部に名前と、連絡先を書いて下さい」

 朝倉は、いつの間にか丁度良いぐらいのサイズのメモ用紙五枚とボールペンを出して、メモの一枚一枚に自分の名を書いては大宮へと回した。拓也を含めて全員が書き終えると、それぞれの手には、全員分の連絡先が書かれたメモ用紙が一枚ずつ握られていた。

「これで、安心ですわ。ありがたいこっちゃ」

 大宮は、そう言いながら、本当にありがたそうに笑ってメモ用紙をポケットにしまった。拓也も、携帯を入れているジャンパーの内ポケットへとメモを入れた。

 それからは、おしゃべりらしい朝倉が全員と対話する形で時間が進んでいったが、拓也は話し掛けられる事なく、携帯電話をいじるだけで二時間を過ごした。話し掛けられたら話し掛けられたで面倒だが、全く話し掛けられないのも腹が立つ。拓也が、ついに飽きて携帯電話を内ポケットへしまった頃、船がゆっくりと減速し始めた。その後、完全に停止するまで、そう時間は掛からなかった。

「着いたみたいですね」

 木田がそう言ったと同時に、下船を呼びかけに乗組員が大広間へと姿を現した。

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