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短編

エジプト神話より 『異国からの来訪者』

作者: まめ太

その時、この二つ国の砂漠の土地を、邪神の代表選手と呼ばれるセト神が、ひとりトボトボと歩いておりました。別に用事があるわけでもないのです、気紛れに、砂嵐を従えて散歩を楽しんでいるのでした。

デルタの湿地帯が蜃気楼の中で揺らめいています。

今日はとても、暑い日でした。

遠くに人影が見えました。このままでは砂嵐に飲み込んでしまいます。

けれど、この神は歩調を遅くすることも、立ち止まる事も、進路を変える事も、しませんでした。

死というものは、どこにだって転がっているのです。

どんどん近付いてゆくと、次第にその人間の姿がはっきりと見えてきました。

一目で解かる異国の衣装、戦装束、腰に帯びた剣・・・そして、燃えるように赤い髪。

・・・けれど、それは人間ではありませんでした。

「異国からの来訪者か、何の用で来た?」

ついに砂嵐は異国の神に接触しました。外国の神との交渉は、本来、智慧の神トートの役割です。ですから、セト神はこの神の進路を阻むつもりもありません。

二つ国に攻め入るつもりでいようとも、別段、構いはしないのです。

・・・むしろ、面白い事になる、と期待しているのでした。


「おお、初めてこの国の神と出会えた。

邪魔立てするなら、斬って通るが、お前はどう出るつもりでいるのだ?」

にこやかに笑いながら、この神は剣を抜きました。

好戦的で、豪快な性格が、セト神の観たこの神の性質です。

「別に邪魔などせん。俺の役目でもないのでな。」

剣を向けられても、至って平然と答えます。

この国の、人間達に悪意ある神ならば、食い止めるのもセト神の役目の一つですが、災いをもたらす神ではないようなので、呑気に答えたのでした。

「はっ! 意気地のない奴だ!」

そんな事を言われようとも、一向、気にも止めません。

頭はそんなに良くはない、・・・セト神は、この神をそう印象付けたからでした。


「おい、お前! ・・・ええと、名前は何だ?」

この来訪者が、初めてセト神に問い掛けました。

出会ってから、かなりの時間が経っているのですが、気にした素振りもありません。

「セトだ。」

そう答えたこの国の神は、来訪者の名を尋ねる事はありませんでした。

「では、セト。お前に聞きたい事がある。

・・・この国で、一番偉い神の居所を教えて貰おう!」

「知ってどうする?」

生じた疑問を、来訪した神に尋ねます。

「実はな・・・、俺は、この国に移ろうと思っている。

しかしだ、ただ、移っただけでは信者も付いては来るまい。・・・だから、有名所と戦争をする事にしたのだ! やはり、狙うならナンバー1しかないだろう! それ以外はザコ、有象無象の類に過ぎん!!」

確かに一理あるな、と、この国の暴力の神も頷きます。

「であるなら、チャレンジするのは、この国でもっとも強い神、最高神でなくてはならん!

それはすなわち、太陽だ!!」

「!!」

セト神は、愕然とこの神を見つめます。赤毛の神は、恐れ入ったかとばかりに得意げです。

「・・・止めとけ!」

しかし、続くこの神の言葉にコケてしまいました。

「な、な!」

あまりの事に、反論出来ない赤毛の神に、セト神はさらに言いました。

「俺はたいがいどんな神にも喧嘩を売るが、ただ二人だけ、関わらないようにしている神がいる。

・・・敵わない事が判りきっているからだ。

お前はその内の一人に挑もうとしているんだぞ?」

一気に、畳み掛けるように説得します。

純粋に、親切心だけで、この神が口を利くのは珍しいのですが、この時ばかりは何も知らずに息巻いている、この来訪者が気の毒になったのでした。

なんとなく、この粗暴で無礼な神が、気に入ってしまったからなのでした。


セト神は、さらに忠告します。

「俺は謀略と争いの神、お前のような輩は大好きだが、それでも、ラーに挑むというのは、無謀と思うぞ。どうしてもと言うなら、案内くらいはしてやるが、止めた方がいい。

はっきり言っておいてやるが、絶対に勝てん。」

親切でそこまで言ってやったのですが、生憎、相手のその神は、素直さとも無縁の神でした。

まったく聞き入れようとしないその神に、セト神はさらに言いました。

「ラーという神をお前は知らんのだ、悪辣という言葉は俺のためにあるようなものだが、凶悪さでは、俺などラーの足元にも及ばん。」

仮にも全ての神々の太祖たる神なのです、そんな始祖ラーを、セト神はそう評価しているのでした。そして、それは真実なのです。

・・・けれど。

やっぱり、異国の神は、そんな言葉では引き下がりません。

「臆病者の忠告は心の内に秘めておくべきか? いいや! きれいさっぱり、忘れるべきだ!」

そう言って、また豪快に笑い飛ばすのでした。

「・・・ま、身を持って知るしかないな。」

もとから親切などとは無縁の神なのです。

セト神も、それ以上は説得する努力を放棄してしまいました。

太陽の船は、西の地平に飲み込まれようとしています。

こんな時間になってもまだ、外交役のトート神は現われません。

セト神は予想を立てました。

(トートは俺に押し付けてサボる気だ・・・)

そしてセト神は、出会った時に捨ててくれば良かった、と、後悔したのでした。


「今、飲み込まれて大地の腹に消えてゆく、太陽の船が見えるだろう?

ラーはあの船に乗っている。

挑むというなら、船の通り道で待つがいい。

大地の上にいても、その心をラーは見透かして、お前の挑戦を受けるだろう。」

「むう・・・! 今から走っても、間に合いそうにないな!」

遥か地平に飲まれてゆく船を見つめて、赤毛の神は唸るのでした。

その隣りの争いと暴力の神は、呆れたように異国の神を見つめます。

「太陽の船は、朝には東の空へと昇ってくる。・・・何も追い掛けなくても、待つだけでいい。」

「そうか、なるほど! では、ここで朝まで待つとしよう!

付き合え、セト!!」

がはははは! と、セト神の答えも聞かずに豪快に笑うのでした。


異国の神の名を、セト神は最後まで自分からは聞きません。

赤毛の神は、自分からその名を告げました。

自分から、産まれ出た大地の名も告げました。

そうして、この国へ流れ付いた理由も話しました。

けれどこの、バールと名乗った異国の神に、セト神は何も話したりはしませんでした。

異国の神が知っているのは、悪辣な、謀略と争いの神、ラーを怖れる臆病者セト、と言う、この神のほんの一つの面だけでした。

「見ろ、もうじき太陽の船が戻る・・・」

長い夜が明け、朝がやって来るのです。

「ま、がんばれよ。」

そう言い残し、セト神は安全圏へと避難するため、バール神から離れます。

うっすらと東の空が白く染まってゆきます。太陽神ラーの復活です。

いよいよ、チャレンジの時です。

しかし、この時、ラーの特殊効果が発動しました。


「ワン・ターン・キル!」(復活と同時に敵一体を消滅)

「!!」


一言も発する暇なく、他国の神は翼神竜と化したラーに焼き払われてしまいました。

「わはははははは! わしに挑戦するなんぞ、100万年早いわ!!」

・・・そうして、太陽の船はまた、何事も無かったかのように、天の河を突き進んでゆくのでした。

「・・・だから言ったんだ、止めとけって。」

黒く焼け焦げた大地に向かって、セト神は深い溜息をついたのでした。


それから何日過ぎたでしょうか。収穫期が過ぎ、大地が干乾びる不毛の日々を送った後に、

また新年の、新しい洪水の季節を迎えました。

・・・その内の、いくらかの日々が過ぎた頃。

「おい! セト!!

久しぶりだな!」

聞き覚えのある声が、セト神の耳に届きました。

「・・・生きてたのか?」

疑問というよりは、驚愕の表情をして、セト神はその神を見ました。

「復活したんだ! 俺は死して再び、新たな復活を繰り返す神だからな!」

燃えるような赤い髪をしたその異国からの来訪者は、得意げに笑います。

「死者の国の門戸をくぐるより先に、俺は現世に産まれ出るのだ!

いかな国の死も、死神も、俺を捕える事など出来ないのだ!!」

羨ましいような、そうでもないような・・・複雑な感想を抱いて、この国古来の神も頷きます。

「さて、再会を果たしたところで本題だが・・・、実はまたチャレンジしようと思うのだ!」

「ほう、今度は誰に?(凝りもせず、)」

あまり興味もなかったのですが、乗りかかった船では仕方がなく、セト神も話を合わせます。

「フフフ、俺は祖国では大地の恵みを司る、豊穣の神という一面も持っているのだ、そこでお前に相談がある、この国でもっとも有名な、豊穣の神の居所を教えてくれ!!」

セト神は、目を丸くしたまま、黙って地面を指差しました。

「あん?」

「死ななきゃ会えない。」

「・・・・・・。」

来訪した異国の神は、凍り付いたように、その場に固まってしまったのでした。

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― 新着の感想 ―
[一言] この場合神様なんですがパタリロ8世の愛読書「人をおちょくる50の方法」しか思い浮かびません。
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