婚約破棄をされ続ける、とあるメイドの復讐劇
「君との婚約は破棄する」
その言葉を聞いて私はくすりと笑う。
これでもう何度目だろうか?
婚約破棄をされるのは――。
「何故ですか? 坊ちゃま。あなたはあんなにも私を愛してくださると言ってくださったじゃないですか?」
「そっ、それは……」
お坊ちゃまは気まずそうに目を背ける。
私からすればもう見慣れた光景だ。
もちろん、坊ちゃまから言われるのは初めてだけれど。
好きになったからと結婚を約束してくるくせに、今度は自分の都合でそれを破棄するなんて。
人間って。
いいえ。
男の人ってなんて勝手なんだろうと毎度ながら思ってしまう。
「答えられないのですね。ならば仕方ありません。私も暇をいただきます」
「なっ!?」
「当然でしょう? 坊ちゃまの妻として生きるつもりでいたのに。こんなに一方的に破棄されるなんて……私はとても生きていけません」
「い、生きていけないなんて……」
そんな大袈裟なとでも言いたげな顔。
私はもちろん、坊ちゃまが婚約破棄をした理由を知っている。
以前より親しくしていた令嬢と正式に婚約を結んだのだ。
そうなれば私の存在など邪魔になるに決まっている。
そもそも将来の奥様にどう説明するのか……そう考え抜いた末に結論を出したのだろう。
今までにも私は数え切れないほど婚約をされ、そして同じ数だけ婚約破棄をされてきた。
今じゃもう慣れっこだけれど、それでも私は毎回のようにこうやって言ってやる。
「坊ちゃまは女性を軽視しすぎです。良いですか。坊ちゃまに心があるように私にも心があるのです」
「うっ……でも、心って……」
「何か仰っしゃりたいことでも?」
「いや、君の言うとおりだと思うけど……」
少し慌てる坊ちゃまの前で泣き真似をする。
自分が色々と得意なことが多いのに内心で感謝しながら大泣きするわけでもなく、さめざめとすすり泣く。
「私は本気で坊ちゃまを愛しておりました。婚約を申し込まれたときは本当に嬉しかったのです。あなた様に一生を捧げようと思っておりましたのに……」
「いや、それは悪かったけど……でも、その結婚しようって言ったのはまだ3歳とか4歳くらいのときで……」
「幼かったから戯れに言ったとでも言うのですか!?」
「いや、その……本気だったんだけど……だけどさ、その……」
両手で顔を隠しながらニヤリと笑う。
十数年に一度の楽しみだ。
もう少し味わっても罰は受けないだろう。
――なんて思っていたら。
「そこまでにしてくれ。息子が本気で困っている」
「旦那様」
その言葉と共に旦那様もとい坊ちゃまのお父様とお母様が現れる。
旦那様は気まずそうに苦笑いをして。
奥様はニヤニヤと笑いながら。
「その、なんだ、息子も反省しているのだから……」
――最中、奥様と私の目が合う。
互いに無言で頷く。
女同士の仲はやはり強い。
「そんなこと言って! そもそも旦那さまだって私に婚約を申し込んでくださったのに!!」
「いや、えっと、それは……」
坊ちゃまと全く同じ様子で狼狽える旦那様の隣で奥様が笑みを深めながら大声をあげる。
「なにそれ!? 初耳なんだけど!?」
そんなわけない。
今でも折に触れて奥様は旦那様をからかっていらっしゃるのに。
「信じられない! 私というものがありながら……」
「いや、まて。まってくれ。だから僕が彼女に婚約を申し込んだのは5歳の時で……」
「5歳だからなに!? 女の人をなんだと思っているの!?」
「いや、だけど、そもそも彼女は……」
十数年に一度のイベントだ。
これを楽しまないなんてありえない。
主に良いように扱われたメイドの復讐劇なんてありふれている。
まぁ、ただ一つありふれていないのは……。
「そもそも! ミザイリは! アンドロイドだろう!?」
旦那様と坊ちゃまの声が重なった。
そう。
私はこの家に長く間仕えるメイド。
だけれども、ただのメイドではなくアンドロイドだ。
家事に育児に家計の管理なんでもござれ。
ご子息が幼ければ子守を。
育ってきたなら勉強を。
時には褒めて、時には叱って、そうして立派な後継を育てるのが私の役目。
その過程で大抵、ご子息は私に恋に落ちる。
恋という概念も知らず、好きという気持ちに支配され、突き動かされるままに『婚約』してしまう。
この茶番めいた婚約破棄は私の十数年に一度の楽しみなのだ。
だから、今しばらく楽しもう。
この小さな復讐? を。
*
坊ちゃまというのも憚られるほどに立派に成長された新しい旦那様に初めての子供が生まれた。
「双子だよ。どちらも男の子」
「ねぇ、ミザイリ。抱いてくれる? 慣れたものでしょう?」
そう言いながら出産を終えた若い奥様から二人の小さな命をそっと預けられる。
――あぁ、この生まれたばかりの愛おしい命。
何度抱いても心が満たされる。
……いえ。私に心なんてないけれど。
「ねぇ、ミザイリ」
若い奥様から釘を差される。
「この子たちの初恋は奪わないでね」
「心得ております。けれど、人の心は制御も出来ないものです。アンドロイドと違って」
私の言葉に奥様は笑い、旦那様……いいえ、かつての婚約者は恥ずかしそうに両手で顔を覆うばかりだった。
お読みいただきありがとうございました。
こちらの作品は半年ほど前に書きました『メイドのミザイリは暇を請うた』の前日譚になります。
元々は作中のメイド(主人公)をミザイリにするつもりはありませんでしたが、話の構成的に彼女がミザイリでも成立するなと思いせっかくなので設定を流用いたしました。
『メイドのミザイリは暇を請うた』では彼女のその後が細やかですが描かれています。
もしご興味がありましたらそちらも併せて読んでいただければ楽しめるかも知れません。




