【百合】彼女(幼馴染)と同棲してすぐの話 R15版
恋人である由宇ちゃんと一緒に住み始めてから数日経ったはじめての週末のこと、ふと気がつくとテーブルのうえに見慣れないものがあった。黄色の可愛らしいそれは──。
「通帳?」
「そう、通帳」
「なんで通帳?」
「少しずつ貯めて記録しようかと思って」
ペラリと可愛らしい通帳を開くと、既に三回入金されている。貯めて記録とは、と不思議に思っていると上から「ドウセイ」「ショッキ」「ラーメン」と記帳されていた。
これはいったいと彼女の方を向くと、にっこりと柔らかく微笑んで指を差しながら説明された。
「これがね、同棲した記念の貯金。次が新しいおうちで一緒に選んだ食器で一緒にごはんを食べた記念の貯金。一番新しいのが夜中に一緒にカップラーメンを食べた記念の貯金」
言われてあぁなるほどと思いつつ、ひとつひとつ噛みしめるように言う由宇ちゃんがなんだかとても可愛らしい。その横顔は目尻がとろけるように垂れてとても嬉しそうで、見ているこちらもなんだか幸せな気分になってしまった。
こんなの多分ほかの人からしたらぜんぜんよくある普通の内容かもしれない。なんでそんなことでと思われるかもしれないけれど、わたし達にとってはどれもはじめてのことばかりだった。
「はじめて貯金?」
そうたずねると彼女はこくりと頷く。確かに実家が隣同士で生まれたときからほとんど一緒に過ごして大人になったわたし達にとって、大半のことはもうすでに子どもの頃に済ましてしまっていると思う。
それでも彼女は、わたしとの新しい日常の中にたくさんのはじめてを見つけていこうとしている。なんだかそれがとても嬉しくて、少しだけくすぐったい。
「いいね。これから一緒にいっぱい貯めよ」
「えぇ……好き……一緒にしてくれるの……?」
「もちろん」
わたしの言葉が意外だったのか、彼女は驚いて口元に手を当ててからぎゅうと抱きついてくる。そのまま頭にちゅ、ちゅと唇を押し当てられながらわたしは通帳を眺めていた。
「ていうかこんなことできるんだね、知らなかった」
「まぁあんまり通帳って使わないけどね」
でもしたかったんだよねこういうの。そんなふうにつぶやく彼女に愛されて、すごく幸せだなと思う。これからもたくさんたくさん、小さなはじめての記念日を増やしていこうねという気持ちを込めながら、彼女へぎゅうと抱きついた。
そのまま背伸びして鼻先をくっつけてぐりぐりと押し付けると少しくすぐったくて、彼女も同じだったのかお互いくすくすと笑みがこぼれる。
頬擦りをすると彼女も同じようにしてくれて、そのまま頬にちゅっと唇を押し当てると、同じように返ってくる。そんなことを飽きもせずしばらく繰り返してから、突然抱き上げられた。
「ぅ、わ……!」
突然のことに驚き彼女の首にぎゅうと抱きつく。そうすると由宇ちゃんはわたしを抱き上げたままくるくる回り始めるものだから、重くないのかと驚くのと同時に、なんだか遊園地のコーヒーカップみたいで楽しくなってしまって、きゃーきゃーはしゃいでしまった。
新生活は順調な滑り出しだと思う。これってもしかしてもしかしたら、死ぬまでずっとこんなふうに暮らしていけるのかな。彼女が回るのをやめてもまだ目が回っているような感じが残るままそんなことを夢みながら、わたしは嗅ぎ慣れた彼女の香りを胸いっぱいに吸い込むのだった。
腕の中でしばらくそうしながら、今日はなにをしようかなとぼんやりと考え始める。
せっかく晴れているのだからまずシーツを洗って、お布団を干して。来週分の食材の買い出しやらなんやらで忙しくなりそう。
でもそんな日常を彼女と一緒に過ごせることがいまはすごく嬉しい。もしかしたら何年も経ったらだんだん一人の時間がほしくなったりするのかな。そんなことまだまだ想像ができなかった。
そんなことをつらつらと考えていたら、はたと気がつくといつの間にやら寝室へ連れてこられていた。
「……?」
あれ、由宇ちゃんもお布団干そう思ってたのかなと彼女の腕の中から脱出しようとすると逆にぎゅうぎゅうと強く抱き締められて、あれれと不思議に思う。
あれよあれよという間にベッドへ押し倒されて彼女の顔を覗き見ると、一見優しげに笑っているように見えるのに、なんというか獲物をどこから食べようか品定めしている猛獣のようにぎらぎらしている、というのが近いかもしれない。とにかくいまからやらしいことをしますとでも言いたげなそんな目をしていた。
「由宇ちゃん、まだ朝」
「うん」
「お布団干したいし、シーツも洗いたい」
ぜんぜん全くもって嫌ではないけれど、一応主張はしてみる。その間にもパジャマのボタンを上からひとつずつ外されていき、すぐに彼女の唇が喉元へ寄せられた。
「ん、」
鼻にかかったような甘い響きの声が僅かに漏れる。くすぐったいような、気持ちがいいような。ふと視界に入ったカーテンの隙間から覗く日差しはもう随分と明るいように思った。
そうするとよそ見していたのが気に入らなかったのか、頬を包まれてやんわりと顔を彼女の方へ向かされる。親よりも見慣れているんじゃないかとさえ思う瞳と視線が絡まり、どきりと胸が高鳴った。
今日はもう、なんにもしなくてもいいかも。欲望に負けてもはやそんなふうに思ってしまう。だんだんと近くなる距離に目を閉じるとすぐに唇に柔らかなそれが押し当てられた。
離れたかと思うと今度は鼻やまぶた、おでこにちゅ、ちゅと口付けられて、それらをすべて大人しく受け入れる。まぁこんな日も悪くない。わたしも彼女のパジャマのボタンを外しながらそんなことを考えていた。
お互いに脱がし脱がされながら、やがて彼女がはっとしたようになにかに気がつく。なんだろうかと見つめていると、由宇ちゃんは声をひそめてわたしの耳元でささやいた。
「……汚してから洗った方がお得じゃない?」
そんなくだらないことを真剣な顔をして言うものだから思わず少し吹き出してしまう。すごく頭がいいのに突然そんなことを言い始めるものだから、わたしはおかしくてたまらなかった。
彼女に押し倒されて見下ろされたまましばらくくすくすと笑い転げていたけれど、やがて痺れを切らしたようにあちらこちらに触れてくる。そうすると身体は簡単にスイッチが切り替わるようで笑いながらもじわじわと息が詰まった。
不思議だ。出会ってからの期間を考えればこういうことをしだしたのはごくごく最近であるにも関わらず、お互いにどこが気持ちいいだとか、いまどこに触れられたいだとか、そんなことは何故だかはっきりと手に取るようにわかるものだから、幼馴染というのは本当に厄介だと思う。
硬くなったそこをぢゅっと吸われ、目の裏がちかちかと白む。背筋が甘く痺れてシーツに皺を寄せるけれど、こちらからも負けじとふわふわの柔らかな場所をゆっくりと形を変えるように触れた。
目が合うたびに唇を寄せ合い、お互いに夢中にこうしながらも、なんとなく周りが見えないほど無我夢中で求め合うという感じではなくて。どちらかといえばすでに長年連れ添いあって落ち着いてしまったような感じがあるので、訳もわからないくらいぶわっと激しく、というよりはぬるま湯に浸かったようなじんわりとした気持ちよさがずっと続いていた。
しっとりと汗がにじむ身体に触れ合いながら、改めて汚してから洗おう発言をふいに思い出して少し笑ってしまう。わたしがくすくすとわらっていると、彼女は不思議そうにこちらを見てきた。
「……どうしたの?」
「いや……こういうお誘いははじめてだなと思って」
シーツを汚してから洗おうだなんて。思い出しちゃったと何気なくそう言うと、由宇ちゃんはわたしを見下ろしたまままたはっとした顔をしていた。
「……?」
そんな反応に、なんだろうと一瞬不思議に思ってからすぐに彼女が考えていることが手にとるようにわかり慌てる。だめだ、はじめてってワードを口にするだけでもうスイッチが入ってしまうようになってしまったらしい。
「いや待って、だめだよ。だめだからね」
はじめて記念日の気配を察知したらしいそんな様子を見て慌てて止める。やめて、こんなこと記帳しないで。いったいなんて打ち込むつもりなの。
「うんわかった」
さらりと返事をする彼女に、いや絶対わかってないでしょと心の中で反論する。心の中でしか言えなかったのは、口からついて出るのは甘い声だけだったからで、そうなるとやっぱり由宇ちゃんのせいで反論できなかったと思ってしまうのは仕方のないことだった。
指先ひとつでわたしをもてあそび──いや本人はもてあそんでいるつもりなんてないのだろうけれど──高みへ追い詰め、ようやく腕の中から解放される。
こちらが息を整える間もなく、すっきりした顔を浮かべた彼女はさっとわたしに服を着せてからソファへ運ぶ。それからてきぱきと布団から剥がしたシーツと二人分のパジャマを洗濯し始めて、ベランダには布団を干してくれた。
「朝ごはんなに食べたい?」
ソファでぐでっとしているとそんなふうに聞かれるものの、わたしもうわりとあなたでお腹いっぱいなんだけどだなんて言えるはずもなく。だって調子にのるから。
由宇ちゃんが食べたいものが食べたいよと答えたらこの日はパンの気分だったようで、二人でのんびりトーストと野菜スープを食べた。
ぜんぶ一人でさせてごめんねと言おうとしてから、いや由宇ちゃんのせいだし別にいいかと思い止まる。網戸にした窓から穏やかな風が室内へ舞い込み、レースカーテンをふわふわ揺らしていた。
「由宇ちゃん、今日なにする?」
「んー……なにしよっか」
ソファに並んで座って、ふわふわしたそれを眺めながらそんなふうに聞いてみるけれど答えは特に出ず。
彼女の肩へこてんと頭を預けて、わたしは目を閉じる。なにをしようかなとも思いつつ、なにもせずにこうやってのんびり過ごすのもすごくいいと思った。
もたれかかった身体はずるずると落ちて、やがて彼女の膝へ頭を落ち着かせる。みずから膝枕へ持ち込んでから、今日はこうしてのんびりしようよと彼女へ言おうとしてちらりと彼女の方を見ると、何故だか天を仰ぎ見ていた。
「どうしたの?」
「いや……あの、なんていうか」
「ソ……ソファカバーも汚してから洗う?」
「……は?」
あまりに驚き過ぎて言葉にならなかった。
いやいやいやいや。なに言ってるのこの人は。嫌ではないけれど、同棲して早々にそんな堕落した生活しちゃだめでしょ。
彼女の方をじぃっと見上げていると、ちらっちらっとこちらの様子を窺っていて、少し赤くなった頬がなんとも憎めない。そうだ、昔からこの女はいつもそう。わたしが断らないと思ってこうやってつけ込んでくるんだ。
けれどわたしももう大人だからあなたの言うことを聞いてばかりではありません。そんな強い意思をもってゆっくりと起き上がり、彼女ににっこりと微笑みかけた。
「洗濯物干したら買い物行こ」
そして誰かさんが小さくぼそりと「……だめか」と呟いた声は聞こえなかったことにして、わたしは立ち上がる。そうするとちょうど洗濯が終わったようで洗濯機のピーピーという音が家の中に小さく響くのだった。
そして後日、なんの気はなしに目に止まった通帳を手にとる。パラパラとめくると先日のあの日も入金したようで「スキ」と記帳されていて、恥ずかしいやつめと膝から崩れ落ちるわたしなのであった。




