Sweet box
「マジありえんのだけどー!!」
梨々香の叫びが、放課後の教室に木霊した。
読んでいる本から視線を外さずに、藍は冷静に返す。
「うるさいわよ、梨々香」
しかし、梨々香は声を落とす事なく喚き続ける。
「アイツ、二股してやがったの! 即座に振ってやったけどさ! リリ、めーっちゃ頑張ってバレンタインチョコ作ったんに、全部ムダ! 一周回ってウケる!」
「知らないで渡すより良かったじゃない」
「それな! あんなヤツに渡さんで良かったわ! でも折角作ったから萎えぽよなんだが〜」
ゴミ箱にチョコレートらしきものを突っ込んだ梨々香は、項垂れて、藍の机にべしゃっと顔面から倒れ込む。
藍の気持ちは、またか。という呆れで包まれている。
机に突っ伏している金髪のギャルは、確かこれで失恋五回目とか、それくらいだった気がするからだ。
「今度こそリリの運命見つけた!」とか息巻いていたくせに、一週間で破局である。
まぁ、来週くらいには新しい運命と出会う筈だから問題無いだろう。
藍は適当に慰める事にした。
「きっと、もっと良い人がいるっていう神様からの啓示よ」
「ケージ? ナニソレ?」
「けいじ、お告げみたいなものよ」
「リリ、神様に選ばれしモノってコト!?」
「あー……。まぁそんな感じで良いんじゃない?」
「マジか! 女神リリ爆誕!?」
話が飛びまくってえらい事になっているが、修正するのも面倒くさい。
藍はもうそういう事にしておこうと思った。
梨々香の妄想はどんどん膨らみ、何故か自分が女神になって神様と結婚し、世界をウサミルで染めるという所までいっている。
ウサミルというのは、梨々香が大好きなマスコットキャラクターだ。
「あー、でもさぁ。神様とケッコンしちゃったら藍と遊べないじゃん。やっぱりナシ」
「えぇ?」
「リリ、藍が居ないとムリぽよだもん〜」
梨々香と藍は高校生になってから出会ったのだが、何故か馬が合い、放課後にダベる仲になっている。
お互い所属しているグループは違う、不思議な関係だ。
だから、藍は梨々香の中で自分の存在は、愚痴を聞いてくれる暇人という認識なのだと思っていた。
どうやらそれだけでは無さそうだ。
「梨々香、友達沢山居るじゃない」
「んー、ダチも大切だけど、藍はトクベツ!」
「特別?」
「うん! リリの話ちゃんと聞いてくれるの、藍しか居ないもん!」
「私、結構適当に返事してるけど……」
「藍はさー、ちゃんとわかんない事教えてくれたり、アドバイスくれたりするじゃん」
梨々香的には、藍の受け答えは気持ちの良いものらしい。
ちょっと意外で、藍は梨々香の顔をこの日初めてまじまじと見た。
相変わらず濃い化粧で、ばざばさのつけまつ毛の中にある瞳は、カラコンで青色に染まっている。
そういえば、梨々香のすっぴんを見た事がない。
「なーにー、じっと見て! あっ、今日のリリ、ラメ多めなんだけど気付いたとか?」
「いや、梨々香のすっぴん見た事ないなって思ったのよ」
「そっちかい!」
すると、梨々香は急にもじもじとし出す。
何事だ。
「化粧はさー、リリ的に武装なワケ! すっぴんってなると裸を見せる気分っていうかぁ……」
「見せろとは言ってないわよ」
「やだ、リリはやとちり!」
こんな会話ができるようになってきたなら、さっき別れた彼氏のことはもう梨々香の頭から消えているだろう。
藍はそろそろ帰ろうと思って、本を閉じた。
「えー、藍帰るの?」
「日が暮れたら寒いじゃない、梨々香も帰ろう」
「分かったぁ」
二人は各々帰り支度をして、校舎から出る。
まだまだ寒い二月の風が、二人の素足を撫でた。
「うわ、さっむ!! 毎年こんなさむいっけー?」
「これでも今年は温かいらしいわよ」
「ま!? お天気おじさん間違ってない!?」
「残念ながら事実よ」
並んで歩き出すと、梨々香が藍の手をぎゅっと握ってくる。
その手は爪が長くて、藍は割れないのだろうかとひやっとする。
「相変わらず長い爪ね」
「だしょー? お手入れ大変なんだよ!」
ならば何故伸ばすのか?
藍には理解出来ない。
「バレンタインチョコってさー、好きな人に渡すもんじゃん?」
梨々香が急にチョコの話をし出す。
まだ忘れて無かったのか。
「まぁ、日本ではそうね」
「好きな人って、女の子でもいーの?」
「良いんじゃない?」
「ふーん……」
そこから梨々香の話は飛びに飛び、最寄駅に着く頃には、冷蔵庫だけの冷蔵庫欲しくね? という話になっていた。
意味が分からない。
「じゃあ、電車乗るからまたね」
藍と梨々香の乗る電車は反対方向なので、ここでお別れなのだ。
「あっ! ちょっと待ってー!」
梨々香が慌てながら、カバンから包装された箱を取り出す。
そして、藍の手にそれを握らせる。
その顔は、寒さからか赤く染まっていた。
「絶対家帰ってあけてね! バイバイ!」
「梨々香っ……! あぁ、行っちゃった」
藍は、走って行った梨々香に一応手を振って、電車に乗り込む。
やけに綺麗なラッピングだ。何が入っているのだろう。
藍は家に帰り、母に挨拶して自室に上がった。
そして、気になっていた梨々香から貰った箱のラッピングをほどく。
「ふふっ、何これ」
中には、歪なハート型の手作りチョコレート。
そして、メッセージカードに『藍へ、リリのフォーエバーラブ!』と書いてある。
しっかり藍用を用意してくれていた梨々香がいじらしく感じる。
「ホワイトデーは三倍だっけ?」
頑張った梨々香に、何をあげようか。
藍はチョコレートをひと齧りして、その甘さを享受した。




