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ゆうしゃさまのなつやすみ  作者: 佐賭 潮


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【一話】ゆうしゃさま、はじめてのおやすみ


「……勇者様、本当に行ってしまわれたな」

 帝国騎士団本部。

 石畳の中庭に集った騎士たちは、誰からともなく空を見上げていた。

「魔王軍が討伐されたとはいえ、帝国の安寧が保証されたわけではない」

「それでも、国王陛下がお許しになったことだ」

 若い騎士が腕を組んで唸ると、年嵩の騎士が小さく肩をすくめた。

「十年以上だ。剣を置く暇もなく、世界のために戦い続けてこられた。褒章の一つや二つ、あっても罰は当たらんさ」

「だが、よりにもよって褒章に望んだのが――」



「「「休暇、とはな」」」



 騎士たちの声が綺麗に重なり、全員が頭を抱えた。



 

 

 東京都墨田区。

 空を貫くようにそびえ立つ巨大な塔の真下に、一人の少女が立っていた。

 長い鴇色の髪を一つに束ね、まだあどけなさが残る顔立ちに、輝く金色の瞳。そして、この世界では明らかに場違いな鎧姿の完全武装。

 人々は一瞬だけ彼女を見て、視線を逸らす。

 見なかったことにするには、少々目立ちすぎる存在だった。

 少女――リントゥーエルンは、ゆっくりと息を吸った。この世界の空気を、肺いっぱいに満たす。

「……瘴気なし。今のところ魔物の気配もなし」

 満足そうに呟く。

 手首にはめられた魔道具が、微かに震える。外見は異界の腕輪――この世界で言うところのスマートウォッチに酷似していた。


『リントゥーエルン、周囲は安全か?』

 雑音混じりの声が響く。

 長年、背中を預けてきた魔法師のしゃがれた声が、すでに懐かしく感じる。

「問題ない。マナは薄いが、活動に支障はないかな。治安も悪くなさそう」

『……視覚共有が効かん。そちらの世界、マナが不安定すぎる』

「確かにね。大きな魔法は使えないかも」

『危険度の低い世界を選定したはずじゃが、一応気をつけろ』

「誰に言ってるんだか」

 勇者(リン)は微笑み、魔法師は鼻で笑う。

『しかし、なぜ異界で休暇を?』

 リントゥーエルンは、少しだけ考える素振りをしてから答えた。

「どこへ行っても“勇者様”と呼ばれるのは、正直疲れる」 「隠居は退屈だし、旅に出ても既視感しかない」 「それなら誰も私を知らない場所で、自由に過ごしたい」

 思いの丈を述べると、数秒の沈黙が流れる。そして、

『貴様ァァァァ!!』

 怒声が魔道具から噴き出した。

『そんな理由で一世一代の大魔法を使わせおって!!』 『転移座標の固定がどれほど――!! 調整が!! 計算が!!』

 言葉は次第に悲鳴に変わり、雑音に飲み込まれていく。

『この阿呆が……っ……な……!……』

 ぷつり、と通信が途切れた。

「……切れたな」

 リントゥーエルンは魔道具を軽く叩く。

「やはり、マナが不安定だ」


 視線を上げた先には、東京スカイツリーがある。

 石でも、魔力結晶でもない素材。魔法の理に従っていないにもかかわらず、あれほどの規模を保つ建造物。

「――なるほど」

勇者は目を細めた。

「異界のダンジョンか」

 

 仲間の血と、魔物の臓腑に塗れ、一瞬の油断が世界の終焉に直結する戦場を生き抜いてきた彼女は、生まれて初めて「使命のない時間」を手に入れた。

 勇者という役割を脱ぎ捨て、ただの少女として、異世界に降り立ったにもかかわらず、その内側から芽吹いた欲望は、驚くほど単純で、純粋だった。

 



「あのダンジョン、攻略したい」

 



――彼女は、生まれながらの勇者だった。



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