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死んだ目をした奴隷少女を買った理由

 異世界に転生して、二年。


 俺は、この世界にも慣れてきた。


 冒険者として、それなりに稼げるようになった。


 宿屋暮らしも悪くない。


 でも——


「そろそろ、ちゃんとした家を借りたいな」


 一人暮らしは、なんだかんだで寂しい。


 前世では、実家暮らしだったから余計に。


 ——ふと、転生した時のことを思い出す。


 案内してくれたのは、転生神ツクヨ。


 胡散臭い魔法使いみたいな格好をした、やたらと疲れた顔の神様だった。


「最近は異世界転生も厳しいんですよ」


 そう言っていた。


「コンプラとか、うるさくなりまして。ハーレムとかも抗議があってですね。女性転生者団体から『女性蔑視だ』って苦情が来るんです。だから、チート能力もそんなにあげられなくて……」


 結局、俺がもらったのは——


「売れ残りスキルの詰め合わせセット」


 だった。


 内容は——


「体力が人より少し多い」

「運が少しいい」

「スキルの習得が少し早い」

「睡眠時間が少し短くて済む」

「毒耐性が少しある」


 ——全部「少し」だ。


 単体だと使い物にならないスキルの詰め合わせ。


 ツクヨ曰く「私のお気に入りの転生者なので特別です」とのことだったが、どう見てもいらないスキルを押し付けられただけだ。


 ——まあ、それでもなんとかやっていけてるから、いいか。


 そんなことを考えながら、街を歩いていると——


「奴隷市場」


 看板が、目に入った。


「……」


 この世界には、奴隷制度がある。


 前世の俺からすると、信じられない話だ。


 でも、この世界では当たり前のことらしい。


「見ていかれますか?」


 商人が、にこやかに声をかけてきた。


「いや、俺は……」


 断ろうとした。


 でも——


 檻の中に、一人の少女がいた。


 漆黒の髪。青い瞳。

 透けるように白い肌。華奢な体。

 ボロボロの服を着て、膝を抱えて座っている。


 ——綺麗だ。


 でも、それ以上に——


 目が、死んでいる。


 希望も、絶望も、何もない。

 ただ、虚ろな目で、虚空を見つめている。


「この子は?」


「ああ、こいつですか。エルフの血を引いてましてね。見た目は良いんですが——」


 商人が、肩をすくめた。


「反応が薄くて、使いにくいんですよ。値段は下げてますけど、なかなか買い手がつかなくて」


「年齢は?」


「人間でいうと十五歳相当ですね。エルフの血が混ざってるから、実年齢はもっと上かもしれませんが」


 十五歳。


 俺は二十七歳だから、十二歳差か。


 ——ちょっと待て。


 十五歳?


 中学三年生じゃないか。


 いや、この世界には中学なんてないけど。


 でも、前世の感覚だと……。


 十二歳差。


 アラサー年代の男が、中学生を買う。


 ——異世界に迷い込んだが、犯罪者の道に迷い込むのはまずいだろ。


 ——やましいことをするつもりはない。


 ただ、助けたいだけだ。


 うん。そうだ。助けたいだけだ。


 ——俺は善人だ。善人なんだ。


「……いくら?」


「金貨五枚でいいですよ」


 安い。


 この世界の奴隷相場を考えると、破格だ。


「買う」


「え? 本当ですか?」


「ああ」


 俺は、財布から金貨を取り出した。


「毎度あり! 契約書はこちらです」


 サインをして、鍵を受け取る。


「さあ、新しいご主人様だよ」


 商人が、檻を開けた。


 少女が、のろのろと立ち上がる。


「……ご主人様」


 抑揚のない声。


 感情のない顔。


「よろしく——えーと、名前は?」


「……シエラ」


「シエラか。俺はユウキ。これからよろしくな」


「……はい」


 こうして——


 俺は、奴隷を買った。


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