7話「それでも僕は諦めない」
「すまぬ、ノエル殿。
昔はあんな子ではなかったのだが……。
両親を亡くして以来心を閉ざしていてな。
年々奴の表情も態度も冷たくなり……今ではあのようになってしまった」
グレゴール様が眉を下げ、苦しそうに言葉を紡いだ。
負けちゃ駄目だ! 僕はこの方の役に立ちたいと思ったんだから!
レイヴン様とリゼット様の支えになるって約束したんだから!
グレゴール様は初めて僕の能力を認めてくれた。そんな人を悲しませてはいけない!
「安心してくださいグレゴール様。
僕、ああ言う事を言われるの慣れてますから」
グレゴール様に笑顔を向ける。ちゃんと笑えていたらいいけど、引きつっていたらどうしよう?
悪口を言われるのに慣れているのは本当だ。
レイヴン様は言葉は冷たいけど、暴力は振るわない。それだけでもエルゼンベルク侯爵家にいたときより、いくらかマシだ。
「慣れている?
暴言を吐かれることにか?」
「えっと、それは……」
エルゼンベルク侯爵家でのことは、口外しないほうがよかったかな?
伯父とセリアンにはレーベ男爵領を管理して貰っている。
二人を貶したことを彼らに知られたら厄介だ。
エルゼンベルク侯爵家で起きたことは、口にしないように気をつけよう。
「大旦那様、ノエル様のお荷物は古びたボストンバッグ一つでございました。
もしかしたら……」
「うーむ、そうか。
ノエル殿、エルゼンベルク侯爵家では苦労していたようだな」
グレゴール様が目尻を下げる。彼の瞳には同情と悲しみが宿っているように見えた。
「いえ、ちゃんと部屋も与えられていましたし、ご飯も頂いていました。
なんの問題もありません!」
部屋は屋根裏で、ご飯はパンとスープの日が多かったけど、それでも雨風は凌げたし、今日まで生きて来られた。
「そうか、そなたがそう言うのならこれ以上は追求はしまい。
クラウスよ、ノエル殿は長旅で疲れている。
部屋に案内しなさい」
「承知いたしました。
大旦那様」
「ノエル殿、今宵はゆっくりと体を休めよ。
わからぬことがあれば、なんなりとクラウスに尋ねるが良い」
「ありがとうございます」
今日は色んなことがあってとっても疲れている。
「グレゴール様!
部屋に行く前に寄りたいところがあるのですがが、許可をいただけますか?」
その前に、一つやっておきたいことがあった。
◇◇◇◇◇◇
「申し訳ございません、ノエル様。
リゼット様はどなたにもお会いしたくないそうです」
「そうですか……」
自分の部屋に案内して貰う前によったのは、リゼット様のお部屋。
彼女の容態が気になったのだ。
グレゴール様と同じ病に苦しんでいるなら、薬を飲む時に水が必要だと思ったから。
対応にあたってくれたのは五十歳くらいのメイドさん。
ぽっちゃりとした体系に温和そうな顔立ちの、人当たりが良さそうな女性だ。
執事長さんの話では彼女はメイド長で、今はリゼット様のお世話をメインにしているようだ。
リゼット様が懐いている使用人は執事長のクラウスさんと、メイド長のヨハンナさんだけみたい。
執事長さんにはグレゴール様のお世話とか、色々お仕事があるみたいだし、メイド長さんがリゼット様の専属になるのは必然。
「水の差し入れだけでもさせてください。
僕の魔法で出した水と薬を一緒に飲むと、瘴気症の症状が緩和されるみたいなんです」
「大旦那様の許可は取ってある。
今後はリゼット様が薬を飲む際は、ノエル様が魔法で出してくださった水を使うように」
執事長さんが事情を説明する。
「承知いたしました。
リゼット様もお喜びになるでしょう」
メイド長が水差しを取りに一度部屋に戻る。
僕はリゼット様の健康を祈りながら魔法を使い、器に水を注いだ。
信頼は一気には得られない。
こういう地道な行動で、ちょっとずつリゼット様の心を開かせることができたらいいなぁ。
◇◇◇◇◇◇
「ここがノエル様のお部屋でございます」
執事長さんに案内された部屋は、大きなシャンデリアがある広い部屋だった。
木目がしっかりとわかるデザインの家具で統一された部屋は、暖かみを感じた。
「僕、こんな大きな部屋を使っていいんですか?
窓が大きい!
日当たりがとってもいい!
隙間風が入って来ない!
カーテンが破れてない!
絨毯が敷いてある!
机の足がガタガタしてない!
椅子がぎしぎし言わない!
ベッドに屋根がついてる!
ベッドがふかふかしてる!」
エルゼンベルク侯爵家だったら、伯父やセリアンしか使えないような豪華な部屋だ。
執事長さんが悲しげに目を伏せた。
「おいたわしやノエル様。
エルゼンベルク侯爵家では、さぞご苦労されたのですね」
執事長さんは目尻に涙を溜めていた。
大きな部屋で気分が高揚して余計なことまで話してしまった。
エルゼンベルク侯爵家で虐められていたことは秘密にしようって決めたばかりなのに……!
「ご安心ください。
当屋敷ではそのような心労はかけませぬゆえ。
使用人一同、ノエル様が快適に暮らせるように誠心誠意尽くさせていただきます!」
そこまで言われると、むず痒くなってしまう。
でも、執事長さんの気持ちは嬉しい。
「ありがとうございます」
「ノエル様は長旅でお疲れでしょう。
湯浴みの準備を……」
「あの!
湯浴みって他の人に服を脱がされたり、体を洗われたりするんですか?」
「はい、いつもそのようにお手伝いしております」
「お気持ちは嬉しいのですが、手伝いは結構です!
僕は一人で着替えもできますし、お風呂に入れますから!」
「しかしそういう訳には……」
「お湯だけ用意してもらえれば、大丈夫ですから!!」
伯父やセリアンは、当然のように使用人に着替えや体を洗うのを手伝わせてたけど僕には無理だ。
そう言えば、伯父に「人前で絶対に服を脱ぐな!」って念を押されてたけど……どういう意味だったのかな?
伯父は常にセリアンの味方で、理不尽に暴力を振るう人だった。
セリアンが悪い事をしても全部僕のせいにされた。
僕の言い分なんて何も聞いてくれなかった。
だけど、セリアンが僕を池に突き落としたり、階段から突き落としたときは、セリアンを厳しく叱っていた。
伯父なりに僕のことを気にかけてくれていたのだと思ったけど……他に思惑があったのかな?
それよりも今はお風呂のことだ。
僕はなんとか執事長さんを説得して、退室してもらった。
一人でお風呂に入り、一人で着替えをし、部屋で美味しい夕食を食べて(お肉が出た、具入りのスープもついてた)、清潔な寝具で眠った。
今日は色々あったな。
レイヴン様には嫌われてしまったし、リゼット様は心を閉ざしたままだけど、少しづつ仲良くなれたらいいなぁ。
瘴気対策に良いことを思いついた……。明日、グレゴール様と執事長さんに相談してみよう……。
考えたいことはいっぱいあったけど、睡魔には勝てず、布団に入って一分で深い眠りに落ちた。
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