6話「氷の貴公子との初対面」
「ノエル殿、レイヴンとリゼットをよろしく頼む」
「はい、先代辺境伯爵閣下」
「家族になったのだ。
そんな他人行儀な呼び方はやめてくれないか。
そうだな、これからは気軽に『お祖父様』と呼んでくれ」
先代が頬を緩めにこりと笑う。
そう言われても、いきなりは呼びづらい。
「大旦那様、いきなりそのような呼び方はノエル様が萎縮されてしまうのではありませんか?」
執事長さんがフォローに入ってくれた。
「そうか、ではなんと呼んで貰えばいい?
『先代』や『閣下』では他人行儀で落ち着かん」
「そうですね。
お名前に様付けから初めてはいかがでしょうか?」
「そうだな、それが良さそうだ。
ノエル殿、これからは『グレゴール』と呼んでおくれ」
それも結構ハードルが高い。それでも「お祖父様」と呼ぶよりは良さそうだ。
「はい、では本日より閣下のことを『グレゴール様』と呼ばせていただきます」
「うんうん、良い響きだ」
グレゴール様は嬉しそうに眉尻を下げた。
「では、現在の辺境伯爵閣下のことはなんとお呼びすれば」
「孫息子のことは名前でも、旦那様とでも、ダーリンとでも好きに呼ぶよい」
ダーリンはちょっと無理かな……。
旦那様も屋敷の当主としての意味でなら呼べるけど、伴侶として呼ぶのは気恥ずかしい。
こちらも名前に様付けで呼ばせて貰おう。
「レイヴンにはここに来るように言いつけて……ゴホッゴホッゴホッゴホッ……!!」
突然、グレゴール様が咳き込み出した!
執事長さんがグレゴール様の背中を撫でる。
「執事長さん、グレゴール様はどうしたのですか?」
「瘴気症と呼ばれる症状です」
「瘴気症……?」
「空気中に蔓延した瘴気が、風邪に似た症状を引き起こすことでそう呼ばれています。
発熱、悪寒、頭痛、倦怠感など様々な症状をもたらし、特に喉の痛みと咳の症状が強く、体の弱いものや子供や年寄りほど症化しやすいのです」
「治るんですか?」
「薬を処方すれば問題ございません」
執事長さんが引き出しから、紙に包まれた粉薬のような物を取り出した。
水差しを手に持った執事長さんの顔が青ざめた。
「水を切らしておりました。
急いで汲んで参ります!」
「待ってください!
その水差しを僕に貸していただけませんか?」
ここから食堂や井戸までは距離がある。
水を汲んで戻って来るまでに、どれほどの時間がかかるかわからない。
それまで苦しんでいるグレゴール様を放置できない!
「僕は魔法で水を出します!
その水で薬を飲ませてください!」
「では、お願いいたします」
「はい!」
僕は執事長さんから水差しを受け取り、魔法で水を注いだ。
水差しの半分ほど水を出すことができた。
「この水でお薬を……!」
「承知いたしました」
執事長さんは慣れた手つきでコップに水を注ぎ、グレゴール様に粉薬を飲ませた。
先ほどまでの咳が嘘みたいに、ピタリと止まった。
グレゴール様の顔色も良さそう。僕はホッと息をついた。
「ノエル殿、醜態をお見せした。
また、そなたの魔法に助けられたな。
礼を言う」
グレゴール様が頭を下げた。
「頭を上げてください。
僕は当たり前の事をしたまでですから」
感謝されるのに慣れてないから、照れくさくなってしまう。
「それにしても凄く効果のあるお薬なんですね。
ピタリと咳が治まるなんて」
グレゴール様は僕の顔と薬を交互に見ていた。
「確かに薬には効果もあっただろう。
だが、いつもは薬を飲んでもこんなに簡単には治まらないのだがな……」
「えっ?」
「これは推測だが、薬がこれほど効いたのは、ノエル殿が出した水に何らかの効力があったのではないだろうか」
「僕の水に……?」
喉の渇きを潤す以外の効果なんてあっただろうか?
「もし、僕の水に何らかの効果があってグレゴール様のお役に立てたのなら、これほど嬉しいことはありません。
もしよろしければ、グレゴール様が薬を服用するときの水を、これからは僕に用意させていただけませんか?」
「こちらからお願いしようと思っていたところだ。
頼めるかな、ノエル殿?」
「はい、もちろんです!」
誰かの役に立てるのは、とっても嬉しい。
「孫娘のリゼットも同じ病で苦しんでおる。
ノエル殿の負担でなければ、リゼットにも水を届けていただけないだろうか?」
「はい、僕でお役に立てるなら喜んで!」
「大旦那様とリゼット様の薬の服用時間は、朝、昼、夕方の三回です。
ノエル様、お願いできますか?」
「任せてください」
今までずっと「能無し」と言われてきたから、小さな事でも誰かに貢献できるのは嬉しい。
でも、瘴気症の原因は空気中に蔓延している瘴気だよね。
原因をなんとかできればいいんだけど……。
僕にセリアンのように雨を降らせる力があれば……。
その時、扉が勢いよく開いた。
「失礼します!
お祖父様、レイヴンです!
エルゼンベルク侯爵家の嫡男が到着したと聞き、参上いたしました!」
入ってきたのは漆黒の美しい髪に、宝石のような青い瞳の目の覚めるような美青年。
さらさらの髪を耳の高さぐらいで切りそろえ、切れ長の目に、スラリと形の良い鼻、薄く整った唇。
程よく筋肉のついた体に、濃い青色の軍服がよく似合っている。
背は僕より二十〜三十センチぐらい高かった。
長身の美男子だ〜〜!
王都にもセリアンや王太子を始め、整った顔立ちの人はいたけど、彼らとは違ったタイプのイケメンだ。
王都の人達は、外見を飾り立てることに時間をかけていた。目の前の美青年は、鍛錬で己を磨くことに重きをおいているようだ。
この方がレイヴン様?
「おお、レイヴンか。
よくぞ参った。
そこにいるのがそなたの伴侶になったノ……」
「お前がエルゼンベルク侯爵家の嫡男か?」
グレゴール様の言葉を遮り、レイヴン様が僕に問いかけてきた。
威圧感のある長身の青年にジロリと睨まれ、僕は無意識に半歩下がっていた。
「あの、僕は……」
「お前が癒やしの雨を降らせるというエルゼンベルク侯爵の嫡男、セリアンかと聞いている!」
腕を乱暴に掴まれ、前後に振られる。
この人、イケメンだけどちょっと怖い……。
「僕は……あの……」
自己紹介したいけど、ガクガクと体を揺さぶられて上手く話せない。
「やめんか! レイヴン!」
グレゴール様が一喝する。レイヴン様が僕から手を離した。
「レイヴンよ、その方はリーベ男爵家の嫡男ノエル殿だ。
そして、お前の伴侶となった方だ」
レイヴン様が眉間に深い皺を作る。
「リーベ男爵家……?
聞いたことがない名だ」
レイヴン様が眉を釣り上げ目を細めジロッと僕を睨む。
「わしは王都で大変お世話になった方だ。
命の恩人と言っても過言ではない。
心を尽くし、丁重に扱うように」
「正気ですか、お祖父様!」
レイヴン様がグレゴール様に向き直る。
「俺はオルデンローア辺境伯爵の役に立ち、リゼットを害せず、子をなさないという条件を満たすなら婚姻しても良いと言ったのです!
それもお祖父様がどうしてもと言うからです!」
レイヴン様が眉を釣り上げ、目を不機嫌そうに細めた。
「我が領は、乾季とモンスター被害と瘴気症により窮地に立たされています!
そんな時に、無名の男爵家と縁続きになってなんの得になると言うのですか!?」
レイヴン様の言ってることは正しい。だからってグレゴール様をそんなに責めなくても。
グレゴール様はレイヴン様の事を思ってこの婚姻を決めたのに……。
「おいお前、ノエルとか言ったか?
お前が屋敷についた時、エルゼンベルク侯爵家の名を口にしたと証言している者がいる。
なぜ、そのような嘘をついた?」
レイヴン様がキッと僕を見据える。
「嘘では……。
エルゼンベルク侯爵家は僕の伯父の家です。
僕はそこに身を寄せていたので……」
エルゼンベルク侯爵家から来た……というのは嘘ではない。
「エルゼンベルク侯爵家の親戚と言う訳か。
それで、お前の能力はなんだ?
エルゼンベルク侯爵令息以上の能力を有していると言うのか?」
レイヴン様は査定するかのように、僕を見つめた。
「あの……僕は……魔法で水を出せます」
レイヴン様の眉がピクリと動いた。
「魔法で水をだせるだと!?
それで、量はどれくらいだ!?」
レイヴン様が僕の肩を掴む。
「一度にコップ一杯ほど……」
「話にならんな!」
レイヴン様は僕の肩から手を離し、吐き捨てるように言った。
「レイヴンよ、いい加減にせんか!
能力だけが全てではない!
ノエル殿は誰よりも美しい魂と、人を思いやる心を持っている!
今のわしらに必要なのは、ノエル殿の思いやりだ!」
レイヴン様は一度目を見開いたあと、ゆっくりと目を伏せた。
しばらくして目を開けたレイヴン様の瞳には、怒りに似た色が宿っていた。
「そんなもの何の役にも立ちません!!」
レイヴン様はグレゴール様を見据え、冷たくそう言い放った。
「ノエルとか言ったな?
役立たずの能無しはいらん!
荷物をまとめて帰れ!」
レイヴン様は真冬の湖のように冷え切った瞳で、冷徹にそう告げた。
グレゴール様と話して、温かくなった気持ちが急速に冷えていく。
やっぱり僕は……役立たずなのかな?
グレゴール様と執事長さんに褒められて感謝されて、調子に乗ってしまったけど、コップ一杯の水を出すだけの能力なんて……。
王都中に雨を降らせるセリアンの能力に叶うはずがないのに……。
「待てレイヴン!
ノエル殿に謝罪せぬか!!」
グレゴール様の言葉を無視し、レイヴン様は部屋から出ていった。
あの方が僕の旦那様……?
僕はあの人の支えになれるのかな……?




