34話「ノエルの覚悟・レイヴンの思い」
「一年中、領地を開けよとは言わぬ。
そなたがオルデンローア辺境伯爵領に深い思い入れが強いことも承知している。
そこを曲げてお願いしたい。
乾季の間だけで良い。
この国の民の為に尽力してはくれぬだろうか?」
陛下が悲しげに眉を下げる。
彼は申し訳無さと、民への責任を含んだ複雑な表情をしていた。
……そう言われるではないかと、なんとなくわかっていた。
陛下のお気持ちもわかる。
僕の能力は、オルデンローア辺境伯爵領が独占していいものではない。
乾季は五月から八月の約四カ月続く。
一年の三分の一も、レイヴン様と離れて暮らさなくてはいけない。
◇◇◇◇◇
窓の外の景色が流れるように過ぎていく。
陛下との会談を終え、翌日僕たちはオルデンローア辺境伯の領地に帰ることになった。
またあの場所に帰れるのは嬉しい。
リゼット様もクラウドさんもヨハンナさんもきっと心配しているだろう。
領地を旅立った時、彼らには挨拶もできなかったから。
嬉しいはずなのに……なぜか心が重い。
「ノエル、大丈夫か?」
隣に座っているレイヴン様が僕の手をとり、心配そうに僕の顔を覗き込む。
「伯父とセリアンのことなら大丈夫です。
一晩経って気持ちの整理もつきました」
彼らには、能力を搾取されたり酷い言葉を浴びせられたり、あまり良い思いではない。
それでも、伯父はリーベ男爵領を管理していてくれた。
叔父としては領地が増えて良かったぐらいの感覚なんだろうけど、両親との思い出の地が守られたことには感謝しなくてはいけない。
両親の死後、孤児になった僕にとってあの人たちは……よくも悪くも家族だったんだ。
だけどもう大丈夫。
僕には新しい家族がいる。
彼らのことで心を煩わせたりしない。
「そんなことではない。
陛下から頼まれたことについてだ」
レイヴン様が眉根を寄せ苦しそうに僕を見つめる。
乾季の間、各地を巡り雨を降らせるという陛下からの申し出を、僕は断ることはできなかった。
水不足や瘴気の被害に悩む人々を見捨てられない。
「仕方ありません。
癒しの雨の力を使えるのは、僕しかいないのですから……」
僕は、一度オルデンローア辺境伯爵家に戻り荷物を整えてから旅立つことになった。
「大丈夫です。
雨季になったら辺境伯爵領に帰れますから」
レイヴン様を困らせないようにできるだけにこやかに笑う。
「それに四カ月の間、ずっと帰れない訳ではありません。
一度か二度は、辺境伯爵領に立ち寄り雨を降らせます」
だけど上手に笑えていたか分からない。
本当は旅なんかに出たくない!
ずっとオルデンローア辺境伯爵領に……! レイヴン様の側にいたい!
だけど……そんなわがままは許されない。
「俺は平気ではない!」
レイヴン様が力強く僕の手を握りしめた。
「レイヴン様……?」
彼の表情は痛いぐらい真剣で、視線を逸らすことができなかった。
「俺は……ずっと君に側にいてほしい!
そう思っている!」
「レイヴン様、ですがそれは……」
僕だってあなたのそばにいたいです!
でもそれは、他の領地の人を見捨てることに……。
「そなたが旅に出るというのなら、俺も一緒に行く!」
「……!」
レイヴン様が一緒に来てくれたら、とっても嬉しい。
でもそれは……。
「ダメです!
レイヴン様にはオルデンローア辺境伯爵領を守るという使命があります!」
僕がいなくなれば、辺境伯爵領はまた雨が降らなくなる。
そうなったら、またモンスターが出没するようになるだろう。
僕のいない間は、レイヴン様がモンスターを倒し町の人たちを守らないと!
「レイヴン様、僕の伴侶である前に辺境伯爵領の当主です!
ですから、そのようなことをおっしゃらないでください!」
「ならばどうすればいい!?
俺はどうすればその後のそばにいて、そなたを守ることができる!?」
彼はすがるように僕を見つめた。
「それは……」
「俺はこんなにもそなたを愛しているのに……!
愛しい人の側にいることも叶わないのか!!」
心臓がドクンっと大きく跳ねた…!
レイヴン様が僕を好き……?
僕の事を愛してる……?
レイヴン様のサファイアブルーの瞳が僕を捕らえて放さない。
彼の表情は痛いくらい真剣で……。
僕の顔に一気に熱が集まってくる。
今の僕はきっと耳まで真っ赤。
「このような思い、そなたには迷惑だろうか?」
レイヴン様の悲しげに目を伏せる。
どうかそのような顔をなさらないでください……!
あなたにそのような顔をされたら、僕の胸が張り裂けてしまいます!
「そんなことありません。
僕も……僕もレイヴン様のことを……」
ずっと好きです。
丘でお花畑を見た時から、ううん違う。
術式が解呪され目覚めた時、あなたが僕の側で手を握っていたときから。
僕はあなたのことが……。
「……お慕したいおります」
そう伝えた瞬間、レイヴン様に抱きしめられていた。
「あっ、あの……レイヴン様……?」
二人きりとはいえこういうことは……。
「好きだ、ノエル!
そなたを愛している!
絶対もう話さない!!」
レイヴン様が僕の顎に手を当て、上を向かせる。
彼の情熱的な瞳と目があった瞬間、彼は僕の唇に自分の唇を押し付けた。
一度目は、王太子に奪われてしまった。
二度目は、レイヴン様と……。
「上書きだ」
レイヴン様も、王太子にキスされたことを気にしていたようで……。
何度も唇を重ねられる。
触れるだけのキスから、徐々に情熱的なキスに変わっていき……。
僕もレイヴン様が好き!
大好き!
彼と離れたくない!!
……そう強く強く願った。
……稲光が空を切り裂き、雷鳴が轟いた。
次の瞬間、馬車の屋根を叩きつけるように雨が降り注いだ。




