33話「陛下からの申し出」
「続いて禁術についてだが……」
陛下のお言葉は続いている。
彼の言葉に集中しなくては。
「今から百年ほど前の戦争で、強奪の術式と譲渡の術式が使われた。
長きに渡る戦争の終わりが見えた時……。
当時の国王により、強奪の術式は術者の一族と共に闇に葬られた」
強奪の術式も我が国の勝利に貢献しただろう。
それなのに存在ごと闇に葬られた。
とても不愉快な術式だし、葬られても仕方がないと思うけど、なんだか割り切れない。
「今思えば術者の一族には気の毒なことをしたと思う。
しかし後の世に残すにはあまりにも危険すぎた」
陛下は沈痛な面持ちで目を伏せた。
「ご先祖様は、有事に備え譲渡の術式を残し、城の地下深く宝物庫で保管した。
その存在を知るのは国王と王太子のみ。
外部に漏れる心配はないと思っていたのだが……」
陛下の表情が曇る。
彼も今回のことで心を痛めているようだ。
「しかし、アルベルトが宝物庫から禁書を持ち出してしまった。
一歩間違えれば、ノエルの命と共に能力を失ったかもしれない。
癒しの雨の能力者の喪失は国に甚大な被害をもたらす。
譲渡の術式もこの世に残すべきではないだろう」
陛下が厳然たる眼差しで言葉を紡ぐ。
「譲渡の術式について記した本は、余が責任を持って処分しよう。
このような悲劇が二度と繰り返されぬように」
陛下の目には揺るぎない決意が宿っているように見えた。
「辺境伯爵家に残っていた、過去の術式にまつわる文献も処分いたしましょう」
お祖父様が厳しい表情で言った。
その言葉に陛下は深く頷いた。
これでもう、新たな被害者が出ることはないだろう。
恐ろしい術式が、この世から消えることに僕は安堵の息をついた。
「エルゼンベルク侯爵家と、ノエルが継ぐはずだったリーベ男爵家だが……」
二つの家は伯父が管理していた。
当主が罪を犯したのだ。取り潰しは免れないだろう。
エルゼンベルク侯爵家は父が育った場所だ。
リーベ男爵家には両親との思い出がある。
二つの家が取り潰されるのは悲しい。
「ノエルはエルゼンベルク侯爵家の血縁である。
またリーベ男爵家の正当な後継者でもある。
今からでも、そなたが継ぐ気はないか?」
陛下からの思いがけない申し出に、僕は目をパチパチさせてしまった。
「ノエルよ、余の申し出がそんなに意外だったかな?」
陛下が穏やかな表情で尋ねてきた。
「申し訳ございません。
急なことで驚いてしまいました。
此度の一件で、エルゼンベルク侯爵家とリーベ男爵家は取り潰されると思っておりましたので」
「咎めは元エルゼンベルク侯爵であるロドリコと、嫡男のセリアンにのみある。
癒しの雨の能力者であるノエルの生家と、その本流である侯爵家を取り潰すのは、忍びない」
陛下の優しさが胸に染みた。
正直とてもありがたい話だと思う。
エルゼンベルク侯爵家とリーベ男爵家も、僕にとっては大切な場所だ。
でも僕は……。
視線を感じ、レイヴン様に目を向けると、彼は不安そうな顔で僕を見つめていた。
レイヴン様はきっと、僕がエルゼンベルク侯爵家とリーベ男爵家を継ぐために、オルデンローア辺境伯爵家から出ていくのではないかと心配しているんだ。
大丈夫です。
僕はもうあなたのそばを離れる気はありませんから。
レイヴン様を安心させる為に、彼の手をそっと握り「大丈夫です」と小声で伝えた。
彼は安堵したように、表情を和らげた。
僕は陛下に向き直り、自分の気持ちを正直に伝えた。
「申し訳ございません。
僕は既にオルデンローア辺境伯爵家に嫁いだ身です。
なので、その二つの家を継ぐことはできません」
陛下は少し驚いた表情をしていた。でも怒っている感じはしなかった。
「領地の管理は生半可なことではできません。
エルゼンベルク侯爵家とリーベ男爵家を管理するなら、そこに住み、民の声に耳を傾けなくてはなりません。
僕はオルデンローア辺境伯爵領を離れたくはありません。
遠方からでは、二つの家を十分に管理できません。
なのでお断りさせていただきます」
二つの家を継いだら、僕はレイヴン様と離れて暮らさなくてはならない。
そんなの耐えられない。
「陛下、エルゼンベルク侯爵家とリーベ男爵家に慈悲をかけてくださるのなら、僕の願いをお聞き届けください。
エルゼンベルク侯爵家の血縁者から、二つの家をきちんと管理でき、なおかつ領民を大切にできる人を選び、当主に任命してください。
領地に暮らし、民の声に耳を傾けられる人を選任してください」
陛下は静かに頷いた。
「何と欲のないことだ。
分かったノエルの意思を尊重し、責任者を選び、エルゼンベルク侯爵家とリーベ男爵家の当主に任命しよう」
そして、僕の提案を受け入れてくれた。
「これからは、ノエルにはちと辛い話になる。
心して聞きなさい」
陛下は眉根を寄せた。
彼の表情には厳しさの中に憂いが含まれていた。
「謹んでお伺いします」
僕は姿勢を正し、陛下の話に集中した。
心臓はドキドキと音を立てる。
これから聞く話はきっと、僕にとっては苦しい話になるだろう。
「ノエルの能力の範囲については先ほど説明を受けた……。
歴代の癒しの雨の能力者の中には、大陸全土を覆うほどの雨雲を発生させるものがいたらしい。
だが、ノエルの降らせる雨の範囲はそれほど広くはない」
癒しの雨の能力者の効果が及ぶ範囲にはばらつきがあるのだ。
なぜそのようなばらつきがあるのか、原因は分かっていない。
僕は歴代の能力者に比べ、能力が低い。
「オルデンローア辺境伯爵領が取り分け乾季の降水量が少ないのは知っている。
しかし、乾季に水不足に悩むのはオルデンローア辺境伯爵領に限った話ではない。
クラブハイム王国は全体的に夏の降水量が少ないのだ」
陛下が哀しげに目を伏せた。
陛下が何を言おうとしているのかわかってしまった。
「ノエルよ、そなたには乾季の間、国中を周り癒しの雨を降らせてほしい」
それはレイヴン様と離れて暮らす事を意味していた。
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