32話「国王陛下との謁見」
「国王陛下、並びに第二王子バスティアン様が入室あそばされます!」
従者の凛とした声が扉越しに響く。
席を立ち、姿勢を正し、陛下の入室を待った。
扉が開き、陛下と思わしき人物が入ってきた。
赤紫の髪を肩まで伸ばし、紫水晶の瞳の温和そうな目元。
歳は四十代前半。
佇まいから威厳が感じられる。
陛下の体を支えている美しい少年がいた。
歳は十四歳くらい。
恐らく彼は第二王子のバスティアン様だろう。
第二王子殿下は、幼さが残る端正な顔立ちをしていた。
青く美しい髪を後ろで一つに結び、キラリと光るアイスブルーの瞳をしていた。
穏やかで聡明そうな方だ。
陛下は杖をつきながらゆっくりと進み、僕らの対面の席に腰掛けた。
第二王子は陛下の隣に立ったままだ。
「一同、楽にせよ」
陛下の許しを受け、僕たちはようやく席に着くことができた。
第二王子は陛下の左隣の席に座った。
「国王陛下におかれましては、麗しきご尊顔を拝し……」
レイヴン様の挨拶を、陛下は手で制止した。
「堅苦しい挨拶は良い。
体調も優れぬゆえ、前置きは抜きにして本題に入ろう」
陛下の声はやや掠れていて、青白い顔をしていた。
具合が悪いのに無理して時間を取ってくれたようだ。
「久しいなグレゴール、レイヴン。
レイヴンの隣にいるのがノエルだな」
陛下は名前を呼びながら、見定めるように一人一人の顔をじっくりと見ていた。
陛下は温和な表情なのに瞳には威厳があった。
僕は目が合った瞬間、ビクリとして背筋を正した。
さすが国王陛下、病に伏せられていても王族としての風格を失われていない。
「話はグレゴール達から聞いている。
そなたが癒しの雨の本来の能力者だそうだな」
「はい、その通りでございます」
「そなたの能力はセリアンを超えると聞く。
今この場で、そなたの能力を見せてはくれぬか?」
「陛下がお望みとあれば喜んで」
僕はその場で手を合わせ、天に祈りを捧げた。
晴天だった空はあっという間に厚い雲に覆われ、ぽつりぽつりと雫が溢れ落ち、窓を濡らした。
やがて本降りとなり、ザーーと音を立て木々や大地を潤していく。
「なんと……!
これほどとは……!
祈りを捧げてから雨が降るまで、さして間がなかったぞ!
瞬きしている間に降り出した!
雨の降り方もしっかりとしている!」
国王陛下にもご納得いただけたようだ。
「これが本来の術者の力……!
心なしか先ほどより体が軽い!
それに……この雨を見ていると、ぽかぽかと暖かい気持ちになる……!」
陛下の目元が潤み、肩がわずかに震えていた。
「父上のおっしゃる通りです!
エルゼンベルク侯爵令息の降らせた雨は、どこか物悲しく、見ているだけで気持ちが沈みました。
ですが辺境伯爵夫人が降らせた雨を見ていると、幼い頃母親の腕に抱かれていた時のような……暖かく穏やかな気持ちになります!」
第二王子は胸に手を当て、ふわふわした表情で外を眺めていた。
それにしても「辺境伯爵夫人」って僕のことだよね……!?
呼ばれ慣れてないから、凄く照れくさい!
「ノエルが辺境伯爵夫人……!
良い響きだ!」
レイヴン様の頬がほのかに赤い。
彼にそんな顔をされると……僕まで照れくさくなってしまう。
「グレゴールよ、ノエルの能力の範囲はどれくらいだ?
セリアンの能力が及ぶ範囲は、せいぜい王都の外壁辺りまでであった」
「ノエルが辺境伯爵領で雨を降らせたとき、その範囲は領土全体に及びました。
王都の約百倍の面積です。
恐らくこたびの雨も、王都のみならず周辺の領地も潤していることでしょう」
「そんなにか……!」
陛下の唇は小さく震えていた。
「ありがとうノエル。
そなたの能力は十分にわかった。
王都では日照りが続き、民が困窮している。
雨をしばらく降らせたままにしてほしい」
「陛下の仰せのままに」
「セリアンの能力は三十分が限界だった。
そなたは能力の持続時間はどれくらいだ?」
陛下の質問は続く。
「以前辺境伯爵領で試した時は、約一日雨が降り続きました」
「なんと丸一日とな!
それほど長時間、雨を降らせ続けることができるのか!?」
「はい、レイヴン様よりそのように伺っております」
陛下は驚愕の表情を浮かべていた。
彼の瞳は少年のようにキラキラと輝いていた。
「年甲斐もなくはしゃいでしまった。
先ほどまで頭痛と胃痛と腰痛と喉の痛みと膝の痛みに悩まされていたのだが……嘘のように消え去っている。
これもそなたの能力の一つなのか?」
「全てが僕の能力の影響という確証はございません。
ですが辺境伯爵領では雨のあと瘴気症が全開し、擦り傷や切り傷などが完治したとの報告が複数上がっています」
「なるほど、その他の能力は余の想像のはるかに超えているようだ」
陛下は顎に手を当て何度か頷いていた。
「惜しむべきは、この能力がエルゼンベルク侯爵親子によって長年にわたり搾取されていたことですね」
第二王子が憂いを帯びた表情で呟く。
彼の言葉に陛下は大きく頷いた。
「エルゼンベルク侯爵親子は、国に甚大な損害を与えた。
アルベルトに唆されたとはいえ、禁術であると知りながら、譲渡の術式に手を出そうとしたことも許されることではない」
陛下は静かな怒りを称えた面持ちでそうおっしゃった。
「彼らには追って厳しい罰を下す。
もちろんアルベルトにもだ。
アルベルトは王太子の身分を剥奪し、王族から除籍した上で北の塔に生涯幽閉する。
次の王太子には、第二王子のバスティアンを任命する」
陛下は厳しい表情でおっしゃった。
身内の情にとらわれることなく、厳罰を下せる人のようだ。
第二王子は神妙な面持ちで陛下の言葉を受けていた。
彼には、王族としての責務をまっとうする覚悟が備わっているようだ。
僕より年下なのに凄いなぁ。
北の塔は罪を犯した王族が入れられる場所。
そこから出てきた人はいない。
それはつまり……。
背筋がぞわりとした。
人を裁く瞬間に立ち会うのには慣れてない。
「続いてエルゼンベルク侯爵と嫡男のセリアンの処分だが……」
陛下がいっぱく置き、僕の顔を見た。
僕は姿勢を正し、彼らの処分に耳を傾けた。
「二人の身分を剥奪する。
その上で、彼らにはアルベルトと同じような場所に入ってもらうことになるだろう」
伯父とセリアンは禁術のことを知っている。
禁術のことを外部に漏らすことはできない。
だから彼らは、強制労働でも、牢屋でもなく、特別な場所に幽閉されるのだろう。
期間はおそらく……一生。
伯父とセリアンは、長年僕を虐待してきた。
今回のことも自業自得だ。
だから同情はしない。
でも……彼らは、孤児になった僕を引き取ってくれた人でもある。
「ノエル……」
レイヴン様が僕の手に自身の手を重ねた。
僕は知らない間に、拳を握りしめていたらしい。
レイヴン様が僕を見つめる眼差しには、慈しみの色が宿っていた。
身内が処罰されたことで、僕が傷ついていないか心配してくれているのだろう。
レイヴン様に手を握られ、少し心が軽くなった。
「レイヴン様、僕は平気です」
正直まだ飲み込めない部分もある。
だけど受け入れなくてはいけない。
彼らは大罪を犯したのだから。




