31話「愛しい人との再会」
「僕の能力の……全てを……に……」
僕がそう口にした時、扉が爆音と共に勢いよく開いた。
いや「開いた」なんて生易しいものではない。
破壊されたと言った方が正しい。
扉の破片と共に埃が舞う。
「な、何事だ……!?
護衛は何をしている!!」
王太子が慌てふためいているのがわかる。
僕はその隙をつき、彼の手を振りほどいた。
本から手を離した瞬間、僕を縛り付けていた見えない糸が切れた気がした。
「ノエル! 助けに来たぞ!!」
埃が収まると、僕が一番会いたかった人が現れた!
「レイヴン様!!」
レイヴン様に駆け寄ろうとしたとき、王太子殿下に髪を掴まれてしまった。
「ぅ゙……!」
苦痛に声が漏れる。
「汚い手でノエルに触るな!」
レイヴン様は、殿下の手に小型のナイフを突き刺す。
「ぎゃぁぁぁぁっ!!」
けたたましい悲鳴を上げ、殿下が僕の髪から手を離した。
「それからこれは、ノエルを攫い傷つけた礼だ!!」
レイヴン様は、殿下の顔をめがけて思い切り拳を振り下ろした。
「ぐぁぁっ……!!」
殿下はうめき声を上げ、勢いよく絨毯の上を転がっていく。
彼の美しい顔は醜くひしゃげ、レイヴン様の右手の痕がくっきりと残っていた。
「王太子アルベルトを捕らえよ!
セリアンとエルゼンベルク侯爵も共犯だ!!」
レイヴン様が険しい表情で命じる。
「おまかせください!
閣下!」
レイヴン様の掛け声と共に、ジルベルトさんと何人かの兵士が、部屋に雪崩込んできた。
王太子とセリアンと伯父の三人はあっという間に捕縛された。
「ノエル、無事で良かった!」
「レイヴン様……!」
レイヴン様が僕の手を取り、そっと抱き寄せる。
彼の陽だまりのような温かさに、傷ついた心が癒やされていく。
レイヴン様の腕が僕の背に回る。
その瞬間、僕の目からせきを切ったように涙が溢れてきた。
「ノエル!?
どこか痛いのか!?
奴らに酷いことをされたのか!?」
頭上から聞こえるレイヴン様の声には、困惑の色が混じっていた。
ちゃんと説明したいのに……僕は涙を止めることができなかった。
「恐らくノエル殿は緊張の糸が切れたのだろう。
落ち着くまで、抱きしめていてあげなさい」
この声はグレゴール様。
彼も王都に来ていたんだ。
どうしてみんなが王都にいるのか、王太子殿下を捕らえて大丈夫なのか、聞きたいことはいっぱいある。
だけど、しゃっくりが止まらなくて上手く声を出すことができない。
「ノエル、怖い思いをしたな。
もう、大丈夫だ。
これからはずっと俺が側にいる。
だから、いっぱい泣いていい」
レイヴン様が僕の頭をポンポンと撫でてくれた。
レイヴン様の手の温もりが心地よくて、僕は彼の胸の中で沢山泣いてしまった。
◇◇◇◇◇◇
その後、場所を本宮殿にある応接室に移した。
応接室には僕とレイヴン様、それからグレゴール様とジルベルトさんが通された。
応接室には、大きなテーブルを挟んで複数の椅子がセットされていた。
上座には国王陛下が座るので、僕らは下座に横一列に座った。
席の順番はグレゴール様、レイヴン様、僕、ジルベルトさんだ。
国王陛下がお越しになるまで時間がかかるらしい。
その間に、レイヴン様がこれまでの経緯を話してくれた。
僕が王太子殿下とともに辺境を離れた後、レイヴン様達はすぐに行動を開始したらしい。
レイヴン様とグレゴール様は、少数の精鋭と共に夜通し馬を走らせ裏道を抜け、王都に先回りしたそうだ。
軍隊の移動速度は、馬より遥かに遅い。
彼らはそこを突いたのだ。
正規軍を動かすには「虎符」が必要である。
虎符とは、国王が直々に管理している軍令用の札のことだ。
よほどのことがない限り、国王が虎符を託すことはない。
陛下と親交の深いグレゴール様は、「陛下が短絡的で激情的な王太子殿下に虎符を預けるわけがない」と確信していた。
だから、王太子が正規軍を動かしたことに疑問を抱いていた。
レイヴンとグレゴール様は王都に到着すると、仲間と共に王太子が正規軍を勝手に動かした証拠を集めた。
レイヴン様とグレゴール様はそれらの証拠を提出するために、国王陛下に謁見を求めた。
陛下は体調を崩し、貴族との面会を絶っていたが、旧友であり信頼の厚いグレゴール様の要望とあり、謁見を許可してくれた。
レイヴン様とグレゴール様は、陛下に王太子の悪事を全て報告した。
併せて、伯父が禁術である強奪の術式を使い、僕の能力を奪ったことも報告したそうだ。
国王陛下は、グレゴール様の報告を受け深くお心を痛めたそうだ。
陛下は熟慮の末、王太子を切り捨てる決断をした。
王太子を確実に失脚させる為、また王太子と伯父とセリアンが結託している証拠を掴むため、三人を泳がせ、禁術である譲渡の術式を使う所を現行犯で取り押さえることにした。
彼らはまんまと策略にハマり捕らえられた。
……というのが、レイヴン様が僕と再会するまでのいきさつだ。
◇◇◇◇◇
「すまない、ノエル。
アルベルト殿下を失脚させる為とはいえ、ノエルを囮に使うような真似をしてしまった……」
レイヴン様は唇を噛みしめる、苦悶の表情を浮かべる。
彼は僕以上に傷ついている……そんな気がした。
「レイヴン様、そんな苦しそうな顔をなさらないでください。
僕を助けるためにしてくれたのでしょう?」
「だが……」
レイヴン様の表情は曇ったままだ。
きっと、ご自分が許せないのだろう。
僕はレイヴン様に、そんな切ない表情でいてほしくない。
「王太子殿下に民を思いやる心はありませんでした。
そんな方を次の国王にしてはいけません。
殿下の罪を暴くことは、この国の未来や、人々の安寧な生活にも繋がっています。
レイヴン様達がしたことは、間違っておりません」
「それでも、そなたを囮にした罪は消えない」
「正直に言えば……殿下に囚われていたとき凄く怖くて心細かったんです。
けれど、あの時間が国民の幸せに繋がるのなら……そう思えば胸の痛みも和らぎます」
レイヴン様の手にそっと自分の手を重ね、にっこりと微笑む。
「ノエル……!」
レイヴン様の表情が少し明るくなった。
「レイヴン様が助けに来てくれた時、凄く嬉しかったんです。
あなたは僕を見捨てなかった。
それだけでもう十分です」
レイヴン様にはあちこちに擦り傷があり、手綱を握っていた場所にまめが出来ている。
きっと、王都に着くまで休まずに馬を走らせたのだろう。
危険な裏道を通ったときに、生い茂る草や枝で怪我をしたのだろう。
「レイヴン様の手は、傷だらけです。
僕の為に沢山行動してくれたんですよね?
その努力の証は、あなたの手にしっかりと刻まれています。
レイヴン様が頑張ってくれたから、僕は今ここにいられるんです」
僕はレイヴン様の手をそっと包み込む。
彼は包まれた手を解き、僕の手をぎゅっと握りしめた。
「ノエル!
そなたは優しいだけでなく、強く、美しい心を持っているのだな!
そなたを伴侶にできた俺は果報者だ!」
レイヴン様の瞳から憂いの色は消え、希望の光が灯っていた。
「あ〜〜閣下、二人だけの世界に入っているところ恐縮ですが、自分達もいるのでそれ以上は……」
ジルベルトさんが申し訳なさそうに、囁いた。
僕はレイヴン様からパッと手を離した。
「ホッホッホッ、若いとは良いものだ」
グレゴール様は目を細め、嬉しそうに呟いた。
この部屋にはグレゴール様もジルベルトさんもいたんだ!
僕ってば周りが見えなくなってた……!
「グレゴール様もジルベルトさんも助けに来てくださりありがとうございます。
グレゴール様は、お体はもうよろしいのですか?」
僕が辺境伯爵領を旅立った日、グレゴール様は庭に出れるほど回復していた。
とはいえ、危険な裏道を馬で駆け抜け王都に来るのは大変だったはず。
「ノエル殿が屋敷の周りを浄化し、煎じ薬用の水を出してくれたおかげで、癒やしの雨が降る前から体調はかなりよくなっていたのだよ。
そこに癒やしの雨の力が加わり完全回復した!
むしろ前より元気になったくらいだよ!」
グレゴール様は髭を撫で、力こぶを作ってみせた。
「ご無理はなさらないでくださいね。
少しでも異変を感じたらおっしゃってくださいね。
いつでも水を出しますから」
「ありがとうノエル殿。
そなたを孫の伴侶に迎えられて、わしは幸せだよ」
グレゴール様は瞳に涙を湛えていた。
「そなたに、レイヴンを託して良かったと心から思っている」
「そんな……!
僕こそお礼を言わせてください!
グレゴール様が僕の事を覚えていてくださったから、レイヴン様の伴侶にと望んでくださったから、僕は家族を作ることができたのです!
感謝してもしきれません!」
グレゴール様のおかげで、僕は家を出ることができた。
グレゴール様が魔術に精通していたから、僕は強奪の術式を解除することができた。
辺境伯爵領で信頼できる人達に囲まれて暮らせたのは、グレゴール様のお陰だ。
「わしを家族と思ってくれるのかね?」
「もちろんです。
あの……宜しければ、『お祖父様』とお呼びしても……」
少し恥ずかしいけど、グレゴール様は僕にとって家族だから。
「ああ、もちろんだとも……!
こんなに嬉しいことはない!」
グレゴール様が顔をくちゃくちゃにして微笑んだ。
彼の頬に涙が伝っていた。
「ノエルがお祖父様と仲良くなってくれて嬉しい。
だが……なぜか胸の奥がもやもやする」
レイヴン様が眉根を寄せ、複雑そうな表情で胸を押さえていた。
「閣下、ノエル様は人を惹きつける才能があるようです。
さっさと想いを伝えないと、横から攫われてしまいますよ」
ジルベルトさんはクツクツと笑い、楽しそうに目を細めた。
二人の会話の意味が理解できず、僕は首を傾げた。
ドアの外から「国王陛下、並びに第二王子バスティアン様が入室あそばされます!」と厳かな声が聞こえた。
皆がおしゃべりを止め、陛下の入室に備えた。
読んで下さりありがとうございます。
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