28話「不気味な離宮」
辺境伯爵領を出てから十二日ほど馬車に揺られた。
辺境伯爵領と王都は、馬車でだいたい五日の距離だ。
今回は軍隊と一緒に移動したので、王都に着くまでにかなりの時間を要した。
移動の間、王太子殿下と同じ馬車に乗せられねちねちと嫌味を言われた。
僕の精神はだいぶすり減っていた。
食料や薪と一緒に荷馬車に放り込まれた方がましだった。
殿下が自分と同じ馬車に僕を乗せたのは、僕に逃げられると困るからだ。
辺境伯爵領が人質に取られてる状態で逃げたりしないよ。
そんな移動の時間も終わり、やっと王都に辿り着いた。
これから、セリアンと伯父に顔を合わせるのかと思うと胃が痛い。
それに、王太子が馬車の中で言ってた事も気になる。
僕はこれからどうなってしまうのだろう……?
宮殿の門をくぐったところで、正規軍とは別れた。
王太子と僕を乗せた馬車が正門を通り過ぎ、庭園を駆け抜けていく。
てっきり正門で降りるのだと思っていた。
この馬車はいったいどこに向かっているのだろう?
馬車は敷地内の森を抜け、人気のない寂しい場所で止まった。
「降りろ!」
殿下に命じられ、恐る恐る馬車を降りる。
木々の間に隠されるように、古びた建物がひっそりと佇んでいた。
おそらく何年も使われていなかったのだろう。
壁の一部分は崩れ、建物三分の一を蔦が覆っていた。
王宮にこんな寂しい場所があったなんて……。
今にもお化けが出てきそうだ。
想像をしたら背筋がぞわりとした。
帰りたい……。
だけど僕には帰る場所なんてない。
この中にきっとセリアンと伯父がいる。
二人が怒りに任せて怒鳴り散らす姿が容易に想像できる。
胃がチクチクと痛む。
僕は何度か深呼吸をし、気持ちを落ち着かせた。
瘴気の影響か、少し空気が淀んでいるように感じた。
それに一カ月半前に比べ、明らかに乾燥が進んでいる。
思い切り空気を吸い込んだせいか、喉の奥がひりひりした。
王都の空気が、こんなに淀んでいるのは珍しい。
僕が王都にいた頃は、セリアンが定期的に雨を降らせていた。
なので、一定の湿度が保たれ、空気が澄んでいた。
おそらく、セリアンが能力を失ったあと、王都では雨が降っていないのだろう。
ほんの少しの間にこんなに空気が淀んでしまうなんて……。
王都以外の地域も同じ状況なら、各地を巡り、雨を降らせなくてはいけない。
今回のことがなくても、僕はレイヴン様の元を離れることになっただろう。
辺境伯爵家の当主であるレイヴン様は、領地を離れられない。
もっと早くにレイヴン様を好きだと気づいていれば良かった。
そうすればお別れする前に、思いを伝えられたのに……。
もっとも、自分の気持ちに気づいても何も言えなかったかもしれない。
僕は勇気がないから。
レイヴン様に会いたい。
辺境伯爵領を出て、まだ十二日しか経ってないのに……胸の中が彼のことでいっぱいだ。
「グズグズするな、行くぞ!」
王太子が僕に命じた。
「申し訳ございません。
すぐに参ります」
僕は胸の痛みを抑え、建物に足を踏み入れた。
◇◇◇◇◇
建物の中は想像以上に静まり返っていた。
掃除はされているようだけど、埃っぽさが抜けていない。
建物の中には使用人の姿は見えなかった。
兵士の姿もない。
王太子にも、護衛の騎士が二人付いているだけだ。
まるで何かから隠れるように住んでいるみたいだ。
こんな場所で隠れるように生活しているなんて、普段のセリアンからは考えられない。
そんなに容態が悪いんだろうか?
僕の能力を奪ったのは伯父だ。
何も知らなかったとはいえ、セリアンは長年にわたり僕を虐げてきた。
今セリアンが苦しんでいたとしても、それは自業自得、身から出たサビ。
僕が罪悪感を覚える必要はない。
頭ではわかっているのに、気持ちが追いつかない。
僕が魔法で出した水には、癒しの力がある。
セリアンの容態が酷いようなら、魔法の水を飲ませてあげよう。
◇◇◇◇◇◇
「この部屋だ」
殿下がひときわ大きな扉の前で足を止めた。
扉の前には兵士が二人配置されていた。
「お前たちはここで待機しろ」
王太子が護衛の騎士に命じた。
「「承知いたしました」」
騎士は敬礼し、扉の横に移動した。
「ノエルは俺と一緒に来い!」
王太子は自身の顎をクイッと動かし、僕に指示を出した。
彼はノックをせずに扉を開け、ズンズンと部屋の中に進んでいく。
僕は彼の後に続いて、部屋の中に足を踏み入れた。
僕が部屋に入ると、扉がバタンと音を立て閉まった。
僕の肩がビクンと震える。
外から鍵がかかる音がする。
王太子は僕をここから出すつもりはないらしい。




