27話「王太子とノエルの馬車の旅」
辺境伯爵家の屋敷がどんどん遠くなっていく。
これから王都に行くのかと思うと心がざわざわと不安げに音を立てた。
僕はセリアンの影武者として生きていくことになるだろう。
自由もない、人権もない、希望もない……暗い人生を送ることになる。
エルゼンベルク侯爵家にいた時は、ずっとそんな扱いをされていた。
今さら苦悩する必要はない。
だけど、オルデンローアは辺境伯爵家での生活が楽しすぎて……。
周りの人達が親切にしてくれるのが当たり前になりすぎて……。
元の生活に戻るのが辛かった。
「辛気臭い顔をするな。こちらまで気分が悪くなる」
王太子が不機嫌そうに舌打ちをする。
「……申し訳ありません」
彼は僕の迎えの席に座り、足を優雅に組み、不愉快そうに僕の顔を見ている。
正直彼と二人で馬車に乗っているのはとても気まずい。
ふと、王太子が手を上げた。
その動作に思わず肩をすくめてしまう。
「そう怯えるな、取って食いはしない。
口づけをしたのも、レイヴンを苦しめる為のパフォーマンスだ」
そんな理由で僕のファーストキスは奪われたのか……。
「俺の理想は高いのだ。
目的がなければ、お前みたいな貧相なガキに誰が手を出すか」
僕は王太子の好みのタイプではないようだ。
「お前のような生真面目なタイプは、いたずらをしすぎると、舌を噛んで死にかねないからな。
お前には王都に着くまでは生きていてもらわねば困る」
どうやら旅の間、セクハラされる心配はなさそうだ。
それがわかって僕はほっと息をついた。
王太子と二人きりで狭い空間にいるのは、それでも居心地が悪い。
「レイヴンは随分と男の趣味が悪いようだ。
華奢で色気皆無の冴えないガキのどこがいいんだ?」
王太子は、僕のつま先から頭まで値踏みするように眺めた。
言いすぎじゃないかな……。
それは絶世の美少年と称えられるセリアンに比べたら地味だけど。
レイヴン様は、こんな僕のことを「可愛い」「可憐だ」と褒めてくれたんだから。
レイヴン様に手を握られても、抱き寄せられても、おでこにキスされても嫌じゃなかった。
王太子に腰に手を回されたり、口づけされた時は、全身に鳥肌が立った。
レイヴン様は僕の中で特別で……。
ああ、そうか……。
僕はレイヴン様のことが好きだったんだ。
その瞬間、胸がズキンと音を立てた。
今頃気づいても遅い。
もうレイヴン様にお会いする機会はないのだから……。
「お前を連れ去った時、レイヴンは苦痛に顔を歪めていた。
あの顔は滑稽だったな。
何度思い出しても笑いがこみ上げてくる。
レイヴンめ、悔しくて今日は眠れないだろう」
殿下は美しい顔を歪ませ、「ふはははっ!」と高笑いを上げる。
レイヴン様の祖父であるグレゴール様は、かつて王太子の指南役をしていた。
その時、グレゴール様が手加減をせず、容赦なく王太子を叩きのめした。
王太子は未だにそのことを恨んでいるようだ。
恥をかかされて悔しいのはわかるけど、グレゴール様だけではなく、孫のレイヴン様まで恨んでいるのはなぜだろう?
「城の皆はレイヴンを剣術と魔法の天才だと褒め称えたが、過大評価し過ぎだ!
レイヴンなど、己の伴侶一人守れない甲斐性なしの駄目男ではないか!」
……なるほど。
レイヴン様が優秀だから嫉妬していたんだ。
そういえば王太子とレイヴン様は同い年だった。
「俺は王太子として、常に一番でいることをもとめられる!
誰よりも凛々しく、強く、優秀でなくてはならないんだ!」
王太子も大変なんだな。
「よって、俺の伴侶はこの国で一番の能力者でなくてはならない!!」
上に立つ人には、下々にはわからない悩みがあるらしい。
「この国で一番美しく、家柄もよく、社交界で評判がいいのはエルゼンベルク侯爵家のセリアンだった!
だからプロポーズした!
セリアンとの婚約は正式に成立し、お披露目のパーティーも済んでいる!
今さら婚約者を変えることはできない!
体裁が悪い!!」
王太子にとってセリアンは、お気に入りのアクセサリーのようなものだったのだろう。
少しだけセリアンが気の毒に思えた。
だけどセリアンも、そのことに気づいていたような気がする。
王太子もセリアンもナルシストで見栄っ張りで、お似合いだ。
「寂れた男爵家出身で、冴えないお前ではダメなんだ。
お前がいくら優れた能力を持っていても、婚約者にはできない」
僕だって王太子と婚約なんてごめんだ!
「僕をセリアンの影武者にするのですか?
そのために正規軍を率いて、辺境伯爵領まで進軍してきたのですか?」
己の見栄の為に、正規軍を五千人も動かすなんてやり過ぎだ。
「フッ、お前がセリアンの影武者……?
本気でそう思っているのか?」
殿下はあざ笑うように、目を細め口角を上げた。
僕が王都に連れて行かれる理由は、セリアンの影武者としてではない……?
他に目的が?
なんだか嫌な予感がする。
王都に行くのが怖い。
僕は胸の前でぎゅっと手を握りしめた。
だけど馬車に乗ってしまった以上、もうどうすることもできない。
僕が逃げたら、辺境伯爵の人々が……。
「まあ、王都に着けばわかることだ」
王太子は「くくっ」と声を上げ、楽しげに眉を上げた。
王太子の目は嗜虐的で、捕らえた獲物を檻に入れて、弱っていくのを楽しんでいるように見えた。
僕は……これからどうなってしまうんだろう?
弱気になっては駄目だ!
自分のことだけを考えてはいけない!
辺境伯爵領は先日の雨で瘴気が浄化された。
だけどそれは一時的なことにすぎない。
数カ月雨が降らなければ、また前と同じような状況に戻ってしまう。
少しでもこの土地たちが幸せに暮らせるように、人々が健康に暮らせるように、作物がすくすくと成長するように……僕はそう願いを込めて雨が降るように天に祈った。
しばらくして、空を厚い雲が覆いポツポツと雨が降り出した。
それはやがてザーという音を立て、大地を潤していく。
乾いた土に雨がしみこみ、独特の匂いが馬車の中まで漂ってきた。
気休めにしかならないかもしれないが、これでしばらくは乾燥や瘴気に悩まされることはないだろう。
「雨だと……?
さっきまで晴天だったのになぜ……!?」
殿下も雨の音に気づいたようだ。
窓の外を眺め、目を大きく見開いている。
「雨を降らせたのはお前か!?
お前の能力なのか!?
答えろ!」
王太子は立ち上がり僕の胸ぐらを掴み、眉間に皺を寄せギロリと僕を睨みつけた。
「……」
「正直に答えた方が身のためだぞ!
今から引き返して辺境伯爵領の人間を皆殺しにしてもいいんだからな!」
王太子は低い声でそう言い、僕の胸ぐらをきつく締め上げた。
「……っ!
辺境伯爵領は乾燥が激しい地域です!
僕が去れば以前のように大地がひび割れ、浄化されない瘴気が窪地に留まり、瘴気に釣られてモンスターが集まる住みにくい土地に戻るでしょう!
だからせめて、最後に雨を降らせたかったのです。
大地が潤うように、少しでも多くため池に水が溜まるように、人々の希望になるように……!」
「今すぐ止めろ!
雨は王都と、俺に金を払った貴族の領地にだけ降らせればいいんだ!!」
癒しの雨を降らせる力は、乾燥した大地に生きるこの国の人々のために、神様が与えてくれたもの。
歴代の能力者たちは国のために無償で雨を降らせていた。
その能力を金儲けのために使うなんて……!
「今後は俺の許可なく能力を使うことを禁じる!
逆らえば、辺境伯爵領の民の命はない!
わかったな?」
殿下の瞳は酷く冷酷で、声には温度がなかった。
嘘や脅しには聞こえない!
逆らえば、辺境伯爵領の人たちが本当に殺されてしまう……!
僕はコクリと頷いた。
「ちゃんと声に出して答えろ!」
「……承知、いたしまし……た。
王太子……殿下。
こ、今後は……殿下の許可なく、能力を使いませ……ん」
「上出来だ!
今の言葉を忘れるなよ!」
王太子は僕の胸ぐらから手を離し、乱暴に座席に叩きつけた。
「……ゴホッゴホッ」
解放された後も、首に違和感があった。
僕は喉元を抑え、呼吸を整えた。
殿下は優雅に座席に座り直し、苦しんでる僕を見て愉悦の表情を浮かべていた。
この人はセリアンや伯父と同じだ。
人が苦しんでるのを見て楽しむタイプの人だ。
こんな人が王太子殿下だなんて……!
この人がいずれ国のトップに立つなんて……!
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