25話「王太子アルベルトの要求」
「突然のお越しに驚きました。
王国の正規軍を率いての行軍とはただごとではございませんね。
我が辺境伯爵領に何の御用でしょうか?」
レイヴン様は殿下の威圧的な態度に動じることなく、揺るぎない態度で接した。
表情には現れていないけど、レイヴン様も内心は戸惑っているはずだ。
王国の正規軍が、辺境伯爵領に進軍してくるなんてただ事ではないから。
レイヴン様の拳は固く握られていた。
王太子と正規軍に対する怒りからだろう。
「散歩や遠駆けのついでに寄った訳ではないでしょう?」
「当たり前だ。
そんなことをするほど俺も正規軍も暇ではない」
「では一体どのようなご用件でしょうか?
我が辺境伯爵領の兵士は隣国の兵士から国境を守り、凶暴なモンスターから民を守っています。
正規軍に攻められるようなことは、何一つしておりません」
クラルハイム王国と隣国との国境は、レイヴン様が率いる辺境伯爵領の兵士たちが守っている。
モンスターとの戦いだってそうだ。
辺境伯爵領の兵士が戦わなかったら、モンスターの数が増えスタンピードが起きる。
王族に感謝されてもいいくらいだ。
責められるなんておかしい。
「とぼけるな。
俺が来た理由はお前にだってわかるはずだ」
王太子殿下のアメジストの瞳が僕を射抜く。
彼の瞳は氷のように冷たくて、目が合った瞬間心臓がドクンと嫌な音を立てた。
王太子殿下の目的は僕だ……!
殿下とセリアンは恋仲だった。
きっと能力を失ったセリアンが、殿下に相談したのだ。
彼の目的は僕の癒しの雨の能力……!
殿下の視線に気づいたレイヴン様が、殿下の視線を遮るように僕の前に立ってくれた。
自然と手が伸び、僕はレイヴンの袖を握っていた。
怖い……! どうしようもなく怖い……!
心臓がドクドクと嫌な音を立てている!
上手く呼吸できない……!
僕の手が小刻みに震えてることに気づいたのか、レイヴン様が僕の手をそっと握ってくれた。
「大丈夫だ、ノエル。
そなたを渡したりしない」
レイヴン様の手の温もりを感じ、少しだけ心が落ち着いた。
息もさっきより楽にできる。
心臓の鼓動も落ち着きを取り戻してきた。
「仲の良いことだな」
王太子殿下はそんな僕たちを見て、鼻で笑った。
「俺はいままで、ノエルのことを地味で役立たずのクズだと思っていた……。
なかなかどうして、男をたらし込むのはうまいようだ。
ほんの一月足らずで堅物のレイヴンを懐柔してしまうとはな。
地味なのは見た目だけで、男を楽しませる技が多彩なのか?」
王太子が下卑た視線を僕に向ける。
「貴様……!」
レイヴン様が険しい表情で王太子を睨みつけた。
殿下は僕をコケにすることで、レイヴン様を挑発しようとしているんだ。
「レイヴン様、僕は何を言われても平気です!
どうか殿下の策略に乗らないでください!」
僕はレイヴン様の袖を引っ張り、小声でそう伝えた。
レイヴン様がぎりっと奥歯を噛みしめる音が聞こえた。
「挑発にのらんのか、つまらん」
王太子が眉間に皺を寄せる。
「ノエル、俺がここに来た理由は分かっているのだろう?」
王太子が目を細め、僕を見据える。
「……」
僕はどう答えていいのかわからなかった。
迂闊なことを話して、王太子の機嫌を損ねるわけにはいかない。
「セリアンが倒れ、城で臥せっている。
歩くこともままならない。
その原因がお前にはわかるだろう?」
「セリアンが……」
セリアンは幼い時からずっと他人の能力を使っていた。
目には見えないが疲労が蓄積していたのかもしれない。
術式を解除したことで、それが症状として現れたのかもしれない。
「ノエル、お前は両親の死後、エルゼンベルク侯爵に拾われた。
辺境伯爵家に嫁ぐまで、侯爵家で世話になったのだろう?
伯父やいとこに恩があるはずだ。
セリアンが倒れたというのに、見舞いの言葉の一つもないのか?」
どうしよう……?
なんて言えばいい……?
セリアンのことが少し心配だ。
だけど迂闊にそれを言葉にしたら揚げ足を取られてしまいそうで……。
「どうした?
何か喋れ。
王太子である俺が質問しているのだぞ」
王太子が険しい表情で僕を見ている。
何か…言わないと……!
「お言葉ですがアルベルト殿下。
今のノエルは侯爵家の居候ではなく、辺境伯爵家の当主である俺の伴侶です。
それに、ノエルは侯爵家で虐待されていました。
そのような者に見舞いの言葉を強制するのは酷でしょう」
状況を察したのか、レイヴン様が代わりに答えてくれた。
「レイヴン様、ありがとうございます」
彼に小声で伝える。
「殿下の対応は俺がする。
ノエルは何も答えなくていい」
レイヴン様はそう言って、繋いだ手を強く握りしめた。
「本当に仲がいいな。
領地のこと以外に関心がないお前が、ノエルにどうしてそこまで肩入れするのか?
やはりノエルの能力が目的か?
ノエルの能力がほしいから、そいつの味方をしているのだろう?」
確かに僕の雨を降らせる能力は、乾燥の激しい辺境伯爵領にとって、喉から手が出るほど欲しい能力だろう。
僕も最初は、レイヴン様の優しさを疑った。
だけど、今日レイヴン様と話して分かったんだ。
レイヴン様は僕自身を大切にしてくださっている!
だから王太子の言葉に揺らいだりしない!
「殿下、それは違います!
俺はノエル自身の人柄に惹かれたのです!
俺がノエルを大切に扱うのは、彼の優しさに触れたからです!」
レイヴン様なら、そう言ってくれると思っていた。
大軍を率いる王太子に向かって、毅然とした態度を取るレイヴン様がかっこいい!
こんな時だが、彼の堂々とした姿にときめいてしまった。
「レイヴン、お前がノエルの能力に惹かれようが、人格に惹かれようがそんなことはどうでもいい!
それはさほど重要ではない!」
王太子は冷たい表情で、吐き捨てるように言った。
「俺が辺境伯爵領に来た目的は二つ。
一つ目は、ノエル……お前を王都に連れて帰ることだ!」
王太子が僕を指差す!
冷酷な表情を浮かべる王太子に見据えられ、僕の心臓が凍りつく。
僕を……王都に……連れて帰る……?
王太子は、僕にセリアンのお見舞いをさせたいわけではないだろう。
殿下の目的は僕の能力……。
その考えに思い至った時、背中から冷たい汗が流れ、膝ガクガクと震えた。
「ノエル、しっかりしろ!
安心しろ!
絶対にそなたを殿下に渡したりしない!」
レイヴン様が僕を抱き寄せた。
彼の逞しい腕に包まれ、少しだけ心が落ち着いた。
「ノエル、どんな手を使ってもそなたは俺が守る!!」
レイヴン様が厳しい表情で王太子を見据える。
彼の目には強い殺気が宿っていた。
レイヴン様の気持ちは嬉しい!
……でも、だめだ!!
レイヴン様はきっと辺境伯爵領の全精力を集結して、王太子殿下と戦おうとしている!
争いになれば、こちら側の兵士の犠牲も出てしまう!
それに相手が悪い……!
相手は王太子の率いる正規軍だ。
彼らに刃を向けることは、国に背くことを意味する。
正規軍に刃を向けたら最後、レイヴン様は逆賊にされてしまう……!
逆賊の一族は皆殺しだ!
墓を立てることも、埋葬されることも許されない!
彼らが風葬されるなんて、そんなのも絶対に嫌だ!!
読んで下さりありがとうございます。
少しでも、面白い、続きが気になる、思っていただけたら、広告の下にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして応援していただけると嬉しいです。執筆の励みになります。




