24話「予期せぬ使者」
町を一望できる丘の上のお花畑で、レイヴン様と素敵な時間を過ごすことができた。
彼は過去のことに対する負い目や責任感から、自分を強く見せようとしようとしていた。
そのせいか、周囲に誤解を与えてしまう。
だけど本当は家族と領民思いの優しい人なのだ。
そのことが知れただけでも、今日一緒に出かけられて良かったと思う。
◇◇◇◇◇
帰りの馬車でも、レイヴン様は僕の隣に座っている。
行く時は、レイヴン様との距離は拳三つ分空いてた。
だけど今は、拳一つ分の距離もない。
馬車が揺れるたびに肩が触れ合ってしまう。
馬車がゴトリと音を立て、大きく揺れた。
「っ……!」
僕は体を支えきれずに、バランスを崩してしまう。
気がついたらレイヴン様の胸板が目の前にあって、彼の手が僕の背中に回っていた。
「すみません……!
すぐ離れますから」
レイヴン様から体を離そうと彼の体を押したが、びくともしなかった。
「この辺は道が悪い。
しばらくこうしていよう」
レイヴン様は腕に力を込めた。僕はさらに身動きが取れなくなってしまう。
レイヴン様は、時々スキンシップが過多になる。
こういう時、どう対応していいのか分からない。
レイヴン様の彼の心臓の鼓動が聞こえる、ぬくもりが心地よい。
僕は形容しがたいふわふわとした気分に包まれていた。
「そなたを手放したくはない。
ずっと俺の腕の中にとどめておきたい」
そんな言い方をされると勘違いしそうになる。
「ノエル、そなたにもう一つ伝えたいことがあるんだ」
顔を上げると、彼のサファイアブルーの瞳と目があった。
レイヴン様は、大切なものを慈しむような優しい表情をしていた。
「花畑で伝えそびれてしまった。
屋敷に帰る前にそのそなたに伝えたい」
僕の心臓がドクンとドクンと早鐘を打つ。
なんだろう、この甘い雰囲気は……?
まるでこれから、レイヴンに……。
「レイヴン様、あの……」
レイヴン様の顔が近づいてきて、僕はキュッと目を閉じた。
額に柔らかい感触があり、それが彼の唇の感触だと気づくのにずいぶん時間がかかってしまった。
キスされたのは人生で初めてだ……!
でもキスされたのは唇ではなくおでこだ!
だからこれはノーカウント!
きっと家族としての信頼の情かそういうのだ!
僕は自分にそう言い聞かせた。
そうしないと心臓が破裂してしまいそうだったから……。
彼の唇が僕のおでこから離れていく。
「ノエル、俺は……」
レイヴン様の青い瞳は揺れていて、頬は心なしか赤く色づいていた。
「君のことが……」
ヒヒーーンという嘶きと、御者の「うわっ!」という声が響く。
声のあと馬車が大きく揺れ、急停車した。
レイヴン様が僕の背に回した手に力を込める。
「無事か、ノエル!?」
「はい……! レイヴン様が守ってくださったので」
レイヴン様の体が衝撃を吸収してくれた。
それにしてもなぜ馬車は急に止まったのだろう?
馬のいななきは尋常ではなかった。
馬車の前に蛇でも飛び出してきたんだろうか?
「何事だ!? なぜ急に馬車を止めた!」
レイヴン様が御者席に向かって声を荒げる。
「だ、旦那様……! い、一大事でございます……!!」
御者の声は裏返りわずかに震えていた。
馬車の中に緊張が走る。
恐らく蛇なんかより恐ろしい何かが馬車の外にいる。
モンスターだろうか? でも瘴気が浄化された後、目撃情報はなかったはず。
「俺が外の様子を確認する!
ノエルは車内で待機していろ!」
レイヴン様は、馬車のドアを開け飛び降りた。
「僕も行きます!」
外で何が起こってるのかはわからない。
でもだからこそ、自分の目で事実を確認したい。
僕は震える手を押さえ、ドアを開けゆっくりと馬車を降りた。
「…………っ!」
目の前に広がる光景に、僕は息を飲んだ。
風にひるがえる無数の真紅の旗。
その一つ一つに、天に向かって飛び立つ勇壮な竜の刺繍が施されている。
間違いない!
あれはクラルハイム王国の国旗だ!
辺境伯爵の屋敷を取り囲むように、甲冑に身を包んだ兵士が配置されていた。
甲冑には国旗に記されてるのと同じ竜の彫金が施されている。
兵士の数は千や二千ではきかない。
軍事に疎い僕でも知っている。
クラルハイム王国の国旗に竜の彫金……屋敷を取り囲んでいるのは王国の正規軍だ!
なぜ、王国の正規軍がこんなところに……?
無駄のない洗練された動きで、兵士が左右に分かれ剣を頭上に掲げた。
兵士が左右に分かれたことにより、中央に道が出来た。
そこに縦長の緋色の絨毯が敷かれる。
絨毯の上を男がゆっくりと歩いてくる。
ワインレッドのジュストコールに身を包んだ赤紫の長髪の美青年。
青年が歩くたび彼の美しい髪が揺れ動く。
絨毯の先端までくると青年は歩みを止めた。
青年は藤色の目を細め、僕たちを値踏みするように眺めた。
「ようやく帰還したか。
待ちくたびれたぞ」
青年の威圧的な声が辺りに響く。
「久しいな、ノエル。
いつぞやの夜会以来だな、レイヴン」
青年は口元を歪め嫌な笑みを浮かべた。
「アルベルト殿下……」
レイヴン様の声はかすかに揺れたが、直ぐに平静に戻り、毅然とした態度で王太子殿下をキッと見据えた。
どうして殿下がここに……!?
なぜ正規軍と一緒にいるのか……?
疑問は尽きない。
ただ一つ確かなのは、非常事態であること。
馬車の中で感じていた心地よさが、一気に吹き飛んでしまった。




