23話「レイヴンとノエルと思い出の丘」
「わぁ〜〜!」
馬車の外に出ると一面お花畑が広がっていた。
赤やピンクや黄色や白の美しい花々が咲いている。
丘の上にあるその場所からはお屋敷や町が一望できた。
「レイヴン様、素敵な場所ですね!」
辺境領地にこんなに綺麗な場所があるなんて知らなかった。
ここがレイヴン様が僕に見せたかった場所!
「昔は両親に連れられてよく来ていた」
「そうなのですか?」
レイヴン様のご両親との思い出の場所。
「この場所に花が咲いたのは数年振りだ。
雨量の減少により、瘴気が滞り、花々は枯れ、大地がところどころひび割れていたのだ」
レイヴン様が切なげに目を伏せる。
思い出の場所がそんな風に荒れ果てたら寂しいよね。
「だが、そなたが雨を降らせてくれたお陰でこの場所が蘇った」
花畑を見つめるレイヴン様の顔はとても優しい。
「旦那様、ノエル様お茶の用意が整いました。
私は馬車におりますので、お二人でごゆるりとお過ごしください」
御者が一礼して下がっていく。
いつのまにか花畑の真ん中にシートが敷かれ、お弁当やお菓子やお茶が並べられていた。
「御者の好意を無碍にしても悪い。
いただこう」
「はい」
僕たちはシートの上に対面に座った。
こうしていると本当にデートしてるみたいだ。
いや、デートなんだけど。
クラウスさんが用意してくれたお弁当はどれも美味しかった。
サンドイッチが絶品で、レタスがシャキシャキしていてハムとの調和が最高だった。
アップルティーの香りが豊かで、クッキーとマカロンはサクサクしていて何枚でも食べられた。
視線を感じ顔を上げると、レイヴン様と目があった。
レイヴン様は僕の顔を見てふわりと微笑んだ。
食いしん坊の僕を笑っているのだろうか?
調子に乗ってバクバク食べすぎたことを後悔した!
「恥ずかしい姿をお見せしました……」
食いしん坊だと思われたかな?
「違うのだ。
そなたが食べる姿が小リスのように可憐だったので……それでつい」
「可憐……と言われても僕は男ですし……」
「悪く思わないでくれ、褒め言葉のつもりなんだ。
そなたは無垢で繊細で愛らしい」
レイヴン様が僕の手に自身の手を重ねる。
その瞬間、僕の肩がビクンと跳ねた。
彼の視線が射抜くように僕を見つめていて、僕は彼から視線を逸らせなかった。
レイヴン様のお顔が近づいてきて……。
「いや……まだ駄目だ!
……スの前にノエルに謝罪するように、ジルベルトに忠告されていたのだった……!」
レイヴン様がぱっと手を離した。
彼の温もりが消え、それを寂しく思っている自分がいた。
「謝罪……ですか?」
「そうだ。
俺は君がこの領地に来た日、とても酷いことを言ってしまった。
その翌日からは、君と目を合わせず、まるでいないもののように扱った。
君は祖父とリゼットの為に、当時持っていた力を全て使って、瘴気を浄化してくれていたというのに……」
レイヴン様の眉は下がり、まぶたが重く閉じられる。
彼にそんな表情をされると、僕も悲しくなってしまう。
「本当にすまなかった。
謝って許されることではないが、謝罪させてほしい」
レイヴン様が僕に向かって頭を下げた。
こんな風に謝罪されると、どうしていいのかわからなくなってしまう。
「レイヴン様、頭を上げてください!
僕はもう気にしていないですから!」
「だが、俺は許されないことをして君を傷つけた!」
レイヴン様は真面目すぎるんだと思う。
そんな彼だから、辺境伯爵領の人々は彼を慕っているのだろう。
「もう一度言います。
レイヴン様、頭を上げてください」
レイヴン様がゆっくりと頭を上げた。
「レイヴン様はとても優しい人です。
僕に冷たくしたのにも、何か理由があるんですよね?
その理由を教えていただけますか?」
レイヴン様の表情にはいつもの威厳はない。
彼の眉が僅かに引き寄せられ、肩がわずかに落ちていた。
「言い訳にしかならないが……」
「構いません。
話してください」
「……君が辺境伯爵家に来た時、領地にはモンスターが度々出現し、大地は乾燥し、瘴気は浄化されず空気中を漂っていた。
そんな危険な場所にいるよりは、安全な王都に帰った方が良いと思ったんだ」
彼はわずかに目を伏せ、口元を引き結ぶんだ。
ほら、やっぱりちゃんとした理由があった。
「君がエルゼンベルク侯爵家で虐待されていたことも、売られるように辺境伯爵領に来たと知らなかったんだ。
本当にすまない」
レイヴン様はそう言って、また頭を下げた。
「僕の事を思ってしてくれたんですよね?
エルゼンベルク侯爵家で僕がどのような扱いを受けていたかは、僕が話していないのだから、知らなくて当然です。
だからどうか、頭を上げてください」
レイヴン様はゆっくりと頭を上げた。
彼の表情は迷子の子犬のようで、とても怒る気にはなれなかった。
「君は、こんな俺を許してくれるのか?」
「もちろんです。
レイヴン様は若くして当主になられ、同年代の貴族より苦労しています。
そして、誰よりも辺境伯爵領の人々を大切に思っています。
そういった立場であれば、役立たずな僕が嫁いで来たことに腹を立てても仕方ありません」
レイヴン様は領地のことや領民のことを深く思っていた。
だからこそ、有能なセリアンがくることを切望し、無能な僕が嫁いで来たことに心底失望した。
そんな彼を責める気にはなれない。
「レイヴン様は良き孫、良き養父、良き当主になろうといつも一生懸命です。
もし宜しければ聞かせていただけますか?
レイヴン様がそこまで辺境伯爵領を大切にする理由を」
レイヴン様はまぶたを閉じ、深く息を吐いた。
「……せいだからだ」
「えっ?」
「……俺のせいなのだ!
祖父が妻と息子を一度に失ったのも、リゼットが両親を失ったのも全て俺のせいなのだ……!」
レイヴン様の手はかすかに震えていた。
八年前、レイヴン様のご両親と、リゼット様のご両親、それにグレゴール様の奥方が、馬車の事故で亡くなっている。
初日にグレゴール様が教えてくれた。
「それはどのような経緯が……」
「八年前、王都で行われる式典に祖父母と俺の両親とリゼットの両親が招待された。
陛下の戴冠十周年の式典だった。
そのとき祖父は王都のタウンハウスにいて、子供だった俺と赤ん坊のリゼットは領地で留守番することになった」
それでみんなで同じ馬車に乗って王都に向かい、途中で事故に遭ったんだね。
でもそれがなぜ、レイヴン様のせいになるの?
「祖母と両親と伯父夫妻が旅立つ時、赤ん坊のリゼットがぐずった。
普段おとなしいリゼットが大泣きしたので、みな動揺していた。
伯父夫妻は出発を遅らせようとした。
それを止めたのは俺だ。
『リゼットの面倒は俺がみますから、皆は王都に向かってください。早く出立しないと式典に間に合わなくなりますよ』……そう言って皆を送り出したんだ」
レイヴン様の眉間には深い皺が刻まれ、拳が握られていた。
あまりにも強く握りしめたせいか、彼の拳から血が流れていた。
「祖母と両親と伯父夫妻を乗せた馬車は、その後すぐに事故に遭い、誰も助からなかった……!
俺のせいなんだ!
リゼットは事故を予期してみんなを止めたのに……!
俺が無責任な事を言って、旅立ちを急かしたからあんなことに……!」
レイヴン様は今も自分が許せないのですね。
だからご自分の人生を顧みず、全てを領地とご家族の為に捧げている。
彼が当主になったのも、先代のグレゴール様が体調を崩されたから仕方なくだ。
中継ぎの当主である事を証明する為に、リゼット様を養子に迎え、独身を貫くことを決意された。
なんて、悲しい決意なんだろう。
僕が彼の為にできることはなんだろう?
今も苦しんでいる彼にどんな言葉をかければ良いのだろう?
僕はレイヴン様の手にそっと自分の手を重ね、彼の手を包み込んだ。
「そんなに強く握りしめたのでは、痕が残りますよ」
レイヴン様がビクリと肩を震わせ、僕の顔を見た。
そんなに悲しそうな顔をしないで下さい。
僕まで泣きそうになってしまいます。
僕は、じょうろに水を注ぐ要領で少量の水を出し、彼の手を濡らした。
僕の降らせた雨に傷を癒やす効果があるのなら、こうしてちょっとだけ出した水にも癒しの効力があるはずだ。
硬く握られている彼の指を一本ずつ開いていく。
彼の手のひらに傷は見つからなかった。
癒やしの水で上手く治療できたみたい。
「ご家族が亡くなられたのはレイヴン様のせいではありません。
他の誰のせいでもありません。
だから、どうかそのようにご自身を責めないでください。
レイヴン様が傷つくと、僕も悲しいです。
きっと、それはグレゴール様もリゼット様も同じです」
グレゴール様もリゼット様も、レイヴン様を大切に思っている。
彼が過去にとらわれ、血の涙を流し続けているのを知ったらきっと悲しむ。
「僕に許しを乞うのなら、ご自分のことを許してからにしてください」
「……そなたは、結構厳しいことを言うのだな」
「これ以上、苦しんでるレイヴン様を見たくありませんから」
僕はにっこりと微笑み、彼の手を握りしめた。
レイヴン様の心の傷は深い。
僕が一度や二度、自分を許すように言ったところで状況は変わらないだろう。
でもレイヴンの側にいることはできる。
側にいれば、彼が過去を思い出し自責の念にかられる度に「あなたのせいではありません。ご自分を責めないで」と伝えることができる。
そんな関係を継続できたら、少しだけ未来を変えることができるかもしれない。
僕のできることを全てこの人にしてあげたい。
読んで下さりありがとうございます。
少しでも、面白い、続きが気になる、思っていただけたら、広告の下にある【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして応援していただけると嬉しいです。執筆の励みになります。




