22話「領主町の視察と歓迎」
レイヴン様にエスコートされ馬車に乗った。
レイヴン様はエスコートに慣れているようだった。
対面に座ると思っていたレイヴン様は、僕の隣に座っている。
僕とレイヴン様の距離は拳三つ分ぐらい。
レイヴン様の横顔は今日も美しい。
着飾っているからか、普段よりもイケメン度が増しているような気がする。
「あの……」
沈黙に耐えきれず最初に声をかけたのは僕だ。
「レイヴン様、馬車はどこに向かっているのでしょうか?」
こんなに着飾って出かける場所って……?
「行き先を説明していなかったな。
窓の外を見てほしい」
レイヴン様に促され、窓の外に目を向けると、草原が広がっていた。
僕が初めてこの地に来た時、この辺りは荒れ地だったはず……!
「そなたが数日前に降らせた雨の影響だ。
荒野は草原に代わり、草原は花畑になり、畑には作物が生い茂っている」
「そんなことが?」
「そなたが降らせた雨は、瘴気を浄化に留まらず様々な効果をもたらしている。
大地は潤い、畑の作物の成長を促進し、瘴気症を治した。
それだけではない、雨に濡れた人たちの小さな怪我が治ったという」
すくすく育っていたのは花壇の花だけじゃなかったんだ。
それに雨に治癒の効果があったなんて。
そう言えば、魔法で出した水を誤って体にかけたとき、切り傷が治っていた。
傷が浅かったからじゃなかったんだ。
「そなたの雨は、身体だけでなく心にまで影響を及ぼしている。
ギスギスしていた気持ちが落ち着き、穏やかな気持ちで過ごせるようになり、笑顔が増えたようだ」
「そんな効果まで!?」
セリアンが降らせた雨にはそんな効果はなかったはずだ。
彼の降らせた雨を見ていると、なぜか悲しく重苦しく切ない気分になった。
「しかも効果の範囲が広い。
そなたの雨は辺境伯爵領全土に降り注いだ」
「えっ……?」
セリアンは確か王都に雨を降らせるのがやっとだったはず。
「癒しの雨の本来の能力者はそなただ。
故に効果が及ぶ範囲も広いのだろう」
「そうかもしれません」
セリアンは強奪の術式を使い無理やり奪った能力を使っていた。だから本来の力を発揮できなかったんだ。
これが癒しの雨の本当の力。
「領民もそなたに大変感謝していた。
これから領主町に立ち寄る」
辺境伯爵領の領主町はどんな雰囲気なのだろう?
お店にはどんな商品がならんでいるのかな?
町の人たちとたくさんお話ししたいな。
◇◇◇◇◇◇◇
トントントントンと軽快に馬車の扉が叩かれ、「旦那様、ノエル様、領主町に到着しました」外から御者の声が聞こえた。
「辺境伯爵の馬車だとわかり、町の人が集まってきております」
町の人だって忙しいだろう。あまり待たせない方がいいよね。
「レイヴン様、広場に着いたみたいです。
一度馬車を降りましょう」
馬車を降りると、町の人たちに取り込まれていた。
領民と接する大事な機会なので僕は気持ちを引き締めて、彼らの話に耳を傾けた。
先日の雨で瘴気が浄化され孫の瘴気症が完治したと、涙ながらに訴えるお年寄り。
小さな傷やけが治ったと嬉しそうに話す少年。
作物の実りが良いと楽しげに話す農家の青年。
枯れ果てていた広場の花壇に花が咲き、心まで暖かい気持ちになったと笑いながら話すパン屋の女将さん。
暖かい言葉をたくさんもらった。
彼らは僕に「ありがとう」と伝えてくれた。
だけど、感謝したいのは僕の方だ。
領民の健康な姿を見て、感謝の言葉をもらって、彼らの笑顔を見ることができて、僕は勇気をもらった。
僕はこの町の人たちが好きだ。
この町の人たちのために、僕ができることがあるなら全てしたい。
町の人達に見送られ、僕たちは馬車に乗った。
馬車が走り出しても、町の人たちはその場から動かず「ありがとうございます」と言って手を振っていた。
僕は馬車の窓から彼らに向かって笑顔で手を振り返した。
領主町を越え、馬車は屋敷に向かって進んでいく。
「とても良い人たちでしたね。
僕はこの町もこの町の人たちも大好きです。
町の人たちのためにできることを全部やりたいと思います」
まだ感動で胸がいっぱいだった今日の夕飯は食べられそうにない。
「もちろん町の人たちだけじゃなく、領地の人たち全てに笑顔を届けたいです」
自然と僕の顔はほころんでいた。
レイヴン様も嬉しそうに僕の言葉を聞いていた。
「領主町と町の人々のことを気に入ってもらえて、俺も辺境伯爵として嬉しく思う」
レイヴン様は優しい表情で目を細めた。
レイヴン様はやはり民のことを一番に思っているのだ。
◇◇◇◇◇◇◇
領主町を出た後、馬車は草原の中を進んでいく。
「レイヴン様、お屋敷に戻らないのですか?」
「そなたに、見てもらいたい場所がある」
「僕に見せたい場所……?」
「今日そなたの誘ったのはそなたが起こした奇跡を、自分の目で確認して欲しかったからだ」
「草原や領主町の他にもあるんですか?」
「ああ、とても素敵な場所なので期待していてほしい」
どんな場所だろう? わくわくする。
「よそ行きの服に着替えた理由も教えていただきたいのですが」
こんな上等な服を着る機会がなかったので、なんだか落ち着かない。
「それは……クラウスとジルベルトがデートではおしゃれをするものだと言うから……」
今「デート」って聞こえたような……?
僕はデートなんてしたことないけど、セリアンが殿下とデートに出かけるのを何度も見送っている。
お互いの瞳の色の衣服を纏い二人きりで出かける……言われてみればデートっぽい。
デートだと意識したら急に緊張してきた!
心臓がドキドキするし、顔が熱い……!
レイヴン様の顔をちらりと見ると、彼の顔もほのかに色づいていた。
「デートの相手が……俺では嫌だったか?」
「……!」
ド直球な質問をされてしまった!
なんて答えたらいいんだろう?
すぐに答えないと悪い意味に取られてしまうかも?
「……い、嫌ではありません」
嫌じゃないとか上から目線の返答だっただろうか?
じゃあ何て伝えれば良かったんだろう!?
わからない!
僕の中には何もデータがないからわからない!
「そうか、それなら良かった」
レイヴン様は気を悪くした様子もなく、目を細め口角を上げふわりと笑われた。
レイヴン様の笑顔は、他のどんな表情よりも美しくて……心臓がドキドキと音を立てていた。
「そなたに伝えたいことがある……」
レイヴン様が真剣な表情で僕を見つめる。
この状況で僕に伝えたい事って何だろう?
それって、もしかして……。
「旦那様、ノエル様、目的地に到着いたしました」
いつの間にか馬車は停車していて、外から御者の声が聞こえた。
僕はとっさにレイヴン様から距離を取った。
レイヴン様と二人きりになると、変な期待をしてしまう。
政略結婚だってこと忘れないようにしなくちゃ。




