21話「レイヴンとノエルとお互いの瞳の色の服」
強奪の術式が解呪されてから五日が経過した。
雨を降らせた後、僕は五日も寝込んでしまった。
僕って自分で思っている以上にずっと体力がないみたい。
みんなに迷惑かけないように強くなりたいな。
◇◇◇◇◇◇
しっかり休んで体力が回復したので、今日は久しぶりに庭に出た。
僕がじょうろで水やりをしたのは十日前。
その時とは庭の様子はすっかり変わっていた。
花壇には花が咲き乱れ、かすかに甘い香りが漂っていた。
まるで季節が巻き戻り、春になったみたいだ。
うきうきとした気分で歩いていると、花壇の側に見慣れた後ろ姿があった。
「おはようございます。
グレゴール様、リゼット様、クラウスさん、ヨハンナさん」
僕は彼らのもとに駆け寄った。
「おお、ノエル殿!
もう部屋から出て大丈夫なのかね?」
「はい、すっかり良くなりました」
「グレゴール様も、庭に出て大丈夫なんですか?」
「この通り、元気だよ!
雨の後、瘴気症もすっかり治った!
休んでいた間に訛ってしまった体を鍛えているところだ!」
グレゴール様が歯を見せてニコリと笑う。
以前よりずっと顔色がいい。
それに筋肉もついたみたい。
「それを聞いて安心しました」
グレゴール様が元気になってよかった。
「リゼット様の体調はいかがですか?」
僕が声をかけると、リゼット様はヨハンナさんの陰に隠れてしまった。
リゼット様は、あれから毎日ペチュニアの花の絵を届けに来てくれた。
少しは仲良くなれたと思ったんだけど、会話をするのは難しいらしい。
リゼット様がヨハンナさんの袖をちょいちょいと引っ張り、彼女に耳打ちをした。
「リゼット様、そういうことはご自分で伝えなくては。
ノエル様、リゼット様はあなた様に見せたいものがあるそうです」
ヨハンナさんが柔らかく眉を上げ穏やかに笑う。
「僕に?」
なんだろう?
リゼット様が僕の前をとてとてと歩いていく。
僕は彼女の後に続いて歩いた。
リゼット様がある場所で立ち止まった。
「ここって……!」
そこは、僕が以前じょうろで水を撒いていた場所だった。
あの時は一輪だけだったが、今は花壇いっぱいにペチュニアの花が咲いていた。
ピンク、白、赤、青、紫……色とりどりペチュニアが美しく咲き乱れていた。
「……に」
リゼット様が手を胸の前でモジモジとさせながら、口を動かしている。
「お……お花に……、お友達を……作ってくれて……あ……りがとう」
それは耳をそばだてていなければ、聞き逃してしまうほど小さな声だった。
一人見知りのリゼット様が、僕に話しかけてくれた。
「ありがとう」って言ってくれた!
胸の奥が熱くなるのを感じた。
「どういたしまして!
リゼット様に喜んでいただけてとっても嬉しいです!」
僕の顔は自然と笑顔になっていた。
よかった、グレゴール様とリゼット様の瘴気病が治って。
瘴気も浄化されたみたいだし、花壇に花が咲いた。
雨を降らせると良いことがたくさん起きるんだな。
◇◇◇◇◇
その時、レイヴン様が歩いてくるのが見えた。
レイヴン様は、朝早くに森に出かけたはずだけど。
今日はお帰りになるのが早いんだな。
レイヴン様は、僕の前でピタリと足を止めた。
「レイヴン様、今日はお帰りが早いのですね?」
レイヴンは僕の顔を見つめたまま、固まっている。
なんかいつもよりレイヴン様の顔が怖い。
僕またなんかしちゃったかな?
「……と……しろ」
「えっ?」
レイヴン様が何かボソボソと話している。身長差があるせいかよく聞こえない。
「旦那様、はっきりと言葉にしないとノエル様に伝わりませんよ」
「分かっているクラウス。
余計な口出しをするな」
レイヴン様の顔は心なしか赤くなってるように見えた。
「ノエル大事な話がある。
俺と一緒に馬車に乗り、ある場所に向かってもらう。
異論は認めない」
「はい、承知しました」
僕に伝えたい事ってなんだろう?
雨を降らせたことで何か良くない影響が出たのかな?
その調査に同行しろってことかな?
だから僕の顔を見て顔をこわばらせていたのかな?
「旦那様、そんなお誘い方はありませんよ」
クラウスさんがレイヴン様をジロリと睨む。
「ちゃんと用件は伝えた!」
「要件が伝わればいいってものではありません。
もう一度、やり直してください」
「わかった」
レイヴン様が僕の目を見る。
「ノエル、そなたに見せたいものがあるんだ。
一緒に来てくれないか?」
「はい」
見せたいものってなんだろう?
「クラウス、ノエルを着替えさせてくれ」
「承知いたしました」
えっと……これから出かける場所って着替えは必要なの?
森とか山を見に行くから、汚れてもいい服に着替えろってことかな?
◇◇◇◇◇
レイヴン様と三十分後に玄関で落ち合う事に決め、部屋に戻った。
「クラウスさん、おかしいところはありませんか?」
「ノエル様、とてもよくお似合いでございます。
いつかこういう日が来ることもあろうかと、密かに仕立てておいた甲斐がございました」
僕がクラウスさんに着せられたのは、シルク製の上品なジュストコールだった。
僕が実家で着ていた飾り気のないジュストコールとは全然違う。
首元にリボンがついていて、シャツのエリや袖をフリルが飾り、ジャケットの襟元や袖口に刺繍が施されたとても上等な衣服だった。
鏡の中に映る自分は、別人みたいだった。
てっきり、作業用の服を着せられると思ってた。
レイヴン様は、僕にこんなおしゃれな服を着せて、僕をどこに連れて行くつもりなんだろう?
◇◇◇◇◇
三十分後、待ち合わせの場所に行くと、レイヴン様は既にそこにいらっしゃいました。
レイヴン様も着替えをされたようだ。
普段の彼は、飾り気のない青い軍服を纏っている。
だけど、今日は襟や袖口に刺繍が多く施された漆黒の軍服に、白いマントを羽織っていてとてもゴージャスだ。
レイヴン様のいつもと違う装いについ見入ってしまう。
レイヴン様は丹精のお顔で身長も高く筋肉質でただでさえかっこいいのに、こんな風に着飾ると王子様みたいだ!
何か言わなくちゃいけないのに、言葉にできない。
ぼんやりと眺めることしかできない。
レイヴン様もぼんやりとした表情で僕を見つめたまま動かない。
「お二人とも、よくお似合いでございます」
クラウスさんの言葉に我に返る。
「旦那様の漆黒の軍服は、ノエル様の黒真珠の瞳のようです。
ノエル様のジュストコールの差し色に使った青は、旦那様のサファイアブルーの瞳と同色でございますね」
クラウスさんに指摘されて初めて気づいた。
僕たちは今お互いの瞳の色の服を纏っている……!
セリアンとアルベルト殿下がたまにしていたか、相手の瞳の色の服を着る意味は知っている。
それは恋人か夫婦など愛し合うものがすることで……。
僕とレイヴン様は実際夫婦だけど、それは書類上のことで……!
そこに愛はなくて……!
なのに僕は何を期待しているんだ……!?
「閣下、美しく着飾ったノエル様に何か言葉をかけてはいかがですか?」
「言われなくても分かってる。
あーその……なんだ……。
……ま、孫にも衣装」
「閣下、それ褒め言葉ではございません」
クラウスさんが、顔を顰めた。
「では、なんと言えばいい?」
「月並みございますが、『美しい』『可憐だ』『まるで女神のようだ』と伝えてはいかがでしょう?」
「わかった。
ノエル、今日の装い、そなたに似合っている。
その……可愛い」
キュンと胸が音を立てる。
僕も何か伝えないと……!
「あ、ありがとうございます……!
レ、レイヴン様のお召し物も……す、素敵です!」
「そ、そうか……」
照れくさくてレイヴン様の顔を直視できない。
「旦那様、そろそろお出かけになられてはいかがですか」
「わかっている。
行こう。
ノエル」
レイヴン様に差し出された手に、ためらいながら手を重ねる。
「旦那様、デートだからといってハメを外しすぎませんように。
昼間から宿屋に連れ込むなど、破廉恥な行為は謹んでくださいませ」
クラウスさんがレイヴン様の耳元で囁く。
僕にはよく聞こえなかった。
「そんなことはしない……!」
レイヴン様の顔が真っ赤に染まる。
クラウスさんはレイヴン様に何を伝えたのかな?
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投稿するの忘れてました!すみません!




