20話「セリアンと王太子の悪巧み」三人称
――一方その頃、王都では――
話はノエルの術式が解呪する少し前に遡る。
セリアンは王太子アルベルトとの婚約式の準備に追われていた。
そんな忙しい最中、セリアンは王太子にある会合に参加するようにすすめられた。
会合には、王都付近に領地を持つ貴族が数人参加していた。
皆、セリアンの能力を欲していた。
王太子はセリアンの能力を使い、金儲けを企んでいた。
会合に参加した領地にも果樹園がある。
しかし夏場は雨が降らず、作物の成長が思わしくなかったのだ。
彼らは雨を降らせてくれるなら、金を払っても良いと思っていた。
王太子はそこに目をつけ、金儲けを企んでいたのだ。
セリアンは父親から「無駄に能力を使うな」と
度々注意を受けていた。
そのことに反発していたセリアンは、彼らの要求を受け入れた。
セリアンは婚約式の準備の合間を縫い、王都の周辺の領地に雨を降らせて回った。
貴族達はセリアンに大変感謝し、貴族達からの謝礼金で王太子の懐は潤った。
王太子にはもう一つの狙いがあった。
有力な貴族を味方に付け、婚約披露パーティーで王太子の婚約者が男であることに反対するものを黙らせることだった。
こうしてセリアンは、名実ともに王太子妃の座に近づいていた。
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それから幾日かが経過し、王太子のセリアンの婚約式の当日。
午前中、王太子とセリアンの婚約式が執り行われた。
二人の婚約が書面にて正式に交わされた。
国王の体調が思わしくないこともあり、婚約式は身内のみで行われた。
そして午後、王太子とセリアンの婚約披露パーティーが大々的に行われた。
国王は体調不良によりパーティーは欠席。
婚約披露パーティーには、国内のほとんどの貴族が招待されていた。
本来なら、オルデンローア辺境伯爵家の当主であるレイヴンにも招待状が届くはずだった。
レイヴンを嫌ってる王太子が、レイヴンのところに招待状を送らなかったのだ。
王太子がレイヴンを嫌うのにはいくつかの理由がある。
一つ目は、レイヴンの祖父のグレゴール様に訓練中に恥をかかされたこと。
二つ目は、同い年であるレイヴンのなにかにつけて比べられ敗北したこと。
ほとんど王太子の逆恨みである。
そして、三つ目の理由は社交界初登場式でのこと。
王太子は、子爵家次男であるジルベルトをはじめ下位貴族の少年をいじめていた。
偶然通りかかったレイヴンに咎められた。
その様子を国王が目にしたことで、王太子は厳しく叱られた。
王太子はその時のことを根に持っていたのだ。
レイヴンにとっては災難な話である。
話をパーティーに戻そう。
王太子の婚約が正式に整い、セリアンは会場で一番注目されていた。
本来ならいくら身分が高くても、男性が王太子の正妃になることはない。
セリアンは「癒しの雨」の唯一無二の使い手。それが王太子との婚約の決め手になった。
人々は、セリアンが実際に能力を使う所を見たいと懇願した。
セリアンは今までパーティーで何度も雨を降らせてきたが、その日が初対面の貴族もいたため、その願いを聞き入れた。
セリアンはバルコニーの先端に立ち、胸の前で手を組み天に祈った。
一同が固唾を飲んで見守る。
いつもなら、少しの時間祈りを捧げれば雨が降った。
しかし、その日はいくら待っても雨は降らなかった。
会場にどよめきが広がる。
セリアンの顔に焦りの色が浮かぶ。
「どうしてだよ!
いつもならもう雨が降ってるだろ!
よりによって婚約披露パーティーで失敗するなんて……!」
セリアンが小声で愚痴を漏らした。
その時、セリアンの耳の後ろに激痛が走った!
「うああああっ……!!」
セリアンは耳を押さえ、その場に膝をつく。
周囲の客が、心配そうにセリアンを見つめる。
激痛の後は、猛烈なめまいがセリアンを襲った!
セリアンは、吐き気を抑えきれず胃の中の物を吐き出した。
事態を見守っていた客たちは、途端に顔をしかめセリアンから距離を取った。
客たちがひそひそと囁く。その殆どはセリアンへの悪口だった。
運悪く、その時王太子は席を外していた。
いち早くセリアンの異変に気づいたのは、彼の父親であるエルゼンベルク侯爵だ。
エルゼンベルク侯爵は、セリアンに近づくと一番に耳の後ろを確認した。
セリアンの耳の後ろには、子供の頃に刻んだはずの術式があるはずだった。
しかし跡形もなく消えていた。
侯爵は真っ青な顔で唇を震わせた。
彼の背に冷たい汗が伝う。
しかし腐っても高位貴族。
侯爵は心を落ち着け、衛兵を呼びセリアンを医務室へと運んだ。
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医務室に運ばれたあとも、セリアンは耳の痛みと頭痛と吐き気に悩まされていた。
王族専門の医師が診察しても、セリアンの体調不良の原因を突き止めることはできなかった。
しばらくしてセリアンが話せるほど回復した。
エルゼンベルク侯爵は医師や看護師に退出を求めた。
侯爵はセリアンと二人きりになったことを確認し、セリアンの体調不良の理由を説明した。
十一年前、弟夫妻の葬式で甥のノエルに特別な力があることを知ったこと。
嫡男であるセリアンが、何の能力も持たずに生まれて来たことに悩んでいたこと。
そんな時に怪し気な魔術師に出会ったこと。
魔術師に「強奪の術式」の存在を教えられたこと。
ノエルの能力を奪い、セリアンに与えようと決意したこと。
ノエルの体には背中に大きく術式を刻み、セリアンの体には目立たないように耳の後ろに小さく術式を刻んだこと。
元の能力者であるノエルが死んでしまうと、セリアンの能力も消えてしまうので、ノエルを屋敷で管理していたこと。
ノエルの背中に術式が描かれていることに気づかれると面倒なので、彼に使用人をつけなかったこと。
その話を聞いてセリアンは愕然とした。
長年自分の能力だと思っていたものが、他人のものであった。
しかも、長年役立たずのゴミクズと見下してきたいとこのものであった。
ノエルを侯爵家から追い出したことで、術式が解呪され、能力を失ってしまった。
セリアンが術式を刻まれた時、まだ五歳だった。セリアンは術式を刻まれたことも、自分がもともと能力を持っていなかったことも忘れていた。
侯爵はセリアンを責めた。
「だからノエルを嫁に出すべきではなかったのだ!
おそらく嫁ぎ先のオルデンローア辺境伯爵家で、ノエルの背中に強奪の術式があることに気づかれたのだ!」
セリアンも負けてはいなかった。
「解呪されたのなら、また魔術師を雇い、ノエルを呼び戻し、もう一度ノエルから能力を奪えばいいでしょう!!」
侯爵は「それはできない」と首を振った。
「魔術師はおそらく術式が解呪された時に呪い返しにあって死んでいる。
魔術師は強奪の術式を扱える一族の最後の生き残りであった。
もはやあの術式を扱えるものはこの世にはいない」
侯爵の話を聞いたセリアンの顔から生気が消えていく。
セリアンはベッドに倒れ込んでしまった。
セリアンの髪は乱れ、顔は土気色で、もはや絶世の美少年と称賛された頃の面影はなかった。
セリアンの脳裏を様々な考えが巡る。
『自分が男でありながら王太子の婚約者になれたのは、癒しの雨の能力があるからだ。
その能力がなくなったと知ったら、アルベルト様に婚約を破棄されてしまう。
それどころか禁術を使っていたことが知られたら、逮捕され牢獄に入れられてしまう……!』
セリアンはどうしたらいいか必死に考えた。
しかし……良い考えが浮かぶことはなかった。
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侯爵とセリアンは途方にくれていた。
その時、王太子が医務室に入ってきた。
必死に取り繕おうとする二人に、王太子は冷静に告げる。
「全ての話を聞いていた」……と。
一番知られたくない相手に秘密を知られ、侯爵とセリアンは絶望した。
「既に婚約発表は済んでいる。
今更、婚約者の変更など体裁が悪い。
よって婚約者はセリアンのままだ」
王太子の思いもよらぬ言葉に、侯爵とセリアンは驚愕の表情を浮かべた。
王太子はさらに告げる。
「俺はセリアンのことを気に入っている。
家柄、身分、育ち、容姿、能力……全ての面において、セリアンは同年代の貴族の令息の中で最も優れている。
俺の隣に立つのはセリアン以外考えられない」
王太子の言葉に、侯爵とセリアンは歓喜した。
しかしセリアンは能力を失い、強奪の術式を使える魔術師ももういない。
その事に気付き、二人は再び絶望した。
王太子はさらに告げる。
「能力がなくなったのなら、また戻せばいい」と。
王太子の言葉に侯爵は顔を顰めた。
「王太子殿下、お言葉を返すようですが、強奪の術式は禁術。
故に扱えるものが限られています。
ノエルの体に術式を刻んだ魔術師が最後の生き残りでした。
奴は呪い返しを受け死んだでしょう。
術式を使える人間はもうこの世にはおりません」
侯爵の言葉を聞いても王太子が狼狽えることはなかった。
「強奪の術式など所詮は庶民が扱う二流の術式だ。
俺はそんなものに頼ったりしない。
侯爵は知らないだろうが、王族はもっと優れた術式を管理している。
それに比べれば強奪の術式など、子供の落書きも同然だ」
王太子が余裕の笑みを浮かべる。
王太子の言葉に、侯爵とセリアンは興味を唆られた。
彼らの目に希望が戻りつつあった。
「その名は『譲渡の術式』」
王太子は譲渡の術式について説明を始めた。
譲渡の術式は、相手の能力を完全に奪うことができる上に、解呪は不可能。
能力を奪われた側は廃人になる。
一つ問題があり、譲渡の術式を使うには相手側の同意が必要であるということ。
同意なしには相手の能力を奪うことはできないのだ。
百年前、隣国との戦争の時。
強奪の術式と譲渡の術式は頻繁に使われていた。
しかし戦争の終結間際、クラルハイム王国の勝利がほぼ確定となったとき事件が起きた。
当時の国王は終戦後、隣国に二つの術式の存在が知られることを恐れた。
国王は、強奪の術式に関する書物とそれを扱う一族を集め処分した。
有事に備え、譲渡の術式について本に記し、宮殿の地下深く宝物庫で管理した。
譲渡の術式の存在は、国王と王太子のみに伝えられた。
「どうだ、譲渡の術式があればセリアンは再び能力者になれる。
しかも、以前より強力なパワーを得られる!」
王太子の説明を聞き、侯爵とセリアンは生唾を飲み込んだ。
「確かに、譲渡の術式に使えばセリアンの将来は安泰でしょう。
しかし、一つ問題が。
ノエルが大人しく能力を渡すでしょうか?」
廃人になるとわかっていて、能力を譲渡するものはいない。
「その点も問題ない。
ノエルの性格なら民を人質に取ればいいなりにできる。
セリアンもそう思うだろう?」
「その通りです、アルベルト様。
あいつはそういう奴です。
レーベ男爵領を人質に取った時、ノエルは僕の言いなりになりました」
王太子とセリアンは顔を見合わせ、邪悪な笑みを浮かべた。
「しかし、オルデンローア辺境伯爵領の兵士は勇猛なことで有名です。
簡単にノエルを手放すでしょうか?」
侯爵が不安げに尋ねる。
「勇猛?
モンスターを相手にすることしか脳がない田舎者の野蛮人の間違いだろ?」
王太子が不敵な笑みを浮かべる。
「俺にはこれ(虎符)がある。
正規軍を動かせばオルデンローアの田舎兵士など敵ではないわ!」
虎符は王国の正規軍を動かす為の割符である。
札は上下に別れ、上半分は国王が所持し、下半分を将軍などに貸し与える。
王太子は国王が病に伏せっているのを良いことに、虎符を無断で拝借していた。
こうして、王太子は正規軍を動かし、ノエルのいる辺境伯爵領へ向かった。
セリアンは体調が思わしくないので王都に残った。侯爵はセリアンの看病をすることになった。
ノエルを狙う魔の手がすぐそこまで迫っていることを、辺境伯爵領のものはまだ知らない。




