19話「ノエルの能力の範囲」レイヴン視点
――レイヴン視点――
ノエルが降らせた雨は丸一日降り続いた。
最初の一時間は前が見えなくなるほどの土砂降りで、残りの時間はしとしと降り注ぐ優しい雨だった。
ノエルは能力を使った反動で、五日ほど部屋で休んでいる。
俺はジルベルトやその他の部下に命じ、ノエルが雨を降らせていた範囲を調べさせた。
ノエルの能力を強奪していたセリアンは、王都中に雨を降らせることができたという。
そのことから推測するにセリアンの能力の範囲は、だいたい効果は半径二〜三kmといったところだろう。
「閣下、各地から集めた情報をまとめました」
ジルベルトが執務室に入ってくる。
「そうか、ご苦労だった」
ジルベルトから受け取った紙の束に目を通す。
「大変でしたよ。
雨が止んだ後、各地に伝書バトを飛ばし情報を収集するのは」
やつを大げさに言っている。
書類に目を通して大体のことはわかった。
「これは予想していた以上だな」
書類を机に置き、眉間を指で揉みほぐし深く息を吐いた。
「ノエルの能力の範囲はオルデンローア辺境伯爵領全てに及んでいる」
領地の端にある村からの報告によれば、やはり同じ日同じ時間に雨が降ったようだ。
最初はたたきつけるような大粒の雨が降り、大粒の雨が大地を潤した後、はしとしとと優しい雨が降った。
雨が降っていた時間は約一日。
辺境伯爵領の半径は王都の約十倍だ。
半径が十倍になると、面積は百倍になる。
つまりノエルの能力はセリアンの能力の百倍ということになる。
「ノエル様の降らせた雨により瘴気は完全に浄化されました。
それだけではなく、瘴気症が治ったという声が相次いでいます。
雨に触れたことで、怪我や擦り傷などの小さな怪我が治ったという報告も上がっております」
「ノエルが雨にそこまでの効果があったとはな」
「それだけではありません。
大地が潤いを取り戻し、荒野には緑が広がり、畑の作物は急成長し、枯れていた花が咲いたという報告も上がっております」
「雨に植物の成長を補助する力まであったということか」
「はい、そのようです。
雨は領民の心にも影響を及ぼしています。
ギスギスしていた人達が、雨が降った途端に優しく温かい気持ちになったそうです」
「確かに、雨が降った日はいつもより心が安定していた」
神の手にそっと包まれるような温かな感覚。あれは体験したものにしかわからないだろう。
「本当にすごいですよ、ノエル様の能力は!
町に希望が戻ったという報告が相次いでいます!」
ジルベルトが嬉々とした表情で話す。
「ああ、そうだな……」
俺は彼の話を複雑な心境で聞いていた。
「閣下は嬉しくないんですか?
ノエル様の力は、夏場は特に雨が乏しいこの土地にとって必要不可欠なものです!
ノエル様はこの地の救世主です!」
「だからこそ心配なのだ。
雨が少ないのはここだけではない。
この国の全体が大なり小なり夏場は雨が少ない。
それだけノエルの能力は、必要とされているということだ。
もし彼の能力が外部に漏れたら……」
「ノエル様の取り合いが起こる……」
事態を把握したようで、ジルベルトが眉間に皺をよせ、険しい表情をした。
「ノエルが能力を取り戻したことで、セリアンは能力を失ったはずだ。
なぜそうなったのか、いずれ気づくだろう。
ノエルを奪い返しに来なれば良いのだが……」
「そんなの今更ですよ!
ノエル様はご実家で酷い扱いを受けていたそうではありませんか!
返してくれと言われても、返す必要などありません!」
「もちろん俺も、ノエルを手放すつもりはない」
「エルゼンベルク侯爵は、禁術に手を出しました!
ノエルさんを返してくれと言ってきたら、禁術の事を王家に報告し、牢屋に入れてやればいいんです!」
「ノエルの親戚なので事を荒立てたくはないが……。
向こうがその気なら、最悪そうするしかないだろうな」
何にせよ用心に越したことはない。
「そのためにも、閣下はノエル様のお心を掴んでおいてくださいね!
我々が反対しても、ノエル様ご自身が「帰りたい」と強く望まれたら止めるのは困難です。
閣下、今までのことをちゃんとノエル様に謝罪したんですか?」
「いやそれは……」
ジルベルトが険しい表情で詰め寄ってくる。
「まだ謝罪してないんですか?」
「……」
「ノエル様が嫁いできてから倒れるまでの期間、閣下のノエル様への態度は酷いものでしたよ。
初対面で存在を全否定して「帰れ」と言い放ち、新婚なのに寝食を共にせず、すれ違っても挨拶どころか目線も合わせようとしなかった。
閣下がノエル様を透明人間みたいに扱ったことで、ノエル様はどれだけ傷ついたか、想像したことはございますか?」
「……」
ジルベルトに痛いところを突かれ、返す言葉が見つからなかった。
「謝罪はしていない。
しかし、ノエルが目覚めてからはできるだけ優しく接している」
「伴侶に優しく接するのは当たり前のことです」
手厳しいな。
「謝罪もせずにいきなり優しくするのは、逆効果かもしれませんよ」
「どういう意味だ?」
「ノエル様に能力がない間はこれでもかというくらい冷たくして、ノエル様に能力が戻ったら優しくする。
ノエル様に『この人は能力が欲しいだけなんだ』と、誤解されても仕方ありません」
「うっ……」
そんなつもりはなかったが、ノエルがそのように誤解した可能性はある。
「ノエルに冷たくしていたのには意味がある。
辺境伯爵領はモンスターが出て危険だ。
なので安全な王都に戻って欲しかった。
彼が侯爵家で酷い扱いをされているとは知らなかった。
帰る場所のないノエルに、酷い扱いをしてしまったと反省している」
「それは俺じゃなくてノエル様に伝えてください」
「わかっている。
だが屋敷には祖父やクラウスがいるため、なかなかノエルと二人きりになれず……」
ノエルの部屋に行くといつも誰かいるのだ。
「それならデートに誘うしかないですね」
「はっ!? デート……だと??」
「ノエル様が雨を降らせてくれたおかげで、森や荒野や街道にモンスターが出現しなくなりました。
閣下が一日休んでも支障ありません」
確かに雨の後、モンスターの目撃情報はあがっていない。
「ノエル様は、この地に嫁いで来られてから一度も外出しておりません。
ちょうどよい機会です。
観光案内と兼ねてデートに誘うべきです」
そうだった。
ノエルは当家に来てから、まだどこにも出かけていないのだった。
雨が降るまで、モンスターが出現して危険だったからな。
「そうだな。
ノエルの体調が回復したら、どこか景色の良い場所に連れて行きたいな」
「決まりですね!
クラウス様にお弁当と馬車の手配を頼んできます!
デートは明日でいいですよね!」
「……明日!?
待てジルベルト!
そんなに急がなくても……!」
俺が声をかけた時には、既にジルベルトは退室していた。
明日、ノエルとデートすることになってしまった!
このようなことは経験がない!
どこに行って何をすればいいのかわからない!
服は軍服でいいんだろうか? それとも別の服を着るべきなのか?
ここ数年、軍服とパジャマ以外着用していないので、何を着たらいいのかわからない!
ジルベルトに、デートについてもう少し聞いておけばよかった……!
◇◇◇◇◇◇
ずっと領地と家族のことだけ考えてきた。
好きな人に喜んでもらうにはどうしたらいいのか……? そんなことを考える日が来るとは思わなかった。
数日前、ノエルがバルコニーで祈り捧げる姿はそれは清らかで美しく……神々しくすら感じた。
純粋で無邪気な横顔は天使そのものだった。
俺はその時、ノエルへの恋心を自覚した。
もしかしたら、もっと前から彼に惹かれていたのかもしれない。
はっきりと「好きだ」と気づいたのはその時だ。
ノエルは健気で前向きで純粋で……いつでも人のために一生懸命だ。
誰かの為になるなら、自分が傷つくことを恐れない。
俺はそんな彼に強く惹かれた。
同時にそんな彼を危ういと思った。
ノエルは生まれたてのひよこや猫同然。
警戒心が足りない。
だから俺が彼の側に張り付き、彼を支えなければ。
そうしていないと、天使のように空に羽ばたいて消えてしまいそうだから。
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