17話「五日振りの目覚め」
長い長い夢を見ているような気がする……。
目が覚めた時、とても体が軽くなっているような気がした。
それと心が暖かくて、こころなしか体もポカポカしているような……。
指先にぬくもりを感じる……?
目を開けると、ベッドの上だった。
太い梁と整然と並んだ天井板が目に入る。
古いけどしっかりと手入れされた家。
剥げた漆喰と蜘蛛の巣の張ったタウンハウスの屋根裏部屋じゃない。
そうだ、僕はオルデンローア辺境伯爵家に嫁いできたんだった。
グレゴール様とリゼット様のためにお屋敷の周りを浄化していて。
塀の外に出た時モンスターに襲われて、それから……。
「ふぇ……っ?!」
なんでベッドサイドにレイヴン様がいるの?
指先に感じたぬくもりの正体は、彼が僕の手を握っていたからだった。
えーーと、これはどういう状況??
レイヴン様は視線を合わせるのも嫌なくらい、僕を嫌っていたはず。
なのに、なんでここにいるの……??
「もしかして……僕が倒れた後ずっと側にいてくれたのかな?」
レイヴン様は椅子に腰かけたまま、ベッドに突っ伏すような形で眠っていた。
その寝顔は穏やかで、いつもの厳しく凛々しい彼とは全く違った。
「レイヴン様は、眠ってる時はこんなに柔らかな表現になるんだ……」
整った眉毛、長く綺麗なまつげ、きめ細やかな肌、眠っていてもわかるほどレイヴン様の顔が整っている。
彼の寝顔が美しくて思わず見入ってしまった。
握られていない方の手を伸ばし、彼の髪に触れる。
彼の漆黒の髪は、僕が思っているよりもずっと柔らかくてすべすべしていた。
なんだか野生の大型犬を手懐けたみたいな気分だ。
そんなこと言ったらレイヴン様に怒られてしまうかな?
彼の髪を撫でていると、レイヴン様は目を覚ました。
彼のサファイアブルーの瞳と視線が交わる。
「すみません……! 勝手に……!」
僕は彼の髪からパッと手を離した。
髪を撫でていたこと、気づかれてしまったかな?
レイヴン様に怒られてしまうかも?
彼が僕に手を伸ばす。
思わず、体がすくんでしまう。
レイヴン様は僕の頬を両手で包み込み、僕の顔をまっすぐに見つめた。
まるで赤子に触れるような優しい手つきだった。
「良かった……!
目が覚めたのだな!
あのまま、目を覚まさないかと心配していた……!」
彼の瞳には愛情が満ちていて、彼の形の良い唇から発せられる言葉はとても優しかった。
「……?」
レイヴン様の態度は僕が倒れる前と全く違う。その豹変ぶりに僕は困惑していた。
これがあのクールでドライなレイヴン様?
彼のそっくりな双子の弟とかじゃないよね??
僕が寝ている間にどんな心境の変化が?
「ご心配をおかけしました。
えっと……僕は、塀の外でモンスターに襲われた後……」
「倒れたそなたを、俺が寝室まで運んだ」
レイヴン様が僕を……?
「そうだったんですね。
ご迷惑おかけしました……」
「気にすることはない。
その他その後五日間眠り続けてきたのだ」
「五日も……!?」
レイヴン様が僕を運んでくれたのも意外だけど、それ以上に五日も眠ってしまった衝撃の方が大きかった!
「すいません!
嫁いできたばかりなのに五日も眠ってしまって……!
本当に僕は役立たずで……」
ちょっと張り切りすぎて疲れが溜まっていた。
モンスターに襲われた恐怖もあるけど、それにしても五日も眠り続けるなんて。
「そう自分を責めることはない。
それに、そなたが眠っていたのにはちゃんと理由があるんだ」
「理由……ですか?」
レイヴン様が僕の手を握りしめ、穏やかに微笑む。
レイヴン様は僕が目覚めてからずっと優しい。
『役立たずはいらん! 今すぐ荷物をまとめて出て行け!』と言われると思ったのに……。
「ああ、そなたの体にある術式が刻まれていた。
それは……」
レイヴン様が眉間に深い皺を作り、厳しい表情をする。
彼の口から語られた事実に、僕は驚きを隠せなかった。
まさか、伯父が僕の能力を奪いセリアンに渡していたなんて……!
そうだ……夢の中の僕は両親のために雨を降らせていた。
雨を降らせる能力は、もともと僕のものだったんだ。
なぜかストンと腑に落ちた。
「連日の魔力の使いすぎによる疲労と、術式を解除した反動でその後は五日間眠り続けていたのだ」
「そうだったんですね。
すみませんご迷惑おかけして」
「謝らなくていい。
そなたは祖父やリゼットの為に、能力を使い屋敷の周囲を浄化してくれた。
感謝している」
レイヴン様が僕の手をきゅっと握りしめる。
彼の手はとても暖かく、僕を見つめる瞳はとても優しい。
僕の心臓がドクン……! ドクン……!と音を立てる。
人に親切にされるのに慣れてないから、レイヴン様に愛情深い言葉をかけられると落ち着かない。
レイヴン様が優しくなったのは僕が能力を取り戻したから?
雨を降らせる能力が欲しいから……?
心臓がざわりと音を立てた。
嫌だな……。
親切にしてくれた人をこんな風に疑ってしまうなんて。
その時、四回ノックの音がした。
「失礼します。
旦那様、お食事をお持ちいたし……ノ、ノエル様!
目を覚まされたのですね……!」
部屋に入ってきたのは、執事長のクラウスさんだった。
「クラウスさん、すみません。
いきなり倒れたので、ご迷惑をかけてしまいましたよね」
クラウスさんは押してきた食事用カートを部屋の入口に置いたまま、ベッドまで早足で歩いてきた。
「ノエル様、どうかそのようなことをおっしゃらないでください!
辺境伯家のものは、皆あなた様がお目覚めになるのを願っておりました!」
普段の彼からは考えられない無作法な振る舞い。
きっと僕のことを凄く心配してくれたんだ。
「みんなが僕の目覚めを……?」
「さようでございます。
枕元に飾られてる絵は、リゼット様がお描きになられたものです。
花を摘んでしまうのは心苦しいからと、絵を描いたのです」
クラウスさんに言われ枕元に目を向けると、ピンク色の可愛らしい花の絵が飾ってあった。
この花はペチュニア。
リゼット様が花壇で大事に育てていた花だ。
「リゼット様がこの絵を……!」
胸がジーーンと熱くなる。
人見知りなリゼット様が心を開いてくれたのが嬉しい。
僕の努力はちゃんと彼女に伝わっていたんだ。
「大旦那様はリハビリだとおっしゃって、毎日ノエル様のお部屋までご自身の足で歩いてお見舞いに来ておりました」
「グレゴール様が!?」
瘴気症の症状は良くなったとはいえ、完治した訳ではないのに。
グレゴール様は毎日お見舞いに来てくれた。
胸の奥に太陽があるみたいに暖かい。
こんな気持ちは初めてだ。
後で二人にきちんとお礼を伝えよう!
「それから旦那様は、日に三度ノエル様のお見舞いに訪れておりました。
夜はノエル様のお側に寄り添い、手を握っていたのですよ」
「レイヴン様が……?」
レイヴン様の顔を見ると、彼は照れくさそうに頬を染めた。
キュン……と心臓が音を立てる。
「クラウス、いらんこと言うな!」
「いえいえ、こういうことはきちんとお伝えしておかねば。
思っているだけでは、気持ちは伝わらないものですよ」
レイヴン様の顔は見る見る赤くなっていく。
「僕が眠ってる間、ずっと側にいてくれたんですか?」
「ずっとではない。
昼間はモンスター退治があるから、夜の間だけだ」
レイヴン様の顔は耳まで赤くなっていた。
そんな顔をされると、僕まで照れくさくなってしまう!
「モンスターに襲われ気を失ったノエル様を、お部屋に運んだのも旦那様です」
それは知ってます。
「ノエル様をパジャマに着替えさせたのもレイヴン様です」
それは知りませんでした。
僕はパジャマの前を手で押さえた。
レイヴン様が僕の着替えを……?
僕の貧相な体をレイヴン様に見られた??
「クラウス、いらんことを言うな!
違うのだノエル!
そなたを着替えさせたのはクラウスだ!」
「そ、そうですよね……!」
「俺はそなたの服を……半分脱がせただけだ……」
レイヴン様は顔を伏せ、ボソボソと呟いた。
「……っ!」
レイヴン様が半分とはいえ、僕の服を……!
服のまま寝かせる訳にはいかないし、その時に僕の体に刻まれた術式に気づいて、術式を解呪して貰えたんだから、結果的には良かったんだけど……。
すごく……恥ずかしい!!
「ノエル様にかけられた術式も、大旦那様と旦那様が解除法を見つけ、命がけで解除されたのですよ」
「そうなんですか……!?」
「ノエル様の体に刻まれていたのは、百年前に禁術に指定された大変危険な術式でした。
博識で魔力が高く、魔術に精通している大旦那様と旦那様でなければ、術式を解除することは叶わなかったでしょう」
解呪がそんなに大変だったなんて……!
レイヴン様を見ると、彼は少し頬を染め恥ずかしそうに頬をかいていた。
「レイヴン様、あの僕……なんてお礼を言っていいか」
「気にするな。
クラウスが大げさに言ったに過ぎない」
レイヴン様の言葉はそっけない。
だけど言葉の一つ一つに愛情が籠もっているような気がした。
僕はどうしてレイヴン様を疑ってしまったのだろう?
彼が優しくしてくれるのは、僕の能力が目当てなのだと思ってしまったのだろう。
レイヴン様は、グレゴール様と一緒に命がけで僕の術式を解除してくれたのに……!
僕を利用したいだけなら、そんなことするはずがないのに……!
「それでも凄く嬉しいです。
ありがとうございます」
僕が笑顔でお礼を伝えると、レイヴン様は目を細め穏やかに微笑んだ。
レイヴン様がリゼット様に向けていたのと同じ、優しい笑顔だった。
ぐーーーー……。
その時、僕のお腹が盛大になった。
クラウスが運んできたカートから、すごくいい匂いが漂ってきたから……。
「レイヴン様、クラウスさん、い、今のは……!」
「私は何も聞いておりません。
そうですよね、旦那様?」
「ああ」
「ですのでどうか、お気になさらないでください。
今、消化の良いものを作ってまいりますね」
クラウスさんが空気を読んでそう言ってくれた。彼の気遣いに心の中で感謝した。
しばらくして、クラウスさんがパン粥とマッシュポテトを運んできた。
レイヴン様は、僕が食べるまで待っていてくれた。
その日、僕はこの屋敷に来て初めて誰かと一緒に食事をした。
空腹だったのもあるけど、その日食べたパン粥とマッシュポテトは今まで食べたどんな物より美味しくて……僕はレイヴン様と家族になれた気がした。
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