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16話「両親の葬式とエルゼンベルク侯爵との出会い」





――ノエル・過去回想――



「ああ、面倒だ……。

 弟め、ガキを残して死ぬなど。

 なんと迷惑な……」


外はしとしとと雨が降っていた。


「わしが引き取らなければ、このガキは野垂れ死ぬのだろうな。

 子供はセリアンだけで十分だというのに。

 とはいえ、侯爵ともなると世間体がある。

 孤児院に入れるわけにもいくまい」


僕の側には喪服を着た金髪のおじさんがいて、苛立たしげに頭をかいていた。


「その上、こんな日に雨とはな。

 墓まで歩いたら服が濡れるではないか」


金髪のおじさんは空を見上げ、眉間に深い皺を作りながらぼやいていた。 


「おっ……雨が止んだか?

 とはいえ、地面が濡れてるのは変わらんな。

 雨で土はぬかるんでいるから靴が汚れる。

 上等な靴など履いてくるのではなかった」


僕はおじさん越しに窓の外を見た。

厚い雲に覆われていた空に切れ目ができ、光が降り注いでいた。

そこには、僕が見たかったものがかかっていた。


「お父様、お母様、見える?

 お二人が大好きだった虹だよ!

 僕が雨を降らせて虹を出したんだよ!」


お父様とお母様は虹が好きだった。

だから雨を降らせて虹を出したんだ。


大きな木の箱の中の二人は何も答えなかった。

木の箱は「棺桶」といって、これに入れられた人は土の中に入れられて二度と会えないらしい。


子供だった僕にはお葬式というものがよくわからなかった。

だけどそれが、とても寂しいことなのだけは伝わってきた。


棺桶には窓がついていて、二人の顔がよく見えた。


二人は眠っているみたいに穏やかな表情をしていた。

なのにまったく言葉を発しなかった。


「お父様、お母様、何か言ってよ……!」


棺桶を揺するがなんの反応もない。


「おい、お前。

 今の話は本当か?」


振り返ると、金髪のおじさんが僕のすぐ後ろに立っていた。


おじさんは眉間に皺を寄せ、目をギラギラと光らせていた。

あまりの恐ろしさに、心臓がビクンと跳ねた気がした。


「おじさんは……誰?」


「怖がることはない。

 わしの名前はロドリコ。

 エルゼンベルク侯爵家の当主で、お前の父親の兄だ」


「お父様のお兄様なの……?」


「ああ、そうだ。

 お前の父親が一番信頼していて、一番仲が良かったのがわしだよ」


伯父と名乗った男は、床に膝をつき僕に目線を合わせた。


笑顔を浮かべているのに、目力だけが異様に強かったのを覚えている。


「それで大事なことだからもう一度聞くが、雨を降らせたのは本当にお前なのかい?」


「それは……」


僕は頷くことができなかった。

お父様とお母様に力のことは、内緒にするように言われていたから。


「もしかして、弟に能力のことは誰にも話してはいけないと言われていたのかな?

 それなら心配はいらないよ。

 伯父さんは今日からお前の保護者、つまりは親代わりになるんだ。

 親とは子供の安全を守るものだ。

 だからなんの遠慮はいらない。

 お前の悪いようにはしない。

 さぁ、お前の能力を教えておくれ」


「うん」


両親を一度に亡くして心細かった僕は、伯父の言葉を信じ、能力の事を話した。

そして、実際に雨を降らせたり止ませたりして見せた。


「役立たずだと思っていたが、なんと家族思いの出来た弟だろう。

 このわしに金の卵を残してくれたのだからな」


僕の能力を確かめた伯父は、そう言って目を細め口角を上げた。

それはとても不気味な笑顔だった。


それからすぐに王都にある伯父のタウンハウスに引き取られた。

そこで、いとこのセリアンに出会った。

セリアンは、伯父と同じ金色の髪と青い目をした綺麗な男の子だった。 


セリアンは侯爵家の嫡男なのに、なんの能力も持っていないことがコンプレックスだった。

だけど、身分が高く容姿が良いのでとってもプライドが高かった。

セリアンは「貧乏男爵の息子!」と言って僕を馬鹿にした。


セリアンとはあまり仲良くなれなかったけど、僕が近づかなければ、彼の方からちょっかいを出してくることはなかった。


侯爵家での平穏な日常が続いた。

伯父は僕に部屋を与え、使用人も付けてくれた。

何不自由のない生活がそこにあった。


だけど、そんな日々はある日突然に終わりを告げた。


真っ黒なローブを羽織った男が、タウンハウスを訪ねてきた。

不気味な佇まいの男は伯父の客のようだった。


伯父は僕を屋敷の離れに連れて行った。

離れにはローブの男がいた。


伯父は僕にジュースを飲むよう勧めた。

ジュースを一口飲んだら急に眠くなって……。


目覚めたらベッドで眠っていて。

体がすごく重たくて、仰向けになろうとすると背中がヒリヒリした。

頭がぼんやりしていて、体を起こすことができなかった。


ローブの男はまだ部屋の中にいて、伯父と何か話していた。


「上手くいったのか?」


「はい、強奪の術式はこのガキの背中にしっかりと刻みました。

 もう一つの術式は御子息の耳の後ろに目立たないように刻みました」


「そうか、よくやってくれた。

 これで雨を降らせる能力はセリアンのものになったのだな!」


伯父は満面の笑みを浮かべていた。


「もう一度確認するが、術式が破られることはないんだな?」


「百年ほど前に禁呪に指定され、一族の者は皆処刑されました。

 強奪の術式は、一族の名誉と共に歴史の闇に忘却されたのです」


ローブの男は悔しそうに唇を噛んだ。


「生き残ったのは、当時幼かった私の祖父だけ。

 祖父が一子相伝で伝えた秘術です。

 祖父も父も死に、私には後継者もおりません。

 よって、解呪は不可能です」


「そうか、それを聞いて安心した」


「とはいえ強奪の術式は禁呪、このことは他言せず、術式も誰にも見せないのが賢明でしょう」


「なるほど、用心に越したことはないな」


「御子息の耳の後ろに刻んだ術式は小さく目立たないので問題ありませんが、そこで寝てるガキに刻んだ術式は大きくて目立ちます。

 ガキの背中は誰にも見せないことを推奨します」


「ああ、わかった。

 ノエルには使用人を付けず、着替えも風呂も一人でやらせる。

 部屋は屋根裏で十分だろう」


ドッドッドッドッ……と心臓が嫌な音を立てていた。

聞いてはいけない話を聞いてしまった……幼心にもそう確信した。


「それから、能力はこのガキから完全に奪ったわけではありません。

 元の持ち主にも多少は能力が残ります」


「多少とは?」


「雨を降らせる能力なら、コップ一杯の水を出す程度の能力が残るでしょう」


「そうか、その程度なら問題ない」


「御子息はこのガキから能力を無断で拝借している状態です。

 ですから、このガキが死んだら御子息の能力を喪失します。

 くれぐれも、そのことだけはお忘れなきように」


「ああ、わかっている。

 ノエルは一生我が家に留め、セリアンの養分として働いてもらう。

 生かさず、殺さず。

 日陰でひっそりと生かしてやる。

 セリアンの引き立て役としてな!

 ククっ……!

 弟は本当に良い時に死んでくれた!

 しかもこんな金の卵をわしに残してな!!

 アーハッハッハッハッハッハッ!!」







それから、セリアンが僕の能力を元から自分のもののように使うようになった。


いつしか僕は、自分が雨を降らせる能力を持っていたことも忘れてしまった。


部屋も屋根裏に移され、僕に付いていた使用人はセリアンに付き、いつしか僕自身が使用人のように扱われるようになっていた。


こんな大事なことをどうして忘れていたんだろう?


雨を降らせる力は、両親が喜んでくれた大切な能力なのに。


……ああ、そうか。だから忘れてしまったんだ。


そのことを覚えていたら、両親のことを思い出して辛くなるから。


だから僕は、両親の思い出ごと力のことを忘れてしまったんだ……。





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