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14話「強奪の術式」レイヴン視点





「後悔したところで始まらない。今できることをしよう」


ここで嘆いていてもしょうがない。


「お祖父様をこの部屋まで連れて来れるか?

 祖父の体調が悪いようなら、俺がノエルを祖父の部屋に連れて行く」


俺にはこの魔法陣がなんなのか皆目検討もつかない。

だが博識の祖父に見せれば何か分かるかもしれない。


「お呼びして参ります。

 大旦那さんは近頃体調がよろしいので、ここまで歩いてくることは可能でございましょう」


「そうか、それもノエルが魔法で出した水の効果か?」


「わたくしはそう考えております。

 ノエル様が魔法で出した水には特別の力が宿っていると」


祖父やリゼットが回復に向かい、屋敷の瘴気が祓われたのも彼が出す特別な水のおかげだろ。


「そうだな、俺もそう信じている」


クラウスは何度か目をパチパチとさせた後、穏やかな表情を浮かべた。


「ここ数日で、旦那様のノエル様への見方が変わったようでございますね」


ノエルの態度が悪かったことは認める。


「ああ、彼が目を覚ましたら今までの態度を謝罪したい」


「それがよろしいかと思います」


そう言って、クラウスは穏やかに笑う。


ノエルが目を覚ましたら謝りたい。一から関係を構築したい。


だがその前に彼の体に刻まれた魔法陣について調べるのが先決だ。




◇◇◇◇◇◇




ほどなくしてクラウスが祖父と共に戻ってきた。

祖父はクラウスに支えられることもなく、しっかりとした足取りで部屋に入ってきた。

こんな時だが、祖父がここまで回復したことが純粋に嬉しい。


「わしの体も衰えたものだ。

 屋敷内を移動するこれほど時間かかるとはな」


だが祖父は、自分の歩く速度に納得いっていないようだ。

祖父は若い頃、武人として名を馳せていた。

大剣を振るい、荒野や森を縦横無尽に走り回っていた。


その頃に比べると、まだ本調子はないようだ。年齢による衰えもあるだろうが、瘴気症が完全に治っていないのだろう。

そんな祖父に無理をさせてしまったことに、胸が痛む。


「レイヴンよ、そんな顔をするな。

 お前のことだからまた自分を責めているのだろう」


祖父には何でもお見通しのようだ。


「わしは好きでこの部屋にまで歩いて来たのだ。

 お前が気にすることではない」


「はい、お祖父様」


「ふむ、随分と穏やかな仕事をするようになったな。

 これもノエル殿が影響か?」


「……」


なんと答えていいかわからない。素直に答えたら、からかわれてしまいそうで……。


「まあ、良い。

 今それよりもノエル殿の容態が気がかりだ」


祖父がノエルに目を向ける。

彼はまだ気を失ったままだ。


祖父がノエルの枕元に近づく。


「ノエル殿の体に刻まれた魔法陣とはどのようなものなのだ?」


「ノエル様、失礼いたします」


クラウスが上体を起こしパジャマをめくる。

あらわになったノエルの背中を見て、祖父が眉間に深い皺を寄せた。


「この魔法陣は、まさか……」


そこまでつぶやいて、祖父は手で口を覆った。


「お祖父様、この魔法陣をご存知なのですか?

 一体あの魔法陣は何なのですか!?」


俺は祖父に詰め寄った。


「うむ、わしもまだ確信が持てない。

 確信のないままおいそれと口にできる話でもない」 


それほどまでに曰くのある魔法陣なのだろうか?


「レイヴンはわしについて来い、確かめたいことがある。

 クラウスはここで待機せよ。

 ノエル殿の世話を頼む」


俺はクラウスにノエルを託し、祖父の後に続いて部屋を出た。




◇◇◇◇◇◇




祖父が向かったのは屋敷内にある図書室だった。

祖父は図書室に入ると中から鍵をかけた。


「今から入るところは、限られた人間にしか見せられぬ場所だ。

 お前も開け方を覚えておきなさい」


祖父が図書室の最奥の本をいくつか動かすと、本棚がズズっと重い音を立て横に動いた。


本棚の奥には古い扉があった。

祖父が横の石壁を順番に押していく。

すると、古い扉がギギって音を立てゆっくりと開いた。


「辺境伯爵家に伝わる秘密の書庫だ。

 ここに入れるのは歴代の当主のみ」


「俺は中継ぎの当主です。

 教えるならリゼットに……」


「リゼットが成長する前にわしが死んだら、お前がリゼットに扉の開け方を教えればいいだけの話だ」


「お祖父様、そんな縁起でもない」


「まあその話は後だ。

 入りなさい。お前に見せたいものがある」


そう言って祖父はゆっくりと扉をくぐった。俺は祖父の後に続いて部屋に足を踏み入れた。


中は薄暗くややカビ臭かった。祖父が壁のランプに火を灯す。

本棚が三列並び、机と椅子が一脚ずつある狭い部屋だった。


「どこだったか……ああ、そうだこの本だ」


祖父が本棚から一冊の本を取り出した。

とても古い本で、装丁がボロボロで表紙に何が書いてあったのか判読できない。


「我が家に伝わる古い魔導書だ」


そう言って祖父はパラパラと本をめくった。


「確かこの辺りに……あった。

 レイヴン、これを見なさい」


祖父が本のページを開いて俺に見せた。俺は本を手に取り内容を確認する。


「これは……!

 ノエルの体に刻まれていたものと同じ魔法陣……!」


やはりあの魔法陣は、誰かが何らか理由でノエルに刻んだものだったようだ。


「それは……強奪の術式だ」


「強奪の術式……?

 お祖父様、それは一体?」


名前からして人体に有害なのは間違いない。


「本によると百年ほど前、ある一族が得意としていた魔法陣らしい。

 捕虜の体に魔法陣を描き、その者の能力を奪っていたそうだ」


「能力を奪う!? そのようなことは可能なのですか?

 それが本当だとしたら、非人道的で最低な行為です!」


「百年前といえば隣国と戦争中だ。

 戦時下なら、そのような非道な行為が行われていても不思議ではない」


確かに、それは否定できない。


「戦後の動乱で術者の家は取り潰され、一族は全員処刑され強奪の術式も闇に葬られた。

 ……だが、生き延びた者がいたようだな」


祖父は眉間に深いシワを作り、鋭い眼光で本を睨んだ。


「強奪の術式は完璧ではなく術を奪った相手はその能力を完璧には使いこなせず、奪われた相手にもほんの少し能力が残るらしい。

 癒しの雨を降らせるエルゼンベルク侯爵家の嫡男と、コップ一杯の水しか出せないノエル。

 この状況を二人に当てはめればぴったりだと思わぬか?」


「エルゼンベルク侯爵令息が、ノエルの能力を奪ったというのですか?」


「この本には過去に癒しの雨の能力を使っていた人物についても少し書かれていてな。

 それによるとかつて癒しの雨の能力を持っていたものは、領地中に雨を降らせることができたそうだ。

 歴代の能力者の中には、国中に雨を降らせることができたものもいるらしい」


「エルセンベルク侯爵令息は、王都一体に雨を降らせる程度の能力だと聞いております」


「癒しの雨の能力者にしては効果の及ぶ範囲が狭すぎる。

 おそらく、強奪の術式を使い他人から奪った能力ゆえ使いこなせていないのだろう」


「それでは癒しの雨の能力は、本来はノエルのものだったと?」 


「多分な。

 ノエル殿自身、己の本来の能力を把握していない。

 推測だが、ノエル殿はかなり幼い頃に能力を奪われたのであろう」


そうか、だからノエルは自分の能力について知らなかったのか。

能力を奪われた上に、エルゼンベルク侯爵家で虐げられてきたなど、ノエルがあまりにもかわいそうだ。


「ノエル殿から動力を奪ったのはおそらくエルゼンベルク侯爵だ。

 エルゼンベルク侯爵令息は、強奪の術式について知らなかったのだろう」


「なぜそう言い切れるのですか?

 エルゼンベルク侯爵令息も父親と結託しているかもしれません」


「エルゼンベルク侯爵令息が父親と共犯なら、ノエル殿を生涯手元に置き監視するはずだ。

 ノエル殿の背中に刻まれた強奪の術式を誰かに見られたら、大変なことになるからな」


確かに祖父の言う通りだ。


「エルゼンベルク侯爵令息は強奪の術式のことを知らなかった。

 それ故にノエル殿を他家に嫁がせることができた。

 エルゼンベルク侯爵令息が、父親と共犯ならそのような愚かなことはすまい」


祖父の推理には筋が通っている。


「エルゼンベルク侯爵令息は、王太子と恋仲という噂もある。

 王族と付き合うには金がかかる。

 支度金目当てにノエル殿を当家に嫁がせたのだろう」


「そんな、それではノエルは売られたようなものではありませんか!」

 

エルゼンベルク侯爵令息に対し、ふつふつと怒りが湧いてくる。


「そう腹を立てるな。

 ノエル殿には災難だったろうが、わしはノエル殿が嫁いできてくれたことを嬉しく思っている」


「それはそうですが……」


「レイヴンも、ノエル殿に心を開いたようだしな」


祖父が目を細め口元を緩め、にやりと笑う。


「こんな時に茶化さないでください!

 それより強奪の術式の解除方法を探さなくては……!」


「うむ、解除は急いだ方がよいだろう」


祖父が険しい表情で眉根を寄せた。


「急がなくてはならない理由があるのですか?」


「先ほどノエル殿を見た時、殆ど魔力が残っていなかった。

 彼が気を失ったのはそのためだろう」


「どういうことですか?」

 

「本には強奪の術式が刻まれ、能力を奪われた者は、魔力の回復が遅いと記されていた。

 このまま放置するのは危険だ」


「本当にそれだけでしょうか?

 強奪の術式を通じて、エルゼンベルク侯爵令息に魔力を奪われているのではありませんか?」


「それはない。

 本には強奪の術式は相手の魔力を奪うものではないと記されていたからな。

 ノエル殿が倒れたのは、彼自身の魔力を使いすぎが原因だ」


「ノエルが魔力を使いすぎた……?

 そうか、連日の水撒き……!」


ノエルは毎日、じょうろで庭に水を撒いていた。

祖父とリゼットの為に薬用の水を日に三回出していた。


「うむ、それしか考えられまい。

 ノエル殿は、今まで連続で魔法を使ったことがないのだろう。

 故に己の魔力量や回復速度を把握しておらず、限界まで能力を使ってしまったのだろう」


「なんて無茶なことを……」


「ノエル殿が王都にいたとき、彼の側には癒やしの雨を降らせるいとこがいた。

 己の能力を使い庭に水を撒く必要はない。

 王都はここよりも水が豊富だ。

 日常生活に使う水は、井戸水などを使用していたのだろう」


「……」


「それだけノエル殿は、領地に貢献しようと必死だったのだ」


「俺のせいだ!

 俺が彼を否定するようなことを言ったから彼は認められようと必死に……!」


俺は目を閉じ拳を握りしめた。自分を殴りたい気分だ。


俺の肩に祖父が手を置いた。祖父は俺を包み込むような優しい眼差しをしていた。


「レイヴン、そう自分を責めるな。

 そなたとて、領民の為を思って言ったこと。

 褒められた行為ではないが、誠心誠意謝罪すればノエル殿もきっと許してくれる」


そうだ、今は自分を責めている場合ではない。


ノエルに施された魔法陣を解き、彼を救い、彼が目を覚ましたら謝罪しなくては!


「もう泣き言はいいません。

 お祖父様、ノエルの体に刻まれた魔法陣を解除する方法を教えてください!」 


「ああ、もちろんだとも!」


祖父が目を細め、穏やかに微笑む。


「ちと骨が折れるが、二人ならやり遂げられるだろう!」


「はい、必ず!」


待っていろ、ノエル! 必ず君を助けてみせる!!



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著者:まほりろ

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