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12話「無茶をするあいつが妙に気になる」レイヴン視点




それは、リゼットの部屋からペチュニアの花を見た翌日のこと。


「閣下、ノエル様との仲はどうなんですか?」


「はっ? 何だいきなり?」


兵士の一人、ジルベルトがそんなことを尋ねてきた。

ジルベルトはフロスト子爵の次男で、二年前から辺境伯爵家に仕えている。


社交界初登場式(デビュタン)の時、王太子に絡まれているのを助けたのが縁だ。

同い年なこともあり、それ以来妙に懐かれている。


彼を助けた代償として、王太子には毛虫のごとく嫌われ目の敵にされているが……。


いや、王太子は以前から俺を嫌っていた。

王太子は祖父に恥をかかされたと思っている。

それ故、孫の俺への当たりが強かった。


社交界初登場式(デビュタン)での一件は、彼に俺を責めるきっかけを与えたに過ぎない。


ジルベルトの話に戻そう。

彼はうす茶色の短髪に緑の瞳を持ち、取り分けて特徴のない顔をしている。


少々軽い性格でお喋り好きなのが欠点だが、部下の面倒見は良いので、仲間からの信頼は厚い。


俺は目つきが鋭く無意識にきつい言葉を吐いてしまうので、人当たりが良いジルベルトが側にいてくれてかなり助かっている。


「ノエル様は閣下を見かける度に近寄ってきて、挨拶してくれるんですよ。

 いい加減、閣下が無視してるのを見るのは気の毒で」


確かに俺は今まであいつに素っ気ない態度を取ってきた。

話しかけられても目も合わせなかった。


それは非力なあいつに王都に帰って貰いたかったからだ。辺境伯爵領は危険だからな。


だが昨日リゼットがあいつに微笑みを向けているのを見て、俺は考えを改めた。


庭に水を撒くという一見地味な行為は、瘴気症に効果を発揮し、花やリゼットにも良い影響を与えている。


これからは、なるべくあいつに優しくしてやりたい。

そう思っていても、どう接していいのかわからない。


「お前には関係ない」


そう言い放ち、ジルベルトから視線を逸らす。


「そんな素っ気ない態度を取ってると、ノエル様を他の男に取られてしまいますよ」


「はっ!? それはどういう意味だ!?」


「閣下、そんな怖い顔をしないでくださいよ」 


無意識に目つきが鋭くなっていたようだ。


「ノエル様は人気なんですよ。

 平民にも使用人にも分け隔てなく接してくださいますし、小さな体でこまねずみのようにせっせと働く姿が愛らしいですし」


当主の伴侶をつかまえて、こまねずみとは何だ!


「そして何より天真爛漫な性格と、無邪気な笑顔が魅力的なんですよね!

 戦いで疲れた俺達の心を癒やしてくれるんですよ!

 辺境の地に現れた天使ですね!」


ジルベルトが頬を緩め顔を赤らめる。


伴侶が褒められて嬉しいはずなのに、こいつのにやけた顔を見ているとなぜか無性に腹が立った。


なんなんだ? この感情は?


「天使? 愛らしい? あいつがか?」


「あれ? 閣下は気づいていませんでしたか?

 ノエル様は、瞳が大きくて、色白で、少し内巻きのボブカットが中性的な雰囲気を醸し出していて、とってもキュートじゃないですか?

 華奢で小柄な体格が庇護欲を誘いますよね」


「……!」


知らなかった。あいつが周りからそんな風に見られていたなんて……!


「閣下はご自分を初め、一族全員が美形なので、相手に向ける目が厳しくなってるんですよ。

 ノエル様は美人ではないですが、かなり可愛い部類に入ると思いますよ」


そうなのだろうか?


祖父は「昔はわしも男前だったのだぞ!」と自慢げに話していた。


肖像画に描かれている若い頃の祖父は美男子だし、亡くなった父も伯父も顔が整っていた。


養父の欲目を抜きにしても、リゼットも目鼻立ちが整っていてとても可愛らしい。


美形な家族に囲まれて育ったせいで、俺は他人に対する評価が厳しくなっていたのかもしれない。


「だからあんまり素っ気ない態度を取ってると、ノエル様に離縁されちゃいますよ。

 ノエル様ほど可愛ければ引く手あまたでしょうからね」


「……!」


「離縁」という言葉が深く胸を抉った。


ほんの少し前まで、王都に帰って欲しいと思っていたのに……。

離縁しても構わないと思っていたのに……。

なぜこんなにも胸を締め付けられるんだ?


「閣下、ちょっとは焦りました?」


「別に……! そんなことはない!」


自分でも驚くほど、声が強くなっていた。


「気づいた時には手遅れ……という状況に陥らないように、今からでもノエル様に優しくした方がいいですよ」


「……」


そう言われても、あいつにどう接すればいいのか検討がつかない。


「取り敢えず、今日はノエル様と一緒に昼食を召し上がってはいかがですか!

 仲良くなるにはまずは食事からです!」


「しかし、俺にはモンスター討伐が……」


「今日はモンスターの出現が少ないので、閣下が現場から離れても問題ありません!

 閣下は屋敷にお戻り、お休みになってください!」


「だが……」


「昼間は森でモンスター退治、早朝と深夜は辺境伯爵としての書類仕事!

 殆ど睡眠も取らず働き詰めじゃありませんか!

 ご自身の為にも、ご家族の為にも、領民の為にも、閣下は少しは休むべきです!」


ジルベルトが譲らないので、俺は一度屋敷に戻ることになった。


別にあいつのことが気になったからではない。祖父やリゼットの様子が気がかりだからだ。


「少しだけだ。

 お祖父様とリゼットの顔を見たら森に戻る」

 

「心配なので自分も屋敷まで同行します。

 閣下は帰ったと見せかけて、他の場所でモンスター討伐をするとかやりそうなので」


休むことに関して、ジルベルトからの信頼は薄いようだ。





◇◇◇◇◇◇




森を抜け、屋敷の近くにつく頃には太陽は中天より少し西に傾いていた。


あいつは……昼食を終わらせているかも知れない。


屋敷に戻る目的は、祖父とリゼットの顔を見ることだ。

あいつとの食事はついでだ。だから、あいつの食事が終わっていても特段気にする必要はない。


そのはずなのに……なぜ胸がこんなにもざわつくのだろう。


「うわぁーー!」


その時、悲鳴が聞こえた。声の高さから考えて恐らく若い男だろう。


この声には聞き覚えがある! 嫌な予感がする! 俺は全速力で声の主の元へ走った!


声のした場所に向かうと、そこには凶悪蜂(キラーヴェスペ)という大型の蜂がいた。


凶悪蜂(キラーヴェスペ)は上空に舞い上がり、鋭い針を下に向け、襲いかかろうとするところだった。


凶悪蜂(キラーヴェスペ)の標的は……ノエル!?


なぜ塀の外に? いやそんなことはどうでもいい! 今はモンスターを倒すのが先だ!


ここから走ったのでは間に合わない!!


「アイスランス!!」


俺は咄嗟に呪文を唱えていた!

俺の手のひらから無数の氷の槍が出て、凶悪蜂(キラーヴェスペ)の体を貫く!


氷の槍が貫いた箇所から冷気が伝わり、モンスターの体を凍りつかせる。


凶悪蜂(キラーヴェスペ)の体は半分ほど凍りに覆われ、地面に落ちて砕け散った。


ノエルは地面に膝をついたまま、呆然とその光景を眺めていた。


見た感じノエルに怪我はなさそうだ。無事を確認し安堵したと同時に、彼が一人で外に出たことに苛立ちを覚えた。


なぜ護衛もつけず外に出た? 

自分に何かあったら祖父やクラウスやリゼットが悲しむとは思わないのか?


「そこで何をしている!」


そう思ったら知らずに眉間に皺が寄っていた。

優しく問いかけるつもりが、口から出てきたのは自分でも驚くくらい冷たい言葉だった。


ノエルの元まで早足で歩く。


近くで見たノエルは、顔色が悪く体が小刻みに震えていた。


彼がモンスターに襲われた直後であることを思い出し、先ほどきつい言葉を放ってしまったことを後悔した。


俺にとっては見慣れた魔物だが、非力な彼にとっては対処しようのない、災害のような存在だったはずだ。


どうしてもっと優しい言葉をかけられなかったのか……自分への苛立ちが募る。


「レイヴン……様……?」


ノエルは眉を下げ唇を震わせ、怯えた様子で俺の名を呼んだ。


「ごめんなさい……迷惑をかけて」


ノエルは震える声でそう呟き、前かがみに倒れた。


俺は咄嗟に彼の体を支えていた。


想像していたより、華奢で細い体。


触れた部分から、彼の体の震えが伝わってくる。


安心させるように、彼の背中に腕を回した。


彼は驚いたように目をぱちぱちとさせ、

「助けてくれて……あ、り……がと……う」

消え入るような声でそう呟いた。


ノエルは気を失ったようだ。

腕がだらりと垂れ下がり、彼の全体重が俺にのしかかる。


日頃から鍛錬しているので、これくらいはどうということはない。


「レイヴン様、ノエル様はどうなさったのですか?

 まさか、息を………」


ジルベルトが駆け寄ってきた。奴がいる事をすっかり忘れていた。


「縁起でもないことを言うな!

 ちゃんと息はしている!

 気を失っただけだ」


少し浅いがちゃんと呼吸を繰り返している。

体も温かいし、心臓もちゃんと鼓動している。


「そうだったんですね。

 良かった、ノエル様がご無事で……!」


ジルベルトが安堵の表情を浮かべる。


「ノエル様はどうして、お一人で外に出られたのでしょう?」


「知らん」


地面に奴が愛用しているじょうろが転がっていた。


「水でも撒きにきたのではないか?」


このような何もないところに水を撒いて、どうするつもりだったのか?


「水を撒きに……そう言えば、この辺りは瘴気が溜まりやすい地形です。

 壁を隔てた敷地内にも瘴気が伝わって、この辺りを通ると喉が痛いと、使用人が話していました」


「そうか……」


瘴気は雨によって浄化される。

瘴気の吹き溜まりには水をかけて、浄化しようとしていたのだな。


「だからといって一人で敷地の外に出るなど無謀だ。

 せめて護衛くらいつけるべきだ」


「軍備や兵士の采配は、先代ではなく閣下のお仕事です。

 ノエル様に護衛がいなかったのは閣下の怠慢では?」


「ぐっ……!」


ジルベルトめ、言うようになったな。痛いところをついてくれる。


「その話は後だ。

 ノエルを部屋に運ぶ」


ノエルをベッドに寝かせ、体を休ませてやりたい。


「それなら、自分がノエル様をおんぶします」


ジルベルトの思わぬ申し出に、戸惑いを隠せない。


「なぜ、お前がノエルをおんぶするのだ?」


「えっ? だって閣下はノエル様のことがお嫌いでしょう?

 ノエル様の体に触れたくないと思いまして。

 それにこういうのは部下の仕事では?」


確かに、倒れたのがノエルではなく村人や使用人なら運搬はジルベルトに任せる。


だが、倒れたのは他でもない俺の伴侶だ。


俺がすぐ隣にいるのにジルベルトに運ばせたら、祖父になんと言われるか。


いや、それよりもジルベルトがノエルに触れるのが気に入らない。


先ほど奴は、ノエルのことを可愛いとか庇護欲を誘うとか言っていた。

そのような、不純な気持ちがあるものにノエルを近づける訳にはいかない。


「いらん心配だ。

 伴侶の世話を部下に頼むほど落ちぶれてはいない」


俺はノエルをお姫様抱っこして、奴の部屋まで運ぶことにした。


「閣下、もう少し素直になった方がいいですよ」


背後からジルベルトのからかうような声がしたが、聞こえない振りをした。




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著者:まほりろ

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