11話「魔力の吹き溜まりと不吉な羽音」
昨日はリゼット様の笑顔が見れた。彼女と少し仲良くなれて嬉しかった。
ピンクのペチュニアがつないでくれた縁だ。
それとレイヴン様の微笑みを見ることができた。
あの方があんな穏やかな表情するなんて思わなかった。
いつかあの笑顔を僕にも向けてもらえたら嬉しいな。
◇◇◇◇◇
二週間と少しかけて建物周りの浄化は終わった。
とはいえ、ずっと雨が降っていないことに変わりはない。
また瘴気が溜まるだろう。定期的に水を撒いて瘴気の浄化が必要だ。
屋敷の廊下を歩いていた時、ふと使用人たちの話し声が耳に入った。
彼らはとても気になることを言っていた。
瘴気は風向きなどによって一定の場所に溜まるようで、そこは「瘴気の吹き溜まり」と呼ばれている。
屋敷の塀の外側にそういう場所があるらしい。
瘴気の吹き溜まりにはモンスターが集まってくるという。
壁を一枚隔てた向こう側にモンスターがいると思うと、庭での作業が恐ろしい……と使用人たちが漏らしていた。
屋敷の使用人には、安全な場所で気持ちよく働いて貰いたい。
なので僕は、建物の周りを浄化しながら、塀の周りにできた吹き溜まりの浄化をすることにした。
午前中は建物の周りと花壇に水を撒き、午後は塀の外にある吹き溜まりに水を撒くことにした。
◇◇◇◇◇
午後、裏門に向かうと門番の姿はなかった。
どうやら門番がいるのは正門だけのようだ。
閂を外すと、扉はあっさりと開いた。
この先は、敷地の中とは違う。
何が起きるかわからないと思うと、足がぷるぷると震えた。
それでも勇気を出して、屋敷の外に一歩足を踏み出す。
塀の外に出た瞬間、淀んだ空気が肺に入ってきた。
レイヴン様と辺境伯爵家の兵士たちは、毎日このような場所でモンスターと戦っているんだ。
彼らの日々の活躍に感謝し、己を鼓舞する。
彼らの働きに負けないよう、僕も頑張らなくちゃ!
◇◇◇◇◇
塀伝いに歩くと、塀がコの字になっていて、地面が少し凹んでいる場所を発見した。
「きっとここが、使用人が話していた瘴気の吹き溜まりだ」
他の場所より空気が悪く、喉が風邪を引いた時のようにいがいがした。
地形や風の流れの関係で、この場所に瘴気が溜まってしまったのだろう。
「早速、瘴気の浄化をしなくちゃ!」
僕はじょうろを地面に置き、魔法で水を注いだ。
その時、ぐらりと……視界が揺れた。
塀に手をつき、なんとか体を支える。
「疲れてるのかな……?」
屋敷に来てから毎日魔法で水を出している。
こんなに連続で能力を使用したことがないので、自分の能力の限界がわからない。
「弱音を吐いちゃだめだ! レイヴン様や沢山の兵士は、毎日魔物と戦ってるんだ! 僕だって頑張らなくちゃ!」
僕は自分の頬を叩き、気合を入れ直し、再び水を出すことに集中した。
じょうろいっぱいに水が溜まったので、くぼみの部分に撒いていく。
心なしか、空気が軽くなったような気がした。喉の辺りにあった違和ももう感じない。
きっとこの作業を毎日続けたら、塀の外も浄化できるよね?
「せっかく塀の外まで来たんだから、吹き溜まり以外の場所にも水を撒きたいな」
僕は空になったじょうろに再び手をかざし、魔力を込めた。
ブブブブ……という羽を擦り合わせるような音が聞こえた。
嫌な予感がして振り返ると、そこには子供の背丈くらいの大きさの巨大な蜂がいた。
腹部の黄色と黒のストライプが、自分は危険な生き物だとアピールしているかのようだった。
胸部から生えた四枚の羽が、ブーーンという耳障りな音を奏でている。
腹部の末端から生える太く鋭い針が存在感を放っていた。
「うわぁーー!」
モンスターだ……!
僕は反射的に後ずさった。
逃げなくちゃ……!
駆け出そうとした時、強烈なめまいに襲われた。
よりによってこんな時に……!
僕は立っていられず、地面に膝をついてしまった。
その間にも羽音はどんどん近づいてくる。
後方を確認すると、巨大な蜂はすぐ近くまで迫っていた。
グレゴール様、ごめんなさい!
せっかく支度金を払ってもらったのに、何もできないまま死ぬことになりそうです……!
リゼット様とお庭でペチュニアを眺めたかったな。
僕が死んだことで、執事長さんが監視を怠ったと責められないといいな……。
それから……レイヴン様に、もう一度お会いしたかったな……。
昨日見たレイヴン様の穏やかな表情が脳裏に浮かぶ。
最後に思い浮かんだのがレイヴン様の顔だなんて……。
彼の心を解きほぐせなかったのが心残りだったのかな?
それとも別の何かが……。
背後にいた蜂が一度高く飛び上がった。
恐らく僕に針を刺すために勢いを付ける為だろう。
蜂が僕に向かって急降下してくる。
もうだめだ……! と思い、僕は目を瞑った。
「アイスランス!!」
低く威圧のある声が響く。
恐る恐る目を開くと……巨大な蜂の体に無数の氷の槍が刺さり、体の半分以上が凍っていた。
羽ばたきを失った蜂はドサリと音を立てて地面に落ち、衝撃で氷に覆われていた体が砕けた。
何が起きたのかわからず、ぼーっとその光景を眺めていた。
「そこで何をしている!」
苛立ちを含んだ低い声が響く。
声のした方に目を向けると、濃い青色の軍服をまとったレイヴン様がいた。
今の魔法はレイヴン様が使ったの……?
僕を役立たずと言うだけあって、すごい威力だ。
「レイヴン……様……?」
彼が早足で近づいてくる。
彼の眉間には深い皺ができていたので、僕が外にいることに怒っているのかもしれない。
大した力もないのに外に出たから、「面倒事を起こすな!」って怒られてしまうかも……。
「ごめんなさい……迷惑をかけて」
叱られる前に、先に謝っておこう。
頭を下げようとした時、まためまいに襲われた。
体を支えようとしたが腕に力が入らず、僕はそのまま倒れた。
地面に激突するかと思ったけど、いつまでたっても衝撃がない。
重たい瞼を持ち上げると、心配そうに僕の顔を覗き込んでいるレイヴン様と視線が合った。
彼が僕のことを支えてくれたの? 僕が思っているよりも優しいのかも……?
「助けてくれて……あ、り……がと……う」
お礼を伝えたかったけど、うまく声が出なくて……。僕の記憶はそこで途切れた。
読んで下さりありがとうございます。
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