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第5話:はじめての学園生活

 学園内にあるものは等しく、雷志を大いに驚愕させた。


 目にしたことのないものばかりがとにもかくにもあふれている。


 それらひとつ、ひとつが新鮮で驚きの連続だ。それが、現地人には珍しくて仕方がないのだろう。


 事実、ソウコにいちいち質問しては感嘆の息を吐く彼を見やる視線は、一様に不思議そうである。


 当の本人はいちいち周囲の反応について気に留めてはいなかった。


 目の前にある知識を貪欲に吸収する。雷志の思考は、そのことでいっぱいだった。


「いやぁ、この世界は知れば知るほど興味が尽きないなぁ」


 昼時、人気のない屋上で雷志はほっと息を吐いた。


 ここに至るまでに数多くの物をみた。それでもまだ、ほんの一部にすぎない。


 苦労はするだろう。その苦労が雷志はなによりも楽しかった。


(だが、俺が知っている暮らしをしている部分もまだ多々ある。なんというか、中途半端に……一部だけが栄えているっていう感じだな)


 口にした食物――名を、サンドウィッチといった。


 ふかふかとした手触りのパンに野菜や燻製肉といったものがふんだんに挟まっている。


 試しに一口、おずおずと食べた。はじめて口にするものは大抵、皆引け腰になる。


 口に含んだ瞬間――


「うまい!」


 と、雷志はきらきらと目を輝かせる。


 大陸では主流という話だけは耳にしていた。


 いざ口にすれば、なかなか悪くない。変わった触感なのは否めずとも、決してまずくはない。


 中に挟まれた具材の味もよく染み込んでいる。


「こんなにうまいものが世の中にはあったのか!」と、雷志はあっという間にサンドウィッチをぺろりと平らげた。


 雷志は、見た目がすらりと細身ではあるが実はとてもよく食べることで有名だ。


 小さなサンドウィッチ一つぐらいでは当然、彼の胃が満たされるはずもなく。


「まだまだたくさんあるから心配しなくても大丈夫ですよ」


 ソウコが面白そうに笑った。


「すまんな。昼飯まで馳走になって」と、そう言いつつもしっかりとその手はサンドウィッチを掴んでいる。


「気にしなくてもいいですよ。これは学園側に経費として申請すればいいだけですし。それに雷志さん、お金持ってないじゃないですか」


「そこなんだよなぁ」と、雷志は小さく溜息を吐いた。


 世界が違おうとも、働かなければ人はたちまち堕落する。


 働かざる者食うべからず――いつまでも女子に甘えるなどできない。


(となれば、まずは俺でもできる仕事をさっさと探さないとな)


 その仕事というのも、すでに一つしかないようなものだが。


 雷志はそっと、腰の得物に視線を落とした。


「なんかこう、金を稼ぐ方法はないか?」と、雷志はソウコに尋ねた。サンドウィッチは五つ目に差し掛かろうとした。


「う~ん、そうですねぇ。まぁバイトは高等部に入ってから基本許されますから」


「バイト?」


 またしても初めて耳にした言葉だ。雷志ははて、と小首をひねった。


「あ、簡単に言うと学生からできるお仕事ってことです。まぁ詳しいことは色々と省きますけど、お金を稼ぐ方法ならいっぱいありますよ」


「ほら」と、ソウコは一冊の本を出した。どこから出したかは割愛する。


「これは?」


「これは求人誌っていって、お仕事の募集をしてますっていうのがいっぱい書かれた本ですね」


「そんなものがあるのか。こいつは便利だな」


 ぺらぺらと(ページ)をめくってすぐに、雷志はその顔に難色を示した。


 まず、記載されている内容のほとんどが遠く理解に及ばないものばかりだった。


 現地人にすればなんの変哲もない内容でも、異世界人である雷志には未知の領域である。


 更にいえば、雰囲気から察してお世辞にも自分に適していると思えるものが一つもなかった。


(給仕的なものに、清掃……掃除をしろってことか? 生業としてするだけの技量なんてものはないぞ)


 どれもこれも自信をもってできそうにない。


「これ以外にないのか?」と、雷志は藁にも縋る思いで尋ねた。


「それ一応男性用の求人ばかりなんですけど……それ以外となるとちょっと難しいかも」


 うんうんと頭を悩ませるソウコに「そうか……」と、雷志もそうとだけ返した。


 ないものをいくら強請ったところで事態が好転するはずもない。


 ないのであれば、自分でどうにかする他ない。問題は、それをどうやって解決すべきかだ。


(こいつはなかなか難航しそうだな)


 雷志は最後のサンドウィッチを口にした。


「それじゃあそろそろ行きましょうか。一応この後は授業ですので、僕が色々と教えてあげますよ」


「なにからなにまですまない」


「気にしないでくださいよ! だって僕たち、クラスメイトじゃないですかぁ」


「くらす……あぁ、学友ってことか。あぁ、そうだな」


 奇しくも雷志はソウコと同じクラスとなった。


 一つの教室に三十人程度の生徒たちが一斉に勉学に励む。


 多感な女子ばかりということもあってか、教室は休憩問わず賑やかである。


 あくまでも授業中なので騒がしくするのはご法度だ。他にも迷惑が被ってしまう。


「これ以上はしゃぐと、どうなるかわかってますか?」


 数学担当――名を、山南ケイコといった。


 笑顔とは裏腹に凄烈な圧力を目前にした生徒たちは、水を打ったようにしんと静まり返った。


 そうして、ようやく静かになったところで授業が始まった。


(あ、相変わらず何を言っているかがさっぱりわからん……)


 現在は数学の授業だった――黒板に羅列する細かな文字と数式は、もはや別物にしか映らない。


 まじないの類なのでは、といよいよ本気でそう錯覚した時だった。


「山南先生、少しよろしいでしょうか?」と、若い女性が突如やってきた。彼女もこの学園に務める教員だ。


「わかりました――皆さんはしばらく自習しておくように」


 そうとだけ残し、呼びに来た女性教員といっしょに教室を出ていく。


 教員がいなくなった途端、それまで静かだった空気が一瞬にしてわっと騒がしくなった。


 自習をするつもりなど、最初からここの生徒たちには微塵の欠片もない。あのソウコでさえも、のんびりとする始末である。


「おいおい、いいのか自習をしなくて」


「大丈夫ですよ。そんなに慌てなくたって、遅かれ早かれ勉強はするんですから。雷志くんももっとゆっくりしましょうよ」


「俺はお前たちよりどれだけ遅れていると思ってるんだ? そんなことをしている暇があるなら、少しでも多くのことを学ぶわ」


「真面目ですねぇ。そこがとってもいいんですけど」


「じゃあ暇しているのなら、俺の勉学に付き合ってくれよ。一人だけでは到底かなわん」


「それならお安い御用で」と、ソウコがピシッと美しい敬礼をした。


 いささか大袈裟すぎる反応ではあるが、真面目にかつわかりやすく丁寧に教えてくれる。


 ソウコは物を教えるのがとても上手な生徒のようだ――候補者としてますます株があがっていく。


「ちょっとソウちゃん一人だけずるいわよ!」と、不意に周囲から不満の声があがった。


 他の生徒たちを見やれば、一様にソウコに羨望の眼差しを送っている。


「ふふーん、僕はちゃんと土方先輩から正式に命令を受けているからその特権があるんですよ」


「いや、お前それは」


 ソウコはまたしても嘘を吐いた。恐るべきは、嘘を吐く時の彼女の言葉はあたかも真実であるかのように紡がれる。


 一点の迷いもない。動じていないから嘘と見抜くのも難しい。妙な説得力があるだけにより困難を極めよう。


 とはいえ、それで素直に納得する生徒はいなかった。


「そんなの知ったこっちゃないわよ!」


「そうよそうよ! 私たちにもその時間寄越しなさいよ!」


 一触即発の雰囲気が教室中に漂った。


 殺伐とした空気は鉛のようにずしりとして重々しく、沼のようにどろりとして不快だ。


 ここで嫌悪感を示さないのが雷志である。


(この感じ、なんだか懐かしいな)


 かつての合戦を思い出す。懐古の情に浸る雷志を他所に、ソウコと他生徒多数――驚くほど差のある喧嘩が、今正に始まろうとしていた。


 次の瞬間――けたたましい爆発音が校舎を襲った。


 びりびりと激しく振動するほどの強烈な衝撃は窓ガラスを容赦なく破壊していく。


 突然すぎる非常事態に、ソウコを含む生徒たちは瞬時に窓のほうへと駆け寄った。


「え~ミブロ学園の全生徒たちに告ぐ。今すぐこの学園に匿っている男子を早急にこちらに引き渡せ」


 巫女服を彷彿とする装いをした少女が、運動場に立っていた。


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