今日で世界が終わる前に、、、
地球最後の日、あなたは誰と一緒に何をしますか?
『 ――上記の理由にて、翌日には地球が滅亡するとされています』
そんなふざけたニュースが今朝のテレビで放送されていた。
カーテンを開けると、そこには青い空一面に灰色の惑星が覆い被さっていた。
「あれが地球にねぇ……」
空を覆うソレは、絶望というよりかはどこか神秘的な感想を抱かせるぐらい大きかった。
優斗は服を着替え、顔を洗い、髪を整えて身支度をした。
今から優斗は彼女である芽依に会いに行く。
最後の日ぐらい朝から一日一緒にいたって誰も何も言わないだろう。
お気に入りの靴を履き、玄関の扉に手をかけた。
家族はもう居ない。朝のニュースを見た直後に父と母の二人は家を出ていってしまった。
優斗はそれに関して多少の寂しさを覚えるが、逆の立場だったら同じようなことをしていたと思うため、二人について特段責める気は起きなかった。
「今の時刻は…っと、十時か」
時計で時刻を確認した優斗は、扉を開け急ぎ足で芽依の家に向かった。
「ちょっと! 来るの遅いんですけど!?」
「あはは、ごめんって」
(怒っている芽依も可愛いなぁ)
目的地に着いた優斗は芽依に怒られていた。
怒られているのに反省せず、その怒ってる姿を可愛いと思っている優斗は今後も反省することはないのだろう。
「……それで、今日は何をする予定なの?」
「家でごろごろしようかな」
「本当あんたって変わらないわね……まぁいいけど。
ほら、早く上がりなさいよ」
リビングに通され、優斗は目の前の光景に驚いた。
ここで生活するにはあまりにも物が少ないのだ。
リビングは主にテレビを見たり家族と一緒にご飯を食べたりする場所。それなのにテレビもダイニングテーブルすらも無い。
「芽依、なんでこんなに物が少ないんだ?」
「ああ、今朝起きたら親が居なくなってたのよ。多分その時に大体の物は持ってかれたわ。これお茶よ」
「うちと一緒だな。全く……高校生の子供を置いて出ていくなんて、なんてけしからん親だ。お茶ありがとう」
そう言い、優斗は芽依から手渡された麦茶を飲んだ。
「ま、うちは幸いにも家の物は持ってかれなかったけどな」
「じゃあ優斗ん家にすれば良かったじゃない」
「ばか、一人で外を歩かせる訳にいかないだろ」
今、外では盗みやらなんやら犯罪行為に走る人が沢山居てとても治安が悪い。そんな中、芽依を一人で優斗の家まで来させるのは怖かった。
「ふーん、本当優斗ってば優しいのね」
「おっ、やっとデレたか」
その後、優斗はしばらくの間、不機嫌な芽依を宥めるハメになったのだった。
夕方になった。
外はもう日が傾いている。
「よし、芽依あそこに行こう」
「別に良いけど、私のことちゃんと守りなさいよ?」
「イエッサーお姫様」
これから行く場所は二人の思い出の地。
歩いて十分ぐらいの所にあるちょっとした丘だ。
優斗はそこで芽依に告白をした。だから思い出の地なのである。
「優斗、なに持っていく?」
「んー俺は手ぶらでいいかな」
「じゃあ私もそれでいいや」
優斗達は準備をし、玄関を開けて歩き始めた。
はぐれないように手は繋いでいる。
しばらく歩くと、すれ違う男共が芽依を舐め回すような視線で見るようになってきた。
(うわ、芽依めっちゃ見られてんなぁ)
どうやら芽依もその視線に気付いたようでギュッと優斗の手を強く握った。
「予想はしてたけど、思ってたより酷いわね……」
「ああ」
普段の日本ならまず有り得ない光景。一瞬スラム街に来てしまったのかと錯覚してしまうほどに町の状況は酷かった。
車は荒らされ、空き巣の痕跡も堂々とある。
『地球滅亡』がもたらす影響がこれほどまでに酷いとは思わなかった。舐めていたと言わざるを得なかった。
気付けば目的地まであと五分程の所まで来た。
すると、
「おい兄ィちゃん」
いかにもガラが悪そうな兄ちゃん三人組に絡まれた。目的は、多分芽依だろう。
「ずいぶん可愛い彼女さん連れてんじゃん。ちょっと貸してくんね?」
「無理です」
「彼女さんも、こんなヒョロガリより俺達の方が楽しませてあげられるよ〜」「「そうだそうだ」」
周りの二人も同調し、リーダー格の男が芽依に手を伸ばした。
当然、優斗はその男の手を掴む。
「あァ? なに?」
「その汚い手でうちの彼女に触れないで欲しいですね」
「……お前もうどうなっても知らねぇからな」
次の瞬間、その男が優斗に殴りかかった。
しかし優斗はそれを平然とした顔で受け流し、カウンターがてら鳩尾に一発フックを入れた。
「…! まだまだァ!」
再度向かってきそうな雰囲気だったため、優斗はすかさず追撃を入れた。
「おい、俺らやばいやつに絡んじまったな……」
「ああ……」
すると後ろで見守ってた二人は来た道を戻って逃げ始めた。
優斗は目の前で蹲る男に問いかけた。
「お仲間さん居なくなっちゃったけど、まだやるの?」
「……クソ!」
そして男は二人に続くように逃げていった。
「優斗に喧嘩売るからこうなるのよ……」
「ごめんね芽依。大丈夫? 怖くなかった?」
「大丈夫よ」
芽依は優斗が幼い頃から格闘技をやっている事を知っていた。だから芽依は、優斗があいつらに負けるとも思ってなかったし、怖くもなかったのだ。
「さ、切り替えてパパッと行きましょ。じゃないと時間が無くなっちゃう」
「ほんと芽依はポジティブだね」
二人は手を繋ぎ直して、再び歩みだした。
「やっと着いたわね」
「そうだね」
二人は目的地である丘に到着した。
普段なら十分程で着くはずの道のりが、変な輩に絡まれたせいで体感一時間ぐらいかかったような気がする。
空が明らかに暗くなっており、慌てた優斗がスマホを見ると画面には二十時と表示されていた。
「……あと四時間かぁ」
「なんだか実感湧かないわね」
優斗はゆっくりと芝生に寝っ転がった。
「服汚れるからやめなさいよ」
「今更なーに言っちゃってんの芽依ちゃんよ」
「うっさい」
久々の「ちゃん」付けに若干照れた芽依も続いて寝っ転がった。
「服、汚れるんじゃないの?」
「もういいわよ」
「……」
「……」
横になった二人の間には気まずくない、むしろ心地良いとすら感じる沈黙が流れた。
「ねえ」
数分後、その沈黙を破ったのは芽依の方からだ。
そこから芽依は言葉をポツリポツリと零し始めた。
「どうした」
「今日で……世界が終わっちゃうのよね?」
「らしいな」
「この……今は暗いけど綺麗な青い空も、もう見れなくなっちゃうのよね?」
「そうだな」
「優斗ともう……喧嘩すらことも出来ないのよね?」
「それは辞めてほしいな」
「うっさい。あんたが悪いのよ」
隣を見ると、芽依の目からは涙が流れていた。
「なんで泣いてんだよ」
「そりゃ泣くでしょ! 好きな人…あんたとのキスだってまだなのよ!? なのに…それなのに……ん!?」
優斗は芽依の唇と自分のを重ね合わせた。
「ちょっとまだ人が喋ってる途中……」
「……俺は芽依のこと好きだよ」
「……私も優斗のこと本当に好きよ。いつもは恥ずかしくて、素直になれなくて、変に突っかかっちゃうけど、家に帰っていっつも後悔してる」
「うん」
優斗は芽依を優しく抱きしめた。
しばらくして、離すと二人して空を見上げた。
「そういえば芽依って空好きだったよね」
今度は優斗が言葉を零し始めた。
「そうね。なんかぼーっとしてられて落ち着くのよ」
「空ってさ遠くから見たらすごく綺麗な青色してるじゃん」
「うん」
「それでさ海も遠くから見たら青くて綺麗じゃん」
「うん」
「でも近づいたり掬ってみたりすると、それは透明で、光の反射でああ見えるってなる訳じゃん?」
「そうね」
「そんな感じで普段俺達が過ごしているこの何気ない日常も、いつかの自分達が振り返ったとき青春と呼べるものになってるんじゃないのかな、ってたまに思うんだよね」
「なにそれ変なの、ふふふ」
そして今度は芽依から優斗と唇を重ね合わせた。
「……ねえ、多分もうそろそろよね」
「よし時計確認するか。確かポッケに――」
「いやいい。そんなことするなら抱きしめて」
「はいよ」
ぎゅうっと優斗は芽依を抱きしめた。
「……もしね」
「ん?」
「生まれ変わることが出来たとして」
「うん」
「私は多分、日本には生まれて来れないと思うのよね」
「まあ世界数百ヶ国あるからね、確かに確率は低いと思う」
「それで、全く違う食べ物を好きになって、想像も出来ないような仕事して、全く知らない人と友達になったりして……それでもきっと私はあなたの事を好きになると思うの」
それはあまりにも突然だった。
普段ツンツンしている彼女が、恥ずかしげもなくこんな愛を謳ったセリフを言うなんて、と優斗は驚いた。
涙を流しながら話しているせいか、口調が少し変わっているような気もする。
だが、それは些細なことだ。
「……俺もきっと芽依のことを好きになる」
「あれ、優斗も泣いてんじゃん」
「うっさいわ」
気付けば優斗も涙を流していた。
「……俺、まだ芽依と離れ離れになりたくないよ」
「私もよ」
そして最後にもう一回唇を重ねた。
――数十分後、空に浮かぶ惑星は地球に衝突し人類は滅亡した。
最後まで読んで頂きありがとうございました!