第4話 俺tueeeも案外悪くない
腹から血を流して動かなくなった死体、血に塗れた剣を握る青年とそれを見つめる少女。
スキル『千里眼』によって、その光景を俯瞰で見ている俺は、まるでサスペンスドラマのワンシーンを眺めているような感覚に陥る。
視覚情報しか得られないはずなのに、鼻腔に血の匂いが流れ込んでいる気すらする。
「どうなってんだよ…」
『瞬間移動』を使用し神代瑛一を連れてノヴェリアの元へ速やかに帰還する、そんなプランを立てていたのだが…
もしこの状況で俺が彼等の前に現れたとして、素直について来てくれるのだろうか。
その疑問に答えが出せぬまま、俺はこのまま『千里眼』を継続して二人の次の動きを注視することにした。
音声を聞くことができないため、正確な状況は掴めないが何やら2人は言い争っているようだ。
おそらくこの殺人は突発的に起こったものらしく、少女が神代を非難しているように見える。
神代の方もただ黙って非難を受けるばかりではなく、時折力強く自分の意見を主張しているのが見て取れる。
2人の口論は徐々にヒートアップしていき、彼らの目にはお互いのことしか映っていないようだった。
事態が急変したのは更に日が落ち、夜の気配を感じ始めた頃だった。
まずい―
殺人についての修羅場さえ、些末な問題に変えてしまう圧倒的な存在が現れる。
夕焼けに赤く照らされた薄暗い森の中、頭に血が上った2人の視界には入っていない巨大な影を、『千里眼』は捉えていた。
―夜になると魔物は凶暴になるからね―
おばさん、アレは凶暴なんてもんじゃないよ…
大木をなぎ倒し、醜悪な巨人が二人の元へ向かっていたのだ。
異常にデカい頭には大小様々なサイズの青い瞳が敷き詰められており、体はビッシリと濃い毛に覆われている。
揺れる大地に、響き渡る大木の折れる音、流石に2人も異変に気づき周囲を警戒しだしたがもう遅い。
凄まじいスピードで障害物も吹き飛ばす巨人の進行から逃れるすべはもうない。
背中合わせになり神代は剣を構え、とんがり帽子の女は杖を構える。
そこに―
「ウオオオオオオオオオオ!!!!」
けたたましい咆哮とともに巨人が姿を現す。
そのままスピードを緩めることなく、巨人は一直線に2人を押し潰さんと突っ込んで―
「『絶対防御』使用!」
『瞬間移動』により、どこからともなく現れた俺が、何十倍も体格差がある巨人の進行を完全にストップさせたのだった。
凄まじい衝突音とともに爆風が巻き起こり、周囲のモノを纏めて吹き飛ばす。
もはや殺人事件だの四の五の言って躊躇ってはいられない。
俺にとって最優先事項は神代をノヴェリアの元へ連れて行くことだ。
「す、すげぇ…」
ゴロゴロと飛ばされて尻餅をついた神代が、巨人を片手で食い止めた俺を見上げて呟く。
称賛の声を聞き逃さなかった俺は、我ながらイカした登場に口角が上げる。
絶体絶命の冒険者たち、そこに通りがかった主人公がチートスキルでサラリと窮地から救い出す、ビカム系小説を読んで何度も夢想した展開だ。
どうせならヒロインと運命の出会いのような激アツなシチュエーションなら尚の事良かったのだが仕方がない。
まあ助けた片割れは可愛い魔法少女なのだから、そこのところは納得しておこう。
などと余裕ぶっているが、正直一か八かの賭けであった。
スキル『絶体防御』を使用するのは当然初めてであったわけだし、戦闘だって初めてに決まっている。
実際、毛むくじゃらの多顔の巨人という禍々しいクリーチャーと対面してからというもの、手の震えは止まらない。
しかし―
「こいよ、毛むくじゃら」
俺の感情を支配していたのは決して恐怖だけではなかった。
異世界転生、スキル、魔物、無双、まさしく俺は今、異世界転生モノの主人公だ!
舞台の上でスポットライトを浴びているような気分で、まるで自分が自分じゃないようだ。
「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
唐突に現れた邪魔者によって進行を妨げられた巨人は、前傾姿勢ゆえにダラリと垂れ下がった長い腕を振り回す。
一度カスリでもすれば、全身の骨はバラバラに砕け散るだろう。
「『瞬間移動』使用!」
俺はすかさずスキルを唱えてジャンプする。
移動先は敵の死角、巨人の背後だ!
巨人の猛攻から逃れ、背後へ降り立った俺は直ぐ様スキルウィンドウを開く。
巨人を木っ端微塵に吹き飛ばせるぐらい強力な攻撃スキルを求めて、ウィンドウを流し見する。
「ない…
ない…
ない…
ない!
ない!
ない!!!
見づらすぎんだろ!このUI…!」
ソートも無ければジャンル分けもない、お気に入り登録もできない、"終わっている"仕様のウィンドウから求めるスキルを見つけ出すのは至難の業だ。
それもそのはず、このスキルウィンドウはこの世界では自然発生的に存在するもの、誰かが明確な意図を持って作成したものではない。
それ故、UIが壊滅的に使いづらい。
もっともこの世界の住人からすれば、スキルなど成長するに従って徐々に覚えていくもので、ウィンドウなど参照せずともそらで言えるものなのだろうが、こちとら新参者で、それに異世界転生者特典として山程スキルを与えられため、何のスキルを持っているかなど把握してないのだ。
俺があたふたとまごついている間に、巨人は背後の俺に気が付き、振り返りながら回し蹴りをかましてくる。
「ああ!もう!
『絶体防御』使用!!」
ひとまず攻撃を諦め、防御に徹する。
流石『絶体防御』、その名の通りあらゆる攻撃を無効化し、巨人の足は弾き返される。
こちら側にはダメージは疎か、振動や風圧すら感じさせない、我ながら恐ろしいスキルである。
しかし、巨人の猛攻は止まらない。
巨人の無数の青い瞳が次々と光出し、閃光の雨が俺めがけて降り注ぐ。
「クソッ!
そんなのも出来んのかよ!
『絶対防御』『絶対防御』『絶対防御』『絶対防御!』」
とめどなく放たれる閃光は着弾すると同時に爆発を起こし、周囲の樹木を吹き飛ばす。
「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…
やっと止んだ…」
気がつくと俺の周辺の木は全て焼き焦げて灰へ変わっており、その爆心地に無傷の俺がポツンと立っていた。
そんな異常な光景を神代と女は、出来るだけ存在感を消すべく小さくなりながら岩陰から覗いている。
「碌な攻撃スキルが見つからねぇ…
こうなったらどうなるか分からないが、これを使うしかないか…」
相変わらず有用なスキルを漁っていたのだが、中々ドンピシャなモノが見つからない。
ゆえに俺はコレに賭けることにした。
ずっと目には入っていたが、あまりにアバウトな表現のため何となく使うのを避けていたスキル。
だが、これがもし言葉の通りなら―
「スキル『最強』使用!」
俺がそう唱えるとほぼ同時に、光線の乱発のクールタイムから立ち直った巨人が俺をめがけて固く握った右手の拳を振り落とす。
それを受け止めるべく手をかざすと―
パンッと巨人の右手が弾け飛ぶ。
その先を失った付け根から緑色の体液が噴き出ている。
あれが巨人の血液なのだろう。
「オオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」
左手で噴き出る血を抑えながら、巨人はのたうち回る。
マジかよ!
ただ受け止めるつもりでかざしただけの手が、相手に致命傷を与えた。
まさしく最強だ。
それも理不尽なほどに。
スキルを使ってからというもの、体が異常なほどに軽い。
いや、むしろ今までが重すぎたのかもしれない。
クソ重い道着から解放されたスーパーサ◯ヤ人の彼もこんな気分だったのかもしれない。
ああ、世界はこんなにも自由だったのか。
「そろそろ楽にしてやるよ!」
俺は溢れ出るパワーを込めて拳を握りしめ、巨人の正面に立つ。
「初めての"俺tueee"楽しかったぜ」
腹へ拳を叩き込むと、巨人は木っ端微塵に吹き飛び、周囲に緑色の雨を降らせた。
こうして俺の異世界での初戦は、何の危なげもなく終わったのだった。
「おい、怪我はないか?」
2人が隠れていた岩陰へ駆け寄り、とんがり帽子の少女へ手を差し伸べる。
手前に神代がいたがレディーファーストだ。
断じて下心から可憐な少女を優先したわけではない。
「あ、ありがとうございました…」
少女は若干放心した様子で、素直に俺の手を取って立ち上がる。
ローブに着いた砂埃をパンパンと払い、小さく頭を下げる。
「ほい!
そっちも大丈夫か?」
もちろん男女平等の博愛主義者である俺は、神代瑛一にも手を差し出す。
もとより本来の目的はコイツの確保であり、例の殺人事件や巨人との戦闘や少女は俺にとってはオマケだ。
「あ、ああ。ありがとう」
神代は動揺をしつつも、俺に敵意が無いことを感じだったのか、フッと肩の力を抜いて差し出された手を握った。
遂に異界の地で同郷の者との邂逅を果たしたのだった。
俺を中心として3人で手を繋ぎ、『瞬間移動』によって城塞都市エルディアスに帰還をした後、神代に2人で話がしたいと打診をした。
神代に"ミレイユ"と呼ばれた少女は静かに頷いて、そそくさと自分の泊まる宿へと帰っていった。
彼女ともう少し話してみたかった気もするが、ナンバがしたくて助けたわけでは無いので軽く挨拶をして別れた。
ノヴェリアの待つ酒場へ向かう道中、俺たちは2人、夜のエルディアスを歩く。
「俺、実は日本人なんだぜ!」とサプライズをかましてやろうと意気込んでいたのだが、その出鼻は挫かれた。
「君も異世界転生者なんだろ?」
「え?なんで分かるの?」
この時の俺はさぞかし間抜けな顔をしていたに違いない。
「だってほら、制服着てるし」
「あ…」
そんな単純なことも気づかないほど俺は浮かれていたらしい。
下校途中にトラックで轢かれて異世界転生をしてそのままここに来たのだから、未だに制服姿なのは当然だ。
「そっか、これじゃ日本人だって丸わかりだな。
俺は蒼羽薙斗、よろしく」
「僕は神代瑛一だ。
改めて、助けてくれてありがとう」
俺にとっては既知の名であったが、互いの名前を名乗り合い握手をする。
「あ…」
神代の瞳がキラリと揺れるのを俺は見逃さなかった。
そっか、そうだよな。
異世界転生初日の俺には想像もできない苦労があったはずだ。
地球から遠い遠い異世界で、たった1人で戦っていたのだ。
同胞との出会いは、神代にとって俺とは比べ物にならない価値を持つのだろう。
その時の俺には、安心したように瞳を潤ませる神代の姿が、やけに印象的に映ったのだった。




