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第1話 トラックに轢かれて異世界転生なんて俺は認めない

 やあ。

 今この小説を手に取り、読んでくれている諸君、本当にありがとう。

 もしくはコミカライズされたモノを読んでくれているかな?

 もしくはアニメ化されたモノを―

 いや、それは夢を見すぎか。

 何にせよ僕は、この「異世界マルチバースをぶっつぶせ!」を見てくれる全ての人に感謝する。

 ここには僕が"実際"に体験した冒険譚が綴られている。

 僕の闘いを、僕たちの闘いを知ってもらえると嬉しい。

 そして、もしその上で異世界転生にあなたが巻き込まれた際には、バイブルとして参考にしてもらいたい。


 2024年10月3日 蒼羽薙斗




 夕焼けが差し込み、人がまばらになった放課後の教室の隅で俺は一人、スマホとにらめっこをしていた。

 

 黒髪で中肉中背、平凡な容姿に帰宅部、これといった特技もなければ友達も彼女もいない。

 ドラマティックなバックボーンもなければ、将来の夢もない。

 ないないづくしの高校一年生、それが俺こと蒼羽薙斗(あおばなぎと)である。

 

 そんな俺が唯一のめり込めるモノ、それがライトノベルである。

 ラノベ内であればジャンルは問わず雑食で、古今東西あらゆるラノベを買い漁り、放課後のこの時間にルーチンワークとして消化していた。

 そんな毎日を過ごしていると、ある問題にぶち当たる。

 金がない。

 バイト禁止の高校に通う俺にとって、唯一の収入源は月の小遣いのみ。

 だが、特段裕福な家庭でもない俺の小遣いでは、尋常では無い俺の読書スピードの前に到底追いつくことはできず、月の半分をも経つのを待たず早々に底をつくのである。

 そんな絶望的状況で俺を救ってくれるのがそう、小説投稿サイト"小説家にビカム"である。

 通称「ビカム系小説」とも呼ばれるそれは無料でありつつも増え続ける圧倒的なアーカイブ数を誇る。

 確かに素人が書いているため玉石混交、いや玉石石石石石石石石石石混交ぐらいである事は否定できないが、だからこそ"玉"と出会った時の感動もひとしおなのだ!

 そして俺は今日も掘り出し物を求めて画面をスワイプするのだった。


 また、トラックに轢かれて異世界転生かよ!

 俺は一話目を流し見し、速攻で見切りをつけてスマホの画面を落とす。

 赤く染まる空に目を細め、カバンを背負い席を立つ。

 今日も碌な作品に出会えないし、そろそろ帰るか。

 俺は帰路につきながら、昨今の異世界転生モノに憂いていた。

 往年の名作の表層を切り取ったテンプレートに乗っかるだけの粗雑な作品の何と多いことか!

 そのテンプレートの最たる例がトラックである。

 確かに健康的な中高生を違和感無く死に追いやる手段が、交通事故ぐらいしか思い当たらないのは分かる。

 更に現世の出来事がノイズになって異世界を楽しませられなくなるのを避けるために、テンプレートに頼るのも分かる。

 もしこれが通り魔による殺人だったり、家の火災による焼死であったら、読者はその出来事を無駄に印象的に覚えるだろうし、伏線だと勘違いするかもしれない。

 大半の異世界転生モノにおいて現世の要素など誰も求めていないし、もし読者が長々と展開される現世パートを目の当たりにしたならば、「さっさとこいつトラックに轢かれて転生してくれないかな〜」と思うかもしれない。

 現に今この文を読んでいるあなたもそう思っているだろう。

 しかし、そこまで分かっていたとしても、繰り返され過ぎて最早ミームとすら化してしまったトラックに、いつまでも頼り続けるのは作家の怠惰ではないか!

 

 そんな誰に発信するでもない脳内での主張に夢中になっていた俺の背後に、ギラリと西日を反射させる大きな影が迫る。

 俺は何だか嫌な気配を感じ、振り返る。

 トラックだ!

 今さっきまで散々文句をつけていたトラックが、明らかに車線の外側を歩いている俺めがけて一直線に突っ込んできているのだ。

 運転手の顔は虚ろで、まるで自由意志を削がれたゾンビの如くヨダレを垂らしてハンドルを握っている。

 そのくせ足元は力強く、アクセルをしっかり踏み込んでスピードを上げてきやがる。

 俺は無我夢中になって走り出し、十字路に到達するやいなや右折、飛び込むようにしてトラックの射線から逃れる。

 俺という目的物を失ったトラックはそのまま十字路の電柱に激突した。


「あっぶね…」


 俺は喉の奥から血の味がするほど息を切らし、びっしょりと冷や汗をかきながら煙を上げて静止するトラックを見つめる。

 もしアレに轢かれていたらと思うと血の気が引く。

 しかし悪夢はこれで終わらない。


「なんなんだよ!もう!」

 

 安心したのも束の間、逃げ込んだ車線の先に再びトラックを発見、それも2台だ!

 挟み撃ちに遭う形で両側からトラックが迫りくる。

 俺は道を引き返し、先ほどの十字路へダッシュで戻る。

 帰宅部の鈍りきった体にむち打ち、叫びながら足を動す。

 転がり込むように十字路を曲がり、すんでのところでトラックの射程から逃れる。

 ドンとトラックが正面衝突を起こす爆音が背後から聞こえる。


「ウソだろ…」


 倒れ込みながらも顔を上げた俺の視線の先に、4台目のトラックが現れていた。 


「どこまでしつこいんだよ!」


 俺は正真正銘、最後の力を振り絞って十字路へ再び引き返す。

 十字路の中心に立った時、俺は笑うしか無かった。

 4方向全ての車線からトラックが来ていたのだ!


「クソが」


 体力と逃げ場を完全に失い、俺はその場に立ち尽くす。

 眩く光るトラックのライトに包まれて、そこで俺の意識は消えた。




 全身が中を舞う感覚、落下しているようにも上昇しているようにも感じる。

 ああ、俺は死んだのか。

 齢16年、何も成せず何者にも成れず、実に空虚な人生であった。

 ロッテントマトも大腐りするであろうほどに内容の薄い走馬灯が駆け巡る。

 カタカタと映写機が回されるように人生のハイライトが映し出される。

 

 カタカタカタカタカタカタ

 カタカタカタカタカタカタ


 一定のリズムが頭の中で反響する。

 走馬灯が脈絡のないトラック事故によるバッドエンドという尻切れトンボの終幕を迎えたのにも関わらず、その音が一向にやまないので俺はハテと脳内で首を傾げる。


 カタカタカタカタカタカタ

 カタカタカタカタカタカタ


 音は収まるどころか激しさを増す。


「うるせぇ!」


「きゃっ!」


 気がつけば俺は騒音を振り払うべく、大声で叫んでいた。

 そこで初めて自分は床に倒れていて、声を上げるとともに目を覚ましたのだと気づく。

 眼前に飛び込むのは、果てしなく広がる無機質な白の世界と、その空虚の中にポツンと存在するデスクに座った女。

 長い金髪に整った顔立ち、西洋絵画に描かれていても違和感がないほどの美しさを持ちながらも、バキバキに充血した目の下にはべったりとクマが滲んでおりゲッソリとしている。

 女が座るデスクには黄金のタイプライターがどっしりと鎮座しており、先程までのカタカタ音の正体はここからだと推測できるが、唐突な俺の叫び声に驚いた女の手は止まっている。

 

 一体ここは何処なんだ?

 この女はダレだ?

 俺は死んだんじゃないのか?


 次々と降って湧く疑問符に思考が埋め尽くされて呆けていると―


「どうか助けてくださいー!!」


 女は俺の前へ滑り込み、そのままの勢いで土下座する。


「もう限界なんです!

 もう今日で50連勤なんです!

 ずっと寝ずに働いてるのに仕事が減るどころか増えていくんです!

 うわああああん!

 こんな仕事就くんじゃなかったぁぁ!」


 みっともなく大の大人がおんおんと声を上げて泣く姿に呆気にとられる。

 それも神聖なオーラを醸し出していた美しい女性がともなれば尚更だ。


「ちょ、ちょっと落ち着いてください。

 俺も何が何だか分かってないんですから!」


「ああ…そうですよね…すいません…

 私、ノヴェリアっていいます。

 一応、女神をやらせてもらってまして…

 地球から異世界転生者を斡旋する仕事をしてるんです」


 はあ?!

 女神?異世界転生?

 何処かでよく見た単語に目を白黒させる。


「それで蒼羽薙斗さん、あなたにはこれから異世界転生をして、この異世界マルチバースを崩壊の危機から救ってほしいんです!」


「え?」


「それで蒼羽薙斗さん、あなたにはこれから異世界転生をして、この異世界マルチバースを崩壊の危機から救ってほしいんです!」


「いや、聞こえてるよ!

 聞こえた上で訳わかんないんだよ!

 あの、ノヴェリアさん…だっけ?

 もうちょっと手前から説明してもらえる?」


 俺としては当然の主張なのだが、ノヴェリアは少し困った様子でおどおどと答える。

 

「そ、そうですよね…

 どこから説明したらいいのかな…

 あの…さっきトラックに轢かれましたよね?」


「轢かれたっていうか明らかに何かおかしかったけど…」


「それはすいません!

 トラック担当の方が新人でして、操作がまだおぼつかないようでして」


「え!アレもあんたらの仕業?」


「仕業と言いますか業務の一環ですね。

 トラックは地球と異世界を繋ぐ数少ない鍵でして、基本的に転生者の召喚にはトラックを使用させていただいてます」


 業務ってなんだよ。

 俺は業務の一環で殺されたってのか?と俺が怪訝な顔をしたのをノヴェリアは気づいたようで、すかさずフォローを入れる。


「いえいえ!薙斗さんは死んでませんよ!

 トラックに接触した瞬間に転送されてますので!

 異世界転移でなく異世界転生と呼んでいるのはアレです!

 そっちのほうが何かいい感じがするじゃないですか!」


「なんだそれ…

 なんでトラックにそんな特殊な能力があるんだよ!

 つーか、状況が小説家にビカムのフィクションすぎてついていけねーよ…」


「小説家にビカムはフィクションじゃありませんよ」


 俺がこぼした愚痴を目ざとく捕まえたノヴェリアは真面目くさった顔でおかしなことを言う。


「正確には小説家にビカムの異世界転生物のほとんどは、です。

 実はというと異世界転生作品の約8割の作者は異世界からの帰還者で、彼らは実体験を語っているのです」


「そんなばかな…」




 こうして俺はお約束通りトラックで異世界転生し、女神と出会う。

 

 そして―

 俺のお約束ではない旅が始まるのだった。

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