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第四話


「作戦前、貴女の光量を調節できないか調査したことは覚えていますか」


 馬を無事に確保し、部隊へ合流する最中。アルマンはそんな話題を切り出した。

 彼の言う通り、今回の作戦前にはリーエの光が届く距離や範囲の調査を行っている。その際に光量の調節についても試すには試したが、光の強さを抑えることはできなかった。


「あの時の調査では、光を抑えることしか試さなかった。それは貴女の今の光量が最大出力であると思っていたからです」


 しかしそうではなかった。リーエが放つ光は、通常時の光量が()()()なのだ。これ以上光を抑えることはできないが、さらに明るく(まばゆ)く輝くことはできる。


「……光整者以外の人間にとって、最大の脅威はあの矢です。当たれば最後、高濃度の魔素が身体に入って死に至る」


 矢はリーエの光に反応し、彼女に向けてのみ放たれる。他の兵士達はまだしも、リーエと常に行動を共にしているアルマンは矢の当たるリスクが桁違いだ。

 先程は運良く助かったが、当たりどころが悪ければ今度こそ死ぬ可能性だってある。


「不聖脈へ近づくごとに、矢の勢いは増すでしょう。森の奥へ行けば行くほど、人型魔獣の数が多くなっています。連携や技術は拙いが、圧倒的な物量でおされれば、いずれ防ぎ切れなくなる」


 矢に当たっては駄目だが、敵の数が多すぎて、全ての矢を防ぎ切ることは出来ない。

 では一体どうすればいいのか。それは――――
















 先へ先へと進むたび、暗い草木が白んでいく。

 暗雲を走る稲妻の如く、幾筋もの光が伸びていく。


 やがて光は森の最奥へと突き進み、鬱蒼とした霧に隠れた無数の人型魔獣達を照らし出す。

 圧倒的な光に身を灼かれ、その輪郭が消えかけているにもかかわらず、魔獣達は自らが生み出した矢を番えて、輝きの中心へと打ち放つ。

 横薙ぎの黒い雨が、一斉に降り注いだ。


「――来た!!」


 瞬間、爆発的な光が辺りを包む。今までの光りの強さの比ではない、あまねくこの世の悪しきものを浄化しつくしてやる、そんな気概を感じる光り方であった。

 放たれた大量の黒い矢は一本足りとも狙いに届くことはなく、すべて塵と化した。

 その黒い塵を吹き飛ばす勢いで、輝きの中心――リーエとアルマンは馬に乗って一気に駆け抜ける。


『矢に当たっては駄目だが、敵の数が多すぎて、全ての矢を防ぎ切ることは出来ない』

 ならば、魔素の矢が当たる前にさらに強い光で全て消し去ればいい。それがアルマンとリーエが出した打開策(パワープレイ)だった。


「アルマン補佐官! 一応確認しとくけど!」

「何ですか!」


 次、そのまた次と、際限なくヒュンヒュン降り注いでくる矢の音に負けないように、リーエは声を張り上げた。


「これって前、見えてる⁉︎ 私の光、まぶしくない⁉︎」

「ほとんど見えないに決まってるでしょう! 今さらバカな確認をしないでください!」

「やっぱり⁉︎ ごめんね!」


 リーエがすぐに矢に反応できるよう、彼女を前にして乗せることを決めたのはアルマンなのだが、やはり目隠し(ベール)があっても眩しいものは眩しいらしい。

 通常時でも目を蝕むほどの光量なのだ、それが何倍にも膨れ上がった光の強さとなれば、アルマンの目の負担は計り知れない。

 それでも彼は馬を操りつつ、手にした槍で近くにいる人型魔獣(射手)を打ち倒していくという驚異のマルチタスクを成し遂げているが、あまり時間をかけてはいられないことはリーエも分かっていた。


「――見えた、不聖脈!」


 森の最奥にある、どす黒い巨大な球体。その周りをおびただしい数の人型魔獣が蠢き取り囲んでいる。


 人型といっても、人間とよく似た姿のものだけではない。

 腕や足が三本あったり異常に長かったりするもの、身体の半分だけが異常に大きいもの、頭部だけ獣の姿になっているもの……異形ともいうべき、歪な姿をした人型魔獣も多くいた。


「なにあれ⁉︎ 怖すぎるよ!」

「あれは……おそらく試した残骸だ」

「え、なに? 聞こえない!」

「いえ、今は目の前の不聖脈に集中してください! このまま馬から飛び移って触れます!」

「えっ⁉︎ 聞いてない!」

「いま初めて言ったので!」


 リーエの「なんでよ!」という渾身の叫びは(ひづめ)と風の音に混じってすぐに掻き消された。

 不聖脈との距離が縮まっていくごとに、無数の矢と人型魔獣が光に反応して集まってくる。それら全てを振り払うように、リーエは一際激しく鮮烈に輝いた。


「――今だ!!」


 瞬間、リーエの身体は後ろから力強く抱き込まれ、大きく横へ傾く。

 燦然と輝く光の中心が、不聖脈へと飛び込んだ。





 ◇





 また花の香りがする。鳥の(さえず)りも聞こえる。

 顔に降り注ぐジリジリとした熱さに耐え切れず、リーエは(まぶた)を開けた。


「う……」


 寝起きでぼんやりする視界に、雲ひとつない真っ青な空が広がる。ちょうど真上には太陽が燦々と輝いていて、眩しさが目に痛い。

 今まで自分と相対していた人はこんな感覚だったのだろうかと考えつつ、手の平を顔の前まで掲げてみる。

 陽の光を遮ったリーエの手は、もう光ってはいなかった。


「そうだ、アルマン補佐官――おわっ!」


 彼の無事を確認しなくては、と横に寝返りを打った途端、探していた人物の顔が真隣にあった。

 目隠し(ベール)は着けたままだ。数秒間の逡巡の後、おそるおそるリーエはそれに手を伸ばす。ぺろりと(まく)ってみると、瞼はどちらも閉じていた。


「まつ毛ながぁ……」


 ここぞとばかりにリーエはアルマンをじろじろと観察してみる。寝ていても彼の顔は少しむすっとしていて、口角は下がり、短い眉は寄っていた。普段からこうなのだろうか? ちゃんと寝て休めているのか心配になってくる。


 とりあえず捲った目隠しはそのまま上にあげておき、リーエは彼の身体から一時離れて身を起こす。

 リーエ達が今いるのは前と同じ聖墓で間違いないのだが、何故か今回は大きな台座の上に横たわっていた。

 聖墓の中央に置かれた台座は真っ白で広く、とにかく硬くて寝心地が悪かった。それにやたらと意匠が凝らされていて立派なので、ここに横になるとちょっとした生贄気分である。


(前はあっちの木陰の方にいたと思うんだけど……)


 台座から少し離れた白い墓石の方を見る。先代である光整者ハインの墓だ。

 前回は確かあの墓から少し離れた木陰の下、寝心地の良い芝生の上にリーエは寝っ転がっていた。


 浄化の後、地の巡りによって運ばれるたびに目覚める初期位置はこのように変わるのだろうか。それとも台座の上(今の場所)が運ばれた後の初期位置として正しいのだろうか。もし後者だったのなら、それはつまり、


「……ね、前回は私が起きる前にわざわざ移動させてくれてたの?」


 まだ目覚めない男を覗き込んで、導き出した結論を問いかけてみる。もちろん答えはない。たぶん起きていても答えてはくれないだろうなとリーエは思う。

 まあ真偽はどうであれ、このまま硬い台座の上にずっと寝かせておくのはいただけない。アルマンの寝顔がますます陰険で疲れ切った可愛くないものになってしまう。早急に木陰と芝生へ運んで良質な睡眠を提供しなくては。


 いっちょいいとこみせますか、そう意気込んだリーエは手始めにアルマンの背中に腕を差し入れ、上体を起こそうと試みた。


「ゔっ……重い……」


 しかし予想以上にめちゃくちゃ重い。ちょっとこれは持ち上げるのは無理かもしれない。引きずり運ぶので精一杯だ。


「私がもっと屈強でムキムキだったら……」

「……どんな独り言ですか」

「うわっ! 起きた」

「当たり前でしょう、なんですかこの状況は。一体どこへ俺を運ぼうとしてるんです」

「えーっと、木陰?」

「訳がわからないな」


 そりゃそうだ。アルマンはリーエの手から離れて身を起こすと、「先に目が覚めたなら普通に起こしてください」と至極困惑した様子で言った。そりゃそうだ。リーエは少し冷静になった。


 アルマンは目隠しを外し、視線をぐるりと周囲に走らせる。そして最後にその視線がリーエのもとに戻ってきた。


「怪我は?」

「ないよ。アルマン補佐官こそ大丈夫? 右足とか目とか」

「問題ありません」


 アルマンは右足の具合を確かめた後、そう簡潔に答えた。ずっと台座の上に二人一緒に乗っていては動き辛かろうと、リーエは先に降りて立ち上がる。そのままアルマンに向き直ると、腰掛けた状態の彼を見下ろす形になった。


「身体の光もおさまっているようですね」

「これは無事に浄化できてる……ってことでいいんだよね」

「ええ、あの人型魔獣達も全て消えているでしょう」


 二つめの不聖脈を浄化し、無数の人型魔獣にも勝利したというのに、アルマンの顔は晴れない。

 この人は寝ても覚めても暗い表情をしているなと、そんなことをふと思う。それがなんだか無性に歯痒くて、リーエは男の思考をわざと遮るように、彼の目の前に手を差し出した。


 朱い目がこれでもかと丸くなり、陽に照らされた女の方を向く。


「……何ですか、この手は」

「立って。アルマン補佐官」

「は?」

「こんなとこでずっと座ってる場合じゃないでしょ」


 上向いていた男の目線が下がって、眼前に差し出された手に移動する。断られるかもしれないとも思ったが、彼は無言でリーエの手を取った。

 骨ばった大きな手が、ひと回り小さくしなやかな手をしっかりと握る。それに応えるようにリーエも力強く握り返すと、彼を台座から引っ張り上げて立たせた。


 人の重心が下から上へと向かう感覚が腕越しに伝わった後、ようやく男がリーエの隣に並び立つ。

 身長差が入れ替わり、上からポツリと言葉が降ってきた。


「……こんな風に人の手を借りたのは、初めてです」

「そう? たまには悪くないでしょう?」


 リーエはニヤリと笑って、男の顔を覗き込む。

 陽射しが少し和らいだ空の下、彼は小さく笑みを浮かべていた。


「そうですね。たまには悪くない」


 その笑みは本当にかすかなもので、すぐに消えてしまった。けれど確かにリーエは見た。

 せめてあともう一度見れやしないかと、しばらく期待を込めて見続けていたのだが、アルマンに「何をじろじろと見ているんですか」と(いぶか)しげに睨まれてしまった。どうやらガンを飛ばしていると思われたらしい。違うのに。


「そろそろ専用通路に向かいましょう」


 あえなく仏頂面に戻ってしまった男に促され、リーエは彼と共に王城へと続く専用通路に歩みを進める。


 相変わらず(おびただ)しい段数の石段は少し薄暗く、白い石壁についた灯りが微かに揺らめいている。

 先に一段目を降りたアルマンの身体も同じように一瞬揺らめいたのを見て、リーエは素早く彼の身体の右側を支えた。


 本人は顔に出さず先程も「問題ない」と言っていたが、やはり矢傷のせいで右足が思うように動かないのだろう。これから降りる段数を考えると、リーエの肩を借りた方がいいに決まっている。

 どうやらアルマンもそれは承知していたようで、大変不本意そうな顔をしながらも、強張っていた彼の身体が少しだけリーエに体重をかけてくるのを感じた。


 お互いの歩幅を合わせて、石段を降りていく。


「部隊のみんな、今頃どうしてるかな? ちゃんと無事に森から出られたと思う?」

「ええ。浄化の確認後、王都へ戻る準備をしているでしょう」


 もう既に出口で迎えの兵士達が控えていてもおかしくないとアルマンは付け足す。

 実は聖墓には、光整者が運ばれてきたことが外に伝わるような仕組みがある。大聖脈に集まる女神の力を利用して二百年前に構築されてうんぬんかんぬん……一応そんな説明を受けた気もするが、難しすぎて忘れてしまった。とにかくその謎システムから伝令を受けて、兵士達は派遣されている。


 正直に言えば、出口でリーエ達を待つのではなく、彼らが石段を登って聖墓の中まで入って来てくれる方が有難いのだが、どうもそう簡単にはいかないらしい。


 理由は一つ、「この場所が聖墓だから」だ。


 リーエ達が不聖脈に触れれば、大聖脈めがけて必ず聖墓のもとへ運ばれる。運ばれてきたことが分かる仕組みがあるとはいえ、聖墓内で直接リーエ達の出現を待っている方がよっぽど確実で効率的なのは明らかだ。

 だがこの場所は、本来であれば限られたごく少数の者しか入れない聖域なのだ。そんな場所を、いくら合理的だからといってそう易々と()()()()()()にする訳にはいかないし、兵士達自身も(おそ)れておいそれと入りたがらないのだという。


 とはいえ今のままでは色々と差し障りもある。たとえばアルマンが負傷して動けない状態に陥った時、リーエ一人では彼を迅速に階下まで動かすことができない。これは実際に先ほど証明済みだ。少なくとも男手は必要だろう。それに医術の心得がある人にも控えてもらっていてほしい。

 とにかく次回の不聖脈浄化の時までに何か対策を講じなくては……と、いうような話をしながら、リーエ達はいつの間にか通路の半分ほどまで降り切っていた。


 話題が途切れた一瞬の沈黙の後、ふいにアルマンが口を開く。


「……貴女の浄化能力のことですが」

「え?」

「光整者の体液には魔素を浄化する作用があるという、」

「あああ! あれね! 全部言わなくて大丈夫! ね!!」


 リーエの馬鹿でかい「ね!!」が通路内に響き、「ね……ね……ね……」と三回ほど残響がこだます。デジャヴである。

 こちらはせっかく“森の口付け浄化事件”のことは考えないようにしていたというのに、容赦なく話題を出してきた男は眉を(しか)めて「うるさいですよ」と言い放つ。やはり彼には恥じらいがないのだろうか。


「あの能力のことはまだ口外しないでください」

「い、言わないけど……なんで?」

「森で聞かせた光整者ハインの話を覚えていますか」


 覚えている。不聖脈の浄化の最中、魔素に侵されて瀕死だった兵士を、光整者ハインが自身の涙で浄化して救った話だったはずだ。


「あの話は秘匿(ひとく)され、一部の人間にしか知らされていません。浄化能力が問題なのではなく、その能力が判明した状況が問題だからです」

「瀕死の兵士を救ったんでしょ? 何が問題なの」

「ハインの浄化能力は、最後の不聖脈の浄化に彼が失敗し、撤退する際に判明しました」

「……“失敗”って、ハインは不聖脈に触れられなかったってこと?」

「いいえ、そうではない」


 触れられなかったのであれば、何度でもまた挑戦すればいい、それだけの話だ。だが本人にその気がないのであれば、話はまた違ってくる。


「ハインは()()()()()()のです。たった一度だけ、彼は不聖脈を浄化しないことを選んだ」


 どうして彼がそんな選択をしたのか、その理由は分からない。理由も経緯も何もかも、記録には遺されていないのだ。唯一記述があるのが光整者ハイン本人の手記だけであり、彼はその後四つ目の不聖脈浄化作戦をやり直し、今度は見事に浄化を成し遂げている。

 そして、一度目の()()は最初から無かったことにされた。


「彼は手記の中で、不聖脈はただの魔素の塊ではないと述べています」


 おそらく四つの不聖脈は“地の巡り”を使って繋がっている。光整者の手によって、一つ二つと消し去られていくたび、そこで得た情報は残りの不聖脈へと引き継がれていくのだと。


「同胞の浄化()によって学習し、今度こそ浄化されまい(殺されまい)と変化する――まるで生き物のようだと」


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