明日なき今日の終わり方
小田急電鉄江ノ島線、終点の片瀬江ノ島駅。
けだるげに揺れる電車がそこにたどり着き、長らく止めていた息を吐き出すように扉が開くと、少し湿度の高い暖気とともに、芳しい海の香りが車内に充満する。
遠くから潮騒が聞こえる。しかし、駅からはまだ、海の姿は見えない。
僕はそれまで読んでいた本を閉じ、足元に投げ出すように置いていた鞄を手に取ると、普通列車の中途半端に柔らかい座席からゆっくりと立ち上がった。
十一月二十四日、まだ時計は午前十時を示したばかり。普通ならば季節は冬の入りで冷たい風が吹いている頃合いだが、僕が足を踏み出した電車の外は、まるで盛夏の昼下がりのような、じっとりとした温かさに包まれていた。
地球史上稀に見る接近を見せている、とある天体の影響で、地球の気候に大きな変化が起きていた。具体的なことは分からないが、ある時テレビでインタビューを受けていた宇宙航空研究開発機構(JAXA)の研究員が言うには、天体の重力か、何か不明の影響力によって、地球の公転に大きな影響が出ているのだと言う。それは、地球全体で様々な異常気象が引き起こされるほどの、途方もなく大きな変化なのだそうだ。
その証拠に、ここ数か月、地球各地で異常気象が相次いでいると、ラジオ放送が報道している。アフリカ北部の砂漠地帯で足が埋もれるほどの降雪が見られたとか、アメリカではハリケーンの被害が甚大で、床上浸水の上に大停電が起きたとか、そういった具合の異変が、世界で頻発しているようだ。
かくいう日本でも、今年の七月ごろからこの十一月まで、残暑と言うにはあまりに長い記録的猛暑が続いている。しかも、日本では、例年より長く続いた梅雨が終わったのを最後に、雨が降っていない。日本各地のダム湖は、今や栓を抜かれた風呂桶のように干上がっていて、まるで荒地砂漠のような有様だ。
「おーい、こっちだよ!!」
座りっぱなしで硬くなった体を伸ばすように背伸びをしていると、元気に僕を呼ぶ声が聞こえてくる。
改札付近で、武骨なデジタル一眼レフを首から下げた少女が、元気に大きく手を振っている。僕は小さく手を振り返して、彼女のもとに向かっていく。たった今この駅に到着した電車には、僕と車掌以外は、誰も乗っていなかったようだった。
「カメラ、どうしたの?」
僕が近づき問いかけると、彼女、稀月テルヒは、悪戯めいた笑みを浮かべて言う。
「パパの部屋から、借りてきちゃった」
「あとで怒られない?」
「大丈夫、どうせ、あとなんてないからさ」
あとなんてない、まるで躊躇いなく彼女が発したその言葉に、僕は「それもそうだ」と、あっさりと納得した。
現在、地球からおよそ六十万キロメートルのところを飛んでいるその天体は、日本時間にして十一月二十四日、つまりは本日の、およそ十八時ごろに、高確率で日本の神奈川県沖に衝突する見通しだ。
推定で直径三十キロメートルに達し、惑星の公転に影響を与えるほど大きな質量をもったその天体は、現在も毎時数万キロメートルもの猛スピードで、地球に接近を続けている。
もし惑星が想定通りに海洋に衝突した場合、海洋の全てが即座に地獄の窯のように沸騰し、巻き起こった爆風は地球の半分を覆いつくす。衝撃で発生する地震は一時間近く地球を揺らし続けるらしい。
白亜紀末に空前絶後の大絶滅を引き起こした隕石、通称“チクシュルーブ衝突体”の、その推定の大きさが直径十から十五キロメートルと言われているから、今回地球に接近している天体は、実にその倍の大きさである。衝突が環境に与える影響は計り知れず、ともすれば地球は、今夜を境に死の星と化すだろう。人類は、その歴史で一度とて体験したことのない未曽有の大災害を、目前に控えていた。
だから、あとなんてない、という彼女のその言葉も、言葉の通りの事実だった。
テルヒが一足先に自動改札を抜けて、小走りで広場に出ていく。僕が慌ててそのあとを追いかけようとすると、彼女はくるりと右足を軸に振り返って、急にカメラのシャッターを切った。
突然のことに目を瞬く僕に、彼女は得意げな表情でデジイチの画面を見せつけてくる。
小さな画面の中に、冴えない表情をした僕が、竜宮城を模して作られた駅から出てくるその瞬間が、四角く切り取られて、やけに鮮やかに記録されていた。
「消してよ、はずかしい」
思わずカメラに手を伸ばした僕を、テルヒはひらりとかわす。紅色がかかった明るい色の髪が、ふわりと揺れた。
「せめてもっといい表情で写してよ」
そういう問題でもないような感じもする、ちょっと間抜けた抗議をしてみたが、彼女は取り合わない。
「自然体だからいいんじゃない」
そんな風に言った彼女が優しく微笑むと、僕はそれ以上何も言えなかった。
稀月テルヒは、数少ない僕の友人だ。
もっとも、世界がこんな風になってからは、彼女が僕の殆ど唯一の友人になった。
僕と彼女とは、それほど長い付き合いではない。というより、僕たちの関係は、この世界の異変と、ほとんど同時に始まった。
小惑星の接近は、もう一年近くも前からずっと観測されていた。
アメリカ航空宇宙局は当初、この星は太陽系の外側から突如として飛来した恒星間天体で、このまま進めば、かつて太陽系に飛来した観測史上初の恒星間天体、通称“オウムアムア”のように、やがて双曲線軌道を描いて太陽系を離脱するという目測を立てていた。
しかし、その目測は次第に、着実な滅亡へと変化していく。
地球の公転軌道と、その天体の軌道とが殆ど同じ平面上を動いていることが分かったのが、天体発見から二ヶ月の後だった。天体はその時、既に太陽系の内側深くに、突き刺さるように入り込んでいた。
三月ごろになると、地球の各地でこれまでにない謎の異常気象が続き、世界中の研究者は、その原因を太陽系に侵入した異星にあると結論づけた。それからほどなくして、異星の重力の影響により、自転軸の傾きに大きな変化が起きていることが分かった。
天体の衝突が決定づけられたのは今年の五月だ。その時は、まだ地球のどこに天体が落下するかまでは分かっていなかった。
日本近海への衝突が確実視されるようになったのは、それから遅れて一か月後の六月中旬ごろだ。
衝突が確実であることが発表されるや否や、世界は恐慌状態に陥った。海外のほとんどの大都市で、目も当てられないほどの暴動が起き、瞬く間に都市機能が麻痺していった。
そういった争乱は、日本でも少なからず起こったと記憶している。しかし、海外の他の地域に比べれば、だいぶマシなほうだ。
日本においても、大きな都市はやはりそれなりに荒廃したし、治安もかなり崩れた。それでも、そんな中でもせめてこれまでと同じ毎日を送りたいと願う人たちによって、日本の都市機能は最低限の水準で保たれ続けていた。
僕もまた、日常を変えることを望まなかった人間のうちの一人だった。
僕とテルヒは、世界が恐慌に飲まれて一か月後の六月、学府としての機能をすっかり失った大学の図書館で、偶然に出会った。
もう大学では講義など行われていないことを、僕は承知済みだった。それでも、僕は、平日には必ずキャンパスに足を運ぶという事を、その時までずっと続けていた。テルヒは僕に、なぜそんなことを続けていたのかとは聞いてはこなかった。同じように、彼女が大学に来ていた理由について、僕が問うこともなかった。
「どこに行く?」
「映えるとこ」
テルヒは、人生で初めて手にしたデジイチを、とにかくめいっぱい使いたいようだった。
レンズについたズームリングを回してみたり、ファインダーを覗いてみたりと、はしゃぎ切って忙しない彼女をよそに、僕は駅の方を振り返る。
改札の向こうで、車掌と駅員が並んでこちらを見ている。僕は彼らに小さく会釈をしながら、駅舎の右斜め後ろに向かって伸びている道に向かって歩き出した。
「じゃあ、とりあえず、“えのすい”かな」
「えのすい?」
「新江の島水族館、まあ、残ってたら奇跡、って感じだけどね」
通りの向こうに、車通りの途絶えた国道一三四号線が見える。水族館は、国道沿いに数分歩いたところにあると僕は記憶していた。もう何年も足を運んでいなかったので、ずいぶんと朧げにしか残されていない記憶だったが、それでもその水族館は、とても興味深い場所だったように思う。
もっとも、こんな風になっても何事もなく残っているかどうかは、全く分からない。むしろ、この状況を前に、施設は放棄されて廃墟同然の状態になっている方が、自然だろう。
国道に面した曲がり角を見ると、電灯の消えた大手チェーンのコンビニエンスストアがあった。昔はそんな場所にコンビニは無かった。いつの間にかいろいろと変わっているものだな、と僕は思う。
「何か、買っていこうか」
僕がコンビニを指さして尋ねると、テルヒは小さく頷いた後、少し不安そうにその入り口を見つめた。
「まだ何か残ってそう?」
「多分ね」
半開きになった硝子の自動扉を、両手で無理やりこじ開ける。
店内はまるで冷蔵庫のようにひんやりと冷たい。電灯は完全に消えていたが、冷蔵施設はまだ、電源のついたまま残されているらしかった。
薄暗いコンビニの中は、予想通りかなり荒れていたが、棚にはまだ残されている商品も多いように見える。
「足元、気を付けて」
「うん」
促されてコンビニに入ったテルヒは、その様相を見て、酷いね、と呟いた。
僕は小さく頷いたが、心の中では、この光景は起こるべくして起こった事態だとも思っていた。
世界がこんな風になってから、日本の多くのコンビニエンスストアは、二十四時間営業どころか、経営それ自体すらもやめてしまったようだった。そのほとんどは略奪盗難を野放図にしたため、大通りに面していたり、都会の真ん中にあったりするコンビニチェーンの店舗は、どこに行っても見る影もないほど荒らされていた。
時々、律義に営業を続けているコンビニも見かけたが、そういう場所も時間を経るにつれて、春を迎えた残雪が解けて消えるように、徐々に減っていった。
店舗の奥側に設置されている、飲み物の陳列されていたはずのリーチインには、わずかながら飲み物が残されていた。さすがに選り取り見取りというわけにはいかないが、それでも好きなものを選ぶには十分な種類がある。
その様子を見て、もしかしたらこのコンビニも、つい最近までは、踏ん張って営業を続けていたのかもしれないと、僕はそう思った。
「テルヒ、何かいいものあった?」
「お菓子はいっぱいあるよ、飲み物は?」
「うん、こっちも結構残って、る」
扉を開き、ボトル飲料を取り出そうとしたその時、棚の隙間からバックヤードが見えた。
薄暗く狭い部屋の中に、何かがぶら下がっている。大きな、例えるなら、ボクシングに使うサンドバッグのような、何か。
嫌な予感がした。背筋に冷たいものが走り、横隔膜がひきつったように、一気に呼吸が浅くなるのを感じて、僕は扉を開いたまま、棚から視線をそらした。
「テルヒ、飲みたいもの、ある?」
なんとか喉の奥から絞り出した声で、テルヒに問いかける。
「ジンジャーエールある?」
「うん、ある、持っていくから、外で待ってて」
僕は平静を装ってそう返した。
声が震えていたかもしれないが、幸いテルヒは特に気にすることも無く、「わかった」とだけ返して、リーチインに近づくことなく店を出て行った。
僕は少しの間、扉の隙間から漏れ出す冷気の中で息を整えた。棚をまっすぐに直視する勇気は、僕にはもうなかった。
地球上のすべての生命に対して不可避の期限が突き付けられたあの日から、人々は自らの“終わり方”を模索することを余儀なくされた。
少しでも命を長らえる方法を求めて、天体の落下予測地点からもっとも遠い場所に移住したり、シェルターに立てこもろうとしたりする人々もいた。中には宇宙へ逃亡しようとする者もいて、実際にそれを実現した人物もいる。
しかしその一方で、変化に屈すまいと必死に習慣づいた日々を維持し続けようとする人々も、また一定数存在していて、そんな人々たちによって、多くの社会的サービスが、必要最低限ながら維持され続けた。
電気は不便しない程度には使える。公共放送も虫の息ながらに生きているし、電波だって弱くとも通っている。電車やバスも、本当に僅かではあるが、動き続けている。そして、それらは確実に、その近辺で生きている者たちの微かな希望になっていた。
だが、それらが提供されている事と、恐怖に押しつぶされないで済むこととは、まるっきり別の話だ。
滅亡に先んじて、自らの命を絶ってしまう人たちは、後を絶たなかった。
そして、それまでの社会と違って、そうやって命を絶ってしまった人たちのことを、誰も過剰に気に留めたりはしなかった。遅かれ早かれ、みんなそうなるのだから、と。
僕も、同じように考えていたつもりだった。
しかしそれは、そういう人たちを間近にしたことがなかっただけだったのだと、改めて感じさせられた。
たとえそれが、これまで全く面識のなかった誰かのものだったとしても、そこに棚引く死は、僕の心に重く、重く圧し掛かった。
棚を直視しないようにしながら、ジンジャーエールと、僕が飲みたい飲み物とを適当に鞄に詰める。そして、それを背負いなおすと。飲み物のものだけが原因ではない重圧を肩に感じながら、コンビニの外に出た。
テルヒはすぐ外のところで、何やらカード付きのチョコレート菓子を漁っていた。たしか、女性を中心に流行っていたソーシャルゲームの食玩だ。ネットでは随分ともてはやされていたが、僕自身は、そのゲームで遊んだことはない。
「見て、見て、当たった」
そう言って、テルヒはどこか自慢げに手にしたカードをちらつかせる。
ホイル加工が太陽光を反射してきらきらと輝いてはっきりとは見えないが、そこには少しアンニュイな表情をした美少年が描かれている。
「僕も、トレカとか持ってきて開けまくればよかったかな」
「えー、なんか子供っぽいね」
「それ、今の君が言う?」
「ソシャゲは大人の遊びだよ」
なぜか偉そうに胸を張って言うテルヒの姿に、僕は思わず苦笑する。その瞬間を狙ったようにして、テルヒはデジイチのシャッターを切った。
「えへへ、二枚目」
二度もあられもない様子を撮られた僕の文句は、液晶に写されているだろう僕の冴えない顔を眺める彼女の穏やかな表情を前に、心のずっと奥にしまわれることになった。
先程まで肩にずっしりと感じていた重さは、どこかに消えていた。
国道一三四号線沿いの道を、左に海を見ながらまっすぐ向かっていくと、やがて大きく屋根が張り出した形の建物が現れる。その建物は、僕の記憶の中の“えのすい”と全く同じ形を留めたまま、まるで過去に置き去りにされたように、そこに存在していた。
「無事みたいだね」
テルヒの言う通り、施設の窓口や入り口が著しく荒らされた形跡はなかった。
入場券の販売員はいなかったが、入場口を通ってすぐの、エレベーター前に人影が見えた。
そこに居たのは壮年の男性で、僕たちがゲートを通って近づいてくるのを見て、酷く驚いた表情をしていた。
「館内、見てもいいですか」
「はい、ご覧いただけます」
僕の問いかけに、男性は穏やかな口調で、そう丁寧に返して、展示階へと続く階段を指し示した。
「どうぞ、ごゆっくり」
階段に足をかけると、男性はそう言って、僕たちを送り出してくれた。
水族館の客足は、どうやら長らく途絶えていたようだ。しかし、その間も、きっとあの男性のような人たちが、館内に居る生き物たちに対して最後まで責任を果たそうと務めて、今日に至ったのではないだろうか。
そして、おそらく僕たちが、この水族館の最後の客になるのだろうと、僕は階段をのぼりながら、そんなことを考えた。
仄暗い青色に沈んだ館内は、まるで本当の海の底のように静まり返っていた。
遠い波の音をかき分けるように歩いていくと、海の中の光景を切り取ったような、美しく幻想的な水槽が、次々と僕たちを出迎える。
大きさも、色も、姿かたちも違う魚が、それぞれ舞うように水槽の中を泳ぎ回っている。
海洋の中ではきっと、もっと多くの生命が犇めいているに違いない。
僕はふと立ち止まり、思いを巡らせる。もしここが、本物の海底だったならば。
空から飛来する巨大な天体は、まるで卵の殻でも剥くかのように地球の地殻を容易く抉り取り、発生した熱は地球上の水を遍く煮沸する。
水の中でしか生きられない魚たちは、自分の身に何が起きたかもわからないまま、煮えたぎる灼熱の中でその命脈を絶たれるのだろう。
翻って、自分たちにこれから起こるであろうことを、僕は思い浮かべる。
天体衝突が生み出す膨大なエネルギーは成層圏を突き抜ける火柱となって、その焦熱で地球の半分を一瞬にして焼き尽くす。
生物も、無生物も、その貴賤も大小も関係なく、すべてが灰になる。
たとえ生き残ったとしても、その後に続くのは、何もかもが豹変した世界と、隕石がもたらす厳冬。食料はなく、安全な水を手に入れることすらままならない世界。
想像に難いことではない。しかし同時に、心地の良い想像でも、決して無い。
唐突に切られたシャッターの音が、僕の思考を遮る。
テルヒの小さな手に包まれたデジイチの、大きな瞳のようなレンズが、青い光を反射しながらこちらを見つめている。それはきっと、僕のこの複雑な表情も、無駄に鮮明にメモリに刻み込んだのだろう。
「辛気臭い顔してないでさ、楽しもうよ」
心底楽しそうに笑いながらテルヒが言ったその言葉によって、脳裏にあった地獄の光景は、ずっと遠くへと押しやられていった。
「カメラ、僕にも貸してよ」
「やだ」
僕の申し出は、テルヒによって即答で断られてしまった。
「どうして?」
「変なとこ撮るでしょ、絶対」
それを言うなら、僕は君にずっと冴えない表情ばかりを撮られ続けているのだが。
僕がそんな文句を言うより先に、テルヒの意識は水中の魚の方へと奪い去られてしまった。
僕たちのすぐそばには、近海の魚を集めた大水槽があって、その中では今も悠々と数種類の魚が泳ぎまわっていた。
僕は魚に詳しいわけではなく、テルヒもそういう知見は無いようだったので、僕たちはただ二人で並んで、水槽の中を眺めて回った。
「お刺身食べたい」
目の前で悠々と泳ぐ大きな魚を見つめて、テルヒが唐突に、ぽつりとそう言った。彼女が見つめていた魚が、果たして食用に向いた魚だったかどうかは分からないが、そんなことより僕は、生きた魚を目の前にしてそんなことを言い出す彼女に、ちょっと呆れていた。
そんな僕の気持ちを察したように、彼女は水槽から僕へと目線を移してきた。
「だってさ、しばらく食べてなくない?生の魚」
「そういえば、確かに」
考えてみれば、生の魚はおろか、生鮮食品というものを、ここ数か月は口にしていなかった。そもそも、新鮮な食材というもの自体が、そう簡単には手に入らなくなって久しい。基本的な流通すら機能しなくなり、生鮮食品は地元産のものに頼らざるを得なくなっていた。
僕はと言えば、元々が一人暮らしの男子大学生だったから、食事は殆ど安物のインスタント食品と米で事足りた。そのことを思うと、僕自身は流通がどうのとか、そういった影響を殆ど受けていない。だが、改めて彼女に言われてみると、生鮮食品に独特の瑞々しい味覚が唐突に思い出されて、僕はなんとなく舌の奥が疼くような感覚を憶えた。
「もう、さすがに難しいかもね、それは」
「だよねぇ」
僕がそう返したとき、テルヒは初めて、少し寂しそうな笑みを浮かべた。
最後の時が迫ってくるにつれて、僕たちの周りにあった選択肢は、少しずつ狭められて行った。
人々にできたことは、せめて自分が最後に眠る土地を決めることくらいで、しかも、それを決めることができたのは、おおよそ二か月前までの話だ。
飛行機も、船も、新幹線も、人間が構築してきた全てのインフラストラクチュアは、蛇毒に侵されたかのように、緩やかに、かつ致命的に機能しなくなっていった。
そして、その全てが壊死した今となっては、残された日々は結果の分かり切った消化試合だ。抗うか、諦めるか、その違いはあるにせよ、人類に今できることはただ一つ。
天命を待つ。それだけだ。
「あとで、もう一回さっきのコンビニ行っていいかな」
テルヒのその提案に、僕は一瞬どきりとした。できればあの空間には、僕は戻りたくなかったからだ。
「どうして?」
「せめてポテチの味くらい選びたくない?」
全ての終わりが近づいているという、その非情な現実と、彼女のその全く危機感を感じさせない欲求。
その二つがあまりにちぐはぐで、僕は思わず失笑した。
「何が面白いのさ」
テルヒが少し不服そうに言った時、僕はまだ笑っていた。幾分不謹慎でくだらない理由だったが、久々に、長く笑った気がした。
「わかったよ、あとで、探しに行こう」
「コンソメ味あるかな」
「あるでしょ、それくらいは」
時間は残されていないかもしれなくとも、せめて、そのくらいの選択肢は残っていてくれるといい。そんな希望的観測で、僕はそう言った。
水族館の展示は、十全とは言えなかったが、十分満足に楽しめる状態に整備されていた。
ウミガメが悠々と泳ぐ屋外プール、たくさんのクラゲが回遊する幻想的な水槽、水深二百メートル以上の深海を模した展示、その一つ一つを、僕とテルヒは丁寧に観察して回った。
テルヒは時々、思い出したように水中生物を写真に収めた。
僕の突拍子もない表情を撮ることにかけては天才だったが、彼女の撮る生き物の写真は、いつもどこかピントがずれていて、お世辞にもその黒光りするデジイチを使いこなせているとは言えない様子だった。
「貸してくれれば、綺麗に撮ってあげるよ」
何枚撮っても上手になる気配のない彼女のカメラ遣いを見かねた僕の再度の申し出も、彼女は「やだ」と短く突っぱねた。
僕たちが水族館を出たのは、十三時を少し過ぎたころだった。
僅かに西に傾きながら照り付ける太陽が、容赦なく地表面を焼いている。しかし、すぐ近くに海があって、常に緩やかに風が吹いているせいか、そこまで暑さは感じなかった。
僕とテルヒは一旦最初のコンビニまで戻り、心行くまで菓子を選ぶと、最終目的地である江の島に渡る大橋を目指した。
どうせなら、衝突を一番近くで見てやろう。
そうテルヒが言い出したのは、つい一昨日のことで、僕とテルヒは大学の第三校舎屋上で掠れたラジオ放送を聞いていた。その放送の内容により、僕たちは天体が神奈川県沖に衝突するということを知ったのだった。
それから、僕たちは限られた交通と限られた時間で行ける、可能な限り海をよく眺められる場所を探した。
そして、江の島の一番高いところにそびえる展望台、巷ではシーキャンドルと呼ばれているその場所を、僕たちの最終目的地に設定したのだった。
展望台からは外洋がよく見渡せた。そこからなら天体の衝突も観察できるはずだという、不確かな自信があった。
水族館から、こんどは海を右側に見るようにしばらく歩くと、江の島へと渡る大橋が姿を現す。橋は歩道と道路が並走している形になっていて、僕たちはせっかくだからと、普段ならば徒歩で渡ることのない道路側の橋を歩いて渡ることにした。
道路上には乗り捨てられた車などはなく、島まで一直線の道路を、僕たちは二人占めすることができた。
「ね、先歩いてよ」
「また写真撮るの?」
「うん」
車も人通りもない道路の真ん中、僕はテルヒに促されるまま歩き出した。
江の島は、神奈川では有名な観光名所だ。海に張り出すように存在しているこの土地は、古くから信仰、文化の中心として発展してきた歴史がある。しかし、今となっては当時の賑やかな姿など見る影もない。目の前の島は、まるでそこが虚無への入り口であるかのように無言で横たわっている。
人が発する音は、周囲のどこからも聞こえてこない。
橋の下で暴れる波の音と、不穏なくらい鳴り響く風の音、そして、時折遠くで鳴くウミネコの声がまじりあって、ずっと僕の耳を支配している。まるで、自ら選んだ最後の場所へ向かう僕を、早く行けと囃し立てているかのように。
ついに僕は耐えられなくなって、数十歩と離れていないはずのテルヒを振り返る。
その時、ぱちり、とシャッターが下りた。
「いい感じじゃない?」
そう言って自慢げに彼女が掲げた画面には、江の島に伸びる道の真ん中で、一人振り返る僕が映し出されていた。僕は思わず苦笑した。彼女はやっぱり、僕の情けない表情を撮ることにかけては、とても上手だ。
島は、当時の面影を残したまま、そこにあった。それはまるで、島のいたるところから、人の姿だけを消し去ったかのような様相だった。
かつては料理店の前でその盛況さを誇示していたのであろう生け簀は、底に沈んだ色の抜けた牡蠣殻を洗うためだけに滾々と水を垂れ流し、土産物店のほとんどはシャッターすら下ろされずに放棄され、品物などは何もかもがその場に残されていた。
恐らく、この島にもほんの少し前まではちゃんと人が住んでいて、いつも通りの生活を営んでいたのだろう。天体の衝突地点が正確に割り出されたと同時に、慌ててこの土地を後にしたのかもしれない。この場所には、そんな雰囲気があった。
一番大きな土産物店に足を踏み入れたその時、僕たちはレジのカウンターだけが異様に荒れていることに気づいた。どうやら、店にいた人たちは、そこにある品物はほとんどすべて放棄したが、金銭だけは持ち出していったようだった。
「お金なんて持って行ってもなんの役にも立たないのにね」
テルヒは興味無さそうな目をしてそう言うと、店の中で、地元の名産品を物色し始めた。
例えば、何かの間違いで、天体が地球の大気圏に突入することはなく、最初の見立て通り地球の近傍を通過して宇宙のかなたに消えていったとする。
そうなれば、人類はたしかに滅亡を免れ、以後数千年の安寧を得ることができるのかもしれない。しかし、その後に続くのは、決してこれまでと同じ生活などではないはずだ。破壊されつくした社会構造、失われすぎた人命、一度崩壊したものをかつてと同じ水準まで再建するのに必要となる年月は計り知れない。
それならばいっそ、すべてが一瞬にして無くなってくれた方が楽なのではないだろうか。冷酷かもしれないが、僕はそう思う。
「展望台までどれくらい?」
「十分くらい歩くかな」
「けっこう遠いね」
店頭を物色するテルヒは、僕の返答にちょっと面倒そうな表情を浮かべて言った。
江の島には、頂上まで登るための有料のエスカレーターが存在していた。もしもそのエスカレーターが動いていれば、目的地の展望台までは瞬きほどの間に到着するはずだ。
しかし、それは平時の話であって、こんな状態になってもまだそのエスカレーターが営業を続けているとは、僕は思っていなかった。
そうなれば、僕たちが目的地に至るには、二百五十段にも及ぶ石段を踏破するしかない。
「じゃあ、荷物は増やさない方がいいよね」
「まあ、ちょっとなら僕が持つけど」
「やった、じゃあこれと、これ」
彼女は、地元民すら知っているかどうか怪しいような銘菓をいくつか選び取った。少し安っぽい包装紙に包まれた、イロモノのような土産菓子だ。僕はそれを受けとると、最早容量の限界を迎えそうな鞄へと詰め込んだ。
「変わったチョイスだね」
「冒険心が大事なんだよ、冒険心が」
やけに胸を張って言う彼女に、僕は苦笑を浮かべた。
稀月テルヒは、僕が今まで出会ってきた中でも、かなり稀有な人間だった。
六月の半ばに出会って、それから約四か月の間、彼女は自分が満足するための行脚に、僕をお供とばかりに連れまわした。
流しそうめんがやってみたかったからと、唐突に青竹から装置をくみ上げた日もあれば、今更呪われたって恐ろしくもなんともないなどと言って、有名な心霊スポットにテントを張って泊まり込んだ日もあった。冒険心なんて大層なものではないかもしれないが、彼女はとにかく、自分のやってみたいことに忠実な少女だった。
滅びが確実となったあの日から、世界は決定的に変わってしまった。多くの人々が、自らの心を守るための行動をとるようになった。暴動にせよ、逃避にせよ、巻き起こった問題の全ての根本は、単なる個人の精神的防衛機制の帰結に過ぎない。
僕がこれまでの生活を守ろうと、誰もいない大学に通い詰めたのも、テルヒが自分のやりたいことに忠実に行動するのも、きっと、そういう心の防衛本能の一面なのだろう。
テルヒはただ、自分の欲求のままに行動することで自分の心を守ろうとしていて、そんな防衛本能の発露を、一人では持て余していたのかもしれない。
そして、僕はきっと、直面した物事に対して、自分がどうすべきかを自分自身で決めることができなかった。だから、これまで通りの生活の中に身を埋めることで、どうにかこうにか心を誤魔化そうとしていたのだろう。
そんな時に、二人は出会った。そう考えると、彼女が僕を振り回し続け、僕が彼女に振り回され続けた理由も、なんとなく分かる気がした。そうすることで、僕たちは互いの精神的負荷を共有し、薄めあっていたのだ。
展望台の上階につながるエレベーターは、硬くその扉を閉じていた。
幸い、その周囲を巻きつくように巡っている階段を上って、僕たちは展望台へと登ることができた。展望台の屋上にたどり着いたとき、時刻は十四時半だった。
「すごい、いい景色」
西日に輝くストロベリーブロンドの髪を風に靡かせ、テルヒは感嘆の声を上げた。
僕は肩に背負った荷物を屋根のある場所へと下ろして、深呼吸をしながら周囲を見渡す。
展望台屋上からの光景は言葉通り三百六十度に拓けていて、外洋は相模湾を遠く離島まで見渡し、内陸を見れば悠々とそびえる霊峰、富士を目の当たりにすることができる。
この島は兼ねてより、信仰の対象として聖域にもなってきた。直接は関係ないのかもしれないが、この場所から見えるその景色は、古の人々がそこに神を見出したのも当然のように思えるほど雄大だ。
しかし、僕の関心は、そこにある景色ではなかった。
僕は海や山に目を向けることなく、目の前に広がる空の隅々までをじっくりと見渡す。
衝突まで、残り三時間ほど。天体はおそらく、既に月の公転軌道の内側を飛んでいる。だとすれば、もう間もなく、星を肉眼で観察することも叶うはずだ。
「どの方向に見えるかな」
僕が呟くと、それを聞いたテルヒは悪戯めいた表情を浮かべた。
「先に見つけたほうが勝ちね」
思いついたように言うと、テルヒは展望デッキの上を動き回り、全天のどこかに現れるだろうその星を、忙しなく探し始めた。
天体は、この瞬間も猛然と地球に向かってきている。光が見えるようになるとすれば、それはまるで照明のつまみを回すように、ゆっくりと、静かに光を増して行くはずだ。
僕は東側の空を、じっと見つめ続ける。
その光は、僕の視界の中心に突然に現れた。
最初は、穏やかな蒼白のカーテンの奥に微かに揺らめく白点のような、微かな存在だった。
やがてそれは、明確な閃光になって天を貫いた。僕は、その光を前に言葉を失った。「見つけた」と、テルヒにその存在を知らしめる言葉を絞り出すこともできず、ただ茫然と、それを見つめていた。
「ねぇ、君の鞄、開けていい?」
そんな僕をよそに、テルヒは階下に続く階段へと足をかけながらそう言った。
彼女は、僕が見つけたその光に気付くことのないまま、星探しそのものに飽きてしまったようだ。次の関心事は、差し詰め荷物に詰め込んできたなけなしの飲食物だろう。
しかしその時、僕は正直、全くもってそれどころではない心境だった。
眼前に実感として現れた“終わり”を目の前にしたその時、僕の心の奥底で麻痺して眠っていた恐怖が、唐突に目覚めて叫び声をあげたような気がした。
呼吸が浅くなり、声にならない声を喉の奥に引っ掛けたまま、心臓だけが体の中で狂騒している。そうしている間にも、滅びの光は少しずつ、着実にその強さを増していた。
「大丈夫?」
暫く沈黙していたことを不審に思ったのか、テルヒが歩み寄ってきて、そう語り掛けてくる。
彼女は僕の隣に立つと、ついにその目線の先にあるその光に気付き、柵から乗り出しそうなほど体を前のめりにして、僕と同じ光を見つめた。
僕自身、覚悟はしてきたつもりだったし、天体衝突という一大スペクタクルを、心の中で期待していたのも事実だ。
しかし、いざ迫る終わりを目の当たりにしたその時、そこに残されたのは純粋な恐怖でしかなかった。覚悟はしてきたと言いながら、実際には、ほんのちょっとさえ、心積もりはできていなかったのだ。
できることならば、その光に気付く前に戻りたかった。
いっそ、江の島に来ること、ひいてはテルヒと出会ったことすらやり直したいと、そう思った。そうすれば、何も知らずに命脈を絶たれる数多の生き物たちの中に、僕も加われた筈だった。
人類の進化を恨みすらした。人間が並居る生命の潮流をかき分けて生き残るために養った、意識や感情などという高次機能がなければ、こんなにも膨大な苦しみを受けることも無かった筈だ。
その一瞬で、僕の体中から、恐怖に煽られて暴れだした数々の怨嗟が、体中から間欠泉のように噴き出すような、そんな気持ちだった。
「ね、今何時?」
「午後の、三時」
テルヒの問いかけに、ようやく取り戻した声で僕が答えると、彼女は目を細めた。
「まだ、けっこう時間、あるんだね」
その時の僕は、きっと酷い表情をしていたことだろう。しかし、今度ばかりは、テルヒはシャッターを切らなかった。
そこにあるのは、そんなことで誤魔化されるような感情ではないと、彼女は分かっていたのかもしれない。
「今からでも、逃げてみる?」
ぽつりとそう呟いたテルヒのその横顔は、いつものように穏やかだった。
僕が頷けば、きっと彼女はそれも受け入れたのかもしれない。
「まさか」
彼女のあまりの穏やかさに充てられて、僕は小さく首を横に振った。
今更背中を向けて逃げるなんて、冗談じゃない。
「最後まで、付き合うよ」
どのみち、僕たちはそこにあるものを見届けることしかできないのだ。
だったら、最後まで、一番よく見えるところで見届けてやろう。
彼女が数日前には至っていただろうその結論に、僕はようやく、本当の意味でたどり着いた。
それから、僕とテルヒは、階下のラウンジで持ってきた菓子や飲み物に手をつけながら、他愛もない話をして過ごした。家族構成、趣味、将来何になりたかったか――今となっては何の意味も為さないような事であったとしても、どんなことでも、僕はとにかく、思いつく限りのことを言葉にし続けた。
そうやって、僕は自分の中に目覚めてしまった恐怖をやり過ごした。テルヒはそんな僕の話に、延々と付き合ってくれた。
時刻が十八時を回ると、僕たちは改めて屋上へと登った。
そこに広がっていた光景は、まさしく異次元と呼ぶにふさわしいものだった。
西の空に沈み始めた太陽が煌々と赤く空を染め上げている中、展望台から見てほとんど直上の位置で、赤々と燃え盛る天体がまるで第二の太陽のように空を照らしている。西の空には落日の夕焼け、東の空には地球史上最後の夜、そして、その狭間に、滅びの光が太陽のように照り付けて風穴を開けていて、その周囲には、暈のように青空が広がっている。その様子はまるで、何か大きな生き物が、はるか上空から青い瞳で見つめているかのように見えた。
「すごい、綺麗」
テルヒはぽつりと呟いた。僕は言葉を失っていた。その光景を言い表す言葉が、僕には何も思い浮かばなかった。射すくめられたように、僕はその光景に魅入っていた。
もう、恐怖は感じなかった。それどころか、一種の神々しささえ感じていた。
たった今、目の前に広がっている光景は、紛れもなく、地球史上最悪の大量破壊の、その前触れだ。それでも僕は、その光景を前に、自然の力とは別の、何か抗いがたいものの存在を感じずにはいられなかった。
やがて、周囲の空気が揺れた。ついに、天体が大気の層を突き破って地球に入り込んできたのだ。
切り裂かれ押しのけられた大気の震えは、やがて嵐が打ち付けるような轟音となりすべての音を飲み込む。海のざわめきも、木々のささやきも、自分の声すらも、すべての音が、その地球の断末魔とでも言うべき音の前に、押しつぶされて、掻き消えた。
上空の光は急激に膨張し、その淵がまるで波のように空全体へと広がっていく。地上はまるで画像加工でもしたかのように不自然に明るくなり、目の前の光景は次第に色を失っていく。
あと数分もしないうちに、閃光は地上の全てを白い光で染め上げて、僕たちから視界を奪い去るだろう。
その時、ふと、右手に柔らかな圧迫感を感じた。テルヒの小さな掌が、僕の右手を捕まえたのだった。
その手は、汗ばんで冷たく、そして、震えていた。
僕は彼女の手を反射的に握り返した。手の震えなど気にならないくらい、強く。
これまで、目前に迫る終わりに動じていないように見えた彼女が、たった今共有しようとした恐怖の感情を、その手の中に閉じ込めたままでいられるように。
殆ど白く染まった視界の中、手を繋いで向き合った僕たちはまだ、辛うじてその輪郭を保っていた。
残されたその姿もあと数秒で掻き消えるだろうというその時、テルヒが静かに口を開く。
「ありがとう、さようなら」
全ての音が轟音に押しつぶされ、遍く純白に塗り潰されようとしている世界の中、彼女の言葉と、優しい笑顔だけは、そのすべてを押しのけて、僕のもとへと届いた。
そしてそれが、僕の五感が捉えた最後の光景になった。