第1話 リーベ・フォン・ケイナー
雲一つない青空。カラリとした空気。心地よい風が吹く今日にて一人の男がとある一室で教鞭をとっていた。
部屋の名はガイストと呼ばれており、ここはリーベ・フォン・ケイナーが営んでいる診療所の一室である。
そして医学や生物学を学びたい人々が集う場所でもあった。
「ーーという理由でこの地域にはこのような生物が生きているんです。皆さん分かりましたか?」
「はい!」
黒板に書かれた様々な形容しがたい生物達を指しながらリーベは生徒に問いかける。
生徒全員の元気な返事が同時に返ってきたことに笑みを浮かべながら教科書を閉じた。
「では、本日はここまでとします。復習は少しでもしておくように。ここから難しくなっていきますから皆さん頑張りましょう」
えー、と生徒から不満の声が辺りから聞こえてくるがリーベはクスクスと意地悪そうに笑うだけで彼らの要望に答える素振りはなかった。
そして暫くの間、リーベは帰る準備をしている生徒達を横目で見ながら仕事を粗方片付けその場を後にした。
白衣をたなびかせて廊下を歩きながら一人になったと確信したと同時にリーベは何故こうなったのだと重苦しく溜め息を吐いた。
優しく聡明なリーベの溜め息の原因は現在の教師活動にある。それは何故か?それは単純明快、彼は教師なんてやるつもりはなかったためだ。
リーベは元々周りだけでなく国からも認められている優秀な医者である。現在もそれは変わらないが、余分な仕事が増えてしまったのだ。
彼はただ研究や患者のために診療所が欲しいと国に進言しただけだった。
だが、国はそれを認めず、結果論争へと発展してしまい、両者共に譲れない状況となってしまったのだ。そのため、リーベは譲歩しお互いが条件を提示しあって納得の上で終われるように仕向けた。
己を手放したくないという考えが明け透けに見える条件が出された時は苦笑いが隠しきれず、リーベであっても誤魔化すのに苦労した。が、どうにか譲歩に譲歩を重ね、納得の行く落とし所を見つけたため承諾したのだった。
その時に提示されたものが教師という今の仕事だ。
だが、この仕事はいい面もあり悪い面もあるため、辞めると公言もできずにリーベは日々神経をすり減らす毎日を送っている。
「はぁ……」
本日何度目かと言えるほどの溜め息を吐き、気分転換でもするかと自室に入る。流れるように後ろ手で扉の鍵を閉めれば先程までしていた生徒達の声が聞こえなくなり、あり得ないほど静かになった。
リーベの部屋の中は全体的に暗いという印象を受けるが、実際は大窓がついており、今もなお燦々と陽の光が部屋の中に入り込んでいる。部屋の大きさは8畳程で一人の部屋としては十分な大きさだった。
暗いと思うのはズラリと並ぶ本棚のせいか、それとも他の何かかは不明だが気にすることでもない。
リーベは靴音を鳴らしながら、机に向かって歩いていたが不意に歩みを止めた。顔だけを横に向け、じっとある本棚を見つめた。その顔は無表情で恐怖すら感じてしまう。端正な顔なこともあり、怖さも倍増してしまっていた。
だが、瞬きをすることで張り詰めていた空気が一瞬で霧散し何事もなかったかのように机に向かう。机の上には今日発行されたばかりの新聞が置いてあった。
新聞の内容は最近世間を騒がせている事件について書かれており、ペラペラとめくるがどのページも似たような内容だった。いい話など端の方に追いやられ、悪い話ばかりが目についてしまう。
犯人の証拠が見つからない難解事件について、様々な考察がされており、警察を無能扱いする面や探偵の評判を上げては落とす内容がちらほらと見えた。
人間はこういう話が好きですねぇ、と呆れながら椅子に座って新聞を読み進めていく。
犯行も手口も分からず、殺される人間もバラバラで一貫性がないように見えるが、全てに置いて犯人に繋がる証拠が見つからず、警察や探偵はお手上げ状態なのは一緒であった。
そこに共通点を見いだし、組織的犯行なのでは!?と考察がされている面もあった。
「組織……ですか。そうですよね、彼らからすれーー」
「ガイスト様、B1にて患者がお待ちです」
リーベの言葉を遮り、突然どこからか声が響いた。男か女か判別がつかず、どこから発せられたものなのかは分からない。どちらかというと頭の中に響いているような感覚に陥る。
「分かりました。すぐに向かいます」
リーベは特に気にした様子もなく返事を返した。
立ち上がり、とある本棚の前に立つと繋ぎ目の部分に目立たないよう刺さっている黒い棒をゆっくりと引き抜く。
暫くしてガチャという音と共に鍵穴が現れ、そこに懐から取り出した鍵を差し込んだ。
ガガガという音を響かせながら本棚は徐々にスライドしていき、一つの扉が現れる。ドアノブを回して躊躇なく開ければ地下に続く階段があり、リーベはコツコツと小気味良い靴音を鳴らしながら一段一段丁寧に降りていった。
降りきった場所にまたもや扉が現れ、此方もドアノブを回して入れば、広い部屋に辿り着いた。
あちこちに科学関連の小難しい本が並んでいる本棚があり、中心には実験台のような物がある。幾つもある棚の中には試験管やフラスコ、瓶などに入った色とりどりの液体が鎮座していた。
その部屋の中、リーベの正面である奥の壁に不自然にぽっかりと空いた穴がありその先に人がいるようだが、黒い人影としてしか認識が出来なかった。
穴の前には机と椅子があり、相手は座っているらしい。リーバは早歩きで穴の元に向かい、ゆったりと椅子に腰かける。そして、薄く笑みを浮かべながら口を開いた。
「さて、お待たせしてすみません。早速で申し訳ありませんが本題に入りましょう。今日はどうしますか?急ぎのものはありませんので選べますよ」
「では暗殺の仕事をお願いします」
「分かりました。でしたらこの方をお願いします。屋敷の警備は厚いですが頑張ってください」
少年と思われる声が暗殺と言うのと同時にリーベの目から光が消え失せ、酷薄な笑みが浮かべられる。
これでまた一つ迷宮入りする事件が新聞に飾ることが決定したのだった。
リーベ・フォン・ケイナーには二つの顔がある。
一つは国お抱えの医者兼教師をしている表の顔。
もう一つは世間を騒がせている迷宮入り事件の全ての首謀者である裏の顔。
今日もまたリーベは仕事に精を出していた。




