百合を引き裂こうとした男が破滅する話
ほんの出来心だった。と、彼らは語った。
ちょっと怖い思いをして一緒に騒げたら、それで良かったのだと。
三人組の男女から小一時間ほど話を聞いて、結局聞き出せたことは『四人で有名な心霊スポットで肝試しをしたこと』『メンバーの一人が幽霊に呪われたらしいこと』だけだった。呪われた子はいまも寮室で寝込んでいて、学校に出られないらしい。
「それで、私のところへ来たのね」
疲れた様子の妹分、琉花に紅茶を出してやりながら、莉珠は優しく言った。
異例の一年生徒会役員として日々仕事をしている傍ら、生徒からの個人的な相談に乗っている琉花は、たまにこうして莉珠に泣きついてくる。
莉珠の寮室は実家と同様にヴィクトリア調の家具で揃えられており、室内は小さな宮殿のようだ。琉花はそんな上質な家具に気後れした様子もなく深くソファに座ると溜息を吐き、華やかなティーカップを手に取った。
カップソーサーの隣には同じ絵柄の皿があり、上に数枚のクッキーが載っている。
「本当、お話にならないのです」
琉花曰く。
女子は泣き続けるばかりで一番話にならず、男子の一人はそんな女子をよしよしと慰めるばかりでこれも話にならない。残る一人の男子も苛々していて「なんとかしてくれよ!」「何でも相談に乗ってくれるんだろ!?」と要求ばかりを怒鳴り続けて、具体的な相談内容は殆ど出てこなかった。
相手は一年上の先輩なので、強く言うことも出来ず。要領を得ない相談を受けつつ無心で頷き続けるだけの時間だったようだ。
「もうお手上げなのです……男子の一人が気になったのですが、琉花的には泣いてた女子も気になるのです。お話するならお休みしてる人がいいと思うのです」
「そう。あなたがそう言うなら、男子のほうは暫く放置でいいでしょうね」
隣に腰掛け、莉珠はクッキーを一枚手に取って琉花の口元へと寄せた。それを唇の奥へと迎え入れ、サクッと軽い音を立てて半分囓り取る。残った半分を莉珠が囓って微笑むのを、琉花はむず痒い気持ちで見つめた。
翌日。
莉珠は、呪われているとされる少女がいる寮を訪ねた。寮長曰く、食事や最低限の日常動作は自力で出来るものの、外を歩ける状態ではないとのことだった。その妙に含みのある言い様が気になったが、見ればすぐわかると言われ、寮室をノックした。
「……どちらさまですか?」
「生徒会の入鹿莉珠ですわ」
「えっ……ど、どうぞ」
「失礼致しますわ」
扉を開けて中に入ると、確かに。少女の顔の右半分には赤黒い痣が刻まれていて、一目で異常だとわかる状態だった。半袖の部屋着から覗く右腕にも、右頬にも大きくはっきりとした痣があるため、これでは外に出られないだろうと莉珠は同情した。
しかしそれを表に出すことはなく、務めて穏やかに切り出す。
「千里希美さんですわね」
「はい、そうですけど……あの入鹿さんが、どうして……?」
「まあ、見知り置いてくださっていたなんて光栄ですわ」
にこやかに答えつつ、莉珠はベッドサイドの椅子に腰掛ける。希美は、受け答えもしっかりしていて意識も清明。だが時折痣が痛むのか、顔を顰めることがあった。
「肝試しのときのことを伺いに参りましたの。お話頂けて?」
「はい……と言っても、変わったことはなかったんです……」
ぽつりぽつりと、希美は当時のことを話し始めた。
肝試しの場所は、校内でも心霊スポットとして知られている、旧校舎跡地。建物は殆ど取り壊されており、別館と一階の渡り廊下が残っているのみで、鍵が壊れている渡り廊下入口を入って別館内を一周するのが肝試しのお決まりルートだ。
希美たちも其処から入って別館内をぐるっと回り、一時間も経たずに戻って来たという。中では特に変わったことはなく、古い建物独特のきしみや家鳴りはあったが、言ってしまえばその程度のことしかなかったそうだ。
過去に肝試しをしたという友人たちも、雰囲気はあったけれど霊が出たとか誰かが呪われたといった話はしていなかった。だから。
「……だから、次の日の朝にこうなってて、凄く驚いたんです……なんで私だけが、こんなことに……」
はらはらと左目から涙を流して、希美は俯く。
最初は肝試しの最中に人には言えない行いをして、それを隠して心当たりがないと言っている可能性も考えたが、彼女の様子からそれはなさそうだと判断した。
莉珠は室内をぐるりと見回し、サイドチェストに目を止めた。
「肝試しの最中に心当たりがないなら、前後になにかありませんでしたかしら?」
「前後、ですか……? 特には……」
そう言ってから、希美は「あっ」と小さく声をあげた。そして、莉珠が目を止めたサイドチェストの引き出しから小さなぬいぐるみを取り出した。手作りらしい複数の生地を縫い合わせて作った、手のひらサイズのテディベアだ。頭にはキーチェーンがついており、鞄などにつけられる作りになっている。
それだけなら「可愛らしい」だけで済んだのだが、そうはいかなかった。
莉珠の目に映るソレは、紛れもなく呪詛を纏っていた。
「……それは?」
「陽葵が……ええと、一緒に肝試しに行った小石川さんがくれたんです。私が怖いの苦手だって知ってるから、お守りにって。わざわざ手作りしてくれて……」
「そう……」
小石川陽葵は、相談者のうちの泣き続けていた少女の名だ。
手作りパッチワークのテディベアには、複雑な情念が絡みついている。それをこの場で一つ一つ解きほぐすことは、残念ながら不可能だ。そして、ぬいぐるみ自体には其処まで深い呪詛は込められていないように思う。寧ろぬいぐるみ本体は無害なのに余計な混ざり物があるような、何とも言いがたい違和感を覚える。喩えるなら、中に針や画鋲が仕込まれているような隠された悪意の気配だ。
「そのお守り、少しお借りしても宜しいかしら」
「えっ……これをですか……?」
友人からの贈り物を、よりにもよって霊に呪われていると思っている最中に他人に貸すことは抵抗があるのだろう。それは莉珠にも理解出来る。
どうにか出来ないかと思案していると、希美は悩みながらもそっと差し出した。
「……必ず、返して頂けるなら……」
「ええ、お約束致しますわ。それに、この子になにもないことがわかるだけでも一つ収穫ですもの」
「そうですね……よろしくお願いします」
希美から小さなテディベアを預かり、莉珠は部屋を出た。
呪詛には必ず、糸がある。呪ったものと呪われたものを繋ぐ糸。情念を、怨嗟を、瞋恚を注ぐための糸。可愛らしい見た目のテディベアから伸びる細糸を辿って寮内を歩いていると、糸の先は外へと続いていた。
「あら、意外ね」
更に糸を辿って歩いて行くと、本校舎特別棟三階へ辿り着いた。糸は科学実習室に続いており、試しに扉に手をかけてみるが、いまは授業中ではないため鍵が掛かっていた。
此処の管理責任者は二人の科学担当教師。そして、科学部部長も部活動のある日に限り、鍵の持ち出し権利を有している。
「一先ず戻りましょう」
踵を返し、寮へと戻る。
その背を見つめる人影があることに気付いてはいたが、素知らぬふりで。
放課後、黄昏が校舎を朱く染める頃。
科学実習室をノックする音で、笠崎信俊はラップトップから顔を上げた。入口扉のほうを見れば、長い黒髪を背に靡かせた和風美少女と、白髪に赤メッシュを入れた、幼い面差しをした小柄な少女がいた。
彼女たちは色々な意味で有名な二人組だ。一年にして生徒会役員に選ばれた上に、片や並みの芸能人程度では逆立ちしても敵わないほどの美少女。片やそんな国宝級の美少女をお姉様と呼び慕う同い年のアルビノ少女。全寮制のマンモス校であっても、彼女たちを知らない生徒はいないと言われるほどの有名人である。
片方は先日小石川陽葵ともう一人の友人を伴って生徒会室へ相談に行った際、顔を合わせている。笠崎は小石川を宥めていて、ろくに会話をしていなかったが。
「やあ。どうしたのかな?」
「先輩に質問したいことがあって参りましたの」
胸元に手を添え、上目遣いで笠崎を見つめる莉珠。
笠崎はその表情に覚えがあった。色目を使う女の顔だ。
「なにかな? 一年生の授業範囲なら僕もわかるから、教えられると思うよ」
爽やかな面差しに、甘めの声。ミルクティブラウンに染めた髪と、長身且つ適度に引き締まった体躯。科学部という若干マニアックな部に所属していながらもオタクと嘲笑されない、場の空気を適切に読み取り舵を取る巧みなコミュニケーション能力。
端的に言うなれば、笠崎は女子生徒にモテるタイプの少年だった。そして、それを自覚しているタイプでもあった。
先輩後輩同級生問わず、彼に告白して玉砕した女子生徒は多い。
しかし誰もが羨む美少女である莉珠なら、自分が暫く侍らすに相応しいと、笠崎は判断した。隣に余計なものが着いてきているが、女ならどうとでもなる。
「此方、ご存知でなくて?」
下心を隠して人好きのする笑みを浮かべて近付く笠崎に、莉珠は背後に隠していた左手を眼前に翳した。白魚の指にはテディベアのキーチェーンが絡みついている。
それを目にした笠崎の顔色が、サッと青くなった。
「……っ、……いや、見たことないものだな。落とし物かい?」
「いいえ」
艶やかに微笑み、莉珠はふいと部屋の奥へ視線を送る。視線の先には真新しい木で出来た箱がある。
そして左手を真横に伸ばすと、傍で佇んでいた琉花へ、指先から滑り落とすようにしてテディベアを手渡した。琉花の小さな手の中に、愛らしいテディベアが落ちる。
その瞬間、テディベアから赤黒い雫が琉花の足元に滴り落ちたかと思うと、室内に爆発したような突風が、ぶわりと吹き付けた。
「うわっ!?」
風に煽られ、笠崎が反射的に目を瞑る。
背後に数歩蹌踉めき、肘が木箱に当たった。ゴトリと思いの外質量のある音がして床に落ち、笠崎がハッとして振り返る。
蓋が空いて、中身が――――大量の毒虫の死体が、床に零れ出ていた。
「あら、それは……?」
「っ……! し、知らない!」
笠崎が叫んだ瞬間、それに呼応するかのようにまた風が吹いた。生臭く生暖かい、嫌な気配をはらんだ風だ。獣の熱い呼気を、頬に吐きかけられたかのような。
「いけませんわ。それ以上嘘を重ねては」
憐れむような莉珠の目が、笠崎に注がれる。
しかしその忠告を彼が聞き入れることはなかった。焦りと苛立ちを露わに、叫ぶ。
「知らない! そんな汚いぬいぐるみも、こんな箱も俺は……」
ああ、と哀しげな溜息が莉珠の薔薇の花弁の如き唇から漏れる。
「お姉様。お姉様。琉花は哀しいです」
それまで黙って控えていた琉花が、歌うように囁いた。両手で小さなテディベアを抱きしめながら、紅い瞳を潤ませて。いつの間にか白目の部分が黒く染まっていて、彼女の足元から赤黒い影が触手のように伸びていた。
「三度目は、正直でないとだめなのです」
「う、うわあああ!?」
情けない悲鳴を上げて尻餅をついた笠崎を、二人の少女が見下ろす。
心底から憐憫を零している表情で、しかし二人ともただ憐れむのみで慈悲を与えるつもりはないらしく、手を差し伸べることはしなかった。
何故なら笠崎は、自ら救われる途を投げ捨てたのだから。
「ば、化物ッ! 近寄るなァ!!」
大声で喚きながら、笠崎は手に触れた木箱を琉花に投げつけた。半端に飛び出していた中身が軌跡を描いて、琉花の影に落ちる。
「わたくしのお人形さんに、それは逆効果ですわね」
莉珠はそう言うと琉花を優しく抱き寄せ、額にキスをした。琉花の足元から伸びる影は虫の死骸を吸収すると大きなムカデの形となり、笠崎に覆い被さった。
「ひっ……やめ……うああああっ! 違う! 俺が悪いんじゃない! アイツが……あの女がッ! この俺が誘ってやったのに、なのにっ!!」
ムカデに襲われながら言い訳を喚き散らしていた笠崎だったが、やがて喚く声も、藻掻く手足も、力を失って静かになっていった。
黒く闇で塗り潰したようなムカデの影がとけるように消え、あとには無数の毒虫に全身を食い荒らされたような姿で横たわる笠崎だけが残されていた。
「わたくしの可愛いお人形さん。今日もありがとう」
「お姉様のためですもの、これくらいどうということはないのです」
白く繊細な指先で優しく顎を掬い上げる莉珠をうっとりと見上げ、琉花は無邪気に微笑う。莉珠の薔薇色の唇が、ご褒美とばかりに琉花の稚い唇を甘やかに塞ぐ。頬を喜色に染めて恥じらい、長い睫毛を震わせる琉花を抱きしめ、莉珠は愛おしげに頭を撫でた。
二人の足元には、体から千切られたムカデの頭部が寂しげに落ちていた。
* * *
後日。
莉珠は琉花を伴い、呪われていた少女、希美の元を訪ねた。
「お約束通り、お返し致しますわ」
差し出したテディベアを大事そうに受け取ると、希美はやわらかく微笑んでお礼の言葉を口にした。
「昨日の夜、嘘みたいに痣が引いて……起きたら痕もなくなってたんです。お二人が助けてくださったんですよね?」
「ええ。原因は取り払いましたわ」
そう莉珠が言うと、希美は不安そうにテディベアと莉珠を見比べた。言うべきかを悩む素振りを見せ、小さく俯いてから、怖々と切り出す。
「それで……本当に、このお守りが原因、だったんですか……?」
「ええ」
莉珠がきっぱりと言い切ると、希美は勢いよく顔を上げた。
その泣きそうな顔には信じられない、信じたくないと明確に書かれており、莉珠は言葉足らずを補足するべく、穏やかな口調で続ける。
「正確には、お守りに第三者が細工をしていたようですの。ですので、制作者である小石川さんは全く今回の騒動に関与しておりませんわ。それどころか……」
「希美!!」
其処へ、何者かが勢いよく寮室に飛び込んで来た。転がり込むといっても過言ではないくらいの勢いで駆け込んできたのは、テディベアの制作者、小石川陽葵だった。
「治ったって本当!? もう何処も悪くない!?」
勢いのままベッドに齧り付くと希美の両手を取り、必死に問いかける。その表情に取り繕いの色はなく、心から希美を案じていたことが窺える。
「ご覧の通りですわ」
希美と陽葵両方に向けて莉珠が言うと、其処で漸く来客が来ていたことに気付いた陽葵が、慌てて立ち上がり頭を下げた。
「ご、ごめんなさい、先に来てた人がいたのね……」
「お気になさらないで。折角ですから、小石川さんにもご報告しますわ」
莉珠は少しの憐憫を表情に乗せて、顛末を説明した。
ぬいぐるみに細工したのは、笠崎信俊だったこと。彼は自らの呪いに蝕まれ、現在入院していること。
「お心当たりについては訊かずにおきますわ。もう済んだことですもの」
「……ごめんなさい。ご迷惑をお掛けして」
「いいえ。……さあ、わたくしたちは戻りましょう」
「はい、お姉様」
莉珠と琉花が出口へ向かおうとすると、その背に、希美が「あの」と声をかけた。振り返ると、希美と陽葵が寄り添いながら手を取り合って莉珠を見つめていた。
「本当に、ありがとうございました」
二人に微笑を返し、莉珠と琉花は今度こそ寮室を出た。
指を絡め、やわらかく握りながら、莉珠の寮室を目指して廊下を進む。女子寮内は突然降って湧いた休日ということもあり賑やかで、そこかしこから生徒の声がする。一階の談話室や二階の娯楽室などは廊下の比ではない賑わいだろう。
二人はそんな賑やかさから逃れるように、四階にある莉珠の部屋に入った。
「さっきの二人、とても仲良しでしたね」
「ええ、そうね。そんな二人の仲を裂こうとするなんて、いけない人……」
並んでソファに座り、琉花の肩を抱き寄せる。
絹糸の如き琉花の白髪を指先に絡め、唇を寄せて目を閉じた。
「……ねえお姉様。お姉様は、あのとき笠崎先輩が言っていた言葉の意味がわかっていらっしゃるのです?」
不思議そうな琉花の丸い瞳を見つめ、莉珠は淡く微笑って見せた。
「振られ男の八つ当たりね」
「……??」
蓋を開けてしまえば、なんて下らない話だろうか。
しかし、理由はどうあれ用いた呪いが悪質だった。
ネットで聞きかじった程度の知識で行った半端物で、本職の呪詛師によるものではなかったがゆえに痣の発現だけで済んでいたが、放置すれば一生残る傷になっていたことだろう。
彼は、自慢の顔と甘い言葉一つで女生徒の心を全て手に入れられると思い上がっていた。実際に彼を慕う女生徒は多かったが、その一方で彼を疎む生徒もいた。笠崎はそれを非モテの嫉妬だと意にも介していなかったが。
そして希美と陽葵は、特別慕っても疎んでもいなかった。他のクラスメイトと同じ友人という括りに彼を置いていた。
それが却って、彼のプライドに火を付けたのだ。
自分は黙っていても女子のほうから寄ってくる特別な人間だというのに、と。
全く靡かない二人をどうにかして落とそうと、優しく声をかけ、さりげなく距離を詰めようとした。だが、希美は陽葵以外の人間を傍に置こうとはしなかった。陽葵も希美の傍を離れなかった。
其処で大人しく身を引いていれば良かったのだが。
ある日彼は、陽葵の所属する手芸部部室で作りかけのぬいぐるみを見つけた。首と胴体を縫い付ける直前のようだった。それをみたとき、この上ない好機だと思った。思ってしまった。
希美に相手にされなかったときに腹いせで作った、付け焼刃の蠱毒。箱詰めにした毒虫は殆ど共食いすることなく酸欠で死んでいたが、それでも虫の死骸は女子相手の嫌がらせとして送りつけるには充分過ぎると思っていたところだった。
箱ごと虫を送るより、ぬいぐるみに虫を詰めてやったほうが、勝手に仲違いをしてくれるのではないか。所詮女の友情など泡沫の夢。軽いきっかけで崩れるようなものだろうと、そう、思った。
亀裂が入ったところで優しく慰めて、自分の手の中に落ちてくればいい。そんな、情慾塗れの歪んだ呪いをねじ込まれたため、テディベアに込められた念が複雑化していたのだ。
余分なものを取り払ってしまえば何のことはない。大切な友人の無事と平穏を願う優しいお守りだった。
「笠崎先輩、あのまま死んでしまいましたのです?」
「いいえ、生きてはいますわよ。ただ……二度と女生徒にチヤホヤされることはないでしょうね」
毒虫の群に全身食い荒らされた笠崎が発見されたのは、早朝のことだった。
彼が部活で使うと言って虫を集めていたことは、警備員や用務員を中心に知られていたため、彼自身の管理不行き届きによる事故とされた。
そして逃げた毒虫がまだ校舎にいるかも知れないからと、臨時休校となったのだ。いまごろ本校舎は、殺虫剤を抱えた業者が練り歩いていることだろう。
病院に運び込まれた笠崎は自身の顔を見て悲鳴を上げ、激しく錯乱したため、拘束された状態で個室に入院しているという。
「やっぱり嘘は良くないのです」
「そうね。あなたはいつまでも、素直で可愛いお人形さんでいて頂戴ね」
「はい、お姉様」
しなやかな莉珠の手が、琉花の頬を包む。
甘い唇がそっと琉花の唇を塞いで、やわらかな腕に包まれる。
琉花は愛しい人の細い体を抱き返しながら、擽ったそうに微笑った。