失った日
リクエスト史佳!
私には離婚歴がある。
離婚したのは三年前、原因は私の浮気。
前の旦那とは大学時代に知り合い、卒業して直ぐの結婚だった。
社会経験も碌に無く、ただ好きだからと強引に彼へ結婚を迫ったのだから、私の家族にも迷惑を掛けてしまったが、急いだのには理由があった。
それは親友灰田紗央莉の存在。
彼女と私は大学で知り合い、意気投合したのだが、同じ人を好きになってしまった。
彼を好きだと頬を赤らめる紗央莉に私は焦った。
彼女は一人暮らしで、家事が得意、加えて私なんか比べ物にならない程の美人。
同時に告白でもした日には私が負けなのは明らかだと思った。
でも亮二さんは私を選んでくれた。
理由は分からない、ただ紗央莉に勝った優越感と、申し訳なさで複雑だった。
亮二さんに紗央莉と友人関係の継続を頼んだのは私。
紗央莉には拒否されると思ったが、彼女は了承してくれた。
その後も善き友人として紗央莉は私を支えてくれ、結婚式のスピーチまで快諾してくれた。
この関係はずっと続くと思っていた。
...それなのに、私は不倫をしてしまった。
結婚生活に不満があった訳じゃない。
家計は別々で家事は分担、そう言ったのも私。
でもマンションの家賃や、水道光熱費は旦那持ちだったから彼の方が負担は大きかった筈だ。
家事が苦手な私より、掃除や洗濯は旦那の方が綺麗で丁寧だった。
炊事は旦那も苦手だったから、私なりに頑張ってみた。
でも、実家では料理なんか一切した事が無かったから、最初は酷い物だった。
それでも旦那は文句を絶対に言わなかった。
旦那の両親は家庭をかえりみず、浮気三昧の人だったそうだから、私が居るだけで幸せだといつも言っていた。
私の両親にも、記念日にはプレゼントを渡し、本当の家族になれた気がすると喜んでいた。
『絶対に幸せになろうね』
旦那と誓った筈なのに...
私の浮気が始まったのは結婚して二年が経った頃。
相手の男は私より1歳下で会社の後輩。
私が男の教育係を任された事が切っ掛けだった。
正直、見た目は好みで無かった。
話す言葉もどこか幼く、頼り無い人間に思えた。
しかし、指導を任されたという責任感で私は舞い上がってしまった。
彼を一人前にして、会社から認められたい。
そんな気持ちで私は一生懸命だった。
仕事の愚痴やプライベートまで、男の相談に私は付き合う日々。
『史佳さんが恋人なら良かったのに』
『ハイハイ』
男には婚約者が居た。
両親が決めた相手だそうで、男は受け入れるしか無かったと私に溢した。
『俺、このままずっと恋愛は出来ないのかな...』
『...楠野君』
一年の間、私を口説き続ける寂しそうな彼の言葉が私の理性を狂わせた。
『旦那との結婚生活に不満は無い、それは私が素晴らしい恋愛をしたからよ』
常々言っていた言葉が男を苦しめている。
そして私は愚かな提案に乗ってしまった。
『俺が結婚するまでの間、恋人になってくれませんか?』
『...分かった期間限定よ』
私が人間を辞めた瞬間だった。
最初は人目を気にしていた。
仕事仲間には絶対に気付かれない様、細心の注意を払っていた。
しかし理性のタガが外れるのに時間はかからなかった。
残業、休日出勤、旦那に嘘を吐いて外出する事が増えていった。
罪悪感はあった。
旦那の誕生日をすっぽかし、男とホテルからメールを送った日は家に帰ってから目を合わせる事が出来なかった。
でも旦那は何も言わなかった。
それが一層私を不倫へと走らせる事となった。
『大丈夫、私は亮二さんの元に必ず戻るから』
そんな言い訳はいつしか吹き飛び、男と私は本当の恋人となっていた。
『史佳、貴女誕生日にどういうつもり?』
私の誕生日に紗央莉から掛かってきた電話。
亮二は私の為に料理やプレゼントを用意して待っていたと聞かされた。
紗央莉には必死で言い訳をした。
バレたら面倒な事になる、男との恋が終わってしまうじゃないか。
完全に自分が不倫をしている事を忘れていた。
『しばらくは控えよう』
『...うん、ごめんね満夫さん』
満夫に諭され、大人しくする事にした。
再び始まった旦那との日々。
しかし旦那は全く以前と変わらず、私との生活を再開した。
『何なの?』
この人は私が居ない間寂しく無かったって事?
怒りが込み上げた。
『ひょっとしたら紗央莉と浮気でもしてるのか?』
そう思うと、自分の結婚生活が悲しくなった。
『もう大丈夫みたい』
『そうか』
紗央莉の電話も無くなり、私はまた不倫を始めた。
深夜の帰宅や外泊を繰り返し、完全に溺れていた。
そんなある日、社内連絡があった。
『社用車でホテルに行った人が居るとの通報があった』
上司の言葉に全身の血が引き、男を見ると同じく青白い顔で震えていた。
覚えが有りすぎる。
私は祈りながら社内調査の結果を待った。
『どうやらデマだったな』
出勤表から私達の潔白は証明された。
しかし社内の仲間からは白い目を向けられた。
私と男の親密さは噂となっていたのだ。
『もう終わりにしよう』
『そうね』
男からの言葉に頷くしか無かった。
『もう来月結納だし』
『...嘘?』
私があっさり了承するのを見た男がホッとした様子で呟いた。
結納なんて聞いて無かった。
『別れて一緒になりたい』
あの言葉はなんだったのか、その時私はようやく目が覚めた。
『もう忘れよう』
私は旦那の元に戻り、全てをやり直す事を決めた。
仕事はきっちり定時で終わらせ、彼の為に家事をし、苦手だった料理も頑張ろうと決めた。
『どうしたの亮二さん?』
『何が?』
旦那の異変は直ぐに気づいた。
彼の目に私が全く映って無いのだ。
表情は以前と変わらず、柔らかい笑みを浮かべているが、洗濯も食事も、彼は私のする一切の家事を拒んだ。
『どうしよう...紗央莉』
何度も紗央莉に泣きついた。
『随分と忙しくしてたからね、しっかり甘えたら?』
紗央莉は全く真剣に取り合ってくれない。
まるで全てを知っているかの様だが、両親には相談出来なかった。
浮気中に何度も聞かれていた。
『亮二君がプレゼントを持って来てくれたが、なぜお前は来ないのか...』と。
そして運命の日を迎えた。
会社に男の婚約者が来たのだ。
『楠野がお世話になっております』
笑顔で頭を下げる男の婚約者。
隣で笑う男、その様子に婚約者に対する不満等、微塵も感じなかった。
『...騙された』
ようやく自分が都合の良い女だったと分かった。
期間限定とか耳触りの良い言葉に酔って、私は弄ばれただけ。
いたたまれず、その場を後にした。
『ねえ亮二...』
深夜、旦那が眠るベッドにパジャマを脱ぎ捨て忍び込んだ。
何度も断われていたが、もう限界だった。
『何を...するんだ?』
またあの目、まるで生ゴミが投げ込まれたかの様な...
『駄目だよ』
情けなくて泣きじゃくる私を残し、旦那は一人部屋を出ていった。
どれくらいの時間そうしていたか、気を取り戻した私は旦那の携帯を鳴らした。
『え?』
ベッドに光るディスプレイ、それは旦那の携帯だった。
『見ても良いよね』
震える指で携帯を確かめる。
ひょっとしたら紗央莉と...
『そんな訳無いか...』
ロックすら掛かっていない旦那の携帯に怪しい所は全く見当たらない。
私の携帯に残っていた男のやり取りは全て消していたが、旦那は一度も手にしなかった。
『ん?』
紗央莉からでは無く、一人の人間からのやり取りで見過ごせない一文が飛び込んで来た。
それは旦那の親友、島尻政志さんからだった。
[分かった以上早く決めろ、お前の為だ]
『...何が分かったっていうの?』
そのラインに対して旦那は返信を返していない。
一体島尻さんは何を分かったって言うの?
『も...もしもし紗央莉』
私は紗央莉に連絡を入れた。
深夜だとか関係ない、頭がおかしくなりそうだった。
つづく