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第1話・クレーマーを尻目に勝ち続ける男

ちょっとだけ羽振りが良い男に目をつけた財団は、その調査のためにジュークロキと助手のハニオカを派遣する。

 「いろんなお仕事してきたんですけど。」

「はい。」

いろんな「お仕事」をしてきたと話すのは妙齢の女性。相槌を打ったのは男性。

「このお仕事はどこからお給料が出てるのか本当にわかんないですね。」

「毎月貰う明細に『カマンベール損害保険株式会社』って書いてあるじゃないですか。毎月ちゃんと貰ってますよね。」

男性のほうは会話している女性のほうをちらりとも見ずに、会議室のような部屋の窓から外を見ている。

「貰ってますけど……これ私たちが捜査することで誰か得してるんですか?」

男性は一瞬スマホを取り出して時間をチェックすると、再び窓の外を見つめる。

「まあ……公務員みたいなものなんで。家族に内緒の公務員だから、スパイみたいなもんだと思えば。」

女性のほうは特に納得したそぶりもないが、悩むそぶりもない。単に暇つぶしの話題だったようだ。

「そういえば、こういうところで『妙齢の女性』って書かれると読者が勝手に美人や美少女だって解釈してくれるんですよね?やったー!ラッキー!」

男性は視線を窓の外からそらさずにため息をついた。

「そうやって次元の壁を越える能力を振り回さないでください。能力の使用は節度を守って。」

女性は「はーい」と気の無い返事をした。

聡い読者はこれでお気付きだろうが女性は次元の壁を越える能力者だ。漫画でいうところの枠線を超えたり、読者に向かって話しかける能力を持つ。その女性がコッチを振り向いた。

「こう見えて私、生まれついての能力者なんです。詳しくはおいおいネ!」

「その『妙齢の女性』が『おいおい』って使いますか?」

落ち着いた雰囲気の男性はぴったり30歳。顔の見た目は年相応。物腰と服装はもう少し老けて見える。

「ジュークロキくん。『老けて』るって書かれてるよ。」

「男は25歳過ぎたらオジサンなんですよ。」

「えー!?20代でオジサンは早くない!?」

ジュークロキと呼ばれた男は窓の外を眺めながら反論した。

「僕も以前、おじさんのラインがどこにあるのか気になって調べてみたんですよ。」

「どうやって?」

「いろんな人に聞いてみたんです。そしたら……」

「……そしたら?」

「近所の小学生が当時25歳だった僕を『オジサン』って。」

女性は目を丸くした。

「それで調べたって言える!?」

「一番ピュアな意見でしょ。ハニオカさんも自分の小学生のころ思い出してみてくださいよ。」

「私が小学生のころか……」

女性のほうはハニオカというらしい。過去の自分がピュアであったか思いを巡らす。過去の自分を思い出す。回想の世界の中でランドセルを背負った少女が食卓に座っている。

「ねえ、過去の私!あなたってピュア?」

「うん!」

「ねえ、ピュアだって。」

ジュークロキはハニオカのほうを一瞬見て、また窓の外に視線を戻す。

「それ、今話してたであろう過去のハニオカさんは僕には見えてないんで。あと、回想シーンに出てきた食べ物を持ってこないの。過去のハニオカ家に返してらっしゃい。」

「あ、バレましたかw」

ハニオカが手に持っていた菓子パンが消える。

「そんな懐かしいパッケージの菓子パン分かりますよ。」

「そんなこと無いんですー!……実はこの菓子パンって今もこのパッケージだって……知ってた?」

ジュークロキは振り向いた。

「え?マジ!?」

「マジなんすよ~。あ、ジュークロキくん監視!」

言われてすぐにジュークロキは監視に戻った。

「ところで今監視してるのってどんな人だっけ?」

「宝くじ当選者ですよ。毎回たいした金額じゃないんですが、当選率がおかしいらしくて。それで時空の歪みとか出てるとかそういうのを監視してるんです。未来から来たとかね。」

「単に運がいいだけじゃないの?」

ジュークロキは頷く。

「もちろんその可能性は大です。でも運がいいってタイプの能力かもしれない。だからこうやって調べて、シロならシロ、クロならクロってハッキリしないと。」

「そこら辺は心得ております!私も捜査官ですから!」

ハニオカが胸を張った。

「偉いっ!……偉いついでにパン買ってきてよ。」

ハニオカが口を尖らせる。

「えーさっき私が買ってきたアンパン食べたじゃん。」

「ハニオカさんが小倉マーガリンさっき見せるからでしょ。」

「自分で行ってよ。」

「じゃあ、張り込み交代してくださいよ……って言うとハニオカさんすぐ寝るじゃないですか。」

ハニオカは言い返せずに会議室を出て行こうとする。

「あと、誰かの回想シーンとか妄想から持ってこないように。」

「ジュークロキのケチ!ケチケチおじさん!」

「おじさんは事実だけどケチとは違うんじゃないかな……あ、あいつ出かけますね。おつかい中止!いくよハニオカさん!」

「オッケー!」

そう言って二人も部屋を飛び出す。どうやら貸し会議室のようだ。監視するターゲットの自宅が見える位置の会議室を押さえている。

「ちなみにジュークロキくん、宝くじの当選率が妙に高いってどっから分かったの?」

「税務署のほうから来た情報。税務署じゃなくてあくまでも税務署の「ほう」ね。そっちの方からタレコミがあったの。仕事もしないで、特に身よりもないのに生活の羽振りが良い奴がいるって。……普通はそういうのだとヤクの売人とか疑われるんだけどね。で、宝くじ売り場に通ってるんだって。だから税務署も調査してるらしいよ。」

「羽振りがいいって……自宅から駅前にママチャリで移動するオッサンのどこが?」

二人はママチャリを追跡するために軽く小走りになっている。

「うーん……ああいうところ?」

男の自宅から数百メートル。男は駐輪場にきちんとお金を払って駐輪している。目的地の駅前の宝くじ売り場には行列ができている。

「ああ、確かに羽振りがいいわ……」

家から歩いても徒歩でも対して変わらない距離を自転車で移動して、数百円の駐輪代金まで支払っている。

「あの数百円払うぐらいなら家から歩けよ!……ってなるよね。地味な羽振りの良さに税務署の方の人は注目したのかも。」

「ジュークロキくん、多分あれが税務署の方の人なのかな?」

見ると濃紺のスーツの男も、宝くじ売り場に並ぶ羽振り男を注視している。

「そうかもね。とりあえず、これまでにも宝くじや競馬で能力を使った転移者は多かったんだけど、大体みんなドカーンって当てるのよ。ところが今回通報があったあいつはちっちゃいのよ。」

「ちっちゃい?」

ジュークロキは頷いた。

「削ってすぐ当たりが分かるヤツしかやら無いらしいんだけど、他の宝くじほど当選額が高額じゃないのよ。」

「削って当たるやつがあるの?へー面白そう!買ってみよ!」

「え?ちょっとハニオカさん!?」

ハニオカは調査そっちのけで列に並んでしまった。ジュークロキは文句の一つも言いたかったが、あまり派手に騒ぐと尾行がバレる。ぐっと言葉を飲み込んで、ハニオカと並ぶことにした。

「ジュークロキくんも買うんでしょ?レストランとかで会計したときに貰えるスクラッチするやつも楽しいよね!」

ジュークロキはため息をつく。

「削りたいだけじゃん……まあ、確かに楽しいけど。」

例の羽振り男と二人は行列の中でそこそこ距離ができている。行列は徐々に進んで、やっと羽振り男がくじを買った。ジュークロキはこっそり列を抜けると再び男の尾行をはじめた。

「ハニオカさん、ごめんトイレ行きたいから」

一応、周りの目があるので言い訳はしているようだ。

「ジュークロキくんの分も買っておこうか?」

ジュークロキは一瞬考えたが、周りの目を考えるとここはその方が良さそうだ良さそうだ。

「お願い!1枚でいいからね!」

羽振り男は再び自転車に乗って戻っていく。ジュークロキは姿を隠しつつも自転車の速度に負けじと懸命に追う。

「結局自宅じゃん……」

数百メートルの自宅に戻るだけだ。再び貸し会議室から監視を続けていると、ハニオカが戻ってきた。

「はい!宝くじと菓子パン!」

ジュークロキが受け取った菓子パンは確かに先程見た妙に古臭いデザインの包装だった。

「あれ?あずきマーガリンロールってずっとこの包装のままだったっけ?」

「モデルチェンジしてたんだけど、最近、復刻されたみたいよ?この時代のデザインって今見るとなんていうか斬新だよね。」

ジュークロキが口を尖らせた。

「僕は新しくなったヤツも好きだったんだけどな。だって新しい包装だってちゃんとデザイナーさんが作ったんでしょ?なんか復刻だと、その間のデザイナーさんの仕事は無かったことにされちゃってる感じするじゃん?」

「そうかな?」

「そうだよ。」

なお、くじは二人とも外れた。


 翌日。

「よーし!今日は当てるぞ!」

「ハニオカさんまた買うの?」

「あったぼうよ!」

「なんで江戸っ子。」

泊まりで張り込んだジュークロキはまだ少し眠そうにしている。対して夜は帰って寝たハニオカは元気そうだ。

「ハニオカさん、今の時間はさすがに眠くないよね?」

「お風呂はいって着替えてくるんでしょ?行ってらっしゃい!」

ハニオカはジュークロキの寝袋に消臭剤をスプレーして畳みながら答えた。


 昼前。

「ハニオカさんただいま。ありがとう。」

「特に動きは無いよ。あれ?服着替えた??」

「同じ服何枚か持ってるんだよ。」

「ふーん。」

なぞのチェックのネルシャツにジャケット、下はブルーデニムだ。

「え?変?」

「変ではないけど……」

いかにもオッサンくさい。ハニオカは少し不満がある顔をしているが胸中ではかわいらしく思っていた。

「今度、一緒に服買いに行こうか?」

「いや、別にいいよ。」

「ああ、そう。」

「うわ、アイツまた出前頼んでる。昨日の夜もそうだよね。」

「うわー、羽振りいいわ。」

「なんか腹立ってきた。」


昼過ぎ。

「ハニオカさんアイツ動くよ!行くよ!」

ジュークロキはハニオカの姿を探すが見当たらない。……と思ったが見つかった。ジュークロキの寝ていた寝袋で寝ていたのだ。

「ハニオカさん!おきて!仕事!」

「え!嘘!朝!」

ジュークロキはため息をついた。

「とにかく行くよ!」

相変わらずママチャリで駅前に向かう羽振り男だがジュークロキもハニオカも走って追いかけなかった。自転車に発信機をつけたのだ。どうせ、宝くじ売り場だろうという安心感もある。

「今日こそ当てるぞ!オッシャア!」

「ハニオカさんまた買うの?」

「当たり前でしょ!気合よォ気合!負けたまんまで終わらせてたまるか!」

ジュークロキは小さくため息をついた。

「ねえ、その気合を調査に回そう?」

「調査のためです。まず宝くじ当たった人の気持ちが分からないと。」

「あー、筋道が通ってるか通ってないか分かんないね。」

売り場が近づくと昨日の紺色の服の男がまた立っている。

「ジュークロキくんあれ何の人だと思う?警備員?私服といえば私服だけど完全にそっち系の人だよね。」

「さあ?税務署の人じゃなかったの?」

駅前の宝くじ売り場に着くと、果たして羽振り男は行列に並んでいた。ずいぶん前の方まで行ってしまっている。

「ハニオカさん、並ぶなら一人で並んで。」

「はいはーい。」

ハニオカが並ぶとさほど時間もかからずに羽振り男は売り場から自転車に乗って帰りはじめた。ジュークロキは再び徒歩で後を追う。羽振り男は帰り道の途中でコンビニに寄って自分のアパートに帰っていくだけだった。

「まあ大体予想はしてたけど。」

羽振り男はこの二日間外出らしい外出は宝くじ売り場だけだ。食事は出前かコンビニで済ませている。例の貸し会議室でそう考えているとジュークロキの携帯が鳴った。ハニオカの声だ。

「ジュークロキさん……あの……」

「なに?」

「お巡りさんに捕まっちゃいました……」

「へ?」

ジュークロキは羽振り男の家に向けてビデオカメラを設置すると警察へ向かった。



 「すいません。お電話いただいたジュークロキです。ハニオカを引き受けに来ました。」

「あ、そちらにかけてお待ちください。」

入り口で女性の警察官に促された椅子は、妙に色あせた黄色い丸いスツールだった。二つ並んでいて一人で座るには大きい。二人で座るには小さい。それが二つ並んでいて、一つは座面に穴が開いたのか布テープで補修されている。ジュークロキは座った瞬間呼び出されるのもイヤだなと思いながらどれぐらい待たされるか予想もつかないので、座るべきか迷っていると、妙にガタイのいい丸坊主の学ランやってきてがどっかりと腰を下ろした。二つのスツールにまたがるように座ったためジュークロキの座るスペースはまったく無い。ただ警察署に座りに来ただけに見える学生をチラチラ気にしながら、ジュークロキは立って待つしかなかった。学生はかばんからおにぎりを取り出してかぶりつき、それをコーラで流し込むと結構な時間経ったところで席を立って警察署を出て行った。

「え?マジで何しに来たの?」

ジュークロキは心の声が思わず外に出てしまった。そして、空いた席に座る。

「ジュークロキさんですか?」

「はい!」

座った直後に声をかけられて立ち上がる。

「とりあえずこちらへどうぞ。」

冬の警察署の廊下は妙に冷え切っている。廊下から覗ける事務スペースにはところどころ灯油ストーブが踏ん張っているようだが、それもむなしい抵抗に感じるほど肌寒い。日陰の階段はうんざりするほど寒く、登った2階の取調室らしきところにハニオカは座っていた。

「ジュークロキくん!」

「……立件されれば威力業務妨害……とかになりますかね。まあクレーマーって言われるやつですね。」

警察官が名刺を出した。生活安全課の渡辺と書かれている。

「すいませんウチのハニオカがご迷惑かけたみたいで……」

そう会話していると宝くじ売り場で見かけた濃紺のスーツの男が入ってきた。差し出された名刺には生活安全課の品川と書かれている。ジュークロキも慌てて名刺を出した。

「ああ……警察の方……」

「こちらのハニオカさんが、『自分だけ宝くじを売ってもらえなかった』と売り場のスタッフに詰め寄ったんです。」

「本当に売ってもらえなかったんです!それに私だけじゃないじゃないですか文句言ってたの!」

ジュークロキは「売り切れとかじゃなかったんですか?」と助け舟を出した。

「……そこは良く覚えてないけど……でも、私の後ろに並んだお客さんは普通に買ってたんです!」

品川もため息をついている。

「品川さんとおっしゃいましたね?」

ジュークロキは名刺を再度確認しながら声をかけた。

「はい。本官です。」

「本当にハニオカみたいに売ってもらえなかったお客さんが何人かいたんですか?」

「いたんだもん!」

ジュークロキはハニオカをジェスチャーでなだめながら再び品川に尋ねた。

「ウチのハニオカみたいなお客さんが他にも?」

「はい、埴岡さんを含めて3名。今は他の取調室に。他の方も同じように供述してらっしゃるので信憑性はあります。ただ、クレームも度を過ぎると色々ありますので……」

「そんなに度を過ぎたクレームなんて言ってません!」

品川の態度とハニオカの様子を見比べてジュークロキはふと気づいたことを尋ねた。

「そういえば品川さん。実は私たち昨日もあちらの売り場にお邪魔したんですが、昨日も今日もおられましたよね?」

「はい。」

「ということは事件が起きることをご存知だったってコトですよね?」

品川はバツが悪そうにしている。

「ちょっと質問を返すようで申し訳ないんですが保険会社の調査員さんはあちらで何をされていたんでしょうか?もしかして本件と関係ありますか?」

「関係あるかないかはちょっと分からないんですが、どちらかというとあそこに毎日宝くじ買いに行く方の調査をしています。」

品川は少し納得したようだ。

「いや、警察が民間に捜査内容を漏洩したってなるとまずいもんで、でも、聞き込みとかすれば分かるんで大丈夫そうな範囲でお伝えすると。もうここのところ連日なんです。売り場のスタッフさんの中にはストレスでやめられた方もおられて……被害者が出ちゃったら警察も黙っておれんのですわ。」

「もしかして、この半年とかですか?」

「大体そんなもんです。」

ジュークロキが持っている税務署の「方」から来たデータと大体合致している。ハニオカは「今後売り場にご迷惑おかけしません」という念書を書かされて放免となった。


 「私嘘ついてませんから!」

「だと思うよ。」

「信じてくれるのジュークロキくん!?」

ジュークロキとハニオカはまたもや貸し会議室で張り込みをしていた。

「品川さんの言うことにはここ半年ぐらいクレーマーが出続けていて、クレーマーたちの言うには『皆が売ってもらえているくじが自分は売ってもらえなかった』って事らしいのよ。」

「私も売ってもらえなかった。」

ジュークロキは窓の外を見ながら続けた。

「でも、あの様子だとスタッフがわざとそうしてるとは思えない。しかも、そのクレームがストレスで辞めたスタッフがいる。宝くじ売るのが仕事のスタッフがそんな嘘つくとは思えないし、もし、嘘ついてたとしても次の売り場担当者も同じ嘘をつき続けるのはちょっと考えられないよね。」

ハニオカはジュークロキの言葉を頭の中で反芻している。

「……ということはやっぱりお客さんが嘘ついてる?ってことじゃん!やっぱり信じてないでしょ!」

「ちょっと叩かないの。そうじゃないって。嘘つくときって何か隠したいことがあるとか、自分がそれで得をするときじゃないですか?ハニオカさん含めて今日警察にクレームでしょっ引かれた三人が利害で一致するとはとても思えない。他にしょっ引かれた人に知り合いとかいないでしょ?」

「いない。」

「ちょっとこれ首に掛けてみて。」

「なにこれ?」

「精神シナプス干渉環。」

ジュークロキは銀色のリングをハニオカの首にかけると、ノートPCとケーブルでつないだ。

「ハニオカさん、売り場の店員さんになんていって断られたか覚えてる?」

「……えっと……覚えてないかな……」

「ハニオカさんこれ。ここ見て。もし洗脳とか催眠術とかで記憶を操作されていたらここのグラフに乱れが出るんだけど、特に乱れてないね。本来は能力者の能力を一時的に封印する装置なんだけど、脳や精神の特殊な動きを検知して妨げるモノだから、検知だけでも使えるの。」

続いてジュークロキは設置されたビデオカメラの横に置かれた地震計のような装置をいじり始めた。

「ここ。多分、ハニオカさんがしょっ引かれたぐらいの時間に、ごくわずかに……時空に乱れがある。でも誰かが時間遡行したほどには見えない。」

「ジカンソコウ?」

ハニオカが尋ねる。

「時間をさかのぼることだよ。普通、店員さんに何か売ってもらえないやり取りって忘れないじゃん。でも、ハニオカさんは忘れてる。記憶がいじられたようにも見えない。当然嘘もついてない。そうなると僕には時間が改変されたとしか思えないんだけど、もしあの宝くじの当選だけで生活してるっぽい羽振り男がタイムトラベラーなら、もっと時空が乱れてないとおかしい。そもそもウチの財団はタイムトラベラーには網を張ってるから僕なんかのところに調査は回ってこない。」

「そうなの?」

「だって、タイムトラベラーに逃げられたら僕じゃ追えないもん。」

「たしかに。私のことも追いかけられないみたいだし。」

ハニオカはそう言って自分の過去の記憶を思い出して回想シーンに逃げ込もうとした……が逃げ込めない。頭に鈍痛が走る。

「イタタ……」

「ハニオカさん首のヤツ。それ外して。」

「これか……」

精神シナプス干渉環が邪魔をしていたのだ。装置を外すとハニオカが目の前から消える。ジュークロキが窓の外を眺めながら考え事をしているとハニオカが戻ってきた。

「警察の品川さんがメモを持ってたよ。字きったない。読める?」

「何とか。……まあ、調査のためだから仕方がないけど、ちゃんと後で回想シーンに返しに行ってね。」

「了解であります!」

ジュークロキがメモをめくると走り書きで『記憶はあいまい』という言葉が何度も出てくる。

「みんな、何で売ってもらえなかったのか覚えてないんだよ。」

「売り場の人に能力者がいるんじゃないの?」

「能力者が他人の宝くじの売買えこひいきして何か得になる?」

ハニオカが少し考える。

「思いつかない。」

ジュークロキは顔の前で右手の親指と人差し指をしきりに開閉している。何かを考えているサインだ。

「ジュークロキくん、あいつまた寿司の出前呼んでる!」

「出前は『呼ぶ』じゃなくて『とる』だと思いますけど、悔しかったらこちらもお寿司の出前にします?」

ハニオカはそういわれて少し気まずそうな顔をした。

「お寿司食べたいのはヤマヤマなんだけど……ちょっと最近菓子パン食べ過ぎて……なんというか体重がピンチで……」

そういわれてジュークロキはハニオカを眺めるがさほどピンチには見えない。とはいえ着衣の下では何か大変なことになっているのだろうか。

「あずきマーガリン、食べまくったの無かった事にならないかなー!」

ジュークロキは都合の良すぎるハニオカの心の叫びを無視して張り込みを続行している。

「うん?」

「でも、お寿司だよね……ダイエットは明日からにして頼んじゃおうか?」

「ハニオカさん何って言いました?」

「ダイエットは明日にしてお寿司?」

「違うその前……」

ハニオカは少し頭を使った。

「あずきマーガリン食べたの無かった事にならないかな?」

「それだ!あいつの能力分かった!生まれつき運がいい男ではないんだ!」

ジュークロキはスマホを取り出して財団に電話をかける。

「もしもし、例の羽振りが良い男の件で、確認したいことが!」


 翌日、宝くじ売り場でジュークロキは羽振り男が来るのを待った。手にはA4の紙バサミを持っていかにも街頭アンケートを取る風体だ。私服で見張る品川に会釈する。

「今日はアンケート調査ですか。」

「まあ、そんなところです。」

そこへいつものママチャリで羽振り男がやってきた。いつものように宝くじ売り場の列に並ぶ。ハニオカがさりげなくその真後ろに並んだ。売り場の行列はどんどん流れて羽振り男に買う順番が回ってくる。

「品川さん、こちらが事件の真相です。」

ジュークロキのスマホに羽振り男の後ろに並ぶハニオカからメッセージが送られる。品川はそれを読む。

「購入枚数はあるだけ全部…売り切れ。」

「はい。売り切れてたんです。」

ハニオカも買えずに戻ってきた。

「だから買えなかったのねー。詳しくは聞き取れなかったけど20万円ちょい買ってたみたい。」

ジュークロキはポケットからメモ帳を取り出して書き込んだ。

「購入枚数は売り場にあるだけ全部……総額20万円以上……と。ちゃんとメモしましたよ。そうそうこちらにも。」

ジュークロキは適当なレシートの裏に同じ内容をメモした。

「それでは失礼します。」

ジュークロキは品川に敬礼をすると、ハニオカもそれに倣った。そして二人はとっくにママチャリでいなくなっていた羽振り男を追うべくアパートに向かって歩き出す。

「ああ、違う違うハニオカさん。しばらくこの話の配役から外側に出てて。それで売り場のお客さんが揉め始めたら僕のところに戻ってきて。」

「了解!」

その場からハニオカが掻き消える。ジュークロキはこの三日間監視したアパートのドアの前に立つと「柳葉和夫」と表札がかかっている。ドアの呼び鈴のボタンを押す。

「すいません、柳葉さんご在宅ですね?駅前の宝くじ売り場の方から来たジュークロキと申します。ちょっと問題が起きてましてお話が。」

アパートの中からどたばたと音が聞こえる。しばらくの静寂の後、柳葉と呼ばれた男がドアチェーンのかかった扉の隙間から顔を出した。

「俺は何にもしてねえよ!帰ってくれ!」

「そんなことありませんよね?あ、ちょうどいいところに来たハニオカさん。こちら同僚のハニオカです。どうだった?」

小走りにやってきたハニオカが息を切らせている。

「今日も揉めてる揉めてる!品川さんだいぶ困ってた!」

「やっちゃいましたね柳葉さん。実は問題は柳葉さんが帰ったあとの売り場で起きてたんです。……ここ、開けて頂けますか?」

柳葉はいぶかしがりながらもドアチェーンを外して玄関を開けた。


 「失礼します。いただきます。」

柳葉は意外と律儀で、二人に紙コップで麦茶をだした。

「柳葉さん、とても上手くやられていたんですが……自分が帰った後、売り場で何が起きているかまではご存じなかったようですね。」

柳葉は黙って自分のひざとジュークロキを交互に見ている。

「俺、何も悪いことしてないです。人に迷惑もかけてないし。」

ジュークロキは唸った。

「うーん……そうでもないんです。売り場のスタッフの方にはずいぶん迷惑かけていましたよ。お気付きになってなかっただけで。削るタイプの宝くじは実は削る前から当選するくじかどうかは決まっています。削ってみるまで見えないだけで。透視能力がある方などは当たりくじだけを選んで買うことも可能ですが、なかなかああした売り場で選んで買うのも難しいですよね。柳葉さんにはそんな能力はありません。」

「後ろに並んでたけどそんな風には見えなかった!」

ハニオカも肯定する。

「ですが、柳葉さんが今日買ったくじ……今お手元に何枚ありますか?」

柳葉は少し抵抗するそぶりも見せたが、途中で観念して8枚ほどのくじを差し出した。

「こんなに少ないワケない!?私、見たもん!もっとすごい束だった!」

ジュークロキは苦笑いした。

「実は私は見てないんです。柳葉さんが何枚買ったかハニオカさんに伺ってるはずなんですが記憶にない。」

「え、ウソ!?私言いましたよ!?さっきメモしてたじゃないですか。」

ジュークロキはポケットからレシートを取り出す。少し皺が入っているが読める範囲だ。

「あれ?何も書いてない?さっきここにもメモしてましたよね?」

ジュークロキは自分でもレシートを見てみる。確かにない。柳葉は急に元気になって語気を荒げた。

「やっぱり、証拠なんてないじゃないですか!」

「では、なんでウチのハニオカは『もっとすごい束』だって言ってるんですかね?」

柳葉は鼻を鳴らした。

「見間違いでしょ!そんなの知りませんよ!」

「確かに私の前で売り切れました!売り場の方にも本日売り切れだって言われました!」

ハニオカが反論する。

「オマエ!そんなわけ……」

柳葉がハニオカを見る目がだんだん変わっていく。気味の悪いものを見るようだ。

「え、ちょっと!何よ私の顔に何かついてるの?」

「いえ、何にもついてませんよ。ハニオカさんはいつものハニオカさんです。さて、柳葉さんはこう言いたい『なんでオマエは売り切れたことを知っているんだ?』と。……実は私もあの売り場で毎日売り切れが起きていることは知らなかったんです。ついでに言うとこの世界の誰も知らなかった。だけど、考えてみてください。あの昼下がりに長蛇の列が出来る人気の宝くじ売り場で、売り切れが起きて『ああ、今日は売り切れか』と思った方の後ろで急に販売が再開されたら、買えなかった方はどう思いますかね?」

「あ。」

柳葉が固まった。ジュークロキは大げさに残念そうな顔をして話を続けた。

「しかも、皆さんは本当は売り切れてただけだったなんて知らない。理由もなく買わせて貰えなかった方々が今日も売り場のスタッフに文句を言っていると思いますよ。」

「ジュークロキくんどういうこと?」

ハニオカも少し悩み始めた。

「ハニオカさんは良いですよね。いつでも読者の側に回れるわけなので、何が起きたのか正確に見て知っている。さすがAランク能力者。」

「いや……改めてそう言われると照れちゃいますね。でも、何が起きたの?」

ジュークロキは顔の前で指を開閉している。

「正確には『起きなかった』んです。」

そういってジュークロキは手帳を取り出してページをめくるとにやりとした。

「柳葉さんが買ったくじの枚数は恐らく1千枚近く。それをこの部屋に帰って必死で削るんです。そして、ハズレくじを買った事実を『なかったこと』にするんです。そして手元には……柳葉さんお見せいただいてもよろしいですか?」

柳葉が観念して手元に残った8枚を見せる。

「あー全部あたってる!」

ハニオカが大きな声を出す。

「まあ、1千枚近く買えば大小含めてコレぐらいは当たりが混じってもおかしくないでしょうね。ちなみにこちらはもう一つの特別なメモです。」

ジュークロキが手帳を柳葉にも見えるようにひっくり返す。「 売り場にあるだけ全部買った。20万円以上。」とメモが残っている。柳葉は目を見開いた。

「こちらの手帳、ちょっと特別なものでして、あなたの能力の影響を受けなかったようです。ハニオカさんと違って私はあなたの能力の影響をモロに受けますからね。柳葉さんが買った枚数が本当は1千枚以上だったなんて記憶できないんです。こちらのハニオカはあなたの能力が世界をプチ改変する間、この世界を外から見ていたので大丈夫だったんです。」

柳葉はため息をついた。

「やっぱりズルはバレんだなあ……」


 柳葉はジュークロキとハニオカに見守られながらくじ売り場とコンビニを回ると当たりくじを換金した。

「俺が無かった事にできるのはせいぜい1時間ぐらいの出来事。」

「1時間で1千枚削るの!?スゲ!!」

ハニオカが驚く。

「もっと早く削り終わるよ。本来この世界の住人よりも俺はもっと器用で素早い種族なんだ。」

「転生してきたんですか。」

柳葉は頷いた。

「最初に来たときは随分どん臭いやつらの世界に来たな……って思ったけど。自分の新しい能力に気づいてこれでやっていけると思ったんだ。それで、色々試した結果……」

「宝くじにたどり着いたと。」

ジュークロキの言葉に頷く。

「元いた世界によく似てるけど、だんだんこの世界の仕組みにも慣れた。最初はこの世界を征服……とか思ってたけど元が怠け者の性分なんだろうな。宝くじ買って。出前頼んで。コンビニで酒買って。テレビ見て……誰にも迷惑かけないで細々と貯金だけ貯めようと思ってたんだけど。」

「毎日、理由も無いのにくじが買えなかった人が売り場に詰め掛けて、連日のクレーム対応でストレスでお一人辞めてしまわれたそうですよ。」

「世話になった宝くじ売り場に迷惑かけてたなんて……気づかなかったな。申し訳ない。」

ジュークロキはポケットからまた別のメモ帳らしきモノを取り出すと、ボールペンで何か書き始めた。

「私共は異世界からやってきた方を調査する財団の調査員です。あなたのことは財団の方には、異世界から転生してきた能力者として登録させていただきます。万が一、登録作業が完了する前に私共の組織の別の調査員があなたに接触してきたときのために……」

ジュークロキは二枚複写の控えを破りとって柳葉に渡す。

「こちらをお渡ししておきます。遅れましたが私本当はこういうものです。」

ジュークロキがカマンベール損保の名刺を出すと、それまで黙っていたハニオカも名刺を出した。

「能力の名前は『無かったことにする』能力と書いておきました。きっとあなたの場合は元の柳葉さんが今どこの世界に漂っているのか発見出来次第、元いた世界に送還されると思いますが、だいたいそういう場合でも身に着けた能力は消えないので、元の世界に帰ったときは……」

「帰ったとき……は?」

両手で名刺と控えを受け取る柳葉がジュークロキの顔を見る。

「宝くじ売り場の方にご迷惑かけてないか。充分、注意して能力はお使いください。」

そう言うと二人は去っていった。


 「ねえねえ、ジュークロキくん!柳葉さん最近どうしてるかな?」

ここはカマンベール損保調査室。雑居ビルの粗末な一室だ。

「どっちの?」

「『どっちの?』ってどういうこと?」

ジュークロキは調査資料をまとめる作業をしていたが一旦手を休めてノートPCから顔を上げた。

「異世界から転生してきて『柳葉和夫』になった能力者の方の『柳葉さん』と、この世界で生まれて育って、急にいなくなった『柳葉さん』」だよ。」

「うわ、ややこしい。」

「慣れてよ。そういう仕事なんだから。」

ハニオカは冷蔵庫を開けると何かを探して閉めた。見つからなかったらしい。

「……どっちも気になる。」

「財団のデータベース更新されてるかな?」

ジュークロキがPCを捜査すると画面に事件その後の情報が出てきた。

「この世界で生まれた柳葉さんは今、異世界で勇者やってて、もうしばらくしないと帰れないことが確認されたそうだよ。外から転生して来た柳葉さんはまだしばらくこの世界にいるって。……なんかストレスで売り場やめた女性の次の職場のホームセンターに良く買い物に行くらしいよ。」

「あれ?恋の予感??」

ジュークロキが首を振った。

「そちらの女性、お孫さんも旦那さんもおられるらしいから。どっちかって言うと『親孝行』みたいな?僕だったらそれぐらいの歳になったら年金貰って家でだらだらしたいんだけど。」

「ボケるよ?ボケまっしぐらだよ?」

そう二人が話していると、ジュークロキのPCにメッセージが届く。

「あー、ジュークロキさん次の案件だわ。ボケまっしぐらはおあずけ。」

ジュークロキは「はいはい」と言いながら重い腰を上げた。

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