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襲撃された工房

 ひと目見て、いつもの状態で無いことはわかった。


(やられた……!)


 夕暮れ時。

 職人通りの隅に建つ、こじんまりとした青い壁の薬師工房に帰り着いたアリスは、ドアを開けたところで立ち尽くしていた。


 薄暗い中にあっても、床に散乱した瓶やガラスの破片が確認できる。調合用の薬を整理した戸棚はひっくり返され、引き出しが抜け落ちて中身がぶちまけられていた。

 部屋中を物色して、価値なしとみなされたようなものが、そこかしこに打ち捨てられている。


 おそるおそる一歩中に足を踏み入れたアリスは、声を殺して息を呑んだ。

 作業台の上から椅子にかかるように投げ出されていた布は、アリスがここを出る前に使っていたエプロン。わざわざ刃物で引き裂かれている。

 ただの物取りにしては、念入りすぎる嫌がらせ。

 濃厚な悪意を、そこに感じる。


(留守を狙ったのか、それともたまたま留守だったのか。もしこの場に私が居合わせていたら……?)


 引き裂かれたエプロンは「次はお前をこうしてやる」という、犯行の予告とは考えられないだろうか。

 アリスに出来ることはひとつ。


(逃げよう。この家にはいられない。叔父上がここまでするとは思わなかったけど、次は命を狙われるかもしれない。必要なものを、かき集めるだけの時間はある? 私が帰ってくるところを、誰かに見張られたりはしていない? この家の中で荷造りするのは危険かも。だけど母の形見の指輪だけは手元に)


 逸る思いを胸に、アリスは床の破片に気をつけながら、荒れた工房の中へと足を進めた。


 * * *


 アリスの家族は、すでに皆亡くなっている。

 現在は平民身分であり、町で特技を生かした薬師工房を営んでいるが、出自をたどればアリスは国内きっての薬師の名家・アンブローズ子爵家の令嬢。

 父と母に続き、未婚であった兄が急死したことにより、運命が大きく変わったのは半年前。


 現在の貴族法では、女性に爵位や財産の相続権が無い。その為、一度子爵家から離れていた叔父ダルトンの一家が屋敷に戻り、正式にアンブローズの名を継ぐことになった。


 ダルトンは、立場のないアリスに温情をかけ、無一文の平民とするようなことはしなかった。

 仕事を続けるための支度金や工房を快く用意してくれたので、屋敷を出ることになった今でも、アリスは生活には困っていない。

 しかしそれには条件があった。

 ダルトンが財産とともに引き継いだ、子爵家の「魔法薬草販売事業」に、協力することである。


 もともとアンブローズ家が爵位を受けたのは、一族が持つ特殊な「癒やしの魔法」の才とその功績が認められたため。

 だがダルトンの一家はほとんどその魔法を扱うことができず、現在「子爵家の家名を冠した特効薬」を作れるのはアリスのみであった。

 それゆえに、事業への協力を当然のこととして要請されたのだ。

 アリスもアンブローズ家の信頼のためにと、尽くしてきた。


(だけど私が気付いてしまったから……。叔父上は、最近独自の研究を経て私の魔法がなくとも「同程度の特効薬の大量生産に成功した」と言い出した。本当なら素晴らしい話だったけど、すべて嘘。効力は格段に落ちる。そのことを見破られないために、叔父上は従来の富裕層とは違う顧客に、薬を売ろうとしている。「今まで富裕層が独占してきた特効薬を、庶民向けに安価で提供する」と言って。実際には金額にまったく見合わない、効力の低すぎる薬を……!)


 気付いてしまった以上、止めないわけにはいかない。

 屋敷に赴き、進言したのが一昨日のこと。「お前の言い分はわかった」とダルトンは鷹揚に答えていたが、嫌な予感は拭えなかった。

 それが今日、的中してしまった。


 * * *


 アリスは、店舗も兼ねている工房をすり抜けて、奥の居住スペースへと向かう。母の形見である指輪だけは持ってこよう、他には目もくれずにこの場を離れようと、強く決意していた。

 だが、開け放ってきたはずのドアのあたりでガタン、と大きな音がした瞬間足が止まった。


(賊が戻ってきた……!?)


 首元を覆ったケープを留める胸元のブローチに手をあてて、振り返る。

 夕陽を浴びて、戸口には背の高い人影が立っていた。



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