桃太郎めぐりあい宇宙|(ではないかもしれない)
昔、同人誌の穴埋めに書いた童話調で無責任…、(ゴホンゴホン)無国籍調のお話です。
壊れた先代のパソコンからサルベージできたので、載せておきます。
イヌカイからササモリへの道は少し険しい山道でした。途中野宿を挟み、心細いながらも桃三四郎は道を急いだのです。
道はやがて峠を抜け、森へ分け入っていました。
(本当にこちらであっているのだろうか)
仏さまの言葉より、簡単に物の怪の言うことを信じてしまったことに、ちょっとだけ後悔していると、木の陰から男が飛び出してきました。
行く手を塞がれて、桃三四郎は戸惑っていると、対する男は桃三四郎を認めてニヤリと笑ったのです。
「また会ったな」
男はイヌカイの村に入る前に襲ってきた野盗でした。
「あなたは…」
桃三四郎はこの野盗の執念深さに言葉を失いました。
「笹川良一さん」
「うん『一日一善』ってコラー」
野盗はノリツッコミをしました。
「城ヶ崎団左右衛門だよ! もう忘れたのか!」
「ああ、そうでした。すいません」
おとなしく名前を間違えたことを謝る桃三四郎。どこまでも礼儀正しいのでした。
野盗は、遠い目で山々の風景を眺め語り始めました。
「嫌な時代になったものだ…」
「やっぱり長くなるんですか?」
桃三四郎が訊ねると、眉をピクリと動かして団左右衛門が反応しました。
「と、見せかけて! やっちまえ!」
団左右衛門は上へ声をかけました。その途端に気配を感じた桃三四郎は自分の頭の上を見上げたのです。
彼の頭上は立派な木が幾筋もの枝を伸ばしていました。そこから一人の男が匕首を手に、桃三四郎に向かって飛びおりてきたのです。
(しまった! 伏兵だ!)
桃三四郎は予想もしなかった敵の戦術に、身構える暇もありませんでした。
そして、男は受け身も取らずに、桃三四郎と団左右衛門の中間へ大の字に落っこちたのです。
「…」
「…」
地面に落ちた団左右衛門の手下はピクリとも動きませんでした。
桃三四郎と団左右衛門は顔を見合わせました。
「???」
「???」
見る間に手下の頭に、まるで餅を焼いた時のように、コブが膨らんできました。
「十文字ぃ~! どうした十文字!」
「へえ、やっぱり悪い奴だったんだ」
四人目の声がしたと思うと、宙からトンボを切って小柄な影が現れました。そのままトンと軽業をこなして着地します。
「ニウ。ニウではないか」
「まったく、頭の上にも気をつけなきゃダメじゃないか」
「ついてきてくれたのか?」
「そんなことあるか」
プイとそっぽを向いたニウは、恥ずかしそうに言いました。
「ただ、あたしが歩いていた前を、あんたが歩いていただけだ」
「お、おまえら」
再会を桃三四郎が喜んでいると、目を血走らした団左右衛門が口角に泡を吹きながら声をあげました。
「オレのことを無視するんじゃねえ」
団左右衛門の手が腰の太刀にかかりました。前回の教訓からか、鞘ごと手にします。
「このオレのカネニタマグロノミツの威力をなめてんだろ」
「かねにたまぐろのみつ?」
平仮名で聞きかえす桃三四郎。
「ちなみに漢字だとこう書く」
団左右衛門は手にした太刀で、地面に四文字の漢字を書きました。
『金玉黒光』
「…。げっひーん」
ニウの冷たい声に、団左右衛門が表情を変えました。
「なにを! このカネニタマグロノミツの威力、身をもって知れ」
団左右衛門の右手の指が鯉口にかかりました。鞘を掴む左手の筋肉が盛り上がり、両手に太刀を抜くために力がこめられたのがわかりました。
だが、どんな威力の太刀でも、鞘から抜けなければそんな恐くないわけで…
「ま、まて。もう、ちょっとで抜けるから」
手で制する団左右衛門を見て、ニウは「どうする」と目で桃三四郎に訊きました。
「それでは待ってみましょう」
どこまでもお人好しの桃三四郎でした。
「よし、待っていろ。いや、待っていて下さい」
団左右衛門は足で鞘の先を踏んづけると、両手を柄にかけて、全身で引っ張りました。
「う~ん。う~ん!」
やっぱり無理なようです。
「あ」
団左右衛門の手が滑ると、反動で体がエビのように反りました。山の中でそうなると当然のごとく転ぶわけで、彼の体は後ろへとコロコロと転がりました。そしてその転がる先に見事なブナの木が生えていたのです。
ゴイ~ン
とても痛そうな音と共に団左右衛門は目を回して大の字になりました。
最後まで太刀は抜けていませんでした。
「で?」
手下と同じようにタンコブを作って目を回した野盗を放っておいて、桃三四郎はニウに訊ねました。
「ついてきてくれるのかな?」
「あたしゃ、か弱い女だよ。鬼退治なんて行けるわけ無いだろ」
ニウの遠慮無い言葉に、あからさまに落胆する桃三四郎。それを確認してから、ついでのように付け加えました。
「ま、まあ。近くまでは行ってやってもいいけどな」
こうして桃三四郎はニウと道中を一緒にすることになったのでした。
山を越えて森を抜けた先に、小さな山里が見えてきました。大分傾いて地面に刺さっていた道しるべには「この先、楽々森の里」と書かれていました。
山里は小さいなりにも豊かなようでした。小高くなっている入り口からは、イヌカイの村では見られなかった人の生活感というものが感じられます。田畑には作物が植えられて、用水路には水が流れています。
田畑の間には農家があちらこちらに点在し、その中心に大きめのお屋敷は庄屋でしょうか?
古くから伝わるであろう言い伝えや伝承といった物は、ああいったお屋敷で訊ねれば答えが得られそうでした。つまり『伝説の鎧』のありかも、あそこで訊くのがよさそうです。
また村は渓谷で分かれておりました。小さな吊り橋がかかった向こう側にも、手前のお屋敷と同じ規模はありそうな建物の屋根が、木々に隠れて覗くように見えていました。
二人は遠慮無しに、村の生活へ分け入っていきました。野良作業をしている村人はそれなりの物を身に纏っているし、また旅人である桃三四郎たちにも気安く挨拶を交わしてくれました。
「この里で『伝説の鎧』を探さないといけないのか」
平和な風景を見まわして桃三四郎がつぶやきました。
「そういったことはあまり口にしないほうがいいぞ」
ニウが周囲を確認しながら言いました。
「もしかしたら強奪しないと手に入らないかもしれないからな」
「そんな物騒な」
「時には…」
ニウは出来の悪い教え子に智慧を授ける教師の口調になっていました。
「そういったことも必要になるってことさ」
二人は道ですれ違う村人と挨拶を交わしながら、渓谷の手前にある方のお屋敷にたどり着きました。
立派な門構えに一旦躊躇するも、ニウに小突かれて桃三四郎は口上をのべようと息を吸いました。
「あの~。ごめんください」
それは、これから鬼退治へ向かっている者とは思えないほど気の抜けた声でした。
スッテーンと拍子抜けしてコケたニウが、彼の背中を叩いて、元気づけようとしました。
「しゃんとしろよ」
「ええ、だって…」
「なにか当家に?」
二人が小突きあっていると、ガシャリという金属音がして、敷地の中から声がかけられました。
そこに甲冑を身に纏った娘武者が仁王立ちに立っていました。
鎧は普通の拵えとは趣が違い、甲殻類のデザインを参考にしたような紅色をした凶悪そうな物でした。しかもそのシルエットを両腕に装着された武器が一層凶悪にしてます。
その武器というのは一枚の刃が肘へ固定され、前腕を動かすことによってもう一枚の刃がその固定された方の刃を滑り、相手を轢断するような大型武器でした。
そんな大型武器を左右一組ずつ、しかも鎧だって薄い物ではなく、相当の厚みがありました。見かけによらずこの娘には凌力はあるのでしょう。
「あ、あの」
桃三四郎が武装した相手に及び腰になりました。
「わたしは…」
「ああ」
桃三四郎が語り始める前に、彼の背中に刺さった日本一の幟旗を見て、娘武者は口を開きました。
「あなたも鬼退治に?」
「え、ええ」
「でも、もうこの里には猿はいませんよ」
とても冷静な声で意外なことを言いました。
「さる?」
「あれ? 違いましたか? てっきり私は、あなたがたが鬼退治に連れて行く猿を探しに来たのかと。でも、もう猿はいません」
「いない?」
「ええ。退治してしまいましたから」
そう娘武者が答えると、屋敷の方から声がしました。
「マツバお姉ちゃん。お客さん?」
小さな女の子でした。着物を着て赤い鼻緒の草履を履いて、オカッパ頭なのでまるで座敷童のような印象でした。
小さな毬を手にした女の子の横には、失礼にならないように取り繕いながらも、桃三四郎たちを盗み見るように窺う臼の物の怪がいました。
「マツバさん。お客さんですかい?」
続いて庭から、栗の物の怪が顔を出しました。
自分もネコマタと同道していますが、人間でない者の登場に驚いてしまう桃三四郎でした。
「お嬢さん、どのくらい取りますか?」
遠くから声をかけてきたのは、どうやら蜂の物の怪のようです。その彼は立派な柿の木に上がって、おいしそうな柿の実を収穫しているところでした。
臼。
栗。
蜂。
そして立派な柿の木…。
「えーと。こういうのをクロスオーバーって言うんだっけ?」
桃三四郎は自信がなさそうにニウへ訊ねたのでした。
二人は客間に通されました。
「わたしは当主代理をしているマツバと申します」
上座に座った娘武者が、紅色の甲冑も脱がずにしかし礼儀正しく挨拶をしました。
「わたしは鬼ヶ島の鬼を退治へ行く旅の途中の桃三四郎と申す者。こちらは…」
「あたしはニウ、見ての通りネコマタだよ」
座布団の上で二股に別れた尻尾が揺れました。
「ただの行きずりさ」
ここで仲間などと言われては、鬼退治まで着いていかなければならなくなるとでも思ったのか、何か言おうとした桃三四郎を遮って、ニウが付け加えました。
「桃三四郎どの。先程申しましたように、この里には、もう猿はいないのです。私たち姉妹の母がこの里の長として、川向こうの猿たちとなんとか共存してきたのですが、去年母が猿たちの手によって殺され、その仕返しに私と里の者で退治してしまったのです」
「つまり、村での勢力争いだったと?」
桃三四郎の質問に正直にうなずくマツバ。
「はい。しかし親の敵討ちとはいえ私は手を汚してしまったので、里の長に収まる権利はありません。本当は妹が長になるべきですが、なにぶんまだ幼いので」
「なるほど、それで当主代理と」
納得した桃三四郎は顎を掻きました。
「ええと、マツバどの」
「はい」
「わたしはこの里に猿を捜しに来たのではありません。わたしは仏さまの導きで、こちらにどのような剣も受け付けないという『伝説の鎧』を求めにまいったのです」
「そのごっつい奴じゃないの?」
ニウが遠慮無しにマツバの紅色の鎧を指差しました。
「いえこれは、去年の争いの時に拵えた物ですから、伝説と呼ばれるほど年月は経っておりません」
「あ、そうなんだ。どうりで綺麗だと思った」
「ありがとうございます」
自分の鎧を褒められてマツバは短く微笑んで、それから首を捻りました。
「当家には、そのような鎧は所蔵していないと思うのですが…」
その真剣に考えている顔には、嘘を言っている様子は微塵も感じられません。
その時、お茶のお代わりを持ってきた臼が、口を開きました。
「マツバさん。もしかしたら猿どもの屋敷の方かもしれませんよ」
「どういうことです」
桃三四郎の質問に、臼は面白く無さそうに言いました。
「猿のやつらの方が武器や防具を集めるのに熱心だったからでさ」
(自分よりも戦備が整っている者を相手にして、よく争いに勝利することができたな)
と、そこまで桃三四郎は考えてから、臼の態度を見て、その戦いが正々堂々としたものではなく、どちらかといえば卑怯な騙し討ちに近い奇襲だったことを察したのです。
「そこは今どうなっているんだい?」
考え込んでいた桃三四郎の代わりに、ニウが訊ねました。
「いまは住む者もなく廃屋になっております。行かれるなら案内しましょうか?」
「マツバさん。こんなどこの馬の骨とも判らない者とあんなところへ行くなんて。無茶もいいところです」
「まあ待ちなさいウスドン」
ジロジロと遠慮無く疑う目で桃三四郎たちを見る臼を、手を挙げて制したマツバは微笑みました。
「鬼退治に行かれる方が一緒ならば、猿の残党がいたとしても安全でしょう」
「マツバさんは万事そうだ。猿どもをやっつけたのは貴女なのだからもっと胸を張っていいのに。家も妹さんに譲ると言い出すし。わたしゃ貴女が死に急ぐんじゃないかと心配で」
「そんなことは…」
マツバは否定しきれずに口ごもりました。
「そちらへ勝手に入ってよろしいのでしたら、わたしたちだけで参りますから」
剣呑な雰囲気を納めようと桃三四郎は口を挟むと、マツバは真っ直ぐと彼に向き直りました。
「いいえ。案内させてくださいまし」
マツバはそう言い切って、それ以上臼には何も言わせませんでした。
小さな吊り橋を渡ると、かつて猿たちが勢力範囲としていた土地でした。
渡ってすぐの耕作地は、いまは手前の里の者が使っているのか、野菜などが栽培されていました。
だけど一つ丘を越えたところで風景は一変しました。荒れた田畑に無人の農家。それはまったくイヌカイの村と同じ様相でした。
これで、もうこちらには誰も住んでいないことが判りました。
川の反対側は、建物の数や大きさなどマツバの方とほぼ同じ、つまり里の半分を失ったことになります。
その一番奥に、門構えから大きさから間取りまで、マツバが暮らすものと同じような屋敷が建っていました。
「ええと、おじゃまします」
無人らしい屋敷内へ、というより少なからずも関係者であるマツバに断るように言って、桃三四郎は金具から外れて傾いだままになっている門扉をくぐりました。
庭も広さや石の配置までそっくりでした。ただマツバの屋敷にあった立派な柿の木だけはこちらにはありませんでした。
印象的なのは、土間の入口に黒い何かのシミのような物が、水たまりほどの大きさで地面に広がっていることでした。
無言でマツバがそのシミを見つめていました。
「ここで?」
桃三四郎は言外に色んな意味を込めて訊きました。
「ええ」
マツバは後悔があるような様子でうなずきました。
「この場所で猿の当主を討ちました」
何かを振り払うように空を見上げるマツバ。
「雪の降った、あの日。山鹿流陣太鼓を打ち鳴らしながら四七人の同士と共に討ち入ったのです」
「それって…」
仇討ちの本懐を遂げたことで有名になった逸話でした。後の世に『AKO四七』と呼ばれるユニットが結成された瞬間でもあります。
ちょっとだけ桃三四郎は寄り目になって考えました。
「…」
「さてと、家捜しするには大変そうだ」
二人が仲良く話しているのが気に入らなかったのか、ニウが突然大声で割って入ってきました。
ニウが額に手を当てて屋敷の外壁を見まわしました。
「どこにあるんだろ」
「置いてあるとしたら、蔵かしら?」
マツバは独り言のようにつぶやくと、足を庭の向こうに建つ立派な蔵へ向けました。
「よく考えたらさ」
まったく警戒していない様子で、ニウが頭の後ろで手を組みました。
「どのような剣も受け付けない『伝説の鎧』なんてあったら、猿が使っているんじゃないの?」
「そうですね」
さして考えずにマツバ。
「でも猿の誰もがそんな魔法のような鎧は着ていなかったと思いますけど」
蔵には頑丈そうな扉がついていましたが、その鍵は見事に壊されていました。
「これだけだって、相当な広さじゃん」
ニウは探す前からうんざりした声でした。対してマツバは両腕の武器を構えて、慎重に扉を開きました。
中は荒らされ放題になっていました。
大小のツヅラや箱、何に使うかわからない錆びた農機具など、あちらこちらにてんでばらばらに投げられ、ひっくり返されていました。
金銀財宝どころか着物や反物の類すら持ち去られた後でした。
「これじゃあ、もうないんじゃない?」
「しかし」
眺めただけで諦めたニウに、桃三四郎は力強い声でこたえました。
「仏さまはこの里にあると」
「だってさぁ、あのホトケ怪しいじゃん。きっと偽物だぜ」
「そのような不信心なことを申すな」
「だって、あたし人間じゃないし」
「いちおう、奥から探してみましょう」
一番興味が無くてもおかしくないマツバが、蔵の奥を指差しました。
それから小一時間というもの蔵の中を探し回りましたが、残っているものは、ほとんどが空箱でした。あったとしても使えなさそうなガラクタばかり。
「やっぱり、無いんじゃないの」
最初に音を上げたのは、根気という言葉から一番遠い位置にいるニウでした。
「おかしいですね。ここかと思ったんですが」
ここに案内したマツバは申し訳なさそうに目線を落としました。
「いや、マツバどののせいではありませんから」
桃三四郎はマツバの好意が無駄にならないように微笑んで答えました。
ここでいつもならば「そうだよ、あのいいかげんそうなオッサンの言うことを聞くからだよ」と、ニウが仏さまのせいにするところですが、様子が違いました。
「?」
静かだったので桃三四郎はニウを振り返りました。彼女は腰かけるのに適当な箱の上で足を組んでいました。ただその顔がいつもより真剣味が混じった表情に変わっているのです。
「ねえ」
壁を睨んでいるように見えるニウが、少し固い声を出しました。
「これ、おかしくない?」
ニウが指差した先には、人が一人潜り込めるような大きな箱が壁際に置いてありました。その中身はもう確認済みでした。もとは陶器類が納められていたらしく、中には大量の油紙と欠けた皿なんかが残っていただけでした。
「なにが?」
いいかげん探し物に飽きていた桃三四郎も、休憩になるとばかりにニウに応えました。
「こんなに大きな箱、本当に必要かな?」
「そりゃあこれだけの蔵だから、納める物も多かったのだろう」
「でも、床に固定しておく意味がわからない」
「そうか?」
確認してみると確かにその大きな箱は床に留められているようでした。
「もしかして」
ニウは身軽に蔵の中を移動して、その箱へ飛び込むと、見る間に中に残っていた緩衝材の油紙や残った欠片などを放り出し始めました。
「これこれ」
自分の顔に丸められた紙が命中して、桃三四郎は渋い顔になりました。
ニウの手が突然止まりました。少し興奮しているらしく、二股になった尻尾が立っていました。
「なにかあったのですか?」
桃三四郎よりニウの近くにいたマツバが横へ行き、二人して箱の中を確認しました。
「これ…」
マツバに意見を求めるようにニウ。
「確かに」
「なんだ?」
桃三四郎も好奇心が刺激されて、彼女たちのそばへ寄り、箱の中を見ました。
箱の底には取っ手がついていて、その周りの底板には切れ目が入っていて、持ち上がりそうなのです。
「二重底か?」
「いや」
桃三四郎が無意識に発した言葉に、すかさずニウが反応しました。
「箱の外から見た高さと、中の高さにそう違いはないから、二重底じゃなくて、下への通路が隠されているんだと思う」
「誰が開ける?」
桃三四郎の言葉と同時に、二人の視線が突き刺さりました。
「こんな手をこんだことをして隠してある入り口だから、なにか仕掛けがしてあるかもしれない」
「わたしはこの鎧のせいで、このようなところで作業するのには向いていません」
「わたしか?」
それぞれに両肩を叩かれて桃三四郎はちょっと怯えたような顔になりました。
「仕掛け…。どのような罠があると?」
「そんなの開けてみなきゃわからないだろ。わかるぐらいだったら罠じゃないし」
「その日本一の幟旗がしめすような勇気をみせてほしい」
「はあ」
桃三四郎は返事のような、溜息のような物を漏らしました。
「それじゃ、あたしたちは外で待っていようか」
「そうですな」
「え? なんで?」
「爆発する罠だったら全滅しちゃうだろ」
「確かに」
「それからテレポーターで壁の中に飛ばされたら、すぐにリセットだからな」
ニウはよく判らないようなことを言って、さきに蔵から出て行きました。
「それでは気をつけて」
マツバは、それでも優しい声をかけてくれました。
二人が蔵の外へ出る間に、桃三四郎は箱の中へ潜り込みました。
「あけるぞ!」
「いいぞ!」
桃三四郎は取っ手に手をかけました。
「うわあ!!!!」
桃三四郎の悲鳴だけが蔵の中から響いてきました。
数刻後。三人は猿の屋敷の庭にいました。
三人の前には大きめのツヅラが置かれていました。その正面には中に入っている物の目録なのか、古びた紙に『伝説の鎧』と書かれていました。
「意外に軽い物なのだな」
ここまでツヅラを運んできた桃三四郎の額には、なぜか大きなタンコブが出来ていました。まるで目の前のツヅラが、蔵の天井から落ちてきて下敷きになったようなタンコブでした。
いや、実際その通りだったのですが…。
「これで重かったら、あんた死んでるぜ」
悲鳴の後に桃三四郎のところに駆けつけて、開口一番が「石頭でよかったな」だったニウが、本気に取れるほどの真剣さで言いました。
「まあ、爆発するのでなくて、よかったじゃないですか」
二人を取りなすようにマツバが言いました。
「とりあえず『伝説の鎧』があったということでよしにしよう」
桃三四郎はタンコブを撫でつつ微笑みました。
「それじゃあさっそく」
猫に好奇心で勝てる者などいません。止める間もなくニウはツヅラに寄りました。
両手を蓋に手をかけてから、思い直して顔を恐る恐る近づけました。
クンクンと、まず臭いを外から確かめてみます。
「どうやら腐っていないようだな」
まるで冷蔵庫の奥で忘れていた納豆のパックのような扱いでした。やはり前回で懲りているのでしょう。
「あけるぞ」
「どうぞ」
どうせ止めてもニウが開けるのです。目的の物が見つかった余裕で桃三四郎は苦笑して蓋を開く権利を譲りました。
ぱか。
「?」
「?」
蓋を掴んで中身を覗いたまま硬直したニウを不審に思い、桃三四郎もマツバも彼女に続いて中を覗き込みました。
ツヅラの中には何も入っていません。ただ一枚の紙切れが忘れられたように残されていました。
「???」
紙には何か書かれていました。桃三四郎は手にとってそれを読みました。
借用書
私こと桃十五郎は、この「どのような剣も受け付けないという『伝説の鎧』を、鬼ヶ島の鬼退治のために猿どのから、以下の条件で借り受けます。
①、鎧を猿どのに間違いなく返還すること。
②、鬼退治が成就した暁には、借用代金として鬼の財宝から金子十貫を払うこと。
以上二つを仏に誓ってここに明記します。
「はあ?」
三人は目玉が飛び出るくらい驚きました。
その時でした。
「桃三四郎よ」
どこからか呼ぶ声がしました。顔を上げると三人の前に眩い光と共に仏さまが姿を現しました。
「桃三四郎よ。よくぞ、どのような剣も受け付けないという『伝説の鎧』を手に入れた。ほめてつかわすぞ」
「これは仏さま」
頭を下げるのは素直な桃三四郎でした。
「仏さま!」
桃三四郎の言葉を聞いて、マツバは驚いた声を上げました。慌てて片膝を着いて頭を下げる最上級の礼をしました。
だけれど、ここにそんな威光に怯まない物の怪が一人いました。
「褒めてつかわすじゃねえよ」
ニウが柄悪く仏さまを睨み付けると言いました。
「これ、何なんだよ」
ニウは二人よりも先にこの里を訪れていたと思われる桃十五郎が書いた借用書を仏さまに突きつけました。
「ん?」
仏さまはたいして興味なさそうにざっと斜め読みし、そしてもう一度、今度は目を見開いて読み直しました。
「あ、あれ? どゆこと?」
「こっちこそ、どうゆうことだよ。『伝説の鎧』は、この桃十五郎が持っていっちまったんだろ」
バンバンと、ニウは借用書の表面を叩きました。
「お、おかしいな」
仏さまは慌ててスマートフォンを取り出すと、なにやらアプリを開いて画面を確認し始めました。
「あ~。はいはい。そうゆうことか~。ふ~ん、桃十五郎がねえ」
なにやらその情報で一人うなずいていたりします。
それから三人の遠慮無いジト目に気がつくと、慌てて取り繕うようにスマートフォンを懐に仕舞うと、胸を張りました。
「あ~コホン」
「桃十五郎が持って行ったんだよな」
ニウが有無を言わさない調子で訊きました。それで仏さまは咳払いをした口に拳を当てた体勢で硬直しました。
「忘れてた、ごめんちゃい」
仏さまは、まるでペコちゃんのように舌を出してコツンと自分の額を叩きました。
「おまえみたいなおっさんがやっても、可愛くないんだよ」
ニウの鋭いツッコミを振り払うかのように、仏さまの姿は光と共に消え始めました。
「桃三四郎よ、次は南に向かうのだ。そちらにあるトメタマの山に眠るという、どのような化け物でも切り払うという『伝説の剣』を手に入れるのだ」
「おい! ホトケ! 『伝説の鎧』はどうすんだよ!」
光から聞こえてくる声にニウが言い返したが、答えはありませんでした。
光は名残惜しむことなく消え去りました。
「本当に仏さまの導きがあったのですね」
礼のポーズから立ち上がりながらマツバは桃三四郎に向き直りました。
「ええ。きっとこの『伝説の鎧』も、なにか深い思慮の結果なのでしょう」
「そんなことねえと思うよ。忘れてたって言ってたじゃん。やっぱりアイツ偽物じゃねえの」
歯に衣を着せないニウに、ちょっとだけ恐い顔を見せる桃三四郎。
「そんなことを申すな。仏さまの考えを、我ら下界の者が知ることなどできるはずがない」
「桃三四郎どのは」
睨み合いを始めそうな二人の間にマツバの言葉が入りました。
「これからどうなさるつもりだ?」
「もちろん鬼退治に向かいます」
「『伝説の鎧』もなしに?」
「ええ」
「サルのお供も連れずに?」
「ええ」
桃三四郎の言葉に迷いはありませんでした。
「それでは、わたしを連れて行ってくれまいか」
「ちょ、ちょっと」
ニウが驚いた声を出しました。
「なんで、あんたが着いてくるんだよ。桃に連なる者には、イヌ、サル、キジの他にお供はいらないんだよ」
「なぜニウどのが反対されるのだ?」
「そ、それは、ええと。コイツの…」
「仲間?」
マツバの確認に、頬をうっすら染めたニウがそっぽを向きました。
「い、いきずりだって言ってんだろ」
「それならば、わたしが桃三四郎どのと一緒に行ってもかまわぬではないか。ニウどのこそ行きずりならば、ここで分かれた方がよいのではないか?」
「まあまあ。ニウも、マツバどのも」
言い争いのようになってしまった二人の間に両手を挙げて桃三四郎が割って入りました。
「二人とも、なにをそんなに争っておるのだ」
「そりゃあ」
「ええと」
キョトンとしている桃三四郎を見て、二人は別々の方向へ溜息をつきました。
「マツバどの」
桃三四郎は顔を引き締め直して語りかけました。
「わたしは鬼退治へ行く身。道中は野盗が襲ってきたり、平坦な道ではないであろう。そんな旅に女の人を同道させるわけにはいかない」
その言葉にマツバはチラリとニウを見てから、桃三四郎を正面から見据えました。
「わたしを連れて行って欲しいと言ったのは、なにも鬼ヶ島までではありません」
「?」
「先に申しましたとおり、この里では猿を討って平和を手に入れました。しかし里の者には、わたしが里の当主に収まる事を望む者と、妹が当主に収まる事を望む者とがいます。今はまだ妹は幼いからよいのですが、いずれ大きな確執となるでしょう。それでは猿どもを退治したときと同じく、血が流れることになりかねません。ここでわたしが桃三四郎どのと一緒に里を出れば、当主の座を巡って里の者が争う理由がなくなります。ですから、そのトメタマの山まででもいいのです」
「しかしマツバどの。あなたには里を守るという役目もあるのでは?」
桃三四郎はそれでも思いとどまるように言いました。
「ならば」
マツバの右手が、左手に装着された大型武器にかけられました。轢断するために肘のところで大きなネジでとめられた間接があります。
マツバはそのネジを抜いて、左側の二つの刃を地面に落としてしまいました。同じように右腕の大型武器も分解してしまいます。
「これで里を守るために戦うことができなくなりました」
「バカだなあ。そんなことしたら自分の身も守れないじゃないか」
ニウが指摘しても、あまり重要なことでないようにサラリと言い返しました。
「わたし自身が旅先で命を落とすのなら、それも仏さまの導きでしょう」
「ふむ」
桃三四郎はちょっと顔を歪めて考え込みました。
「こんなやつ連れて行く必要ないよ」
右側からニウが言うと
「是非とも連れて行ってください」
と左側からマツバが言ってきました。
「まあ、とりあえず。落ち着いて黍団子でも食べない?」
桃三四郎はその場に座ると、腰の袋から団子を取りだしました。
「黍団子を下さるということは、わたしも鬼ヶ島まで着いていってよろしいのですね」
「いんや」
一つ頬張りながら桃三四郎は否定しました。
「だってマツバどの、食べ物を持ってきてないでしょ。ただそれだけ」
そう言うと桃三四郎はニウにも黍団子を差しだしました。これを食べるのが二回目のニウは、今度は警戒も気負いもなしに口にしました。
さんざん行きずりの関係と言っているニウが気安く口にしているのを見て、マツバは少し肩を落として黍団子を受け取りました。
「でも、隣の村ぐらいまでなら一緒に行ってもいいよ」
「そうですか」
落胆していたマツバの表情がとたんに明るくなりました。その反対側でニウが団子に石が混ざっていたような顔になっていました。