ゆきんこ
寒い、雪が降りそうな日のことです。
明菜ははあと息を吐きながら、空を見上げます。
今日の天気は雪。
そうテレビでやっていたので、明菜は外へと飛び出しました。
明菜の家は床暖房が付いているので、寒さを感じません。
でも冬はやって来ているのです。
「雪、降らないかなぁ」
明菜は手袋からしみ込んでくる寒さに震えながら、公園のベンチで待ちます。
お母さんがあまり良い顔をしなかったのは、明菜が風邪を引いたら困るからです。
明菜は体の弱い子でした。
すぐに熱を出しては、夜間病院に運ばれたことも一度や二度じゃありません。
だからお母さんはダメと言いました。
しかし明菜も譲りません。
雪が見たい。
明菜が生まれてから、雪は数回しか降っていません。
だから雪が見たくて、公園までやって来たのです。
「まだかなあ」
「何を待っているの?」
突然声をかけられて、明菜は振り向きました。
裸足で薄着をした女の子が、いつの間にか立っていました。
「あなたはだあれ?」
「私はゆきんこ。雪を降らせに来た」
ゆきんこと名乗るその女の子は、明菜の隣に座ります。
「父様がもうすぐ雪降らす。ゆきんこ、それ見に来た」
「私も雪を見に来たの。雪の日はいつも熱を出していて、見られないから」
鼻まで真っ赤になった明菜を見て、ゆきんこはくすくす笑います。
「人間の子供変。ゆきんこ風邪引かない」
「わあ、すごいなぁ! ゆきんこちゃん、体が強いんだね!」
素直な感想を言うと、ゆきんこはますます面白がります。
「人間変。ゆきんこは雪の子。冬は元気」
「私もゆきんこちゃんみたく丈夫になりたかった」
くしゅんと、くしゃみをして、明菜は言います。
頭がぼーっとしてきたので、熱があるかも知れません。
ゆきんこは言います。
「もうすぐ父様が雪を降らす。それまで家で待て」
「嫌だよ。外で雪が降る瞬間を見たいの」
するとゆきんこはキョトンとした顔をします。
「人間の子、家が嫌いなのか?」
「大好きだよ。でも暖かいから、雪の冷たさを感じない」
私は雪の冷たさを感じたいの。
明菜の言葉に、ゆきんこはなるほど、と、頷きます。
「ゆきんこ、納得。待ってて。父様に今雪を降らすように言うから」
そう言ってゆきんこは立ち上がると、ふわりと宙に浮きます。
明菜はビックリして、寒さが吹き飛びました。
「待ってて人間。今、雪降らす」
あっという間に消えていくゆきんこを見て、明菜は空を見上げます。
ひらり、はらり。
間もなくして、空から雪が降ってきました。
明菜は嬉しくて両手を空に伸ばします。
手袋で冷たさは感じませんが、頬に当たる雪は間違いなく冷たいです。
「雪だ、雪!」
明菜はクルクルと回りながら空から降って来る、雪を見つめます。
寒さなど、とうに吹き飛びました。
「どうだ、人間の子」
背後で声がすると、ゆきんこが立っていました。
「父様に頼んで、雪を降らせたぞ」
「ありがとう、ゆきんこちゃん! すごく嬉しい!」
「変わった人間だな。雪が好きなんて」
ゆきんこはニヤリと笑うと、再び空へと舞い上がります。
「雪は積もらない。父様との約束。雪は降らせるけど積もらない」
「分かった!」
ゆきんこは豆粒くらいの大きさまで遠くに飛ぶと、大声で言いました。
「また会おう! 人の子!」
そう言った頃にはゆきんこの姿は消えて、明菜だけが取り残されました。
「明菜、ここにいたの!?」
お母さんが傘を持って走ってきます。
そして明菜のおでこを触るなり、ああやっぱり熱があると言いました。
「早く帰りましょう。雪が積もったら大変よ」
「大丈夫。雪は積もらない」
ゆきんことの約束です。
しかしお母さんは明菜に傘を与えると、手を引っ張って、帰ろうとします。
「熱があるんだから家にいなさい。明日は病院よ」
お母さんは、熱さましはあったかしらとブツブツ言います。
しかし明菜は雪が降って来るのが嬉しくて、のどが痛いのも平気です。
そういえば足に力が入らなくなってきているな、と、明菜はぼんやり思いました。
しかしゆきんこに出会えて良かったと思います。
ゆきんこは雪の王様の子供。
そう思うことにしました。
明菜はくしゃみを一つすると、心配性のお母さんに連れられて家に帰りました。