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魔法少女の憂鬱

作者:

もしも別の誰かになれたなら

たぶん元には戻りません

「ありがとうございましたっ!」

 支払いを済ませたお客さんへ向かって、私は覚えたての営業スマイルを返した。すると高校生らしきその男の子は、いつまでもこちらへ緩んだ顔を向けたまま、そそくさと店を出て行った。

 ここは住宅街の一角にある、ごく普通の喫茶店だった。内装も普通。メニューも普通。今私が着ている制服も、至って普通。

 ただ、その店内にいるお客さんたちの様子だけは、ちょっと変わっていたかもしれない。

 お客さんたちは皆、近くの高校の制服を着ていて、何故か一様にソワソワしていた。

「…ここのところ学生の客が増えたねぇ。皆あんたが目当てだよ? ミライ」

 カウンターの中で、店長のカナエさんがニヤニヤしながらそう言うと、店内にいたお客さん全員の肩が動いた。

「え、えーと…」

 その辺りの事は視線とかで何となく察してはいたけど、この状況で言われても正直反応に困る。

 カナエさんは以前、銀行強盗立て籠り事件の時に知り合った年齢不詳の女性だ。

 その頃から気の強そうな人だなと思ってはいたけれど、どうやら結構強引なところもあるようで、一週間程前に公園で偶然再会した時、丁度良いからと言ってそのまま住み込みのアルバイトにされてしまったのだ。

 まあ、丁度良いと言えば、確かに丁度良かったのだけれど。

 私はチラチラとこちらの様子を伺っているお客さんたちに、曖昧な笑みを向けた。

「「「おぉっ!」」」

 確かに丁度良かったのだけれど、この男の子たちのテンションにはやや困惑気味だった。


 やがて日も傾いてきて、通りの街灯が灯り始めた頃。

「「「…っ!」」」

 店内では相も変わらず、私の一挙手一投足に謎の歓声が上がっていた。

 いささか辟易した私が窓の外へ視線をさまよわせると、店の外に見覚えのある男の子が立っている事に気が付いた。

「…こんな時間にどうしたの? ユウキくん」

 私は店の外に出て、その男の子に声をかけた。店の中から視線を感じるけど気にしない。

「ミライ姉ちゃん…」

 ユウキくんは近所の小学校に通っている男の子だった。彼と最初に出会ったのは…いつだったかな。

 いつもなら私を見ると恥ずかしそうに俯いてしまう彼が、今は何かを求めるように見詰めてくる。よく見れば彼の服は、所々汚れていた。ケンカ…、ではないだろう。

「そう…、ユメミちゃんの事を探していたのね?」

 私がそう尋ねると、ユウキくんは素直に頷いた。

 ユメミちゃんと言うのは、一週間程前から行方不明になっている彼の幼馴染の女の子だ。

 ……でも実際のところ幼馴染とは言え、彼はいつもユメミの事をからかっていたのに。そんな彼がこんなにも彼女の事を心配するのが、私には少し不思議に思えた。

「大丈夫よ、きっと見つかるわ。私も心当たりを探してみるから。だからもう、こんなに遅くまで出歩いていたら駄目よ?」

 そんな内心を隠したまま、私は優しく諭すような言葉を口にする。

「…うん。ありがとう、ミライ姉ちゃん」

 するとユウキくんは、少しだけ安心したような笑顔を見せてくれた。

 けれど…。

 そんな彼に対して、私は嘘をついていた。

 私にはその女の子を探す気など全くなかったし、決して見つからない事も知っていた。

 居なくなってしまった女の子。ユメミちゃんというのは他でもない、この私なのだから。


 あの頃の私は、とても夢見がちな女の子だった。

 いつでも不思議な物語を空想しては、それを両親や友達、果てはペットのハムスターにまで話して聞かせるような。小さな体には収めきれないくらい、たくさんの夢に溢れた子供だった。

 そんな私の元にある日、本物の不思議が舞い降りてきた。

「こんにちは、ユメミちゃん。僕は夢の国の妖精、アルジャーノン」

 ペットのハムスターが突然光り出して、いきなりそんな自己紹介を始めたのだ。…いや、これは空想とかではなく。

「はじめましてアルジャーノン! …えっと、はじめまして?」

 実際には『初めまして』ではなかったけれど、『もしも妖精と出会ったら』なんて空想は何十回となくしている。当然、心の準備はバッチリだった。

 そんな非現実をあっさりと受け入れた私に、彼は自分の事情を語り始めた。

「僕はこの世界へ遊びに来たんだけど、ここは思っていたよりも夢の力が少なくてね。色々と見て回っている内に、いつの間にか僕は自分が妖精であることさえ忘れてしまっていたんだよ」

 夢の力がなければ自我も保てない存在でありながら、わざわざ夢の国を出て来るなんて。

 彼は可愛らしい見た目に反して、随分とチャレンジャーな性格をしていた。

「でも君が、僕にいっぱい夢を分けてくれたから」

 そう言ってケージの中の彼が、パッと消えた。そして次の瞬間には、私の目の前に浮かんでいた。

「わぁっ!」

 私が驚いていると、彼は『もう大丈夫だ』とでも言うように、部屋の中をぐるぐると飛び回ってみせた。

「だから今度は僕が、君に夢の魔法を分けてあげるよ。教えて、君の夢は何?」

 この突然の申し出に対して、私は迷う事なくこう言った。

「わたし、おとなになりたい!」

 思えば、これが間違いだった。


 私が彼から貰ったのは『大人になる魔法』。

 大人と言っても、ユメミがそのまま大人になったものではなく、ユメミが思い描いた理想のヒロインの姿だった。だから実際には、外見年齢も高校生くらい。

 皆が憧れる素敵な容姿。難しい問題がスラスラ解ける頭脳。からかってくる男の子を軽くあしらう大人の対応力。そして悪者をやっつける超人的な身体能力。

 あの頃の自分が見ていた夢の大きさには、我ながら素直に感嘆する。今の私では、とても本気で見れない夢だ。

 それからの数ヶ月間。私はアニメのヒロインにでもなったような気分でスーパーガールミライに変身し、アルジャーノンと一緒に困っている人を助けて回った。

 カナエさんと出会ったのも、この頃の事だ。

 けれどしばらくする内に、段々とうまくいかなくなってきた。人助けが、ではなく。ユメミとしての生活が、だ。

 私は理想の大人であるミライを、現実の自分とはかけ離れた人物として設定し過ぎていた。その為にユメミとミライの間のギャップは、日を追う毎に大きくなっていった。

 簡単に言えば、ミライの時には出来る事が、ユメミの時には出来ないという事。

 ミライの時には解けるはずの問題を、ユメミの時には解く事が出来ない。ミライの前では恥ずかしそうに俯く男の子に、ユメミの時は馬鹿にされる。そんな違いが積み重なって、私は次第にイライラと怒りっぽくなっていった。

 その結果、大切な友達とも些細な事でケンカして、学校ではいつも一人ぼっち。たまに話しかけてくるのも、からかってくる男の子だけになってしまった。

 それでも両親だけは、幼さゆえとそんな私を許してくれたけど、ミライになればその辺りの事情も全て分かってしまって自己嫌悪の悪循環。

 やがて私は最低限、人と会う時以外、殆どの時間を変身して過ごすようになった。


「いつまでこんな事を続けるつもりだい?」

 自分の部屋に籠って、明かりも点けずに蹲っていた私に、ケージの中のアルジャーノンが話しかけてきた。

「あまり長い間その姿でいる事は、君にとっても良くないよ」

 彼は本当に心配してくれていたけれど、私はそれを素直に受け取る事が出来なかった。

「何? 変身し続けたら、死んでしまうとでも言うの?」

 もしそうなら丁度良い、なんてそんな事さえ考えていた。まるで悲劇のヒロインみたいに。

「そんな事は…。その魔法はもう君の物だ。どんな代償も要求される事はない」

 労わるような彼の言葉も、その時の私には無性に腹立たしかった。

 最近は何をしても、ちっとも楽しくない。私はもうずっと前から、自分がどうやって夢を見ていたのかさえ分からなくなっていた。

 だからだろうか、こんな事を言ってしまったのは。

「…本当にそうかしら? あなたが自我を保つ為には、私の夢が必要なんでしょう? だったら、あなたが私の夢を食べてしまったんじゃないの?」

 どうしてこんな酷い言葉が出て来るんだろう?

 今の私は、ミライの姿なのに。

「夢は減ったりなんてしないよ。君が見るのを止めた時に、ただ消えてしまうだけだ」

 彼の悲しげな声を聞いて少し後悔したけれど、もう遅かった。言ってしまった事を、なかった事には出来ない。

「だったら、ねぇ! あなたの力でユメミを消してよ。私はもうユメミに戻りたくない。それが今の私の夢なの!」

 なんて酷い願いだろう。こんなものを、夢と呼べる訳がない。

「…それは、出来ないよ」

 アルジャーノンは静かに首を振った。

「その魔法は君の願いを叶えるけれど、君自身を変える事は出来ない。だってそれは、君の夢で出来ているんだから。君を変えてしまったら、君の夢から生まれた魔法も消えてしまう」

 そう、本当は何も変わってなどいなかったのだ。いくら魔法で変身しても、私は愚かな少女のままだった。

「そしてそれは、僕も同じだよ。今の僕は、君の夢から力を貰っているんだから」

 そう言えばいつの間にか彼は、空を飛んだりしなくなっていた。

「だから君は…、これからゆっくりと本当の大人になっていくんだ。夢は、そんな君を応援する為のものだよ」

 ゆっくりと諭すように語るアルジャーノン。これが彼と交わした最後の会話になった。

 その日の夜、私は家を出た。


「ありがとうございましたっ!」

 長居していた最後のお客さんを追い出すと、店の中は私とカナエさんの二人だけになった。

「今日はもうあがっていいよ。この後はもう、客なんか来やしないからね」

 笑いながら、そう言うカナエさん。いや、それもどうなんだろう?

 着替えの為に部屋へ戻ろうとして、私は大事な物を忘れている事に気が付いた。

 コンビニへ行って、猫缶を買って来ないと。彼はハムスターのくせに、猫缶が大好きなのだ。

「じゃあ私、ちょっとコンビニへ行ってきますね」

 喫茶店の制服のままだったけれど、別に華美な物でもないし、近くのコンビニへ行くくらいなら問題ないかな。

「あっ、ミライ」

 そして店を出ようとしたところで、突然カナエさんに呼び止められた。

「あ…、あぁー」

 呼び止められはしたものの、カナエさんは頭を抱えたまま、なかなか要件を口にしなかった。

「?」

 私が首を傾げていると、カナエさんはいきなり顔を上げて、こう宣言した。

「…あーっ、この際だから一応言っとくけど、私は詮索するつもりはないからっ!」

 その唐突過ぎる言葉を聞いて、私はようやくこの人が私を心配してくれている事に気が付いた。

「まぁ、あんたみたいな娘なら、色々とあるだろうさ。何たってあんたは、拳銃を持った強盗を素手でやっつけちまうような娘だからね」

「うっ、それは…」

 この件に関しては人から言われる度に、私はいつもいたたまれない気持ちになる。

 あれは我ながら、アニメの見過ぎだったと今は反省している。

「だから…、行く当てもないのに出て行ったりするんじゃないよ」

 そう言ってカナエさんは、そっぽを向いてしまった。

「………」

 カナエさんと再会した時、行く当てのない私は公園で野宿をしていた。

 私は本当に子供だ。言葉にされないと、この人の優しさにも気付かないのだから。

「…ありがとう、ございます」


 たぶん今の私は、一度ユメミに戻ってしまったら、もう二度とミライの姿にはなれないだろう。それどころか、自分から戻らなかったとしても、いつまでこの姿のままでいられるか分からない。にも関わらず私は、そんなものに縋り付き、いつまでも手放せずにいた。

 いつか全てが壊れてしまう、その時までは…。



 コンビニへ行って猫缶だけ買ってきた私は、カナエさんが用意してくれた部屋に戻って来た。

 とても殺風景な部屋で、これと言った物は特にない。あるのは私の唯一の所持品、ハムスターのケージくらいだ。

「ただいま、アルジャーノン」

 私は部屋の隅へ置かれたケージに向かって話し掛けた。

 ケージの中の彼は、必死に回し車を回している。

 アルジャーノンはあの日以来、只のハムスターに戻ってしまった。

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