手編みのブレスレットを外した
水曜
「愛していない。すぐ治る。待っていてくれ」といわれてから四日ほど経つ。
学校→友人に心配される→彼から会おうといわれる→カラオケ→公園
木曜(今)
彼の夢を見る→学校→回想
朝起きて今見ていた夢を鮮明に思い出せた。彼とどこかに旅行に行き、道に迷って困ってしまう夢、そして彼の何気ない愚痴と会社かどこかの同僚の話をされている夢。なぜだかとても鮮明な記憶だったためか、その瞬間に思い出した彼との記憶までも夢の記憶なのかと錯覚してしまいそうなった。
私はスマホを開き、ツイートした。
「彼の夢を見た」
彼しかフォローしていないアカウント。彼にしか見えないようになっている。ふとかこのツイートをなんだかおかしな気分で遡っていると、彼のツイートがないことに気が付いた。
「あ、ああ、ツイッター消したんだ」
私はふとそう呟いた後、昨日別れたことを思い出して、いや正確には、昨日別れたことが事実だったのだと気が付いて目尻が熱くなる間もなく今までに流したことがないような大量の涙が出てきた。まるでコップから水を溢したかのように、このままその涙に流されてしまいそうなほどであった。
「これは夢じゃない、夢じゃないんだ、夢じゃないの」
小さい声でそう呟きながらいやになってしまうほどに鮮明に思い出せるさっきまで見ていた彼の夢に頭を枕にうずめた。
私はその後どうしたのかよく思えていない。気がついたら部屋の掃除をしていた。リュックから昨日使っていたものを取り出し、朝を支度をする。でてきた白いコンビニのビニール袋には昨日食べきれなかった半分残ったツナマヨのおにぎりが入っていた。持ち込みありのカラオケで昨日一緒に彼と食べたのだった。
「しばらく食べてないからちゃんと食べないとな」といってサラダパスタを食べる彼の横で、お気に入りのツナマヨおにぎりを見つめ、よく噛んで重たい喉を動かし
て無理やり飲み込んだ。それでもどうしても食べきることはできず、半分はビニール袋に入れておいたのだった。
「食べれるわけないじゃない」
私はそれを何の戸惑いもなくごみ箱に捨てて、リュックに今日の授業分のノートを詰めた。昨日のお弁当と水筒が出てきて母親に怒られるのではないかと思いながら涙がたまった瞳で謝りながらキッチンの水場に静かに置く。母親は何も言わずその中身を出して綺麗な白い泡でついた油汚れまできれいに落とした。
それから私は洗面台に行き、赤く涙でかぶれてしまった顔を洗った。洗いながらまた涙が出てくるので、保湿クリームを塗るまでにいつもの五倍ほどの時間要してしまった。普段のように髪に水をかけ、とかす。腕をあげるとパジャマのすそが上がり鏡に私の肌色の腹を見せた。自分の体がまるで自分のものではないほどにやせ細っていることに気が付く。まるで胃に何も入っていないのにまだお腹がすいていない。なんだかこのまま何も食べれなくなって死んでしまうような想像ができた。
私は無理やりパンを一つのみこむように食べ、お茶を飲んだ。お茶を何杯飲んでもまだ飲めるような気がしてしまう。私は半分くらいまで入れてあったお茶のポットを飲み干して、上着を羽織って、リュックを背負う。
ポケットに手を入れると丸まったハンカチが入っていることに気が付いた。湿っていて気持ちが悪い。昨日夜中の公園で子供のように泣きじゃくってしまったことを思い出した。
隣にいた彼は腕に私が編んだミサンガをつけ、前のデートで注意した真っ黒の服は、少し色の入った服装になっていた。私の家と目と鼻の先の暗い公園にある一つのベンチに座る彼はカバンを抱える。暫く黙り込む彼に私が声をかけるとそれを合図に彼は別れを告げた。どのような言葉で別れを告げたのか覚えていない。しかし、彼はそう告白すると戸惑ったように泣き出す私の隣で胸を押さえ静かに泣いていた。そんな様子で二時間ほど彼は私の涙を慰めることもなく、ただ横に座ってうずくまるようにしていた。私が聞くと静かに、ゆっくりと、言葉がのどに詰まってしまうように一生懸命こたえてくれた。
「愛せなくなってしまった、ごめんなさい」
私は特別聞き分けが悪いわけではない。しかし、どうしてもそれが頭に入ってこなかった。
「カラオケで大好きだっていってたじゃん。どうして……?」
「……うん」
私はそれから涙が止まらなくなり、ふと思い立ったように私の好きなところはどこだと聞くと、彼は今までになくすらすらと答える。
「うーん、えっとね、美人だと思う。それから、賢い。俺がしてほしいことをしてくれる。あとね、優しいよ」
私はその返しにとても驚いてしまった。以前聞いたときには一個しか答えてくれなかったのでとても意外で、ずっとそれを考えていたかと思った。
優しさなのか、はたまた怖かっただけなのか、私は「私の嫌いなところ」は聞けなかった。なんとなく聞いたら彼がまた涙を流すような気がした。
私は彼と最後に分かれた道を歩き、涙を必死にこらえた。さっき散々泣いたのにやっぱり涙は出てしまった。
学校ではなぜだか普通に、出来るだけ普通に過ごしたが、美術の授業で音楽を聴きながら作業したときにふと涙が出てしまった。
-----そういえば昨日もこの時間に泣いちゃったな
私は心の中で友人が私のことを思って彼にいってくれたことを思い出す。
「振り回さないであげてください」
正確になんて言ったかは知らないが、彼はそういわれたと私に言って、ラインで私に謝った。
ずっと無理していたのだった。隠しきれなかったかもしれないが、彼に「愛せない、時間がたてば治るから」といわれたその日から不安な気持ちを押し殺していた。そのためかふとした時に泣きそうになってしまうくらいの状態が続いていた。彼にバレてしまえば、彼は絶対に別れようとすることは分かっている。親にばれてしまえば親は彼のことを嫌いになることも分かっている。普段は何も隠さないような性格のため、ぼろは出てしまっていたが、それでも隠そうと必死にしていたことを友達が彼に話してくれて私はなんだか救われたような気分になったのだ。
下校の時にもう一人の友人がどこか寄り道しようといってくれた。その友人に「昨日彼氏と別れてしまった」とだけ話し、その後は明るく接していたつもりだったのに、彼女のその言葉が私のことを分かられているような感じがした。
昨日も行ったカラオケだ。昨日彼と二人で涙を流しながら歌った曲を笑顔で歌ってやった。
あいみょんを歌いながら、カラオケで彼は歌っている私の顔を見て泣いていたことを思い出す。私はその時彼がこの日が最後だということに泣いていることはしらなかったが、彼の涙に私もこの顔をもう見れなくなってしまうような気がして泣いてしまったのだ。
朝起きるまで別れたことをまともに自覚できなかったのに、思い出すと私はとても察しがよかった。
私の察しが間違っていなければ本当に彼が私のことを好きじゃなかったなんてことはないことが容易に想像がついた。だから、公園で別れを切り出した彼には少しばかりの未練が残っていたのだと思う。しかし、最後まで意地を張るように「絶対一人にならないといけない」といっていたのはきっと彼自身のためだけではなく、それが私のためだと判断したのだろうと思う。今思うとその判断すらも彼は私をよく理解している。決してその判断が正しいなどと思いたくはない。しかし、本当にそうである。