5.Side エドガー
エドガー・ヴィーラントは読んでいた手紙から顔を上げると、盛大にため息をついた。
その眉間には手紙の宛名を確認した瞬間からぐぐっと皺が寄っている。
同じ部屋で読書をしていた兄のユリウスが怪訝な顔でこちらを窺っているのに気付き、エドガーはうんざりしたように手紙を振ってみせた。
「伯父上から呼び出しだよ」
ユリウスは苦笑して、本を閉じた。
「そりゃ、災難だな。行くのか?」
「行くよ。跡を継ぐんでなければ行きたくないけどね」
エドガーは眉間の皺を益々深くした。
伯父のリーデル伯爵はこうして気まぐれにエドガーを呼びつけては、自分の後継者が理想通りに育っているかを確認したがる。
それも予定も聞かずに期日を決めて通達してくるのだから、全くもって迷惑な話だ。
伯父に息子がいればエドガーがそんな面倒な立場にならずに済んだのだから、少しくらい自由にさせてほしい。
大体、エドガー自身は宰相の息子を補佐する職に就いているので、爵位がなくても将来的には困らない。
だから、リーデル家を継ぐことにした理由は、母の希望と不遇な従妹を先々助けていきたいということだけで、伯父の期待に応えたいなんていう殊勝な考えは全くなかった。
行かなくて済むなら行きたくない。
伯父と腹の探り合いなんて、ものすごく面倒臭い。
仕事の都合で大半を王都で過ごすので、休暇で領地に帰ってきた時ぐらいゆっくりさせてくれても良いのに、と恨めしく思った。
「フェレーナは?会えそうなのか?」
ユリウスはイライラと髪をかきあげた弟に同情したのか、話題を従妹に変えた。
「会えるよ、多分。いや、絶対会えるはず!」
エドガーには伯父の魂胆が分かっていた。
今回呼び出された用件にはエドガーと従妹の結婚が含まれているはずなのだ。
従妹のフェレーナは17になる。
つまり結婚適齢期になったということだ。
「去年はうちに来られなかったから二年ぶりじゃないか。会うのは楽しみだろう?」
「もちろんフェレーナには会いたいよ」
「それなら何も問題ないさ。ついでに結婚してしまえ。全部、解決する」
ユリウスはニヤリと笑った。
少し減った眉間の皺がまた増える。
「一番大事なフェレーナの気持ちが解決しない」
「聞いてみれば?」
「本人に向かって拒絶できるわけないだろ」
「じゃあ、おまえの気持ちは?解決できる方に入るの?」
「それは……」
意味ありげに尋ねた兄に、エドガーは即答できずに口ごもる。
家族の中で一番フェレーナを大事にしているのは間違いなくエドガーだ。
だが正直なところ、フェレーナに対する気持ちが同情なのか、愛情なのか、恋情なのか……エドガー自身にも分からなくなっていた。
それくらい従妹は複雑な環境にいる。
今までは妹のような従妹と思い込もうとしてきたが、段々と違和感を覚えるようになっていた。
だから、フェレーナがエドガーとの結婚を望んでくれるのなら、きっと躊躇なく求婚するだろう。
例え、それがお互いに全て恋愛感情からくるものでなかったとしても。
「まあ、行って確かめてこいよ。個人的にはフェレーナが本当に妹になるのは大歓迎だ」
ユリウスの言葉に微妙な表情を浮かべ、エドガーは頷いた。
手紙を封筒に戻し、返事を書くために窓際の机に座る。
重い気持ちでペンを取り、エドガーは再び溜め息を吐いたーーーーーー。




