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2.Side フェレーナ

エドガーは三日後の昼過ぎにやってきた。

彼の父親の領地はリーデル伯爵領から、さして遠くはないので疲れた様子はなさそうだった。


「伯父上、ご無沙汰しております。この度はお招き頂き、ありがとうございます」


サラサラした明るい栗色の髪に翠色の瞳をした従兄は、迎えに出た父親に頭を下げた。

対する父もにこやかに腕を広げて歓迎した。


「よく来たな、エドガー。両親は息災か?」

「はい、おかげさまで。両親も兄も元気にしております。伯父上もフェレーナもお元気そうで何よりです」


この場にいない、伯母に当たる母親のことには一言も触れずにエドガーは微笑んだ。

両者が腹の中では相手をどう思っているのか知っているフェレーナは、その空々しいやり取りを冷や冷やしながら眺めていた。

もちろん父親に気付かれないように。


「そうかそうか。旅の疲れもあるだろう。まずは部屋で休むと良い。積もる話は夕食の席でな」


そう言って父親はフェレーナを振り返った。


「フェレーナ、客間に案内してやれ」

「はい、お父様」

「また後でな、エドガー」


先に屋敷に戻って行く父にエドガーは軽く頭を下げた。

父が見えなくなるのを待ってから、フェレーナはエドガーに向き直る。

従者に荷物の指示をしていたエドガーは振り返り、フェレーナに笑顔を向けた。


「久しぶりだね、フェレーナ。……二年ぶりかな?」

「はい、兄様……あの、お部屋にご案内しますね」

「ありがとう。君にお土産があるから、後で渡すよ。両親と兄から……それともちろん僕からもね」


エドガーは涼やかな目元を優しく和ませてフェレーナを見つめた。

(兄様、こんなに素敵だったかしら……)

うっとりと見つめ返してしまいそうになり、フェレーナは慌てて、


「こちらへどうぞ」


と屋敷に向かって歩き出した。

並んで歩くエドガーは前に会った時よりも更に背が高くなったような気がした。

フェレーナとは頭一つ分くらい違う。

ちらりと見上げて、少し距離ができたような寂しさを感じた。

これからフェレーナがすることが明るみに出れば、少しの距離どころか奈落に続く溝ができるだろうけれど……。


「フェレーナは綺麗になったね。すっかり大人の女性だ」


自分の世界に入りかけていたフェレーナは、少し遅れてエドガーの言葉の意味を理解した。


「えっ?そ、そんなこと……あ、でも背はちょっと伸びたかもっ」


フェレーナはほんのり赤く染まった頬を両手で隠すように包んだ。

その手に掛かる従兄と同じ栗色の髪がふわりと揺れる。

突然、挙動不審になった従妹にエドガーは笑いを堪えながら、


「そうだね。背も伸びたね」


と返してくれた。

言われ慣れないお世辞は心臓に悪い。

次はもっと上手に対応できるようにならなくては、とフェレーナは妙な決意をして一人頷いた。


「こちらですわ、兄様。いつもと同じお部屋です」


階段を上り、二階の客間まではすぐだった。

室内は飴色の家具と淡い水色の寝具やカーテンで統一されている。

およそ父の趣味とは思えないその部屋は、滅多に屋敷に戻らない母の好みが反映されているらしい。


「ありがとう、フェレーナ。ここが一番、伯父上の部屋から遠いからね。……もちろん内緒だよ」


エドガーは神妙な顔でフェレーナに言ったが、すぐに笑顔になった。

フェレーナもつられて微笑む。

リーデル家にいる時は楽しそうにすると父の不興を買うので、感情を出さないように気を付けていたが、エドガーと一緒にいると楽しくて自然と笑顔になってしまう。

初めて顔を合わせた九歳から、エドガーはずっと優しい兄のようだった。

それは今でも変わらない。

本当はいつかエドガーが誰かと結婚しても、変わらず妹のように話ができたらと思っていた。

フェレーナが心許せるのは叔母の家族だけだから。

毎年、1ヶ月だけ叔母の家に滞在するのを楽しみにしていた。

療養から戻った母がフェレーナを鬱陶しがるので預けられるようになったため、最初はとても悲しかった。

でも、そんなフェレーナを優しく迎え入れてくれ、初めて家族の愛を教えてくれたのが叔母夫婦や従兄達だったのだ。

できれば、ずっと家族でいたかった。

憎まれるようになるのは想像するだけで辛い。

エドガーの将来を壊してしまうのはもっと辛い。

(でも、お父様には逆らえない……)

テーブルに目をやると、朝フェレーナが追加で指示した通りに産地の違う葡萄酒が数本用意されていた。

フェレーナは小さく吐息を漏らした。



*** ***



エドガーの部屋から自室に戻ったフェレーナは、父から渡された小瓶を引き出しから取り出し、じっと中の液体を見つめた。

無色透明のそれはおそらく匂いもないのだろう。

父には酒に混ぜろと言われたので、今夜、エドガーの部屋へ相談にのってほしいことがあると言って入り込み、用意した葡萄酒に入れるつもりだった。

しかし、首尾良くエドガーにこれを飲ませることができたとしても、果たして彼は妹のような自分を女性として見ることが出来るのかーーーーーフェレーナには甚だ疑問だった。

他にも、そんな強力な効果がある薬を飲ませて大丈夫なのか、もし薬を盛ったことが見つかったら………と様々な不安と恐怖がないまぜになって心が掻き乱されていく。

震える両手で祈るように小瓶を握り締めた。


(エドガー兄様……)


フェレーナは目を閉じて、エドガーを思い浮かべた。

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