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1.Side フェレーナ

フェレーナ・リーデルは伯爵家の娘として華々しく誕生した……はずだった。

他の貴族令嬢と同様に蝶よ花よと大事に育てられるはずだったのだが、実際はリーデル伯爵家の唯一の子が『爵位を継げない女の子』だったせいで、父親からはひどく嫌われている。

衣食住には不自由しない生活だから、そこだけ切り取れば大事に育てられたという表現に偽りはないかもしれない。

だが、男子にのみ相続が認めらるこの国で、リーデル家を継ぐことができないフェレーナは役に立たない子供だった。

父の死後、跡を継ぐのは従兄のエドガーで、フェレーナが持てる財産は決められた持参金に限られる。

従兄は優しいからフェレーナが結婚できなかったとしても無下な扱いはしないだろうが、将来はあまり明るいものではなさそうだった。

そもそも、リーデル家の娘がフェレーナ一人なのは母の我が儘が原因だ。

初めての出産が難産だったため、『こんなこと二度と御免だわ!』と貴族の妻としての義務を放棄し、療養と称して自宅に寄り付かなくなってしまったのだ。

もちろん父は激怒したが、母の実家の方が家格が上であるため離婚もできず、いつしか父の苛立ちは全てフェレーナに向けられることになった。

機嫌が悪いと暴言を吐き、二言目には「この役立たずが!」と罵られる。

立場上、娘を虐げたことが公になるのはまずいので、人前では当然怒鳴りはしないが、恐怖は確実に根付いていた。

また幼い頃から傷付けられてきた自尊心は、今やボロボロで、自己肯定感の非常に低い人間に育ってしまっている。

療養と称して旅に出てしまう母親にすがることもできず、フェレーナは父からの理不尽な仕打ちに耐える他生きていく術はない。

なるべく父の目に留まらぬよう、目立たぬよう、息をころすようにして暮らす毎日だ。

フェレーナには自分の人生がとてつもなく長く、そして無意味に感じられていた。



*** *** ***



「フェレーナ、喜べ。おまえに役に立ってもらう時がきた」


父のリーデル伯が満面の笑顔を浮かべて、フェレーナにそう告げたのは17歳の誕生日ーーーーー誕生日と言っても、叔母からカードとささやかな贈り物が届いただけで、特に家族に祝われたわけではなかったがーーーーーの翌日だった。

父の書斎に呼ばれたので、また何か叱責されるのかとビクビクしながら部屋に入ると、いつもより機嫌の良さそうな父が手紙を片手に待っていた。

椅子など勧められるわけはないので、立ったまま黙って話を聞く。

『はい』以外の余計な口を挟むと怒鳴られるので、唇は固く引き結んでいた。


「三日後にエドガーが我が家に来る。しばらく滞在するから、おまえはエドガーと結婚できるように既成事実を作れ」


耳を疑うような言葉にフェレーナは目を見開いた。

(既成事実……?)

それが分からない年ではない。

詳しくは知らないが、何となくどういうことを指すのかは分かっている。


「……といっても、愚図のおまえが用意周到にできるとも思えん。だから、これを用意した」


父は手紙を机に置くと、引き出しから何かを取り出した。

それは液体の入った小さな瓶だった。

呆然としているフェレーナに近付き、その小瓶を軽く振ってみせた。

中の透明な液体が揺れた。


「これが何か分かるか?まあ、鈍いおまえには分からんだろう。……この瓶の中身は媚薬だ」


父親がニヤリと笑った。

意味は分かる。

そして、自分が何をしろと言われているのかも。


「お、お父様……」

「なんだ?」


怒鳴られる覚悟で口を開いたが、珍しく先を促された。

緊張のためにカラカラに乾いた喉から声を絞り出す。


「エドガー兄様に薬を飲ませて……関係を持てとおっしゃっているのですか……?」

「そうだ。おまえにしては察しが早いな」

「そんな……!無」

「無理ではない!おまえが女であることが唯一、役に立つ機会だ!それ以外に私の役に立つことがあるのか!?」


急に大声を出され、フェレーナは身を縮めた。

無理……と言いかけた唇をギュッと噛んで堪える。

父親の言うことは絶対だ。

昔から断る機会なんて一度も与えられなかったのだから。

守らなければ、どんな目に遭うか分からない。


「おまえがエドガーと結婚すれば、私の血筋を残せるからな。あの出来の悪い妹の血筋だけがこの先続くなど我慢ならん!」


父は鼻息荒く言い放ち、忌々しげに舌打ちをした。

叔母は祖父の愛人だった人の娘らしく、父とは半分しか血が繋がっていない。

その生い立ちもあってか、父は昔からひどく毛嫌いしていた。

だが、両親の愛情を知らないフェレーナにとって、叔母とその息子であるエドガーは唯一の家族と言っても良い人だ。

その優しい人達を悪く言われるのは胸が痛んで辛かった。

ましてや、騙して罠に嵌めるなど出来るはずがない。

フェレーナは両手を握り締めて、すがるように父親を見た。


「お父様……!」

「やれ。失敗したら、おまえの処遇は保証できんぞ。……無一文で叩き出されたくなければ、つべこべ言わずにやるんだな」


父親は冷たい声でそう告げると、フェレーナの手に無理やり小瓶を握らせた。

硝子の冷たい感触にフェレーナは体を震わせる。

自分が父の役に立てる唯一のことが、こんなことなのがただただ悲しかった。

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