四通目
マグカップが欲しい。
普段歩かない駅前の大通りを歩いている。平日ということもあり、駅前ながら人はまばらだった。‘午前十一時’それがあいつの指定した時間だった。約束をすっぽかそうかとも考えたしかし、俺の心はそれを強く否定した。改札の前に着いた、スマホを見ると十時四十五分だった。迂闊だったと思う、コンビニだけが外出先の俺にとって、さほど遠くもない駅への到着時刻の予想さえも困難なものだったと気づかなかったのだ。
俺は辺りを見回した一瞬俺と目が合った女がいた。あいつか? と一瞬にして脳が活性化する。だが女はそそくさと俺の横を通り過ぎ、改札に自ら飲まれていった。そんなことを三回は繰り返した。
ここに来てから十分程度たった。俺は意味もなく構内のポスターに目を向けていた。雪まつりと大きく丸いフォントで書かれていた、写真には雪でできたアニメのキャラクターの写真や家族やカップルで賑わう祭りの写真が載っていた。
「お尋ねしてもよろしいかね?」
俺の背後から声がした。ビビってなんかいない、ただ俺に声を掛けてくるやつなんていなかったから、少し反応が遅れた。
「お尋――」
「なんでもどうぞ」
言葉を遮った。勘違いしないでほしいが俺はまともだ、場合を選んで言葉を使える。
「手紙を拾いましたかね?」
目の前の男は六十から七十くらいの男だった。黒のシルクハットに紺のロングコートという出で立ちで髭を蓄えていた。
「拾いました」
俺は端的に言った。
「ありがとう、立ち話もなんだから、お茶でもどうかね?」
俺は得体の知れない老人の好意に甘えた。男の背中を歩幅を合わせて歩く、男は時折、歩調を乱しながら構内のカフェの前で止まった。
「ここでどうかな?」
俺は頷いた。
「俺にそんな金ないですよ」
俺の言葉に男は顎の髭を親指でなぞる仕草をした。
「大体なんで俺がそんなことしなくちゃならないんですか?」
語気は穏やかに務めたが、内心イライラしていた。男はコーヒーを口へ運ぶとカップを戻した。
「そうだね、なら仕方がない。悪かったねここまで呼んでしまって」
男は燕尾服の上にコートを羽織り直し店をでた。俺は甘ったるいココアを飲みながら、納得が出来ずカップをただ見つめていた。
続くと思います。