4『兄、姉、弟、姉、妹』
こうしてフェルカの日差し問題はひとまずの解決にこぎつけ、フードを被った彼女はユリムと無事アカデミーの正門をくぐるに至った。
レクバレン魔法学院は、大学院以外の校舎はすべてメインキャンパスに集合している。
正門を抜けて真っ先に目につくのは、そびえたつレンガ作りの時計塔。
このアカデミー最大の施設――――図書館である。
この図書館をぐるりと囲むように立っているのが、幼稚舎、初等部、中等部、高等部、そして大学部四棟。
「それじゃあ、ここでお別れですね」
中等部と大学部はここから正反対の方角だ。
しかし、別れを告げたフェルカに対し、ユリムは顎に手を当て紺碧の瞳をしばし思案に耽らせてから、言う。
「いいや。俺も行こう」
「ほよ?」
「なに、中等部校舎に用があるのを思い出してな」
「ユリムさん、中等部に知り合いがいるんですか...?もしかして、弟とか妹とか...」
「いいや。用があるのは...まあ、そんなことはどうでもいい」
「ふむー?」
首を傾げるフェルカに、ユリムは彼女の先を歩き始める。
「ちなみに俺は末っ子だ。下はいない」
フェルカの推測から出た言葉を拾って、ユリムが自分の目的人物から話題を逸らすと、案の定相手は興味津々な様子でユリムに追いついてくる。
「むむ...!?お兄さんとお姉さん、どっちですか!?」
「両方いる。上から兄、姉、そして俺の三人兄姉弟だ」
「そうなんですか...むぅ...ユリムさんが、末っ子...」
出会ってから今までの、ネコにもフェルカにも面倒見がよいユリムは、末っ子というステータスといまいち繋がらない。
もっとも、フェルカの母なんかがそうであるように、年長者=世話をする側という式が絶対というわけではないが。
(もしかしたら、ママみたいに、お世話されるタイプのお兄さんやお姉さんなのかな...?)
「ユリムさんのお兄さんやお姉さんって、どんな人ですか?」
「フム...そうだな。二人とも、これでもかというほど面倒見がいい」
またしても予想外のアンサー。
彼は再び顎に手を添え、慎重に兄姉を説明するに相応しい言葉を選んでいるようだ。
「...兄は特に、だな。あれは優しさを通し越して根気が凄まじいとでも言おうか...。姉のほうはむしろ過度の干渉はせず、遠くから見守るタイプ、と評するのが近いか...いずれにせよ、反抗期に大いに迷惑をかけ、そして世話になったことに違いはない」
「反抗期...!?ユリムさんにもそんな時期が...!?」
「人間誰しもあるものと思うが」
「でも、想像つかないですよ...!ユリムさん、あんなにネコのお世話もきちんとしてたし...」
人に迷惑をかけて、世話をされるユリムなどとてもフェルカの中のユリムからかけ離れ過ぎている。
「ははは。たしかに、ガキの俺にあのネコどもの相手は到底無理な話だな。さしづめ癇癪を起こし、挙句引っ掻かれて泣くのがオチだろう」
「ますます想像できない...」
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そんなこんなで話すうち、二人は芝生広場にやって来た。
芝生広場は、昼休みにアカデミー生が昼食を食べたり、遊んだりするのに最適なスポットだ。
昼には露店が立ち並んでパンやお菓子が販売されたりする。この露店は、ごく一部の特例を除き、ほとんどがミルノラの街にある店で、フェルカも馴染みの店が多い。
もっともこの時間帯は、朝に通ってきたミルノラ市街よろしく、露店はどこも準備中である。
そんな広場の芝生エリアに踏み込んだあたりのことだ。
「ところで、お前はどうなんだ?」
「ほよ?」
「兄弟姉妹のことだ」
自分が話したのだから、相手の話も聞くのは当然の流れ。
自然発生的なユリムの質問に、しかしフェルカの胸はトクンと冷たい鼓動を打った。
「――――私は、お姉ちゃんが一人います」
「ほう、姉妹か。たしかに、お前はいかにも妹という感じがするな」
「うぎゅ...ま、まあ否定はしませんけど......」
そこから先、フェルカは口ごもる。
正直、姉の話はしたくなかった。
彼女のことを話して、その人間の温かさを確認していけばいくほど、フェルカは自分の中にある罪悪感を噛み締めることになる。
それもこれも――――自分の抱える秘密のせい。
「フェルカ?」
少女の顔に翳りが見えて、ユリムが心配そうに目を向けたその時――――彼は、こちらに豪速で飛んでくる影に気付く。
「危ないっ!!!!」
「うひゃぁっ!?!?」
ユリムがフェルカを引き寄せる形で、彼女は間一髪、その大きな飛翔体にぶつからずに済んだ。
「あわ、わわわわ...」
状況把握もままならず、"何かとても危なかった"という恐怖だけを残したフェルカは、そのままユリムのローブにしがみつき、カタカタと震えている。
「おい、落ち着かんか」
「わわわ、わ、わわわ...」
「はぁ...しっかりせんやつだな...」
呆れ気味にフェルカの背中を軽く叩きつつ、ユリムは咄嗟に避けたそれに目を向ける。
人間ほどの大きさのそれは――――というか、男子学生そのものだった。
「うぐ...ぐぅ」
高等部のローブを着ている彼は、ピヨピヨとお目目の周りに見えない星を見た後に、束の間の眠りについたようだ。
何事かとユリムが首を傾げた直後、
「おーい!!大丈夫かー!?」
よく通る、威勢のいい男の声がした。
声につられて振り向けば、広場の向こうから、大学部ローブの男が手を振りながら駆けてくる。