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デザンクロ研究室の長い午後  作者: 門部ラン
序章『フェルカ・フィリーの秘密』
19/198

18『全編:曲芸一座 運命ノ夜』


まだ空が青いミルノラの街、中央広場の一角に、賑やかで楽しそうな人だかりができている。


期待に沸き立つ観衆に囲まれた、黒いカーペット敷きのステージの脇には、大きな紙をぶら下げためくり台が立っていた。


『曲芸師 フタツヅリ』と書かれた表紙がめくりあげられ、本日の演題(タイトル)が――――


"曲芸一座 運命ノ夜"


そうして期待膨らむ観衆の拍手が、二人の演者に浴びせられる。


見慣れぬ装いだ。ズボンはエトルクの文化圏のそれと似ているが、革靴は先が上向きに尖っていて小人のよう。そして、それぞれ鮮やかな青と赤一色の服は、ボタンの代わりに正面に一文字の留め具のようなものがタテ一直線に、首元まで並んでいる。


そんな異国情緒あふれる衣装に身を包むのは、すらりと手足の長いーーーー男か女か、判別がつかぬ。


その担当色から、赤が女で青が男と推測することはできる程度。というのも、顔が見えない。この二人――――目隠しをしているのだ。


"赤の演者"がめくり台から"青の演者"へ歩み寄り、その隣に立つ。

そしてなんの合図の素振りもないまま、二人はまったく同時に一礼してから、同時に地面を蹴り上げた。


飛び上がった"赤"と"青"が降り立ったのは、演技用に立てられた細長い高台だ。脚力を強化しなければ一飛びで乗ることは不可能で、落ちればただでは済まないほどの高さにある、二人のいつもの小さなステージ。


"赤"がどこからか、手のひらほどの小さな玉をひとつ取り出して"青"に投げる。

"青"はそれを受け取ると、自分もひとつ新しい色玉を取り出して二つを返す。


互いに玉を器用に投げ返しながら、増やしながら、いつしか高台には色とりどりの玉の放物線が橋を描く。

玉が増えて観衆の拍手が沸くと、演技はますますエスカレートする。そびえ立つ"二色"は、片手だけを使ったり、その場で横に縦に一回転を挟んだりしながら、器用に色玉を操って絶え間ない架け橋の形を保ち続ける。


どれだけ拍手が沸こうとも、曲芸師たちは笑わない。表情ひとつ動かさず、まるでなにかの魂が宿るための人形(うつわ)のように、淡々とパフォーマンスを続ける。おそらく、目隠しの下の瞳も笑ってはいないだろう。


まるで曲芸をするためだけに作られた絡繰仕掛けの人形のようだ。そう思えるほどに、彼らの演技は極まっている。

とどめに二人は同時に飛び上がり、そして互いに交換した先の高台で、自分が過去位置から投げた色玉を操る。

観衆の拍手は、歓声はますます大きくなって、これ以上ないほどに舞台は熱狂に包まれる。



...興奮が最高潮に達したその時を、演者は狙っていたのかもしれない。



楽しげに色玉を操っていた"赤"が、なんの前触れもなく――――腰のサーベルを抜いて振りかざす。



周りの歓声ごと一刀両断された玉から出てきたのは、真っ赤な血の色をした花吹雪だ。

ひらひらと花びらが降るより早く、愉快に宙を行き来していた色玉が、当たり前のように地面に落ちる。

残虐に美しい花弁を孕んでいたのは、"赤"の斬った玉だけだった。

ベシャ、と柔いものが潰れる嫌な音がして、中身をぶち撒けた色玉の残骸が、黒い絨毯に赤い花を咲かせる。

さらに、第三の落下物が降ってきた。

それは――――"赤"の衣装だった。

瞬きする間もなく、サーベルが服の胸部ごと地面に突き刺さる。

観衆たちが戸惑いと戦慄に高台を見上げる頃、"赤"だった演者はもういない。

上着を脱ぎ捨てたままのポーズで高台に立っていたのは、黒い布地に真っ赤なあの花をあしらった、そう――――"薔薇"だ。


激動の第二幕は始まった。


"青"がサーベルを抜いたかと思えば、宣戦も無しに足場を蹴って"薔薇"へと怒りの刃を向ける。

"薔薇"と"青"は交差して、互いに互いの足場を交換しながら、すれ違いながら冷たい鉄をかち合わせる。


"薔薇"が気まぐれに木組みの足場を斬り刻めば、

"青"は復讐に燃えて敵の足場を斬り崩す。


高く空を望んでいた舞台は、交錯する二色の巻き添えになり、いつしかただの瓦礫の山と化していた。


今まで高台は二人の舞台に過ぎなかった。

それが初めて演技の小道具として駆り出されたとき、それはたった十秒足らずで、跡形もなく解体される。

あまりに型破りで、そして暴力的な演出を目の当たりにして、観衆の実感は後から追いついてくる。


いつもあるはずの舞台が、なんの前触れもなく、奪われる。

もはや秩序はない。慈悲もない。

その悲劇こそが、この演目の本質なのだ。


無残に積み上がった瓦礫の上で、"薔薇"と"青"は剣を両手に、殺し合うように舞踏する。

いかなる演技においても、二人は決して表情を動かさない。彼らはあくまで身のこなしだけで感情を表現する。


"薔薇"はどこまでも優美に、無慈悲に剣で遊ぶ。

遺された"青"は、怒りと悲しみに剣を振りかざす。


一糸乱れぬ二色の舞踏は、あらゆる人の心を惹きつける。


固唾を呑んで見守っていた観衆は、ついに運命の結末を見届ける。

"青"の身体が後ろに跳ね、そのまま舞台だったものの残骸に落ちて動かなくなる。ここに一座は滅びの運命を迎えた。


斃された"青"と荒れきった瓦礫を背景に、"薔薇"は両手を広げながら、そばに落ちていた色玉の亡骸を片足立ちで踏みつける。ひとつだけでは飽き足らず、"薔薇"はそのまま散らばっている色玉ひとつひとつの上を、片足飛びで、時には踏みつけた玉の上を一回転に踏みにじりながら、無邪気にステージの端へと跳ねていく。


最後のひと玉を潰すと"薔薇"はそれを拾い上げて、二人の世界の外の存在であるはずの道具――――めくり台の紙になすりつけ、"運命"の二文字をベッタリと染め上げる。


それはまるで、この結末が必定なのかと訴えているようで。

この悲劇が演技の内側に留まらないと告げているようで。


いつもめくるはずの紙を"薔薇"が引きちぎると、下から"了"の文字が露わになる。


いつもの『フタツヅリ』にはない、暴力的で残酷なパフォーマンス。

その異色の内容に圧倒されながらも、やがて周囲からはひとつ、ふたつと拍手が沸いて、観衆は二人を拍手喝采で包み込んだ。


演技を終えた二人は役から解放されて、"青"と"赤"としてステージ中央に整列すると、深々と頭を下げる。

彼らの胸には、異色の演目が受け入れられたという安堵と喜び、そして――――演技に込めた想いよ届けという、使命感にも似た、黒い願いが、渦巻いていた。

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