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デザンクロ研究室の長い午後  作者: 門部ラン
序章『フェルカ・フィリーの秘密』
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16『悪魔に関する記述』


その後、フェルカはいつも通り授業を受け、休み時間にはモニカとおしゃべりに花を咲かせつつ、無事に午後の活動を修了した。


「――――ですから、いいですね、皆さん。エンディも赤バラも大変危険な存在です。くれぐれも、帰りが遅くなったり、ひと気のないところへ行ったりしないように」


帰りのホームルーム、配布されたプリントを読み上げているのは、五十代ほどの厳格そうなメガネの女性。フェルカのクラス担任のシャロット・ベルクマイヤだ。


ふとフェルカが視線を向ければ、モニカは両手を祈りのかたちに組み上げながら、ベルクマイヤの注意喚起に耳を傾けている。

そして、おそるおそる視線をトーマに向けると、彼は表情ひとつ変えずに、俯いてじっと自分の手元を見つめていた。


そこには肩身の狭さは無いが、完全な他人事と割り切っている雰囲気も無いように感じられて、フェルカは胸がぎゅっと締め付けられるのを自覚した。


たしかに、トーマが吸血鬼であることは周知の事実だが、それにしたっていったい誰の目に、彼が残虐を好むヒトに見えるだろう?

それでも、皆心のどこかに恐怖心と警戒心を持っている。

そのわずかな不信感こそが、この教室の、世界の中のトーマ・コルデという少年の立ち位置を絶望的に、絶対的な磔にしていた。

その現状に、トーマ自身ですら諦め受け入れている。


そして、それらのことが見えていながら、フェルカは今まで何もしてこようとはしなかったのだった。


やがて図書館の時計塔から鐘の音が鳴り響き、生徒たちは一日の務めから解放される。


「ーーーーぁ、あの。トーマ君」


モニカには先に玄関まで行ってもらい、夢膨らむ放課後にクラスメイトたちがどたばたと教室からいなくなって人もまばらになったのを見計らって、フェルカは少年に声をかけた。


「...?」


トーマは不思議そうに首を傾げて、無言でフェルカの言葉を待つ。


「あ、あのね。お昼休みのことなんだけどっ」


フェルカは俯きがちに言う。


「私、あのときはトーマ君となんでもいいから話したくて、それでプリントがあったから、なにも考えずに...その...ごめんなさい。嫌な気持ちに、なっちゃったよね...」


「......別に」


ボソッと、どこかで、なにかを、諦めているように、少年は言った。


「別に、嫌だとか思ってないよ。何も思ってない」


「え...?」


「それじゃあ、僕、帰るから」


「そ...そんなことないよっ...!それじゃあ、どうして――――どうして、あのとき突然教室を出て行ったりしたの...?」


結果だけを見て結論付けるならば、フェルカは昼の失敗から何も学んでいなかったということだろう。

会話を繋げようとして軽率に飛び出した言葉が、少年の気分を害してしまったという、全く同じ失態を繰り返したのだから。


「......」


少年は初めて、感情的な――――心底不快そうな目でフェルカを一瞥すると、彼女を無視してそのまま教室を出て行った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「あ...フェルカ...?」


"休んだ分のノートを写すまで待ってて"と言われていたモニカは、思ったよりもずっと早い友達の到着に首を傾げる。


「やっぱり、ノートは明日ゆっくりとることにしたの。慌てて写しても、字が乱れちゃうし」


フェルカが笑顔を見せると、モニカはそれが繕った表情ということに気付かないまま、素直に納得した。


「そういうことだったんだ。それじゃあ、帰ろうか」


「うん」


少女たちは中学部校舎を出て、芝生広場を通りがかる。


「あのさ、モニカ」


「?」


「その...吸血鬼って、そんなに悪い生き物なの?」


するとモニカはいつものように両手を組んで、怯えながら確かに頷く。


「ガウラ様は自分の姿に似せて人の子をお造りになったけど、悪魔は人の子を惑わせるために、わざと人の子に似せて吸血鬼を作ったんだって。

吸血鬼が"食事"をするときに悪魔のような怪物の姿に戻ってしまうのも、吸血鬼がそういう不完全な人間の化ケ物で、悪魔の創造物だからだって、聖書に書いてあるの。

『悪魔に関する記述』っていう一節だよ」


「...そう、なんだ...」


エトルク国内におけるガウラ教徒の割合は少なくない。アカデミーにあるサンペーター教会も、ガウラ教徒のための祈りの場だ。


(教会...そういえば、セインさんとアイレイさんも礼拝に行ってたっけ...)


あの人たちも、モニカのようにその『悪魔に関する記述』とやらをひたむきに信じているのだろうか...


「...なんで急に?」


「ほよ?」


「今まで、フェルカがガウラ様の言葉に興味を持つなんてなかったから。どうしたのかなって思って」


「え...えと、その...ほ、ほら、帰りのホームルームで、吸血鬼の悪い人たちについて、先生が話してたから!モニカ、すっごくすっごく怖がってたみたいだし、ガウラ教ではどうなってるのかなーって!」


「そういうことだったんだ。心配してくれてありがとう」


素直な笑顔と感謝の言葉に、フェルカの胸はなんともいえない苦しさで締め付けられた。

フェルカがモニカの吸血鬼像を気にしたのは、心配した相手がモニカだったからではない......


「でも、大丈夫だよ。人の子はガウラ様の子。悪魔の子に負けたりしないんだから」


少女たちは立ち止まる。

正門へと続く道と、教会へと続く道の分岐点。


「ここで、お別れだね」


「う、うん」


その進路にぞっとした暗示を感じながら頷くフェルカに、敬虔なる信徒は笑顔を見せる。


「来てみたいって思ったときは、気軽に教会に来てみて。あ...そのね、教徒になっほしいなって、押しつけたいわけじゃなくて。教会は、ガウラ教徒じゃないからって追い出したりしないし、実際に教徒じゃないけどお祈りに通ってる人もいるし...」


「分かってるよ。モニカはそんなことしないって。そうだなぁ...何か、悩みごとがあったり気分が暗いときは、行きたくなると思う。そのときは、お祈りのやり方とか、いろいろ教えてくれたらうれしいな」


「うん!それじゃあ、また明日!」


「またねー!!」


フェルカは手を振って、正門へと歩き出す。


「お祈りかぁ...」


モニカにはああ言ったものの、おそらく神を心の拠り所とする日が自分に訪れることはないだろう。なにしろ、今世紀最大級に心の弱っている今ですら、フェルカは神頼みするという発想には至っていない。


...それ以前に、ガウラ教の教義そのものに疑問を持っていることも事実だが。


まだまだ思考の余地はあったが、しかしフェルカは頭を切り替えて、それについて考えることをやめた。

正門に向かえば、カナギアが彼女に(こしら)えた"課題"が始まる。

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